
"CAPTAIN PHILLIPS"
2013年/米国/134分
監督: ポール・グリーングラス
出演: トム・ハンクス/リチャード・フィリップス船長 バーカッド・アブディ/ムセ
ソマリア沖やアデン湾では、数年前から海賊が横行していて、年間200件以上の事案が発生しているのだとか。彼らは自動小銃やロケットランチャーなどで武装はしているものの、乗組員を死傷させることは滅多にないようです。というのも、彼らの目的は、乗組員を人質にして多額の身代金を奪うことだからです。
2009年4月8日、米国船籍の巨大コンテナ船、マースク・アラバマ号がソマリア人の海賊4人に襲われ、船長のリチャード・フィリップスが人質になりました。彼は、救命ボートで4日間を海賊と共に過ごしたのち、米国海軍特殊部隊の出動により救出されます。この映画では、船の名前も主人公の名前もそのまま使い、ほとんどドキュメンタリーかと思うくらいのタッチで、緊迫した4日間を描いています。ポール・グリーングラス監督といえば、やはり実在の事件を描いた「ブラディ・サンデー」や“9.11”を描いた「ユナイテッド93」といった映画が思い浮かびますが、さすがにこういう映画を撮らせたら天下一品ですよね。
そして、キャプテン・フィリップス船長を演じたトム・ハンクスの抑えた演技が、この映画に重厚感を与えています。4人の海賊と一緒に救命ボートに乗るハメになったのはハプニングだったとしても、海賊が乗り込んできた時に、乗組員20人に、海賊に絶対に姿を見せるなと指示して自らが身代わりとなって人質になったのは、船長としての彼の責任感のがなせる技。序盤で、マジメ過ぎるほどの彼の仕事への姿勢が部下とのやりとりの中でさりげなく描かれていますが、やっぱり普段からの仕事ぶりが危機管理にも如実に現れてくるんだなあとつくづく思いました。ちゃらんぽらんな仕事をしていたら、いざという時にああいう行動は取れないでしょう。

それにしても、一番びっくりしたのは、海賊たちが襲撃の際に乗っていた船のチンケなこと! それこそ定員5人くらいの小型のモーターボートで巨大な貨物船を追っかけてくるんだから。パイレーツ・オブ・カリビアンみたいな海賊船を想像していたら大きなまちがいなんです! 対する貨物船がほとんど丸腰なのにも驚きました。武器はほとんどゼロ。せいぜい放水で抵抗するだけなのです。それをかいくぐって、急遽溶接して伸ばしたハシゴをひょいと船べりにかけて、猿みたいな身軽さで乗り込んでくる海賊の姿には、不謹慎とはいえ、敵ながらあっぱれとさえ言いたくなるほどでした。

海賊たちは、ソマリアの海岸で暮らす貧しい漁師たちです。彼らの獲る魚は、ほとんどが輸出用なのですが、近年、ヨーロッパの船団がソマリア沖にやってきて乱獲したり、放射性廃棄物が捨てられたりと、漁師としての仕事が立ちゆかなくなってしまったことが、海賊行為の背景にあるようです。ただ、映画の後半でフィリップス船長が海賊のボスであるムセに対して「お前は漁師じゃないだろう」と言う場面があるように、「貧しい漁師」であるというのは、世界の世論の同情を買うためだとも言われています。実際、ムセたちにも組織のボスがいて、奪った身代金のほとんどが上納される仕組みになっているようでした。フィリップス船長が差し出した「3万ドル」をムセが端金と言い捨てたのにはそういうわけがあるのですね。彼らにとっては大金でも、組織にとっては端金でしかないのです。
それと、そもそもソマリアの海賊を生んだ背景には、ソマリアの無政府状態と内戦があります。いくら軍隊が出動して海賊行為に制裁を加えたとしても、そのへんが解決しないことには、海賊を根絶やしにすることはできないのではないかと思われます。

たった1人の男を救うために、海軍特殊部隊ネイビーシールズまで派遣する米国。小さな窓しかない救命ボートの中の3人の海賊(ムセは海軍の巧みな誘導で逆に人質となっている)に正確に狙いを定める狙撃部隊。フィリップス船長が人質として乗っているので、彼を決して傷つけないよう、「同時に」3人を射殺しなければならない。このあたりは、米国の威信を見せつけようという意図が明確ですね。船長が無事救われたことに安堵しつつも、組織のコマとして海賊に身をやつし、死んでいったソマリア人の若者たちにもなんともいえないやり切れなさを感じてしまう。
ラストシーン、フィリップス船長の混乱ぶり(これぞトム・ハンクス!という迫真の演技)は、目隠しされた状態で海賊たちの返り血を浴びたからというだけでなく、いくらかは気持ちが通じ合った海賊たちへの鎮魂の思いもあったのかもしれない、と思う。いったい、「悪い」のは誰なのだろう…。
2013年/米国/134分
監督: ポール・グリーングラス
出演: トム・ハンクス/リチャード・フィリップス船長 バーカッド・アブディ/ムセ
ソマリア沖やアデン湾では、数年前から海賊が横行していて、年間200件以上の事案が発生しているのだとか。彼らは自動小銃やロケットランチャーなどで武装はしているものの、乗組員を死傷させることは滅多にないようです。というのも、彼らの目的は、乗組員を人質にして多額の身代金を奪うことだからです。
2009年4月8日、米国船籍の巨大コンテナ船、マースク・アラバマ号がソマリア人の海賊4人に襲われ、船長のリチャード・フィリップスが人質になりました。彼は、救命ボートで4日間を海賊と共に過ごしたのち、米国海軍特殊部隊の出動により救出されます。この映画では、船の名前も主人公の名前もそのまま使い、ほとんどドキュメンタリーかと思うくらいのタッチで、緊迫した4日間を描いています。ポール・グリーングラス監督といえば、やはり実在の事件を描いた「ブラディ・サンデー」や“9.11”を描いた「ユナイテッド93」といった映画が思い浮かびますが、さすがにこういう映画を撮らせたら天下一品ですよね。
そして、キャプテン・フィリップス船長を演じたトム・ハンクスの抑えた演技が、この映画に重厚感を与えています。4人の海賊と一緒に救命ボートに乗るハメになったのはハプニングだったとしても、海賊が乗り込んできた時に、乗組員20人に、海賊に絶対に姿を見せるなと指示して自らが身代わりとなって人質になったのは、船長としての彼の責任感のがなせる技。序盤で、マジメ過ぎるほどの彼の仕事への姿勢が部下とのやりとりの中でさりげなく描かれていますが、やっぱり普段からの仕事ぶりが危機管理にも如実に現れてくるんだなあとつくづく思いました。ちゃらんぽらんな仕事をしていたら、いざという時にああいう行動は取れないでしょう。

それにしても、一番びっくりしたのは、海賊たちが襲撃の際に乗っていた船のチンケなこと! それこそ定員5人くらいの小型のモーターボートで巨大な貨物船を追っかけてくるんだから。パイレーツ・オブ・カリビアンみたいな海賊船を想像していたら大きなまちがいなんです! 対する貨物船がほとんど丸腰なのにも驚きました。武器はほとんどゼロ。せいぜい放水で抵抗するだけなのです。それをかいくぐって、急遽溶接して伸ばしたハシゴをひょいと船べりにかけて、猿みたいな身軽さで乗り込んでくる海賊の姿には、不謹慎とはいえ、敵ながらあっぱれとさえ言いたくなるほどでした。

海賊たちは、ソマリアの海岸で暮らす貧しい漁師たちです。彼らの獲る魚は、ほとんどが輸出用なのですが、近年、ヨーロッパの船団がソマリア沖にやってきて乱獲したり、放射性廃棄物が捨てられたりと、漁師としての仕事が立ちゆかなくなってしまったことが、海賊行為の背景にあるようです。ただ、映画の後半でフィリップス船長が海賊のボスであるムセに対して「お前は漁師じゃないだろう」と言う場面があるように、「貧しい漁師」であるというのは、世界の世論の同情を買うためだとも言われています。実際、ムセたちにも組織のボスがいて、奪った身代金のほとんどが上納される仕組みになっているようでした。フィリップス船長が差し出した「3万ドル」をムセが端金と言い捨てたのにはそういうわけがあるのですね。彼らにとっては大金でも、組織にとっては端金でしかないのです。
それと、そもそもソマリアの海賊を生んだ背景には、ソマリアの無政府状態と内戦があります。いくら軍隊が出動して海賊行為に制裁を加えたとしても、そのへんが解決しないことには、海賊を根絶やしにすることはできないのではないかと思われます。

たった1人の男を救うために、海軍特殊部隊ネイビーシールズまで派遣する米国。小さな窓しかない救命ボートの中の3人の海賊(ムセは海軍の巧みな誘導で逆に人質となっている)に正確に狙いを定める狙撃部隊。フィリップス船長が人質として乗っているので、彼を決して傷つけないよう、「同時に」3人を射殺しなければならない。このあたりは、米国の威信を見せつけようという意図が明確ですね。船長が無事救われたことに安堵しつつも、組織のコマとして海賊に身をやつし、死んでいったソマリア人の若者たちにもなんともいえないやり切れなさを感じてしまう。
ラストシーン、フィリップス船長の混乱ぶり(これぞトム・ハンクス!という迫真の演技)は、目隠しされた状態で海賊たちの返り血を浴びたからというだけでなく、いくらかは気持ちが通じ合った海賊たちへの鎮魂の思いもあったのかもしれない、と思う。いったい、「悪い」のは誰なのだろう…。
>ポール・グリーングラス監督といえば、やはり実在の事件を描いた「ブラディ・サンデー」や“9.11”を描いた「ユナイテッド93」といった映画が思い浮かびますが、さすがにこういう映画を撮らせたら天下一品ですよね。
「ブラディ・サンデー」はとても衝撃的な映画でした。映画を観た後にドキュメンタリー映像も観ましたが、その緊張感は全く遜色がありませんでした。
>いったい、「悪い」のは誰なのだろう…。
本当に誰なのでしょう。そんな疑問が強くなりますね。そしてその疑問が最も大切な事柄なのかもしれません。
これからもソマリアの現状に着目して行きたいと思いました。