
“THE HURT LOCKER”
2008年/米国/131分
【監督】キャスリン・ビグロー
【脚本】マーク・ボール
【出演】ジェレミー・レナー/ウィリアム・ジェームズ二等軍曹 アンソニー・マッキー/J・T・サンポーン軍曹 ブライアン・ジェラティ/オーウェン・エルドリッジ技術兵 レイフ・ファインズ/請負チームリーダー ガイ・ピアース/マット・トンプソン軍曹
2010/05/20 シネマディクト
(C) 2008 Hurt Locker, LLC. All Rights Reserved.
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「戦争は強力で致命的な中毒だ。なぜなら麻薬だからだ」(ニューヨークタイムス戦争特派員)
2001年の”9.11”以来、フセイン大統領支配下のイラクとの対立を深めていた米国・ブッシュ政権。彼がイラン、イラク、北朝鮮を「悪の帝国」と呼んだ時には、まるで漫画の世界じゃないかと思ったものでしたが、実際、彼が「悪の帝国」の征伐に乗り出していったのも、流れからいったら当然の帰結だったのかもしれません。2003年3月、米国はイラクへの空爆を開始。イラク戦争とか、第二次湾岸戦争と呼ばれるこの戦争を始めるに当たり、米国はイラクが所有する「大量破壊兵器」を開戦理由の一つに掲げていました。戦争そのものは数ヶ月で終了したのですが、その後も現在に至るまで米国はイラクに駐留し続けています。その間、「悪の帝国」のドン、サダム・フセインが隠れ家から引きずり出されだ挙げ句、処刑されたのはご存じのとおり。
この映画は、イラク戦争を舞台とした「戦争映画」には違いないのですが、兵士の中でも、「爆発物処理班」に焦点を当てた点で、他の戦争映画とは異なっています。彼らの任務は、前線で敵を殺すことではなく、バグダッドの街の至るところに存在する不発弾やテロリストの仕掛けた爆発物を処理すること。ドンパチ戦うのが「派手」だとすれば、爆発物処理班はごく「地味」なのです。
しかし、彼らの任務は、市民の命を守るという意味では極めて大事です。アカデミー賞の授賞式で、キャスリン・ビグロー監督が、爆発物処理班を、「消防士」、「救命士」と並べて賞賛していたのは、そういう意味があったのですね。
舞台は、2004年夏、イラクのバグダッド。米国陸軍ブラボー中隊の爆発物処理班が街中に放置された不発弾の処理に当たる場面から始まります。アームを搭載したリモコン車が故障したため、マット・トンプソン軍曹(ガイ・ピアース)が防爆スーツを身に付けて自ら爆発物を処理することになる。ところが、近くに携帯電話を手にした男がいることに仲間が気づく。それは、携帯の電波に反応する爆弾だったのです…。
のっけから、こんな緊迫感あふれるシーンが展開します。しかも、こういうシーンが、このあとも次々と出てくるのです。一つ手順を間違えば一瞬にして自分の体が吹き飛ばされてしまう。爆発物処理は、「24」なんかでもよく出てきました。テロリストが仕掛けた時限爆弾。青の赤のリード線があって、時限装置を止めるにはどちらか1本だけを切る必要がある。2分の1の確率…。この映画では、そんな凝った爆弾は出てきませんが、それでも、街中に放置された不発弾といい、道路の真ん中に巧妙に仕掛けられた爆弾といい、「地雷」の異常性と同じように、戦争は何かを狂わせるものだということを改めて感じさせます。
さて、3人一組で動く爆発物処理チームに、新たにリーダーとして入ってきたのがジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)。サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)を従えた爆弾処理チームは、任務明けまでの38日間を共に過ごすことになる。ところが、ジェームズは、型破りの男だった。これまで800個以上の爆発物を処理してきたジェームズは、慎重の上にも慎重を期すべき作業の手順を無視し、何でもないかのように爆弾に近づいて淡々と処理作業を進めていく。防爆スーツさえ、「死ぬときぐらいは気持ちよく死にたい」とか言って、脱ぎ捨ててしまう始末。「何も考えていないのか?」と聞かれて、「何も考えていない」と答えるジェームズ。軍にとったら、期待以上の結果を出してくれるジェームズのような男は、まことに使い勝手がいいことでしょう。
しかし、サンボーンとエルドリッチにとってみれば、たまったもんじゃない。任務明けまであとわずかだというのに、巻き添えを食うのはごめんだ。そんなイライラが高じて、衝突もし合う。しかし、ジェームズに幼い子どもがいることや、処理した爆発物の部品を秘かに集めていること、兵士相手にDVDを売る少年に見せる優しさなど、彼の隠された一面を知るにつけ、3人はしだいに結束力を高めていく。
ところが、そんな彼らの士気をあざ笑うかのように、戦争の「異常性」は、次々と「悲劇」を見せつけていく…。
「自爆テロ」については、「パラダイス・ナウ」でもその異常性が描かれていました。そこでも書きましたが、「自爆テロ」は詰まるところ、「点」でしかない。「ハート・ロッカー」では、「点」にすらなれない悲劇的な死も描かれます。それを救うことができなかったジェームズたちの苦悩もまた、どこにも行き場所はない。自分の中に抱え込んで生きていくしかない。
任務が明けて故郷に戻ったジェームズの表情はうつろです。妻や子どもに対しても、心ここにあらずといった風情。スーパーマーケットにずらりと並ぶシリアルの箱さえ、彼には弾薬庫に見えてしまうらしい。「戦争は麻薬と同じだ」という言葉は、まさにジェームズのためにある言葉なのかもしれません。しかも、その「麻薬」は、中毒者にとって幸いなことに、望みさえすればいくらでも手に入るわけですから。ジェームズも、再び麻薬の世界に入っていく。その目は、まるで玩具を与えられた子どものようにキラキラと輝いています。
爆発物を処理することは確かに意味があります。何百人、何千人の命を守ることができるわけですから。爆発物が存在する限り、彼の中毒は終息を迎えることはないでしょう。ただ、こんな「麻薬中毒者」が存在すること自体がおかしいと言えばおかしいわけで、なぜそれだけの「麻薬」(爆発物)が存在するのか、その原因は何だったのか。あるいは、その原因の原因は何だったのか、さらにその原因の原因の……としつこく追っていくことは、とても大切なことではないかと思っています。
“CHANGE!”と叫んだはずのオバマ政権でさえ、いまだにイラクから米兵を完全撤退できないでいます。中東問題、イスラム原理主義、石油の利権、いろいろな要素が絡み合っていることは確かですが、米国に、”9.11”の後遺症がいまだ根強く残っていることも背景にあるのかもしれません。
さてさて、タイトルの“Hurt Locker”は、直訳すれば「傷ついたロッカー」。その意味は、米国人でさえ知らない人が多いと聞きました。つまりは、「爆弾に吹き飛ばされて傷ついた兵士の体」、とか「棺桶」を指すスラングだと言う。日本語で「ハート・ロッカー」と言われたら、“Heart Rocker”かと思うかもしれない。そんな意味不明の紛らわしい邦題でいいのか?
2008年/米国/131分
【監督】キャスリン・ビグロー
【脚本】マーク・ボール
【出演】ジェレミー・レナー/ウィリアム・ジェームズ二等軍曹 アンソニー・マッキー/J・T・サンポーン軍曹 ブライアン・ジェラティ/オーウェン・エルドリッジ技術兵 レイフ・ファインズ/請負チームリーダー ガイ・ピアース/マット・トンプソン軍曹
2010/05/20 シネマディクト
(C) 2008 Hurt Locker, LLC. All Rights Reserved.
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「戦争は強力で致命的な中毒だ。なぜなら麻薬だからだ」(ニューヨークタイムス戦争特派員)
2001年の”9.11”以来、フセイン大統領支配下のイラクとの対立を深めていた米国・ブッシュ政権。彼がイラン、イラク、北朝鮮を「悪の帝国」と呼んだ時には、まるで漫画の世界じゃないかと思ったものでしたが、実際、彼が「悪の帝国」の征伐に乗り出していったのも、流れからいったら当然の帰結だったのかもしれません。2003年3月、米国はイラクへの空爆を開始。イラク戦争とか、第二次湾岸戦争と呼ばれるこの戦争を始めるに当たり、米国はイラクが所有する「大量破壊兵器」を開戦理由の一つに掲げていました。戦争そのものは数ヶ月で終了したのですが、その後も現在に至るまで米国はイラクに駐留し続けています。その間、「悪の帝国」のドン、サダム・フセインが隠れ家から引きずり出されだ挙げ句、処刑されたのはご存じのとおり。
この映画は、イラク戦争を舞台とした「戦争映画」には違いないのですが、兵士の中でも、「爆発物処理班」に焦点を当てた点で、他の戦争映画とは異なっています。彼らの任務は、前線で敵を殺すことではなく、バグダッドの街の至るところに存在する不発弾やテロリストの仕掛けた爆発物を処理すること。ドンパチ戦うのが「派手」だとすれば、爆発物処理班はごく「地味」なのです。
しかし、彼らの任務は、市民の命を守るという意味では極めて大事です。アカデミー賞の授賞式で、キャスリン・ビグロー監督が、爆発物処理班を、「消防士」、「救命士」と並べて賞賛していたのは、そういう意味があったのですね。
舞台は、2004年夏、イラクのバグダッド。米国陸軍ブラボー中隊の爆発物処理班が街中に放置された不発弾の処理に当たる場面から始まります。アームを搭載したリモコン車が故障したため、マット・トンプソン軍曹(ガイ・ピアース)が防爆スーツを身に付けて自ら爆発物を処理することになる。ところが、近くに携帯電話を手にした男がいることに仲間が気づく。それは、携帯の電波に反応する爆弾だったのです…。
のっけから、こんな緊迫感あふれるシーンが展開します。しかも、こういうシーンが、このあとも次々と出てくるのです。一つ手順を間違えば一瞬にして自分の体が吹き飛ばされてしまう。爆発物処理は、「24」なんかでもよく出てきました。テロリストが仕掛けた時限爆弾。青の赤のリード線があって、時限装置を止めるにはどちらか1本だけを切る必要がある。2分の1の確率…。この映画では、そんな凝った爆弾は出てきませんが、それでも、街中に放置された不発弾といい、道路の真ん中に巧妙に仕掛けられた爆弾といい、「地雷」の異常性と同じように、戦争は何かを狂わせるものだということを改めて感じさせます。
さて、3人一組で動く爆発物処理チームに、新たにリーダーとして入ってきたのがジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)。サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)を従えた爆弾処理チームは、任務明けまでの38日間を共に過ごすことになる。ところが、ジェームズは、型破りの男だった。これまで800個以上の爆発物を処理してきたジェームズは、慎重の上にも慎重を期すべき作業の手順を無視し、何でもないかのように爆弾に近づいて淡々と処理作業を進めていく。防爆スーツさえ、「死ぬときぐらいは気持ちよく死にたい」とか言って、脱ぎ捨ててしまう始末。「何も考えていないのか?」と聞かれて、「何も考えていない」と答えるジェームズ。軍にとったら、期待以上の結果を出してくれるジェームズのような男は、まことに使い勝手がいいことでしょう。
しかし、サンボーンとエルドリッチにとってみれば、たまったもんじゃない。任務明けまであとわずかだというのに、巻き添えを食うのはごめんだ。そんなイライラが高じて、衝突もし合う。しかし、ジェームズに幼い子どもがいることや、処理した爆発物の部品を秘かに集めていること、兵士相手にDVDを売る少年に見せる優しさなど、彼の隠された一面を知るにつけ、3人はしだいに結束力を高めていく。
ところが、そんな彼らの士気をあざ笑うかのように、戦争の「異常性」は、次々と「悲劇」を見せつけていく…。
「自爆テロ」については、「パラダイス・ナウ」でもその異常性が描かれていました。そこでも書きましたが、「自爆テロ」は詰まるところ、「点」でしかない。「ハート・ロッカー」では、「点」にすらなれない悲劇的な死も描かれます。それを救うことができなかったジェームズたちの苦悩もまた、どこにも行き場所はない。自分の中に抱え込んで生きていくしかない。
任務が明けて故郷に戻ったジェームズの表情はうつろです。妻や子どもに対しても、心ここにあらずといった風情。スーパーマーケットにずらりと並ぶシリアルの箱さえ、彼には弾薬庫に見えてしまうらしい。「戦争は麻薬と同じだ」という言葉は、まさにジェームズのためにある言葉なのかもしれません。しかも、その「麻薬」は、中毒者にとって幸いなことに、望みさえすればいくらでも手に入るわけですから。ジェームズも、再び麻薬の世界に入っていく。その目は、まるで玩具を与えられた子どものようにキラキラと輝いています。
爆発物を処理することは確かに意味があります。何百人、何千人の命を守ることができるわけですから。爆発物が存在する限り、彼の中毒は終息を迎えることはないでしょう。ただ、こんな「麻薬中毒者」が存在すること自体がおかしいと言えばおかしいわけで、なぜそれだけの「麻薬」(爆発物)が存在するのか、その原因は何だったのか。あるいは、その原因の原因は何だったのか、さらにその原因の原因の……としつこく追っていくことは、とても大切なことではないかと思っています。
“CHANGE!”と叫んだはずのオバマ政権でさえ、いまだにイラクから米兵を完全撤退できないでいます。中東問題、イスラム原理主義、石油の利権、いろいろな要素が絡み合っていることは確かですが、米国に、”9.11”の後遺症がいまだ根強く残っていることも背景にあるのかもしれません。
さてさて、タイトルの“Hurt Locker”は、直訳すれば「傷ついたロッカー」。その意味は、米国人でさえ知らない人が多いと聞きました。つまりは、「爆弾に吹き飛ばされて傷ついた兵士の体」、とか「棺桶」を指すスラングだと言う。日本語で「ハート・ロッカー」と言われたら、“Heart Rocker”かと思うかもしれない。そんな意味不明の紛らわしい邦題でいいのか?
怖かったでしょうね。
それにしてもジャンボに乗客8人とは、もったいないですなあ。