カクレマショウ

やっぴBLOG

「ワールド・トレード・センター」─あまりにも軟派な。

2006-10-12 | └歴史映画
オリバー・ストーン。「プラトーン」(1986年) 、「7月4日に生まれて」(1989年)、「天と地」(1993年)の“ベトナム戦争3部作”、「JFK」 (1991年)といった反骨精神あふれる映画を生み出してきた監督です。

で、そのオリバー・ストーンが今回は“9.11テロ”を描くというので、公開を心待ちにしていました。“ベトナム戦争3部作”が、いずれも戦争終結から十何年もたってからようやく描くことができたのに対し、今回はあの忌まわしい事件からたった5年しかたっていないのです。彼がどんなふうにあの事件をとらえ、どんなメッセージを私たちに示してくれるのか。

しかし、彼が「ワールド・トレード・センター」で見せてくれたのは、もっぱら「家族愛」でした。「薄っぺらい」とは言いません。誰だって家族への愛は抱いているわけで、理不尽な形で「死」に直面している状況ならなおさら、家族への愛が強調されてしかるべきです。しかし、それはあのテロ事件を通してしか描けないものではありません。

救出されたジョンに対して、よくがんばった、と仲間が拍手を送るシーンがあります。担架に乗せられ、列を作る仲間の間を順送りにされるジョン。カメラがズームアウトすると、たくさんの人が長い列を作って担架を待っている。「薄っぺらい」と言えば、このシーンほど薄っぺらいものはないと思いました。彼らが拍手を送るその列の背後には、救出されずに死んだ、あるいはビルの崩壊とともに即死した多くの遺体が眠っているのです。

「生き残った」から映画になる、というのはあまりにも悲しい。「ユナイテッド93」は、死んだ人々の物語でした。死んだ人々を通して、「家族愛」もきちっと描かれていました。しかし、「ワールド・トレード・センター」は、死んだ人々にはほとんど目を向けることなく、ひたすらサバイバルした人に注目させます。妻の愛が自分を救ってくれた…。でもそれがいったいあのテロ事件を描くのにどういう意味があるのか、私にはどうにも理解できません。

いつかの朝日新聞に「米国発硬派映画云々」という記事がありました。反ブッシュ的な映画が最近増えているとして、例として「ワールド・トレード・センター」や「ユナイテッド93」、「ミュンヘン」、「グッドナイト&グッドラック」といった映画が挙げられていましたが、少なくとも「ワールド・トレード・センター」は「硬派映画」じゃないことは確かです。この映画のどこに政治的メッセージが込められているというのでしょうか?

もしかしたら、これは"9.11"を描いた映画ではないのしれません。生き残った二人が、いかに家族を愛していたか(それも回想シーンの積み重ねだけでは十分とは言えませんが)、妻がいかに夫の身を案じていたか、そんな家族愛を描くために、たまたま"9.11"の事件を「舞台」としただけなのです!

もちろん、主演のニコラス・ケイジは名演。ほとんど瓦礫の下での、ほこりまみれの顔だけの演技でしたが、こういうシチュエーションでこそ俳優の真価が現れるのですね。「クラッシュ」の鍵屋役が印象的だったマイケル・ペーニャも、ニコラス・ケイジに負けぬ巧者ぶりを見せてくれます。

テレビで繰り返し流されたビルへの激突シーンは一切見せずに別のビルにジャンボ機の影を写し出したり、ビルが崩れ落ちる際の臨場感、瓦礫のドームと化したビルの内部を燃えさかる炎が飛んでいくなど、シークエンスでは印象に残る場面がけっこうあっただけに、全体を見ると単なるヒューマンドラマになってしまっているのが私としてはとても残念な気がしました。

オリバー・ストーン監督の、次回作に期待…です。


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5 コメント

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ほんと!ほんと! (ララミミ)
2006-10-14 21:42:21
全く、同感です。

この映画のタイトルは何だったの?

肩透かしですね。
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人それぞれの感想 (れごまま)
2006-10-15 21:39:13
こんばんは



まだパンフレットを開いていません。

だから、製作側が何を意図してこの映画を作成したのかはまだ、読んでいません。



いわゆる「一読後の感想」です。

私にとっては「家族愛」の映画というよりむしろ人の「使命」について描かれた映画に思えました。

危険を冒してもビルに入らなければならなかった警官としての使命。逆に夫として家族の元に帰らなければならない使命。使命を持って事に立ち向かう人の強さを描いた映画に思いました。救助に向かった海兵隊の台詞「自分には人を救う使命がある」にそれがすべて凝縮されているように思いました。



ただ、残念なことに、ものすごい蛇足がついていたように思います。



アメリカの国としての使命を下敷きにしいたことです。その後のアメリカの行為を正当化するためにこの映画を描いたのではないかと思うのは私のかんぐりすぎでしょうか?



ニコラスケイジはミスキャストだと思います。『ユナイテッド93』はそれほど名の売れていない配役を揃えることで、普通の人の日常がある日突然奪われたとことが際立った作品だったと思います。ニコラスケイジを起用してしまったことで、あの事件を描いたこの映画を「サバイバルした人の物語」に特化してしまったのであればミスキャストだと思います。



映画って、いろんな感想を持つ人がいて、それをいろいろ語り合うのが好きなれごままの感想でした。^^
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人それぞれで (やっぴ)
2006-10-16 23:59:50
ララミミさん れごままさん



コメントありがとうございます。

この映画は評価がはっきり分かれる作品ですよね。7:3くらいで高評価の人の方が多いような感じはしていますが。



れごままさんの「使命」論も納得です。設定が「9.11」でなければ、これほど評価が分かれることはなかった映画なのかもしれませんね。





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はじめまして! (rara)
2006-10-19 23:55:29
こちらには、JFKの検索から来ました。

ずっとTV放映の「JFK」を不完全に観ていて、最近やっとちゃんと観れた者です。



911の陰謀説はご存知でしょうか。

「JFK」も、あえてフィクションを織り交ぜないと(織り交ぜてあるという説がありますね)公開できなかったのかと思いますが・・、非常に似たものがあります。

あまりにも大きすぎる陰謀は、かえって目立たないんですね。。

「ワールド・トレード・センター」はまだ未見ですが、「JFK」を作ったオリバー・ストーン監督が、そのような作り方をするとは、なにか圧力があったのでは、と思わないではいられません。

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JFKとWTC (やっぴ)
2006-10-24 00:28:50
raraさんコメントありがとうございました。



「ワールド~」は「JFK」とは全く視点が異なる映画でだと思います。「JFK」はケネディ暗殺事件そのものの謎にストーンなりに迫ろうとした映画ですが、こちらは9.11事件そのものはほとんど語られません。

「圧力」があったかどうかはどうかわかりませんが、ストーンが9.11にどんなふうに迫るのか、JFK的な描き方を見たいと思いますね。
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