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「セントアンナの奇跡」─スパイク・リー、消化し切れてないよ~。

2009-10-24 | ■映画
2008年/米・イタリア/163分
【監督・製作】 スパイク・リー
【原作・脚本】 ジェームズ・マクブライド
【音楽】 テレンス・ブランチャード
【出演】 デレク・ルーク/オブリー・スタンプス二等軍曹 マイケル・イーリー/ビショップ・カミングス三等軍曹 ラズ・アロンソ/ヘクター・ネグロン伍長 オマー・ベンソン・ミラー/サム・トレイン上等兵 ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ/ペッピ・“ザ・グレート・バタフライ”・グロッタ ヴァレンティナ・チェルヴィ/レナータ
[2009/10/20 青森シネマディクト]
写真:(C) 2008(Buffalo Soldiers and On My Own Produzione Cinematografiche)- All Rights Reserved.

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スパイク・リー監督初めての戦争映画、なんだそうです。しかも、初めて米国(というかニューヨーク)を飛び出して、ヨーロッパ(イタリア)を舞台とした映画。もちろん、スパイク・リー永遠のテーマである黒人差別の問題はしっかり根っこに据えつつですが、いろんな意味で、これまでにない新しい境地を切り開いた映画のような気がします。

戦争映画って、やっぱり戦争の背景みたいなものをある程度知っておかないと、あるいは映画の中で説明してくれないと、さっぱり意味がわからなかったりしますよね。

たとえば、A国vsB国の一対一の戦争ならわかりやすいけど、通常はそういう単純な図式にならないのが戦争というもので、A国がC国と同盟関係を結んでいたり、B国にはD国が武器援助していたり、A国の内部でも反体制派グループがA国正規軍にゲリラ活動を仕掛けていたり…と、複雑な国際関係や国内情勢が必ず絡んでくるからややこしい。

この映画は、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線のうち、イタリアを舞台とした戦争が背景となっています。

当時、イタリアは、ムッソリーニ首相率いるファシスト党がナチス・ドイツと組み(日本も入れて三国軍事同盟)、米国・英国を中心とする連合軍と戦っていました。1943年7月、連合軍はイタリアのシチリア島を占領、ムッソリーニは首相を解任、逮捕され、新たな政権のもとでイタリアは無条件降伏します。

これを見たナチス・ドイツはすかさずイタリアに軍を送り、ムッソリーニを救出してイタリア北部にファシスト軍を復活させる。イタリア国内の反ムッソリーニ勢力(王党派)は、連合軍とともにこれと戦うことになったものだから、イタリアは、ドイツ軍+ファシスト軍に、連合軍+王党派軍、さらに、民衆のレジスタンス軍であるパルチザンも加わって、何が何だかわからない内戦状態となっていきました。

結局、1944年6月に連合軍がローマに進軍、フィレンツェをはじめとする北部も占領し、翌1945年4月にムッソリーニは公開処刑、ドイツのヒトラーも自殺してヨーロッパ戦線は連合軍の勝利で幕を閉じるのです。

この映画で描かれるのは、このうち、1944年のイタリア北部・トスカーナ地方です。この地に送り込まれた連合軍の主力である米軍のうち、第92歩兵師団に属する4人の米兵に焦点が絞られています。

この、第92歩兵師団というのが、有名な「バッファロー・ソルジャー」、つまり黒人だけの部隊でした。「バッファロー・ソルジャー」という呼び名は、もともと19世紀の西部開拓時代にインディアンが名付けたと言われています。その頃から、米国は、黒人だけの部隊を編成し、最も危険な最前線に送り込んでいたのです。その指揮を執っていたのは、もちろん白人です。国民が一丸となって臨むはずの戦争においてでさえ、黒人に対するそうした差別があったということが、人種差別の根の深さを感じさせますね。ちなみに、日本と戦っていた太平洋戦線にも黒人師団がありました(第93歩兵師団)。こうした黒人部隊は、朝鮮戦争(1950-53)まで存続したそうです。

さて、4人の黒人兵は、ドイツ軍との戦闘で仲間を次々と失いながらも、何とか生き延びる。そして、その中の一人がドイツ軍の砲撃で怪我を負った少年を助けたことから、4人は部隊とはぐれてしまいます。その9歳の少年(アンジェロ)には、彼だけに見えるアルトゥーロという友達がいるらしい。何か不思議な力を持っているようでもある。少年は自分を救ってくれた黒人兵、大きな図体に純粋な心を持つトレインに心を開き、常にそばにくっついて離れない。

アンジェロは、実はかつて、あるすさまじい体験をしていたのです。4人は、アンジェロと共にトスカーナの小さな村にやってくる。「眠る男」と呼ばれる山を守り神とするその村で、4人は、黒人への差別意識を持たない村人と共に、束の間の休息を楽しむことになる。本国でも、そしてこうして戦争に駆り出されても、「差別」から逃れることのできなかった彼らにとって、自分が黒人であることを忘れられるという初めての体験だったのです。「ここでは、ニガーではなく、俺は俺だ」というセリフがすべてを物語っていました。

ところが、そこへ、山中に潜んで反ファシズム工作を展開するパルチザンが、一人のドイツ兵捕虜を連れてやってくる。無線でドイツ兵を捕虜にしろという理不尽な命令を受けていた黒人兵たちは色めき立つ。本来なら同じ敵を倒すために戦っている米兵とパルチザンの間に走るただならぬ緊張。しかも、アンジェロはそのドイツ兵を知っているらしい。いったい、彼は何を体験したのか。そうしている間にも、村にはドイツ軍の足跡が迫ってきていた…。

4人の中で、唯一生き残ったのがヘクターという通信兵。退役後、郵便局に勤め、定年退職まであと数ヶ月というある日、彼は突然、窓口にやってきた男をドイツ製の銃で撃ち殺す。映画はその衝撃的な場面から始まります。年老いたヘクターが冒頭で見ているテレビ映画は、「史上最大の作戦」です。第二次世界大戦の、ノルマンディ上陸作戦(1944年6月6日)を描いた超大作。彼があの少年と出会ったのは、ノルマンディ上陸作戦の数ヶ月後のことだったわけです。ジョン・ウェイン扮する指揮官に向かって言うかのように、ヘクターは、「我々もピルグリム(先駆者)として国のために戦ったんだ」とつぶやく。ノルマンディ上陸作戦に参加した米兵はすべて白人部隊。「史上最大の大作戦」にも、もちろん黒人は一人も出てきません。彼らも自分たちも、勝利のため、星条旗のために必死に戦ったことは違いない…。

ヘクターの表情といい、セリフといい、映画全体を象徴するような印象的な場面として、映画を見終わったあとに、このシーンが沸々とよみがえってきました。

タイトルの「セントアンナ」とは、1944年8月12日、トスカーナ地方のスタッツェーマ村で実際に起きた「セントアンナ(イタリア語ではサンタヘナ)の大虐殺」事件を指しています。パルチザンの掃討作戦を展開していたドイツ軍によって、サンタヘナの教会に集められた住民560名が皆殺しにされた事件です。その多くは、女性や子ども、老人たちでした。ドイツ軍は、その後もイタリア各地で多くの民間人を虐殺しています。「セントアンナの虐殺」の責任者3人に終身刑が言い渡されたのは、つい2年ほど前、2007年のことです。

また、心優しい米兵トレインがお守りのようにいつも腰からぶら下げている大理石の彫像の首は、1944年8月8日、ドイツ軍によって破壊されたフィレンツェのサンタ・トリニータ橋を飾っていた彫像の頭部という設定になっています。製作されたのは16世紀のことです。

しかし、こうして見ていくと、この映画、詰め込まれた要素があまりにも多い。163分という長尺になるのも無理はないわけですが、その分、せっかくの面白い要素を消化し切れていない、もしくはまとめ切れていない感じがします。例を挙げれば、4人が逗留した村の守り神「眠る男」にしても、1988年のヘクターが「私は<眠る男>を知っている」と思わせぶりに言うほどには、1944年の場面でちゃんと描き切れていない。ラスト近く、トレインが首を締め上げる上官の横顔を見て、村人が「<眠る男>だ」とつぶやくに至っては、まったく訳が分からない。

スパイク・リーの作品はとても好きなので、あえて言わせてもらいますが、この作品、演出はともかく、脚本に問題があるのではと思います。脚本は、原作である小説を書いた作家に依頼したそうですが、スパイク・リー自身が脚本を書いてもよかったのではないでしょうか。


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