風塵社的業務日誌

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『「陸軍登戸研究所」を撮る』

2014年04月14日 | 出版
ありがたいことに、なかなかクソ忙しい状態から脱け出せない。入稿間際の『「陸軍登戸研究所」を撮る』(楠山さん著)の校正を、この数日、合間を見つけては集中してやっていたつもりであった。
ところが、見直してみると、いまだに漏れがある。小生の目はザルかいなと嘆かわしくなってしまうけれど、漏れに気がついてしまえば、そのままにしておくわけにはいかなくなる。
そもそも、この本は、楠山さんが7年かけて日本映画学校(現日本映画大学)の学生らと撮ったドキュメンタリー映画『陸軍登戸研究所』を下敷きにしている。その映画については、以前に鑑賞した感想を述べた(はず)。
小生が観たのは240分ヴァージョンであったが、その後劇場公開したものは180分にまとめているそうだ。確かに4時間もあったら、商業的に成り立つわけがないのである。
そんなことはさておき、この映画は『キネ旬』の2012年の文化映画部門で3位となる。これには楠山さんもびっくりされたことだろう。しかし、おかげで渋谷のユーロスペースや、東中野のポレポレ座でも上映され、異例の大ヒットと東京新聞にも謳われるようになったそうだ。
そして近々、某賞(これまた渋い賞)まで受賞することが内定されたらしい。Sさんという某高名な映画評論家がこの映画を高く評価されているらしく、楠山さんに直接電話があったそうだ。わが敬愛する(愛憎半ばする)映画評論家の松田政男さんが元気だったら、松田さんにもこの映画を強く推薦してもらいたかったものである。
それもまたさておき、いろいろと紆余曲折があり、弊社からその紙メディアヴァージョンを刊行することにした。ところが、楠山さんが実際に原稿を書き始める最初の段階から関わっていたわけではない。途中で某社からテキストファイルを送っていただき、それを本にしようというわけである。
実は小生の場合、登戸研究所には少しばかり関心があった。しまった、関心があったなんて偉そうに記してしまったけれど、その名前くらいは知っていて、具体的に何をやっていたのかなあと、漠然と興味を抱いていたという意である。つまり、映画を撮ろうとしたときの楠山さんと、同じような状態にあったのである。
『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』(新潮選書、片山杜秀著)にくわしいが、結局2流国である日本が、どうやって1流国と対等に斬りむすばねばならないのか、日本は思想面(国家方針)からして苦労するのである。
資源はない、技術的にも1流国に遅れている、しかし世界のトップには連なりたいという強烈な自意識だけは保持している。その相克を、軍部はどう乗り越えようとしたのかということが『未完のファシズム』に克明に描かれていて、非常に興味深い。
そして、その落着点が、映画『陸軍登戸研究所』では風船爆弾であったのだ。当時として世界最高レベルの高度保持装置を備え、これまた世界最高レベルの和紙とコンニャク糊で作った気球を作り、そこに爆弾を搭載する。
そのために、陸軍は国内のコンニャクを買い占め、全国の女学生(現在の高校生くらい)に風船作りの労働を強制する。高度保持装置も、それまでハンダなんて扱ったことのない女学生による、必死のハンダ付け作業だ。だんだんと、世界最高レベルから話が落ちていく。ところが、その強制労働をさせられた側はたまったものじゃない。端的に、生理が止まってしまうくらいの厳しさなのだ。
しかも、できたものはしょせん風まかせである。偏西風に乗せないといけないので、冬場しか打ち上げができない。ところが、日本が冬であるということは北米も冬である。少々の爆弾が落ちても、雪に覆われた山林地帯で、それほどの火災事故になるわけがない。
日本中を総動員し、約9000発の風船爆弾を作り、そのうち約4000発を打ち上げ(本書によると)、300発超がアメリカ本土に到達したようである。ところが、この攻撃による死亡者はわずか数名。ある田舎で、ピクニックに行っていた親子の上に風船爆弾が不幸にも落ちてきて、それで亡くなったケースが唯一である。
対費用効果としてまったく成り立っていないのは、一目瞭然だろう。日本では、飢えと過労にさいなまされつつ、多く(あまりに多くて人数不明)の女学生が栄養失調や脚気や怪我と闘いつつ必死に風船を作っているのに、その程度の戦果しかあげられないのだから、資本主義的成果主義に照らし合わせれば、「責任者、出てこい!」という話である。
結局は、風船に爆弾ではなく細菌を載せようとしたわけである。しかし、そこまであからさまな国際法違反には、東條も天皇もさすがに二の足を踏んだ。そこまでやっちゃうと、あとの報復が恐ろしいということだ。
本書は風船爆弾だけにスポットをあてているわけではないけれど、風船爆弾の事例は、日本のファンキーさをよく示している事例だと思ってしまう。日本が「無責任体系」と喝破した丸山真男の『現代政治の思想と行動』を、読み直そうかなあと思ってしまった。

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