tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

経済成長への意欲と自信が失われた!

2020年10月03日 15時40分22秒 | 経済
経済成長を可能にする付加価値の使い方-6
 2013年、2014年と日銀は、アメリカのバーナンキ流の金融政策を取り入れ、徹底した金融緩和を実行、アメリカと同じ2%インフレ目標を掲げて、いわゆる異次元金融緩和による日本経済の再生に踏み切りました。

 円安効果は抜群でした。主目標が「 円安実現」にあったことは明らかです。
 円安を実現すれば、日本の国際競争力は回復し、日本企業は積極的な経済活動に転じ、雇用も増え、賃金も上がり、消費も増え。円安の日本に観光客も押し寄せるだろうと予測して当然でしょう。
 私も当時そう考えていました。円レートが1$=120円がらみになれば、日本経済は自動的に元気を取り戻すと確信していたというところでしょうか。

 当時のこのブログを見ますと、「いよいよこれから日本経済の復原現象が起きるだろう」と見ている様子が鮮明です。しかし、残念ながら現実は違っていました。

 これを「アベノミクスの失敗」というか、日本が変わったというかは、もう少し時間が経たないと解らないのかもしれません。

 現実に起きたことを見ますと、まず、円レートは1$=80円水準から120円水準の大幅な円安になりました。日本の物価は国際的にみても安いぐらいになり、多くの企業は相当な円安差益を計上しました。海外からの観光客、いわゆるいんバウンドは順調の増加に転じました。

 しかし残念ながら企業の国内投資はある程度は伸びたものの、大きく 伸びたのは海外投資でした。
 2%インフレ目標に象徴された消費拡大への期待は、まったく宛てが外れるといった結果になってしまいました。

 このブログでは、「プラザ合意」による大幅円高($1=¥240から$1=¥120円)以降の日本経済の分析を繰り返し行ってきていますが、観測する所では、リーマンショック以降の超円高($1=¥75~80)で、日本企業は 自信と意欲を大きく失ったように感じます。

 また、長期にわたる平成の長期不況、2度の就職氷河期は、日本人の1億総中流の成功体験を徹底的に忘却の彼方に押しやり、少子高齢化の喧伝とともに、今後は自助による生活の自己防衛しかないという強迫観念を多くの日本人に植え付けたようです。

 その結果として起きている状態が、企業の投資行動は、国内投資から大きく海外投資にシフトし、国民の消費行動は、 今日の消費を抑えて (平均消費性向の低下)、明日(老後)のために出来るだけ貯蓄を充実させるというパターンに変化してきているという事でした。

 こうした、企業と家計の経済行動の消極化が、企業金融面では異次元緩和のマネーを実体経済の成長に生かしきれず、消費行動では、賃金の上昇(これも小幅ですが)に 逆行する消費の節約を引き起こし、生産、消費の両面から日本経済の成長を制限する自主的な行動に結果していることが明らかになってきています。

 そして、金融異次元緩和のマネーも、巨大になった家計の貯蓄によるマネーも、動いている分野は株式等の証券市場で、株価はそれなりの水準を形成していますが、それは方向としては所得格差、資産格差の拡大を通じて、日本社会の格差社会化を齎しているという図式になっているようです。

 このままでは、日本経済、日本社会は、行く先を誤るといった状況の中で、新型コロナが更なる混乱をもたらしているというのが現状ではないでしょうか。
 日本経済・社会の進むべき方向について、新しい菅政権も、何か考えなければいけないように思うのですが、今までの所、制度上の小細工程度です。

  国民の意識を変えるには、国民が自分の行動を変えたくなるような魅力のある「哲学」をリーダーが示す必要がると思うのですが。