tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

「決める政治」か「決まる政治」か?

2021年05月30日 11時58分17秒 | 文化社会
「決める政治」か「決まる政治」か?
 今月末までと決めてあった緊急事態宣言は、菅総理の決定で6月20までに延長されました。諮問を受けた感染症分科会の尾身会長は、緊急事態宣言の延長は全員一致と言いましたが、6月20日という期限には全く触れませんでした。

 6月20に緊急事態宣言の解除が可能になるのかどうか、専門家にも解らないのが現状でしょう。解らないことを勝手に決めるのが菅政権の特徴です。決めては伸ばしを繰り返すのは最悪です。本当の答えは、「これこれの状態が確保されたら解除します」でしょう

 街頭インタビューでは「解除になったら旅行に行きます」などと答えている人がいます。政府が決めるのだから、自分達は待っていればいいと受け身で考える人は多いようです。
 しかし、国民がみんなで、緊急事態下の行動を遵守しなければ解除の日は来ないのです。(あとはワクチン頼み)

 菅政権はいつも腰だめで期限を決めます。そしていつも決定は修正されます。何故こんなことになるのでしょうか。

 思い出されるのは、前総理の安倍さんのスローガンで「決める政治」でした。官房長官を務めた菅さんは、この暗示に未だ縛らえているのかもしれません。

 政権党は自由民主党ですから、リベラリズムと民主主義を党名で標榜しています。では、民主主義の中で、「決める政治」とはいったいどういうことでしょうか。

 考えられるのはリーダーが、それぞれの国民の声をよく聞き、出来るだけ多くの国民が納得するような政策にまとめ上げ、それを国民に誤りなく提示すれば、「決める政治」は成立するのかもしれません。

 しかし、現実にはこれは容易な事ではありません。リーダーは卓越した能力と力量をも持つことは当然で、加えて、国民の気持ちを掬い上げ、正確な情報・データを提供するブレーンを持ち、そのデータ、情報を咀嚼し国民が納得し、賛同する施策にまとめ上げる先見性と洞察力を含む器量の持ち主でなければならないでしょう。

 この能力を持たず、ブレーンの提供するデータ、情報も十分に理解せず、形ばかりの「決める政治」を行えば、往々にして決めた結果は「外れ」ということになるのです。
 民主主義の下では、「決める政治」の決定が誤りであることが 解れば、リーダーは失格で、リーダーを降りざるを得ないでしょう。

 時には、然し、降りたくないリーダーもいるようです。そしてもし居座ることが許されれば、それは独裁者への道になるのでしょう。民主主義社会には独裁者は不要です。

 「決める政治」というスローガンは常にこの危険性をはらみます。
 ならば、「決める政治」ではなく「決まる政治」を目指す方が望ましいのではないでしょうか。

 「決まる政治」を標榜すれば、リーダーの決定は、常に国民の意識と理解、その輿望に沿ったものになり、それは自ずから多数の賛同を得て決まることになります。

 聖徳太子の「十七条の憲法」の第17条は「それ、事は一人にて断(さだ)むべからず。必ず衆とともに宜しく論ずべし」とあります。
 聖徳太子が立派すぎたのか、政治の世界に進歩がないのか、どちらでしょうか。

紫陽花(あじさい)が咲き始めました

2021年05月28日 15時40分32秒 | 環境
紫陽花(あじさい)が咲き始めました
 東海まで来ていた梅雨入り宣言が、関東には未だ来ていませんが、昨日の雨の後、紫陽花はどうかのと思って見ましたら綺麗に咲き始めていました。

 猫の額の庭ですので、わが家の紫陽花は「あけぼの」とブロック塀の間に挟まれて、それでも元気に毎年枝を伸ばし、梅雨の季節を彩ってくれます。

 朝、二階のベランダから見ましたら、昨日の雨に洗われて綺麗に咲き出していましたので、後から庭に降りて接写しました。



 

 紫陽花は、大変元気で、良く伸びるので、隣家の方には行かないようにしているのですが、思ったより背丈が伸びるようで、高い所にばかり咲いて思ったような写真が撮れません。

 それでも写真を撮ってみると、矢張り紫陽花の花は立派です。一つ一つの花が重なり合い、太陽の日差しをいっぱい受けたいのでしょうか、花弁は平らに広がって、上から見ると大きなボールです。

 今日は写真のように、9つの花のボールが満開です。
 これから大きく広がろうという小さな蕾のボールがまだ沢山あるので、当分楽しめそうです。

 大きなボールを一つ切ってきて、食卓にでも飾ろうかと思っています。
 

東京五輪:決断するのは誰なのか

2021年05月27日 15時58分09秒 | 文化社会
東京五輪:決断するのは誰なのか
 書きたくない問題ですが、書いておかなければならないのではないかと思う問題です。

 IOCのバッハ会長は「犠牲を払っても」実施すべきと発言され、反響は大きいようです。犠牲の中身は解りませんが、現在の状況の中で実施すれば犠牲の可能性が最も高いのは日本であり、東京都でしょう。

 そして、日本、東京は、現状、「実施」に向かってひた走りです。犠牲を払うか、払わないで済むか、その可能性を検討する際の最大のファクターは 「コロナウィルス」 です。

 日本政府は、コロナウィルス対策に「万全」を期して、東京五輪がなんとかいつもの五輪の様に世界の熱狂と興奮を呼べば、「コロナに負けず」、「災害からの復興」の証にもなると、いわば死中に活を求める様な気持ちで、実施に邁進という気持のようです。

 東京都は実施団体として、日本政府の方針に従わざるを得ないというのが本音でしょう。医療をはじめとして人的資源その他最も負担がかかり、未知の相手、対コロナを最重点に最も緊張を強いられるのも東京都でしょう。

 一部にはテニスやゴルフなどなどの国際大会が実施されていることも踏まえ、例え緊急事態宣言の中でも五輪開催は可能といった発言もあるようですが、参加国数や人間の移動の範囲や規模を考えても五輪は別格でしょう。

 問題は先に述べましたように、相手がコロナウィルスだという事です。相手が人間やその組織であれば、相互の話し合いや協力といったことが可能ですが、コロナウィルスは、話が通じる相手ではありません。
 しかも困ったことに、頻繁に突然変異を繰り返し、感染力の強い新種株の発生が起きやるくなっているようです。

 つまり相手は未知数なのです。これは、人間同士の問題ではなく、自然現象との関係で判断しなければならない問題なのです。
 人間が自然現象と対決しなければならない時の基本的な判断の原則は、「最悪の事態を想定すること」というのが通説でしょう。 相手が自然では、人間の思い上りは通用しないからです。

 東京五輪は、まさに未知の自然現象との対決を、既存の人間の知識の範囲で判断し、しかも言葉では「万全」と言いながら、人間の努力でいかに完璧を期しても、「上手の手から水が漏る」で、万全が不可能であることも常識です。

 はっきり言って、東京五輪は未知を既知で判断し、後は「神頼み」という、日本人の得意とする精神論になっているのでしょう。
 
 現状では、少ない確率にかけて実施に突っ込む。犠牲は出るかもしれませんが、後からそれでもよかったんだと自分で納得することで済ますことになるような気がしています。

 納得して済ませる人はいいのですが、犠牲になった人やその周辺の人達はどうなのでしょうか。
 東京五輪は、まさにコロナウィルスとの戦いです。人間同士の戦いは放棄した日本ですが、自然との、今回はウィルスとの戦いも、かつての戦争と同じ考え方でいいのでしょうか。

嘘をつく人の心理学

2021年05月26日 12時10分02秒 | 文化社会
嘘をつく人の心理学
 まずは笑い話ですが、
先生:君の長所は? 生徒:絶対に嘘をつかないことです。
先生:では君の短所は? 生徒:時に嘘をつくことです。
先生:?
 「絶対に嘘をつかない」と言うのですから、「時に嘘をつく」というのも本当でしょう・・・。

母親:ゴミは屑籠ですよ 子:拾って屑籠に入れようとしてたんだよ
母親:そう、偉いね (騙されたのか、知っていて褒めたのか…。

 末弘厳太郎著「嘘の効用」という古典 もありますが、現実問題として、嘘は人間関係の潤滑油という面もあります。嘘と分かっていて、お互いに騙し、騙されたふりというのも時には大事かもしれません。

 そうした嘘はそっとしておいた方が良いのかも知れませんが、最近のように、社会のリーダーとして、より良い社会を作るべき立場の人が、フォロワーを意図的に騙すような嘘は世の中を悪くする嘘で、放っておいてはいけない嘘でしょう。

 かつて、「神話を信じるか見破るか」で、皇国史観、土地神話、原発の安全神話の3つをとりあげたことがありますが、原発の安全神話には私もころりと騙されましたが、小泉元総理も「騙された」といわれるのですから、誰が作ったのか知りませんが恐ろしいことです。

 ところで、日本国民にとって問題なのはこのところ2代続けての首相の発言に嘘が多いことでしょう。

 先日も書きました菅総理の最初の嘘は、学術会議メンバー任命拒否問題で、「私が決めました」と言ったことでしょう。
 あらゆる状況証拠が「菅総理の一存で決めたことではない」ことを示していますので、わたくしもうそだと思っているのですが、恐らく指示に従って言った嘘でしょう。言わざるを得なかったという事でしょうか。

 前総理の安倍さんの嘘は、本質的に違って、自らの思う所に従って、本人の意思で述べたものが多いようです。
 そのために、直下の官僚は、忖度も含め?やむを得ず嘘の連発をすることになったというのが、多くの国民の判断でしょう。(嘘を言いきれない方は自死されました 合掌)

 モリ・カケ・サクラと、誰が見ても状況証拠は嘘と分かっているのですが、本人は認めない。誰かにそうせよと言われているわけでもないらしい。
最初に思わず言ってしまった嘘の辻褄合わせという嘘も沢山あるでしょう。

  しかし、ここで問題になるのは、そこまで嘘を重ねるのは何のためなのか、という問題です。
 恐らくは、自分が成し遂げなければならないという極めて強い目的意識があって、その達成の為ならば、方便としての嘘も許されるという使命感に支えられているからという見方もありうるでしょう。

 歴史上の、また現存の独裁者に共通するのが、やはり「そうすべき」という目的を自ら決め、自らに課した使命感が決定的な支えになっているというケースが多いようです。 

 だとすれば、今の自民党が(公明党も?)忖度も含めて感じているその使命感とは何なのでしょうか。
 
 それは一国のリーダーの心の中の「秘中の秘」かもしれませんが、国民はそれが何かを知らなければ(知らされなければ)ならないのではないでしょうか。

花壇は野菜畑になりました

2021年05月24日 22時46分41秒 | 環境
花壇は野菜畑になりました
 汗だくで庭の草取りをする陽気になりました。梅雨入り宣言はまだですが、紫陽花も少しずつ色がついてきました。

 我が家の狭い庭も様子が一変しました。ついこの間まで、チューリップと釣鐘水仙が姸を競っていましたが、あの花壇は、今は野菜畑です。



 ゴールデンウィークに花の写真を撮りのんびりというのは少し違って、花壇を畑に切り替えるのは年寄りには大分大変でした。
 長男に電話して手伝ってもらいながら何とか半日で全面改装することができました。

 毎年雑草がすごいので、今年はポリシートを張って、先ずは雑草防除の準備をしました。

 連休最後の日にホームセンターに行って、仕入れた苗は胡瓜4本、茄子3本、トマト2本という事でした。
 
 トマトの1本は、このPCを打っている2階の部屋の外のベランダの良く見える所のプランターに植え、あとは写真の通りです。
 北側の列は胡瓜4本、南側の列の西側の角にトマト1本、その向こうは茄子3本という配置です。

 2-3日で苗は元気になり、胡瓜の蔓も伸び始め、一昨日例年通り簡単な棚を作って、あとは元気に伸びて呉れと願うだけです。  
 
 考えてみれば、スーパーで買った方が、簡単で安上がりかも知れませんが、やっぱり人間には「収穫の喜び」というのが、脳細胞のどこかに、本能として埋め込まれているのでしょう。

 今年も、胡瓜、茄子、トマトの「今年の初物」を収穫して夕食の時に「これで75日生き延びるぞ」と言いながら、食べる日を待ち遠しく思う事になるのです。

 コロナもそろそろ先が見えてくるようで、何といっても、こうして過ごせる平和な日々は矢張素晴らしい事なのでしょう。

政治と学術の関係の矮小化を憂う

2021年05月21日 10時19分30秒 | 文化社会
政治と学術の関係の矮小化を憂う
 菅内閣になって、最初の混乱は、日本学術会議メンバーの候補者の中の6人が任命を拒否されたことだったように思います。

 菅総理は「私の判断で決めた」と言いましたが、理由の説明もないので、何か奇妙な違和感を感じた人は多かったのではないでしょうか。

 後からいろいろ情報が入ってきて、総理は候補者名簿を見ていなかったとか、以前から安倍前総理が、候補者をその通り任命するのは良くないと言っていたとか、外された6人は安倍さんと違った意見の持ち主のようだとか、真相は「藪の中」のようになって、そのまま学術会議の在り方を見直すということになっていったようです。

 そのためのの会議は始まって、学術会議の予算(年10億円ほど)を削るとか、政府から独立にするとか、人数を減らせとかいろいろ議論はあるようですが、「政治と学術の関係」はどうあるべきかといった最も大事な問題が議論されている様子はありません。

 卑近な例ですが、今回の新型コロナ問題で、結局は専門家の意見を重視するようになりましたが、政治家だけで突っ走ったらどうなったでしょうか、そら恐ろしいことです。

 政治は形而下の実務で、学術は形而上の理論だから、形而上の理論など役に立たないというのは、独裁者にありがちな傾向です。
 古くは秦の始皇帝の焚書坑儒、近くは中国の文化大革命、カンボジアのポルポト政権の知識人殺戮の例などが思い出されます。

 物騒な例ばかり挙げましたが、学術を蔑ろにすると国は乱れることは歴史が示していると言う事でしょう。

 日本では千数百年前に、聖徳太子が、そうした政治の思い上がりを抑止す
るために十七条の憲法を定めています。

 第一条 和を以て貴しとなす はあまりにも有名ですが、第二条 篤く三宝を敬え の三宝(仏法僧)はまさに当時の学術の世界でしょう。
 
 国が、学術会議を置いているという事は、そこかラ、あらゆる専門分野の研究成果を吸い上げ、国民の優れた知恵の結晶を、政治という形而下の活動の場に生かそうという心構えを示したものでしょう。

 政治が学術を尊重するという姿勢をいかなる形で持つべきか、政治と学術の関係をいかなる方式にすることがより良い政治のために必要なのか、といったことが、最も基本的で重要な問題なのでしょう。

 そうした本質的な問題を政治家と学者専門家が徹底して議論し合意することがまず 必要なのでしょうが、本質論はそっちのけで、形式や手続き問題に矮小化して論じてみても、恐らく、わだかまりだけが残って、実のあるものににはならないと考えるのが自然ではないでしょうか。

 現状は、国民が、はらはらしながら、見守っているという状態ではないでしょうか。  
 

政府、ワクチン政策大転換へ!

2021年05月21日 10時19分30秒 | 政治
政府、ワクチン政策大転換へ!
 本論に入る前に・・、イスラエルとハマスの停戦、本当に良かったですね。みんな喜んでいるのに、戦争をしたい人は誰なんでしょうね。

 所で本論に入りますが、日本政府は、ワクチンについての政策を大転換するとのことです。
 すでにNHKが報じていますが、菅政権は、日本を世界トップレベルのワクチン開発拠点にすることを決めるようです。

 今回の新型コロナ問題で、ワクチンについては頭から海外依存しか考えていなかった(らしい)ことを、多くの人達から批判され、現実に海外製薬企業に振り回されたからでしょうか、世界最低レベルのワクチン接種率からなかなか脱出できない状態に甘んじたことが、政権に大打撃という失敗の反省でしょうか。

 NHKによれば、政府の提言案には「ワクチンを国内で開発・生産出来る力を持つことは、国民の健康保持への寄与はもとより、外交や安全保障の観点からも極めて重要だ」としているとのことです。

 今まで、そんな当たり前のことを考えていなかったのかとまた批判されそうですが、いずれにしても「誤って改むるに憚ること勿れ」という諺もありますから、これはいい事でしょう。

 しかも世界中、誰が考えても、やる気になれば日本ならば出来ることだと考えるでしょうから、今まで全く手を抜いていたことの方が驚きという意見すらあるようですが、これから政府が本気になってやるというのですから、これからはそちらを見守ることこそが大事です。

 折しも、6月にはオンラインで、世界ワクチン・サミットが行われるという事で、そこで日本は、総理と外務大臣が出席、新しい方針を世界に示したいという事ですから、国民としても、政府のこれからの政策の実行を「注意深く見守る」様にしたいものです。

 提言は具体的な中身、拠点の設置、資金調達、研究システム、テスト、治験など具体的の問題まで触れているようなので、単なる選挙向けスローガンではなく、「国民の生命と生活を守る」本格的な取組と理解し、発言は実行されると国民がそろって確信することが大事ではないかと思うところです。
 

 


日本人の倫理観も変わるのか?

2021年05月20日 17時10分24秒 | 文化社会
日本人の倫理観も変わるのか?
 安倍政権になってから何かいろいろ変わってきたように感じています。

 恐らくは、政権としての手法が、今までの自民党の多様性を内包しながら結局は何とかまとまっていくといった日本的なものから、欧米流のリーダーシップ重視になったからでしょう。

 異論を封じて権威より権力を重視するという立場でしょうか。公明党と組んで絶対多数という条件も大きく貢献したようです。「決める政治」を掲げ、公務員の忖度の利用と強行採決という手段が活用されてきています。

 このログがが主要テーマとする経営・労使関係といった分野では「働き方改革」基本的には欧米流の人事制度が理想とされました。
 対官僚の人事政策では、トップが人事権を握るという方法で、日本人の持つ美徳である忖度を巧みに利用したようです。

 こうして独裁色を強めた結果は、しかし残念なものでした。まだ、日本社会は総てが独裁権力についていくほど脆弱にはなっていませんでした。

 結果は、権力維持のために「息を吐くように嘘をつく人」などと言われるような状態なってしまったようです。

 結局はリーダー役を当面引退することになりましたが、その影響は、自民党の変質だけでなく、連立を組んだ公明党にもかなり大きいようです。

 7年余に及んで安倍リーダーの行動パターンは、この間に多くの政治家やリーダーシップに憧れるいろいろな日本人に、まさにロールモデルとして多大な影響を与えた様な気がしてなりません。

 最近起きる多くのスキャンダルまがいの多様な事件でも、関係がありそうな主要な人物が、まずは「自分は関係がない」といった発言を一様にするようになったような気がしてならないのです。

 日本人に「潔い 」という概念が欠落してきているのではないかとは先ごろ書いたところですが、まずは損得だけを考えて、都合の悪い事は「最初は否定しておくのが良い」という近年の欧米流の功利的な考え方や態度が一般的になってきつつあるのではないでしょうか。

 私の僻目であればよいのですが、矢張り、日本人は、例え、世界の中で真面目すぎると言われても、従来の日本人らしい日本的な考え方を守るべきではないでしょうか。

 日本的だから良いと言っているのではありません。
 人類社会のあるべき姿を考えた場合、各個人が、確りした倫理観を持って、理非曲直を自ら判断し、社会的責任を持って行動することが、最も望ましい事は、恐らく誰にも異存はない事ではないかと考えるからです。 
     

2020年度GDPはマイナス4.6%の大幅下落だが

2021年05月18日 23時17分51秒 | 経済
2020年度GDPはマイナス4.6%の大幅下落だが

 今日、内閣府から2021年度1-3月期のGDP速報と合わせて標記前年度のGDPのリーマンショックを超える下落幅という年度の成長率が発表になりました。

 コロナ禍をまともに受けた年度ですから年度を通じて4.6%の減というのは、致し方ない所でしょう。政府の大幅な補正予算、GoToで経済テコ入れ努力もありましたが、コロナ禍の深刻化をまねいたこともあり、結局はコロナ禍の影響が巨大だったことの結果です。(以下数字は総て実質)   

 今年に入っての1-3月期は対前期比で見れば、GDPは1.3%減で年率にすれば5.1%の減ですから、前の2四半期7-9月、10-12月が5.3%、2.8%とプラスだったのに比べれば急な落ち込みです。1人10万円給付やGoToなどの政府のバラマキの効果もあったのですが、後者は特にコロナ拡大を伴いました。

今年の1-3月期は、政府支出は減り緊急事態宣言もあって、GDPはマイナスになったのですが、他方で、ここへきて、ワクチン接種の加速で、コロナ終息への微かな明かりが見えてきた面もあり、今後の動向が注目されます。

いつものことですが、このブログの立場は一貫していますが、なるべく短期でなく長期でデータを見るというスタンスを取っています。その方が本質が見えます。
という事で、昨年の1-3月期から今年の1-3月期までの各四半期の対前年同期比のGDPの伸び率を見てみます。
     昨年1-3月期 -2.1%
       4-6月期 -10.1%
       7-9月期 -5.6%
      10-12月期 -1.1%
     今年1-3月期 -1.9%

 恐らくこれは実感がわく数と思います。景気は一昨年の秋から不振で、下降傾向。昨年1-3月期はその続きです。4-6月期は最初の緊急事態宣言が出て、国民は極度に緊張、経済社会の活動は旧ブレーキ、GDPは前年同期比1割を超える落ち込みです。

 その後政府のバラマキ(7-9月期、10-12月期には政府支出著増)と家計(消費者)、店舗、流通などの対応(リモート〇〇、テークアウト、出前、出張販売、業態変更などいろいろ)もあり、いわゆる巣篭り需要効果もあって、経済はじりじり回復、しかし、今年に入ってコロナ猖獗で再度の緊急事態宣言、という実態が確りと反映されています。

 実際に上の数字の動きを演出しているのは「家計消費支出」です。この所、日本のGDPの行方は家計の消費支出の動き次第です。

 ところで先日3月の家計調査で見ましたように3月の家計消費支出は順調に伸びています。
 家計がコロナ馴れして知恵がついたという事もあるかもしれません。政府が無理して緊急事態宣言を解除したことも影響あるかもしれません。しかし、現実はまた3度目の緊急事態宣言です。
 これは5月一杯続きます。その後はオリンピックがどうなるかでしょう。

 しかし、これから夏・秋にかけて、現実に状況は大きく動くだろうと思います。
 原因はワクチンです。ワクチンの入荷が不足ではないかといわえていましたが、最近の政府の様子では量的確保は出来て来ているようです。はっきり教えてくれませんが。

 であってみれば、これからは、ワクチン接種の進捗とともに、コロナ禍の程度は弱められてくることになるでしょう。その意味では、今が一番暗くて不安な時、「夜明け前の闇が最も暗い」という事かもしれません。

 多分、ワクチンの接種が進むにつれて、混乱を重ねてきた日本経済も内需に関する限り、次第に正常化を示していくのではないでしょうか。
 これからも政治の混乱は多いと思いますが、経済は国民が作ることが出来ます。期待したいところです。

企業決算(2020年度)はK字型、格差拡大の懸念は?

2021年05月16日 22時16分59秒 | 文化社会
企業決算(2020年度)はK字型、格差拡大の懸念は?
 2020年度の上場企業の決算が「K字型」という新しい表現を生んでいるようです。
 Kの左側の縦棒を縦軸に見立て、そこから上向きの線(増益)と下向きの線(減益)が出ていると見るのだそうです。

 確かに巣籠り需要の恩恵に浴した白物家電や家具家事用品といったところと、交通・旅行関係のように、どうにもならない所が明暗を分けています。
 確かにこの格差は異常で、コロナ禍の恐ろしさを痛感するところです。

 此の先どうなるなどと心配する声もありますが、これは原因がコロナ禍とはっきりしているだけに、出来るだけ早くコロナ制圧を果たすしか方法はないわけで、またコロナが征服されれば、元に戻ることは明らかでしょう。

 然し心配する事は別にあって、こうした産業別、企業別の格差が、個人間の所得格差(失業による格差も含め)生むことのなり、そちらの方の問題は、長引いてしまう可能性が高いということです。

 また不況期の株高という状態が、政府政策で促進され、インカムゲインとキャピタルゲインの格差、老後の資産蓄積を目指す中での資産格差といった問題が、一部に深刻の度を増しているようです。
https://blog.goo.ne.jp/tnlabo/e/ec46c3f2b6f2b8a8da33c55605fc388d

 これは今日のように実体経済とマネー経済の錯綜する中で、アメリカ型の格差社会化が日本でも進みつつある結果のようで、貧困家庭の子供が数人に1人という高い比率になっているという現状にも反映しています。

 コロナ禍による格差は、コロナが終息することで解決できる問題でしょうが、最近の格差社会化は、最近の社会の在り方、それを作り出す政府の政策の哲学、就中、税制や社会保障等の国民所得の再配分の在り方に大きく依存しているものです。 

 恐らく、コロナ制圧の次の巨大な課題は、借金だらけの日本政府が、如何にこの国民所得の適正な再配分の在り方に、政権維持努力や党利党略にかまけることなく確りと対応できるかかかってくると予想されます。

 今年中には衆院選があるわけですが、我々国民自身も明確なビジョンをもって日本の明日を選択しなければならない様な気がして来ています。


政府が専門家の意見を容れて大騒動

2021年05月15日 15時37分09秒 | 政治
政府が専門家の意見を容れて大騒動
 コロナ対策を巡って、政府は昨日専門家会議に諮って新たに蔓延防止措置とうの方針を決めると言っていました。

 これまでも、何時も最終的には専門家会議の意見を聞いてと言っていましたが、その前日にはやる事は決まっていて官房長官などから説明がありますから、専門家会議に諮るというのは形だけのことだと思っていました。

 はじめは専門家会議ときちんと摺合せが出来ているのだろうと思っていました。しかしこの所、誰が見ても内容がおかしかったりする事も多く、後から専門家の方からの反対意見がテレビに出たりして、やっぱり専門家会議は「隠れ蓑」かと思うようになって、困った政府だなと思うようになっていました。

 そしてその実態が昨日明らかになったのです。専門家会議はコロナ終息を出来るだけ早めたいと考えるのが当然でしょうし、政府は、オリンピックや経済活動や産業支援などいろいろなことを考えているのでしょう。虻鉢取らずが多くなリ、コロナの影響は長引くという印象でした。

 しかし、最近の論調は産業界も含めて、2兎、3兎を追って失敗するよりも、先ずコロナ克服に最重点を置き、それを前提に産業、企業、経済を考えるのが最も近道だろう。そうでないと最3波、第4波ときりがないという意見が主流になっています。

 多様な思惑のせいでしょうか、そうした世論の動きに確り気付かない政府の緊張感を欠く方針に、痺れを切らした専門家会議が、世論を背景に専門家としての責務を果たそうと動いたのが今回の北海道、岡山、広島に緊急事態宣言の発出を強く提言したという事態の背景でしょう。

 専門家会議も、これまで大人しくしていたのは、菅総理がごり押しして、理由も説明しない日本学術会議の委員任命問題もあったのではないでしょうか。どうせ学者の言うことなど聞く人ではない。

 しかしあれは、多分安倍さんからの申し送りで菅さんの考えではなく、今回はコロナを征圧し国民の生命と安全守ると繰り返している菅総理が、自分の意思で決められることでしたから、菅総理の普通の人間としての常識が導いた決定だったのでしょう。

 与党の中には、専門家の意見など容れたのは怪しからんという声と、専門家の意見を真摯に聞いたのは良かったという肯定の意見があるようです。
 野党からは方針の変更は国民の不信感を招くといった批判もあるようです。

 国民のためよりも党利党略に走る意見が結構与野党双方から多いようで、もっと本質を突いた意見を与野党から聞きたいと思っている国民が多いのではないでしょうか。

1日100万回は腰だめだった

2021年05月14日 20時31分33秒 | 政治
1日100万回は腰だめだった
 先日、菅総理がワクチン接種1日100万回を目指すと発言され、多くの人は、一寸無理だけど、一国の総理が言うのだからそれなりの根拠があるのではないかと好意的に解釈しようとする人も多かったようです。

 しかし、現実にそれを実行する地方自治体の意見が明らかになるにつれて、とても無理という意見が多いことが明らかになって来たようです。
 
 結果的には、100万回というのは予約電話の回数ではないかといった冗談がでるような状態で、菅総理の発言はデータを取っての話ではなく、単に腰だめの「出来ればいいな」の目標値ということが明らかになってしまいました。

 このブログでは、何はともあれ、ワクチンの確保が可能かという視点から見ていましたが、たとえワクチンの確保が出来ても、それだけの回数の接種をする物的・人的インフラがないということが問題になるという現実が明らかな以なったわけです。

 首相官邸発表の数字を見ますと、1日の最大接種回数は医療従事者で5月6日の33万回、高齢者で5月12日の8万9千回にすぎません。
 医療従事者の場合は当然効率的でしょうし、高齢者の場合は多分効率は悪いでしょう。

 実は今日、私自身の第1回の接種日(85歳以上)で、行ってきましたが、半分以上が杖を突いた人、病院は午後は一般患者は原則受け付けないようで、総出で大変親切に高齢者のワクチン接種に忙しく立ち回っておられました。
 
 ここまで辿り着くのも大変で、予約を入れるのにも電話の予約サイトはずっと話し中で、PCでサイトのアドレスを入れましたら、まず最初に出てきたのが 「検索項目を入力(選択)して手続きを選択してください」 という項目で [手続き名] と書いた入力スペースがありました。
  <絞り込みで検索する>、<五十音で探す> とありますが、手続きという意味が解らず、どちらでやっても病院の名前が出てくるだけです。

 結局、繰り返しているうちに解ったのは、「手続き名」 というのは、「希望の病院名」 という事で、そこをクリックすると何月何日何時が空いているということが解るという仕掛けでした。

 申し込む方も大変な手間ですが、接種するほうも、一般患者に犠牲を強いながら、コロナワクチン優先を相当徹底しない限り、とても100万回は無理という実情を見たような気がしました。

 一国総理の発言は重いのです。一旦総理大臣になったら、その発言は今までとは全く違う重さを持つことを心と脳裏に刻んで、国民に信頼される内容を言葉として言ってほしいと強う思うところです。

消費が動けば景気が動く

2021年05月12日 19時57分59秒 | 経済
消費が動けば景気が動く
  昨日は3月分の家計調査が発表になり、3月に至って、消費需要が些か驚く伸びを示したことが解りました。

 家計調査は需要サイドの統計ですが、今日は、「景気動向指数」が総理府から発表になり、生産・販売面、いわば供給面からのからの統計数字が出て、まさに消費を裏付ける形になりました。

 ご承知のように、景気動向指数は先行系列、一致系列、遅行系列から成っていますが、矢張り興味は一致系列、先行系列というところでしょう。

 発表される数字はCI (コンポジット・インでクス)が一番解り易いので、一致系列のCI(活動水準の統計的総合)の指数の動きで3月の動向はどうか見てみました。
 こちらも3月は好調です。2月の89.9から3月は93.1に3.2ポイとの上昇を見ています。

 一致系列の中身は10項目で、指数化されており、鉱工業生産、鉱工業生産財出荷、耐久消費財出荷、投資財出荷、労働投入量、商業販売額(小売業)、商業販売額(卸売業)、全産業営業利益、有効求人倍率、輸出数量ということになっています。

 それぞれ性格の違うものを総合して指数にしているので、テクニカルな問題はここでは省きますが、この10項目の中で「一致系列の上昇3.2ポイントより高い指数の上昇値」を示しているのは、
   小売業販売額  6.6
   卸売業販売額  6.5
   輸出数量     5.7
   耐久消費財出荷 5.1
   労働投入量    4.1
という事でした。
 輸出数量以外は、「家計調査」の「消費支出増」に支えられたものだということが明らかではないかと思うところです。矢張りGDPのかはんをしめる消費が堅調であれば景気は上昇するのです。

 という事で、これからの日本経済の成長発展を考えるとき、先ずコロナの克服、そしてそれによる消費の回復を、経済成長を牽引する消費の活性化に「進化」させていくことが最も重要になると思われるところです。

 将来不安や老後不安を掲げて国民を貯蓄指向にさせ、消費を萎縮させるような経済政策とはおさらばして、かつての日本のように、日本人は勿論、世界中の人達の消費需要を、「いいな、欲しいな」という消費欲求を刺激するような物やサービスの開発を、コロナの経験も含めて生み出していくことが出来れば、以前にも書きました、「転んでもただでは起きるな」(https://blog.goo.ne.jp/tnlabo/e/865730dcab53f85fd509dbdf5b04e0ed)
という日本人のど根性の証左となるのではないでしょうか。

2021年3月の家計調査:消費動くか!

2021年05月11日 16時30分28秒 | 文化社会
2021年3月の家計調査:消費動くか!
 今日、総務省から「家計調査」の3月分が発表になりました。
あわせて2020年度の数字も発表になって、年度統計の方は全面的にコロナ禍の影響を受けて、消費が落ち込んだ時期の調査ですから、

「昨年度の消費支出 前の年度を4.9%下回る 新型ロナの影響で」(NHK)

といった見出しが多いようですが、このブログで追っています月々の動きで見ますと、少し違ったものが見えてくるような気がします。

 なにか今年3月は消費復活の月のような感じなのです。
 2人以上の所帯の消費支出を見ますと、対前年同月6.0%の増加で、4か月ぶりということですが、4か月ぶりというのは消費増税による統計の歪みのせいです。

  昨年10月、11月は対前年同月比の消費は伸びたように見えますが、これは2019年10月からの消費増税影響で、9月の駆け込み需要の反動で10月11月はは消費が手控えられたせいですので、実質的には1年何か月ぶりの増加という事でしょう。

  ところで増加をリードしたのは、どちらかというと、矢張り、いわゆる巣篭り需要が中心で、住居関係28.9%増、家具・家事用品10.5%増、教養娯楽が12.7%増でこれも5か月ぶりの増になっています。増加幅の大きさには注目です。

  特筆すべきは、不要不急の外出自粛の影響で伸びないと言われておりました超低迷状態の「被服及び履物」が5.2%増というプラスになったことです。

 またここにきて緊急事態宣言、蔓延防止措置ですが、国民生活が制限される中で、国民はそれなりに販売の仕方、消費の在り方を考えて、なんとかまともな消費生活に近づくよう色々と努力しているのではないでしょうか。

 という事で、例月通り、収入と支出のとれる勤労者所帯のの数字を見ますと、やはり平均消費性向が大きく上がっていることが解ります。

 この3月、2人以上の勤労者所帯では可処分所得(手取り収入)は、対前年同月比で1.1%減りました。

 しかし消費支出は6.7%増え、平均消費性向は87.5%になり、前年3月の81%を6.5ポイント上昇しています。一昨年3月の88.9%水準に近い所まで戻っているのです。

 今年1月、2月はマイナス1.4、マイナス4.4でした。昨年はほとんどマイナスで、プラスだったのは(消費増税で歪みの出た)10月0.1と11月1.5だけでした。
 3月の6.5ポイント上昇は、驚くべき大幅上昇という数字です。

 そして対コロナは、いよいよワクチン勝負の段階に入ります。さて、これからの国民の消費行動はどうなるのでしょうか、それが日本経済にいかなる影響を与えることになるのか、今後の展開も確り追ってみたいと思います。

ミニ原子力発電開発の怪

2021年05月10日 20時08分59秒 | 科学技術
ミニ原子力発電開発の怪
 地球温暖化を何とか食い止めよという事で脱炭素社会に向かって邁進する人類社会ですが、その中で、原子力利用の検討は続いているようです。

 アメリカがこの面でも最先端を行っているようですが、考えられているのはミニ原発のようです。
 今までの様な大型の原発では事故が起きると大変なことになるわけで、例としてはチェルノブイリと福島第一原発が引き合いに出されます。

 原発というのは、核分裂の時に出る熱を利用してお湯を沸かしその蒸気で発電する(沸騰水型)ので、核燃料から発生する熱をコントロールするのに大量の冷却水が必要です。ですから河か海のそばでないと立地できないようですが、福島の場合は津波ですべての電源ストップ、冷却水が注入出来なくなって原子炉がその熱で溶けて(炉心溶融)大惨事につながったわけす。

 ということで原子炉を小さくすれば、冷却水も少なくて事故の際も安全といったメリットがあり、どこにでも簡単に設置でき、電力が沢山必要なら、何基か組合わせれば済むので、安全で使い勝手がよく、都市の中でも設置可能などといった利点があるという理由のようです。
 
 原子力産業が生き延びようとすればそうした発想になるのでしょうが、素人の私が聞いても、問題が沢山あるような気がします。

 例えば冷却水が少なくて済むと言っても、物理学的には(技術レベルが同じであれば)発電量と冷却水の量は比例的なはずですから、たくさん発電すれば冷却水も沢山いるはずですし、一方、発電のロットが小さくなればなるほど、原発の製造コスト運転コストは割高になるはずです。
 大型原発で安全装置を徹底する場合とコストパフォーマンスはどうなのでしょうか。

 更に問題なのは核分裂を利用する限り、使用済み核燃料は、発電量に比例して増えます。小規模の方が非効率の可能性も考えられます。

 今問題になっているのは「オンカロ」に象徴されるように、また日本でいわれますように、「トイレのないマンション」にきちんとしてたトイレを作るコストを考えたら、原発の電力料金は一体どこまで上がるのかといった問題は一向に考慮されていないという事でしょう。

 地球の人口は、未だ増えるのでしょうが、太陽が無償で与えてくれる膨大な自然エネルギーを、人類の知恵で有効に活用すれば、地球環境を汚染するようなエネルギーを使わずとも、人類は十分なエネルギーを得られるでしょうし、結局その方が安価で安全でしょう。

 それこそがSDGsの実践、人類社会の安定発展への王道であり、近道ではないでしょうか。