tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

消費軽視は政策の誤り

2010年10月30日 12時16分58秒 | 経済
 新車購入への補助金がなくなり、エコポイントも半減することになっています。理由ははっきりしていて、予算を使いきって、もうカネがないから、という事だそうです。
 金がないからもう終わりといいながら、政府は5兆円規模の補正予算を組んで、経済のテコ入れをしようとしています。

 では、新車購入への補助金やエコポイントは、経済のテコ入れではないのでしょうか。そんなことはありません。マスコミが報じ、みんな良く知っていますが、補助金廃止で明らかに新車の売れ行きは落ちました。エコポイントの半減も、当然同様に消費のマイナス効果を持つでしょう。

 以前も書きましたように 、この補助金の場合には、政府が出した金額の数倍から10倍の金額を消費者が払って車や家電を買うわけです。ですから、政府が予算を使いきったという事は、その予算の数倍から10倍の自動車や家電の購入支出があったという事で、こんな効率の良い消費拡大策(GDP拡大=経済成長策)はなかなかありません。

 こうした消費刺激策は、日銀の金融緩和ではありませんが、経済の風向きが変わって、消費が安定的に持ち直すまで、継続してこそ意味があるのではないでしょうか。
 住宅の省エネに関する補助金も30万円ですが、100万円ぐらいにすれば、1000万円レベルのリフォームも進む可能性は高いと思います。

 政府は「そんな補助金ばかりやってはいられない、他にやることがあるから補助金は打ち切って、補正予算を組み、地域活性化、社会資本整備、中小企業対策、子育て、医療、介護、福祉、それに、雇用や人材育成に使う」ということのようです。

 しかしそうした分野にカネを使っても、政府支出の数倍から10倍などというGDP拡大効果は多分ないでしょう。しかも、補正予算で狙っているようなことは、消費が拡大して、企業が潤えば(自動車や電機、住宅産業などは裾野が広いですから)、その結果、雇用も増え、サラリーマンの収入も増え、子育ての希望も叶い、下請け中小企業は喜び、社会資本整備や福祉のための財源も生まれてくるという形で改善されるものなのです。

 今、日本で一番足りないのは、消費需要 です。物が売れなければ、経済は回転も成長もしません。高齢者を中心に金を持っている消費者にカネを使ってもらうことが一番の経済対策なのです。
 今年の政府経済見通しによれば475兆円のGDPの内、15.8兆円を使い残すことになっています。これが国際経常黒字になって、「円高」を呼び、日本経済をさらに苦しめます。
 
 効率の良い補助金をどんどん出してでも、国民にGDPを使い切ってもらい、その分(15兆円=経済成長3%分)だけ経済成長を実現することが、日本経済を根本から治療する何にもまして大事な経済政策の第一歩だと思うのですが、政府は残念ながらいつも目先の対症療法にばかりとらわれているようです。


おカネの貸し借り、個人の場合、国の場合

2010年10月29日 14時45分13秒 | 国際経済
 個人の生活の中でも、収入を使いきらずに使い残して、お金が溜まった人と、収入を全部使ってなお足りず、他人から金を借りる人がいます。
 金融機関が発達していない頃は大変でした。小判にして縁の下に埋めて置くといった事が貯蓄の手段でした。それを盗まれたことをつゆ知らず、あると思ってニヤニヤしていたという守銭奴の話などは有名です。

 勿論個人間でも金の貸し借りは、相対関係でやるわけですが、通常これはトラブルのもとです。踏み倒し、夜逃げもあれば、高利や厳しい取り立てで、身売りや一家離散などにもなります。

 日本でも、明治以降、金融機関、具体的には銀行の発達は見ましたが、昭和恐慌で多くの銀行が潰れて、財産を失った人も多かったようです。戦争中の貯蓄は敗戦とインフレでタダ同然になりましたが、その後は金融行政は確りして、銀行にお金を預けておけば絶対安心になりました。

 近年はペイオフ制度などが導入され、安心という面では退化していますが、それでも、まあ、安心でしょう。
 
 ところで、国と国の貸し借りの場合はどうでしょうか。今に至る、銀行制度の発達する前の状態ではないでしょうか。
 今でも個人間では、金を貸すなら「呉れてやるつもりで貸せ」などといいますが、国家間で貸し借りした金は、なかなか取り立てられないことが多いですね。

 しかも、貸し借りの手段が「国債」といった債券ですから、マーケットでの売買の状況、金利の水準、為替レートの変動などで、価値が変わります。国家間の金の貸し借りは、個人間の金の貸し借りのように不安定極まりないのが現状です。

 グローバリズムがここまで進展してきた今日の世界です。IMFや世界銀行のような組織が、SDRのような共通な価値を持つものを使って、個人間の貸し借りが、銀行を通じて安全かつ合理的にできるようになったのと同じように、リスクを最小限 にする国際間の預金と融資の機能を果たすようなシステムを、いずれは作るべきなのでしょう。

 金融の役割というのは、本来そういうもので、国際投機資本がキャピタルゲインを求めて跋扈するような状態は、「国際金融制度が未開の時代のものだった」と、何時の日か言えるようにしたいものです。


経常赤字、経常黒字のインパクトと対応策

2010年10月27日 10時10分25秒 | 国際経済
経常赤字、経常黒字のインパクトと対応策
 アメリカは、中国の経常黒字が、GDPの6パーセントにも達している、これは如何にしても大きすぎる、だからアメリカが赤字になるのだ、と考えているようにみえます。
 しかし、サブプライム問題発生以前のアメリカの経常赤字は、5パーセントを越えていました。

 しかも、中国のGDPは大きくなったといっても、アメリカに比べればまだまだ小さいわけです。ですから経常黒字の絶対額、経常赤字の絶対額を比べてみると、最近時点でアメリカの経常赤字が5,095億ドル(2010年上半期、年率)、中国の経常黒字が2、971億ドル(2009年)ということで、それぞれの赤字と黒字が世界経済に与えるインパクトは、アメリカのほうが絶対額でずっと大きいというのが実態です。

 これでは、中国の黒字を減らして、アメリカの赤字を消そうといっても、それはとても不可能でしょう。無理にやれば、今や世界の大きな市場でもある中国の経済力を「オーバーキル(over kill)」することになり、世界経済にとって大変なマイナスになるでしょう。

 日本に、プラザ合意で大幅な円高を強いて、日本経済に「失われた10年、20年」をもたらし、世界経済の発展の貢献するべき日本の経済力を弱め、日本社会の健全性まで毀損しましたが、日本の経常黒字もアメリカの経常赤字も基本的には変わらなかったというのが現実です。

 加えて、大きな問題は、国際金融資本の行動です。今の世の中、実体経済に関わる取引とは比較にならない巨大な金融資本が、高いレバレッジ、多様なデリバティブ、ノーベル賞級の金融工学を駆使して、世界経済のためではなく、自らの キャピタルゲインの実現を狙っています。
 「神の見えざる手」とは、およそかけ離れた金融マーケットでしょう。

 なぜなら、こうしたマネーゲームで、大きなキャピタルゲインを得るためには、金利や為替レートの変動は出来るだけ大きくなければなりません。市場が安定していたら彼らにビジネスチャンスはありません。過大な振幅を求める金融資本主義と安定した持続的発展を求める実体経済とは、全く相容れないものなのです。

 世界経済の安定的発展は、金融規制をどこまでやるかという問題と直結しています。 アメリカの金融規制法案、IMFの国際金融通貨委員会 などは、どこまでのことを考えているのでしょうか。
 本来、実体経済に奉仕することが金融の役割だったはずです。にも関わらず、資本主義の鬼子 、国際金融資本は、資本主義が危殆に瀕するまでに大きく育ってしまいました。

 こうした現実の中で、今、G20は、IMFは何をすべきか、関係各位に本気で、世界経済、資本主義の将来を見据えた論議をして欲しいものです。


通貨切り上げで経常黒字は減るのか?

2010年10月25日 22時00分37秒 | 国際経済
通貨切り上げで経常黒字は減るのか?
 この問題は大変難しい問題です。しかし、いろいろ考えてみますと理論はそうでも現実は違うように思います。日本の経験で見ますと、プラザ合意で大幅な円高になっても、今回のリーマンショックでの更なる円高でも、日本の経常収支が赤字に転落するような様子は見えないようです。

 逆に、通貨が切り下げられた国で経常黒字が増えているかというと、最近の韓国、ドイツなどで見ても、必ずしもはっきりした相関関係は出ていません。

 アメリカの経常赤字が減ったのも、ドルが安くなったからというよりは、住宅価格の下落で、モーゲージローンが使えなくなり、消費が落ちたという事によるようです。
 さらに、最近のドル安の中でも、経済の回復と共に経常赤字は増加の様相が見えています。

 こうした状況から考えられることは、
・通貨が切り上がって、国際競争力が弱まれば、経常黒字が減少(赤字が増大)
・通貨が切り下がって、国際競争力が強まれば、経常黒字が増加(赤字が減少)
といった図式的な事には、この世界の現実はなっていない、ということではないでしょうか。

 つまり、経常黒字国になるか、経常赤字国になるかを分けるのは、為替レートよりも、その国の国民が、
・自分たちの稼ぎの範囲で生活をしようとするか
・借金をしてでも、稼ぎより良い生活をしようとするか
という生活習慣による度合いの方が大きいという事ではないでしょうか。

 例えていえば、これはメタボになるかならないかといった生活習慣病と同じで、給料が下がったら生活習慣病が治った、とか給料が上がったからメタボになった、というよりは、その人のまさに「生活習慣」による度合いが圧倒的に大きいのと同じではないでしょうか。
 
 そして、もしそうであるならば、経常黒字国と経常赤字国との不均衡を解消しようとして、為替レートの引き下げ競争に走るのは、全くとはいいませんが、ほとんど意味がなく、直接、経常赤字、経常黒字の是正に向けて、「国民の生活習慣」を直すことに知恵を絞ることこそが、まともなアプローチということになるのでしょう。

 今回の慶州のG20が出色の出来だったと前回書いたのはその意味です。
 アメリカはどうすれば過剰消費社会から脱出できるのか、日本は何故GDPが減っても減っても、その減ったGDPをさらに使い残して、経常黒字を出し続けるのか・・・・・。 そうした現状の原因の究明と、対策を考えることが、これからの、世界経済の安定に必要になるのでしょう。


慶州G20: 過度な経常収支の不均衡の是正

2010年10月23日 22時11分16秒 | 国際経済
 韓国の慶州で開かれていたG20は、このところのG20の中では出色の出来だったのではないでしょうか。

 世界中が、通貨の切り下げによる国際競争力の強化は怪しからんといいう論調で一致するといった状態が、アメリカのドル安政策と共に起こり始め、アメリカ自身、中国の人民元切り上げをいいながら、ドルの切り下げをすることの評判の悪さを悟ったのでしょう。
 
 「近隣窮乏化政策」などという古い言葉まで持ち出されては、為替レートで議論することは難しくなったようで、新しく考え出されたのが「過度な経常収支の不均衡の是正」でした。
 マスコミの中には、これも人民元切り上げを別の形でいっているといった論評をしているところもあるようですが、これは本質的に違う展開になると考えるべきでしょう。

 GDP比4パーセント以下にするという数値目標は合意されなかったようですが、ご都合主義の見え隠れする4パーセントといった数字よりも、各国は万年黒字、万年赤字といった経済運営を是正する努力をしようという基本的なメッセージは極めて大事だと思います。

 このブログでも「 アリとキリギリス」にたとえて、以前からその点を指摘していますが、キリギリスの大親分のアメリカの経常赤字は、2008年まではGDPの5~6パーセントでした。これがサブプライム・リーマンショックで住宅バブルが崩壊し、住宅担保の消費支出が剥げ落ちて、2009年には2.7パーセントに激減し、2010年上半期でも3.5パーセントです。

 アメリカがGDP比4パーセント以下という数値目標を出したのは、この数字を前提としたからでしょうが、みんなが望むようにアメリカの雇用や景気が早期に回復すれば、すぐにまた5パーセントに近づく可能性は大きいと思います。

 経常収支の対GDP比を問題にすることになると、アメリカ経済も大きな枠をはめられることになりそうです。まともに考えればアメリカの回復は遅れます 。しかしアメリカ経済が健全になり、世界経済に迷惑をかけないようになるためには、これは必須のプロセスでしょう。

 「経常収支の対GDP比を中・長期的にゼロに近づける」という経済運営のアプローチは、世界経済を安定させるためには大変優れたアプローチだと思います。
 日本の場合、今年度の政府経済見通しでは、この数字は3パーセントほどですが、今まで書いてきましたように、これを減らしていくことは日本にとっても大変重要 なことでしょう。

 ということで、このアプローチについて、次回から、少し考えてみたいと思います。


賃上げと円高の共通点と相違点:その3、日本の場合

2010年10月11日 12時46分43秒 | 国際経済
賃上げと円高の共通点と相違点:その3、日本の場合
 今朝のニュースでも中国人民銀行」の周小川総裁は、ワシントンで「人民元を上昇させるだけで世界経済の問題は解決しない」と述べ、人民元の大幅な引き上げを否定しています。
 食べすぎで下痢を起こし、体力を消耗しているアメリカが、中国に「お前も絶食(減食)して体力を落とせ」といっているようなものですから、本当の問題解決の方法が別であることは自明でしょう。

 ところで、日本は、プラザ合意の際、中国と違い、「ハイ、ハイ」と円高を容認した結果、極端な円高を強いられ、「失われた10年」を経験することになりました。
 問題は2つあって、1つは円高容認の前に、「アメリカも双子の赤字をきちんと治してくれれば」という条件をつけること、もう1つは、例えば、「$1=¥190程度までの円高なら容認する」といった明確な意思表示をすることだったのでしょう。

 無条件で「ハイ、ハイ」と言ったので、アメリカのキリギリス 生活は是正されず、ついにはサブプライム・リーマンショックで世界経済を混乱に陥れることになり、一方、円は限度を超えて大幅に上昇し、日本経済は壊滅的な打撃を受けて、世界経済に貢献する力もか弱いものになりました。

 何度も繰り返しますが、プラザ合意後の2年間で円は2倍に切り上がり($1=¥240→120)、賃金も物価も(それ以外のコストも)例外なしに2倍になり、日本は、世界一の高賃金・高物価国になったわけです。

 もし日本がプラザ合意の円高の代りに「2年間で2倍」の賃上げをしていれば、賃金コストに関する限り、2倍の円高と同じです。しかし賃金以外のコストはそこまで上がりませんし、物価は後から賃金コストプッシュでじりじり上がることになり、しかし十分には上げきれず、多分、ヨーロッパのようにスタグフレーション気味になっていたでしょう。

 一方、円高の場合は、賃金以外の国内コストも、物価も同時に2倍になります。国内では、物価が上がった意識は全くありませんが、国際的には物価が2倍ですから、国際取引に曝されているところから「デフレ圧力」で物価が下がり始め、賃上げもしなかったのに賃下げ圧力となり、やがてそれはタクシー代や旅館の宿泊代、新聞料金、理髪料などなど、全経済分野に及びます。これが失われた10年です。
 
 賃上げも円高も、結果的に起こるのは、同じ賃金コストアップですが、その先は、賃上げなら「インフレ」か「スタグフレーション」に、円高なら「デフレ」に、という事になります。
 そして、デフレのほうが、経済・社会にずっと 悪影響が大きいことは、経験で明らかです。


賃上げと人民元高の共通点と相違点:その2、中国の場合

2010年10月10日 15時15分59秒 | 国際経済
賃上げと人民元高の共通点と相違点:その2、中国の場合
 欧米の為替戦略に対する対応のやり方については、中国は日本と真反対のようです。日本は、欧米から言われれば、素直にハイ解りましたと円切り上げに応じたり(プラザ合意)、マーケットは原則まともなものと判断し、マーケットの動きにあまり抗わないようです。

 一方、中国は、欧米からいくら切り上げろといわれても、人民元のレートは外国に決めてもらうものではない、「自分で判断する」と譲りません。プラザ合意が日本の「失われた10年」をもたらしたという日本の大失態を見て、十分に勉強しているからと言われます。

 もちろん中国は、基本的には共産党一党独裁国家で、為替の自由化もしていない、つまり体制の違う国だという事もあります。しかし、体制の違いを別にしても、中国の対応のほうが、日本の対応より余程国益に適っているといえましょう。

 日本の場合も、プラザ合意の時$1=¥240を$1=¥190ぐらいと思っていたようですが、国際投機資本もあり、120円までいってしまいました。120円などは予想していなかった、190円ぐらいにしておいてくれといっても、誰もそんなことは構ってくれません。

 中国の場合は、まだまだ巨大な低開発部分を内蔵した経済で、人民元高で大いに儲けようと手ぐすね引いている国際投機資本に勝手にやられたら、過度の切り上げで中国経済が破滅しかねないという危惧を当然持っています。例え中国元がいくら高くなっても、それはマーケットのせいだと誰も責任を取ってはくれません。

 それならば、と中国は、人民元切り上げと同じコストアップ効果を持つ「賃金の水準の引き上げ」でインフレを起こし、何年か後には、中国の国際競争力は、「もうそんなに高くないよ」「インフレで物価が上がったから」という方向を選んでも不思議はありません。(表題の「共通点」)
 そのほうが、コスト上昇、インフレ高進の裁量権は自分が持つことが出来、中国経済を破滅させるような危険は犯さずに、国際的な調整をやることが出来ます。

 その上、デフレの経済・社会への悪影響を考えれば、自主的な政策によるインフレ経済と共存するほうが、政治も企業も社会もずっと楽で、経済・社会の健全性も維持出来ます。(表題の「相違点」)

 世界経済の安定や繁栄などにはまったく関心がなく、自分がいかに多額のキャピタルゲインを上げるかしか考えない国際投機資本が闊歩する今日の世界経済の中では、この判断のほうがずっとまともという事かもしれません。
 かつて、アジア経済危機の時、マレーシアのマハティールさんが、為替管理を導入して、ヘッジファンドに対抗したのが思い出されます。


賃上げと円高の共通点と相違点:その1

2010年10月09日 13時29分42秒 | 国際経済
賃上げと円高の共通点と相違点:その1
 前回、国際的なコスト水準の比較においては、賃上げをしても円高になっても、結果は同じ事で、ただ、円高のほうが徹底した形になるという事を書きました。
 そのあとの詳しい説明を省いてしまったので、ここできっちり説明しておきたいと思います。

 賃上げの時はどうなるかといいますと、労働組合の要求や、政府の最低賃金に引き上げ方針などで賃金が上がります。
 これは企業にとっては、コストアップですから、企業は何とか対応策を講じて、上がった賃金によるコストアップを防がなければなりません。

 そうした時、企業のやることは大きく2つあります。
 1つは、5S、カイゼン、QC活動、技術革新など始め、あらゆる合理化策を動員して生産性を上げ、人件費コスト増を吸収する努力です。これは「賃上げ吸収策」と言うものです。
 賃金を10パーセント上げても生産性が5パーセント上がれば、賃上げのコスト圧力は半分の5パーセントに減ります。

 もう1つは、製品価格を引き上げることです。しかし、競争相手があることですから、これは簡単ではありません。インフレムードでみんなが賃上げをして、賃上げコストアップで困っていれば、さみだれ式に物価が上がり「 賃金コストプッシュインフレ」になります。みんなが示し合わせて一緒に上げれば、談合、カルテルで捕まります。

 外国の物価が安く、それが入ってくれば、物価引き上げは困難です。前述の残りの5パーセント分の賃金コストアップをカバーしようと思っても、2パーセント分しか物価が上げられなければ、残りのコスト3パーセント分は利益が減ることになります。

 こうして、毎年の賃金の上昇が生産性向上でも、製品価格引き上げでもカバーし切れない状況が続くと、物価は毎年だらだらと上がるので、インフレ傾向ですが、企業利益も毎年減って不況になります。
 これが「 スタグフレーション」で、かつて、1980年代、イギリス病、フランス病、ドイツ病などといわれたものです。

 サッチャー首相は、労働組合対策で、高すぎた賃上げを抑え、サッチャー改革を成功させました。大陸諸国は労働組合が強く(というより行動が合理性を欠き)常にコストアップに呻吟し続けてきましたが、今回思わざる幸運、ギリシャのソブリンリスクによる「ユーロ安」で救われたというのが本音でしょう。
本来は、無理な賃上げはやめて、自主的に経済のバランスを取る努力で解決すべき問題です。為替レートでの解決は安易な逃げ道でしかありません。

 生産性の向上を超える賃上げは必ず「インフレ」か「スタグフレーション」(グローバル化の中で競争相手国がいるとき)をもたらすことになります。グローバル経済の中では、それぞれの国の「賃金水準と、生産性水準のバランス」が国際経済関係の太宗を決することになります。

 無理な賃上げで、経済運営に失敗し、国際競争力が失われるといった問題の責任は、それぞれの国の労使(あるいは政府)にあるわけで、本来は自国の努力で是正すべき問題です。
 競争力の強い国の通貨を切り上げさせて、問題を解決しようとするのは、自らの失敗の責任を他人に転嫁して済まそうとする、大変にずるい方法です。

 次回はこうした視点で、今の中国のケースを見てみましょう。


気になるインフレへの理解の不足

2010年10月06日 15時58分43秒 | 経済
気になるインフレへの理解の不足
 長い間デフレばかりを経験してきた日本経済ですので、インフレとはどんなものでどのようにして起こるのか忘れてしまった人が多いのでしょうか。
あるいは、学生時代に習った、マーシャルの貨幣数量説だけでインフレを考えているせいでしょうか。

 その辺りはよく解りませんが、様々あるインフレ を、10把ひとからげにして、「インフレはみんな同じ」と考えているような発言が多くなっているように思えてなりません。

 インフレターゲット論などは典型的なのかもしれませんが、単純に、インフレは金融政策で起こせるものと考えているように思えます。金融政策ではインフレは起こせない場合もありますし、起こせるのは(土地バブルなどの)特定のインフレに限られるという事がわかっていないようです。

 今回の日銀の追加金融緩和では「この金融緩和政策は、デフレが解消する(インフレ率が1パーセント程度になる)まで続ける」という事のようですが、インフレ率が1パーセントというのをどう理解すべきでしょうか。この辺りを誤らないことが大事のような気がしています。

 日本の物価がほぼ国際並みになって、デフレを脱した「いざなぎ越え」の時期から見て、円は3割ほど上がりました。日本のコストと物価は国際的に見て3割上がったという事です。いざなぎ越えの時のような国際物価との均衡状態を取り戻すためには、この3割ほどの格差が解消しなければなりません。

 これは簡単なことではありません。日本経済のコストの7割以上が人件費です。国際的に見れば、この2年、ゼロ成長の中でで3割賃上げをしてしまったのと同じことになります。為替レートの切り上げは、ホームメイドインフレの原因である賃上げと同じ効果を持つのです。上げすぎた賃上げは、何年かかけて下げねばなりません。現実には、デフレがそれをやってくれるのです。

 日銀が考えているのはGDPデフレータが上がるようなインフレでしょう。それは、賃金が上がることによってしか起こりません。今回も予兆が仄見える資産(土地)インフレや、国際資源価格の高騰による輸入インフレはGDPデフレータには関係ありません。

 国際経済と日本経済の関係において、インフレ問題を論じるときは、賃金コストの変動で論議すべきでしょう。そして、国際比較での賃金コストは、「賃上げ」でも「円高」でも同じように(円高の方が徹底した形で)上がります。
 円高の時は物価も同時に同じ率で上がりますので、デフレ圧力がすぐに来ることになります。


低賃金という武器:途上国発展の構図

2010年10月04日 14時40分32秒 | 国際経済
低賃金という武器:途上国発展の構図
 たまたまバングラデシュにいってきたことと、バングラデシュがアジアで最も低い賃金レベルの国と自認しているということで、こんな問題を考えてみました。

 バングラデシュの労働大臣は、バングラデシュの賃金水準はアジアで最も低いレベルで、しかも真面目によく働く。是非バングラデシュの労働力を活用してほしいという趣旨の発言をしていました。

 特にバングラデシュは、海外への出稼ぎ労働が多く、その多くはイスラム教という共通の宗教を持つ産油国に出ていて、その送金収入は総輸出額に対比してもその7割程にもなり、それで経常国際収支は黒字になるという状況で、バングラデシュにとっては大変重要なもののなっているようです。

 ところで、海外に出稼ぎに行けば、原則その国の最低賃金法で最低の賃金が決まりますから、バングラデシュの賃金水準で働いてもらうわけではありませんが、バングラデシュに企業進出すれば、バングラデシュの賃金水準で働いてもらうことが出来ます。

 ということで、高度技術を持った先進国の企業(工場)が、途上国に出て行けば、生産性は、先進国のレベルで、賃金水準は、途上国のレベルという事もありうるわけです。

 もちろん、先進国並みの生産性を上げるには、社会インフラも先進国並でなければなりません。交通、通信とか、人々がルールや約束、時間を守るといった種々のインフラの整備が必要ですが、空港の整備や携帯電話の発達で、以前に比べれば、インフラ整備は格段に容易になっているのではないでしょうか。

 日本企業がアジアに 5S活動やQCサークルを持ち込んだのは、人間行動の面のインフラの改善に大きな効果があったようです。

 途上国が自力だけで経済発展をしようとしても、生産性は簡単には上がらず、ようやく生産性が2倍になったときには賃金コストは2倍以上、3倍ぐらいになっているというようなことで、先進国になかなか追いつけないでしょう。賃金水準が10分の1でも、生産性も10分の1だったら、競争力はありません。

 しかし今は、技術を持った先進企業の進出で、賃金10分の1、生産性5分の1とか3分の1といったことが可能になります。競争力は圧倒的です。
 これが途上国の急速な経済発展を可能にするわけで、同時に、先進国の企業にとっても、大きなビジネスチャンス、大きな進出メリットになるわけです。

 それではその影の部分、どこでマイナスが生じるかというと、先進国で行われるべき生産活動が途上国に移転し、先進国の経済成長が停滞し、雇用が失われるという点です。

 しかし長い目で見れば、途上国の経済レベルの向上が、必ずグローバルな意味でのマーケットの拡大、人類全体の生活水準の向上、平和の増進につながるということでしょう。

 今、アジア諸国はそのための大きな歴史的実験のさなかにあります。この動きのマイナス面をいかに少なくし、成果をいかに大きくするかが、APECやASEMの基本的課題でしょう。