tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

消費税増税の効果はいかに?

2019年10月31日 12時43分31秒 | 経済
消費税増税の効果はいかに?
 10月から消費税が10%という事になりました。
 このブログでは、消費税増税で税収が増えた分の使途が、かつて言われていたように、「全額社会保障に使う」というのなら賛成ですが・・・、というスタンスをとってきています。

 今回はプラス2%の増税で、今までで最も小幅でしたが、政権与党は消費税増税の「祟り」を恐れて、軽減税率などというものを初めて導入しました。
 酒類と外食を除いて食料品はすべて従来8%据え置きとか、キャッシュレスにすると5%割引とか、具体的にどうするのかよく解らないようなことを組み合わせて、増税をしたいのか、したくないのか解らない様なことになってきているような感じです。

 全国の9月分の消費者物価が発表になって、先行指標といわれる東京都区部の10月分の消費者物価も一緒に発表になりました。

 そこで早速、消費者物価の構成品目別に、9月に比べて2%以上上がっているものが、どんなもので、どのくらいあるかを調べてみました。

 以下、東京都区部の消費者物価で2%以上上がったものを並べてみます。
 まずは全体平均ですが、消費者物価「総合」は、0.3%しか上がっていません。全体を見渡してみても、上昇率マイナスの費目が半分近くあるような感じです。  

 食料から順にみていきますと、食料は原則増税なしですから、上がっているのは
    酒類   2.8%
    外食   2.0% これは税率上昇ぴったり
    果物   2.8% 生鮮果物は3.1%、高級ブドウやメロン・・・?
 住居関係では、家賃はゼロ、水道光熱はマイナスで、
    その他の光熱   4.4% (これは灯油など)
 家具・家事用品は1.8%の上昇で、電化製品などの耐久財はマイナスですが、冬物への切り替えか2%超え費目が多いのが目立ちます。
    室内装備品   3.6%
    寝具類     3.4%
    家事雑貨    2.7%
    家事用消耗品  2.9%
    家事雑貨    2.3%
 被服及び履物は、2.1%ですが、履物の方が上がっています
    洋服   2.1%
    履物   3.3%
    他の被服 4.1%
    被服関連サービス 2.1%
 保健医療は、1.0%で、2%以上上がっている費目はありません

 交通・通信は、0.9%で、2%を超えて上がっている費目なしです(公共交通0.7%) 

 教育は、マイナス0.7%、授業料等マイナス9.3%は保育の無料化の影響でしょう。2%を超える費目はありません

 教養娯楽は、2.8%の上昇で、こちらは上昇です
   教養娯楽用耐久財  5.5%
   教養娯楽サービス  3.3%

 諸雑費は、マイナス1.7%、ですが主な費目は上がっています
    理美容サービス   2.4%
    理美容用品     2.0%
 
 多少便乗的なところも見えないではありませんが、如何に物価を上げにくい世の中化が解るような感じでしょうか。
 保育の無料化だけははっきり出ていますが、今回の消費税引き上げの税収増とのバランスはどうなのでしょうか。

 客観的に見れば、安倍政権にとって財政の再建は最重要の課題の一つですが、相次ぐ自然災害の復旧に大きな財政支出も必要でしょうし、全世代型社会保障などといえば巨大な財源が必要でしょう。
 今の安倍政権は、財政再建は諦めてしまったのでしょうか。政権は諦めても、日本国民は諦めるわけにはいかないのですが。

今国会、不適格、失言・釈明、種々あるようで・・・

2019年10月30日 10時22分57秒 | 政治
今国会、不適格、失言・釈明、種々あるようで・・・
 世界情勢は不安定、世界経済は低迷状態、いたるところ懸案だらけという中で、どういう訳か株価は上がっているようです。株価は何を表しているのでしょうか。

 日本経済も混迷の中のしばしの平穏といった感じですが、それに引き換え、政治の方は、臨時国会冒頭から荒れ模様です。

 事の起こりは大臣任命の際のいわゆる身体検査の不徹底だったり、失言の多発などですが、潔くない政治家が結構いることも解ったような気がします。

 経産相の件は、公職選挙法違反をやりながら、大臣になっても構わないと思っている政治家が相変わらずいることを教えてくれましたし、問題が指摘されても出来れば居座りたいと思っているように見えたり、辞任の理由が「国会運営にご迷惑を掛けないように」だったりして(本当は、公職選挙法違反をしながら大臣になるということは良くないからでしょう)、単なる現象面の釈明で終わっています。

 失言もいろいろあって、文科相の場合は、「身の丈に合った」受験で頑張れば、という発言が批判を浴びたようです。
 こちらも失言の取り消し・釈明までにかなり時間がかかり、出来れば問題にせずに済ませたいという態度が見てしまいました。

 教育の機会均等の立場から言えば、不適切発言であることは否定できないのですが、なかなか潔くないようです。
 そうした言葉( 言葉は大事です)を担当大臣として言ってしまうという事が、この人は文部行政の総責任を負う人に必要な知識や識見を持っていない方ではないかと思われるのは当然でしょう。
 口の悪い人がいれば、あなたこそ身の丈に合った仕事に就いた方がいいですよ、などといわれかねません。

防衛大臣の「雨男」発言は、失言というより発想の問題のようです。
 「雨男」と連続台風を結びつけ、自衛隊が大変役に立ったという事を伝えたかったのでしょうか。
 その趣旨をしっかり伝えたと思ったら、異常気象で、災害多発の昨今の日本列島ですから、総理の言われる「国民の生命と財産を守る」という最も重要な視点から、自衛隊は国内のインフラの復興・整備を一層重視し、防衛予算も、当面、イージス・アショアや戦闘機の購入より、異常気象への防衛、国土の強靭化に振り向けることが大事のように思いますと総理に提言したいと続けたら、多くの国民の大喝采を浴びたのではないでしょうか。
 総理の任命責任の取り方も、国民に分かりやすい説明と適切な対応が必要でしょう。

 ちょっと冗談が過ぎたようです。済みません。(謝罪はしますが、 撤回は致しません)

「奥ゆかしさ」は何処へ行った

2019年10月28日 23時26分31秒 | 文化社会
「奥ゆかしさ」は何処へ行った
 以前にも自画自賛について書いたことがありましたが、最近の世の中を見ていますと、「奥ゆかしさ」などという日本語は、あちこちで死語になるのではいかなどと思ってしまいます。

 もともと「奥ゆかしい」という言葉は、英語などでは「適訳」がないといわれているわけで(いろいろな辞書で、「奥ゆかしい」に相当する英語を探してみると結構面白いと思います)、いわば日本独特の言葉(感覚)といわれることが多いようです。

 それでも、同じような感覚というのは、日本人でなくても、人間であれば、それなりに持っているのではないかと思っているのですが、やはり自然環境や、創り上げてきた伝統文化などから違いが出てくるのではないでしょうか。

 日本の歴史や伝統、文化の在り方は、「奥ゆかしい」という感覚をことさらに重視するような性格を培って来ているということだと考えるべきでしょう。
 なぜそうなったのかは大変難しい問題ですが、どんな思考回路や態度から「奥ゆかしさ」が生まれるのか考えてみるのも大事な事ではないでしょうか。

 自分なりに考えてみれば、人間関係の中で、「自分と同じように他人も重視する」、「自分の感情だけで頭の中を一杯にせず他人の気持ちも推し量る余裕を持っ」、「ひとそれぞれに、多様性を持つことを理解している」、その結果、むやみに自分の主張だけを通そうとしませんから「争いは無駄なことだからやめよう」、「他者の気持ちも汲んで人間関係を和やかに保つことが一番良いのだろう」という方向で行動を選択することにいなるようです。

 古くは聖徳太子の「17条の憲法」でも「和を以て貴しと為す」から始まり、役人の心構え、長たる者の心得など、「皆の意見を十分聞け、独断や自己中心主義・思い上がりは駄目」とはっきり釘を刺しています。

 アメリカではトランプさんが、何かにつけて「自分だから出来た」といった趣旨の発言をして、今回のバグダディーの件でも民主党と論争になっていますが、「奥ゆかしい」という言葉を持つ日本でも、要職にある政治家や官僚などの、あまり奥ゆかしくない発言が数多くマスコミで報じられています。

 それに引き換え、ノーベル賞受賞者が協力者の存在を語り、スポーツの優勝者が指導者やファンの存在や声援に感謝の言葉を力を込めて述べるのは、清々しさ、更に「奥ゆかしさ」を感じるところです。

 日本人がものを考えるとき、頭のどこかに、「奥ゆかしさ」を判断基準に持つようになったら、日本社会はもっともっと良い所になるような気がしているのですが、何か、最近、ヘイトスピーチなども問題になるようで、逆方向に進んでいるよな気がして心配です。

異常気象に耐えた花たち

2019年10月27日 12時03分56秒 | 環境
異常気象に耐えた花たち
 台風21号が温帯低気圧になって去り。これで今年の台風は、やっと終わりでしょうか。
 我が家も15号で物置が倒れ、ススキが下敷きになって、べったり地面に這ったりして、狭い庭も一時は手がつけられれないような状態でしたが、台風の合間に老骨に鞭打って少しづつ整理し、だんだん何とかなってきました。

 気が付けば庭の草木も、季節のうつろいに従い、風雨にめげずに花を開き、実をつけています。
 やっと秋の空も安定するのでしょうか。頑張る花などの写真を撮ってみました。


 これは山茶花ですがピンぼけですみません。今年はどういう訳か早く咲き始めましたが、暑さが続いて花がまともに開きませんでした。その花はもう枯れて茶色になり、最近開いた花がやっと山茶花らしくなりました。

 例年狂い咲きが1~2輪咲くオオムラサキも今真っ青な葉の間に2輪咲いています。写真はそのうち昨日咲いた新しい方です。


 その下の、ホタルが羽化する小さな藪状態の所には、ムラサキシキブが綺麗な小さな紫色の実を付けていました。


 その隣に咲いているのは、半分倒れたホトトギスです。上に伸びた部分は元気です。


 倒れたススキも支柱をつけて起こしましたら元気になって、日光に少し膨らんだ穂を光られています。


 しばし、混乱の世界情勢を忘れられますが、そちらの方も何とか平穏に向かってほしいものです。 

日本銀行、CLOについての注意喚起

2019年10月25日 21時49分37秒 | 文化社会
日本銀行、CLOについての注意喚起
 また何か気になる話が出て来ました。
 万年赤字で、国としての資金繰りを何とかつけなければならないアメリカ発の話ですから、どうにも気になってしまいます。

 というのは、先日、日本銀行がレポートをまとめた「CLO」のことです。
 CLOというのは、Collateralized loan obligation の略で、直訳すれば、「貸付金返済義務の見返り証券」とでもいうのでしょうか。

 一般的には「ローン担保証券」と言っていますが、具体的に言えば、アメリカの金融機関が事業会社向けに貸し付けたローンを担保にして証券を発行し現金を早く回収しようという手段のことです。

もう少し詳しく言えば、金融機関にしてみれば、借金を分割で返してもらうのを待っていたら、時間がかかるので、利息と元本はいずれ返済されるという前提で、返済してもらう権利を担保にして証券を発行してそれを売り捌けば資金は早く回収できて、その資金をまた運用できるということです。

 もう一つ、大きなメリットがあるようです。ローンが元利含めて返済されるはずですが、借りた企業が倒産すれば銀行の損失になります。ところが返済を受ける権利をCLOにして売ってしまえば、損するのは、そのCLOは自己判断で買った人です。CLOの価格が下がって大損、売った金融機関はCLOを売った時に全額入金ですから、債権保全になるわけです。

 そんなものを買う人がいるのかとも思いますが、発行元が確りしているからとか格付け機関がAAAの格付けをしているからとかで、多少ハイリスクですがハイリターン(高い利回り)ひかれて買う人がいるのです。

 買う「人」といっても、現在アメリカで商品化されているCLO70兆円ほどは、その多くはアメリカの年金ファンドなどが買っているようで。二番目に多いのは日本で、13兆円ほど日本の金融機関が買っているとのことです。

 特に日本の金融機関はゼロ金利が長すぎて、国内に利回り良い運用先・投資先がないので、CLOでも買わなければ利益が出ないという問題に直面しているのでしょう。
 「危ないかもしれない」と注意喚起をする日銀がゼロ金利の張本人です。お陰で金融機関が、CLOをアメリカの次に多く買っているのですから、注意を喚起するより、金利を正常化してくれという意見もありうるでしょう。

 そんなことで、最後になりましたが、一番申し上げたいことは、CLOはリーマンショックの原因になったサブプライムローンの証券化と全く同じもので、ただ、ローンの対象がサブプライムローンは低所得層への住宅資金が中心、CLOは信用力が低い企業への事業資金が中心ということだそうです。

 格付け機関がAAAと付けるのは今は景気は良くて返済もOKということのようで、サブプライムの時も、AAAでした。そして何か起きると急に格付けを引き下げるというのが、格付け機関の今までのやり方です。

 アメリカは財政も国際収支も赤字が増えていて、外国からのカネは咽喉から手が出るほど欲しい状態ですから(政治も不安定ですし)先行き油断は禁物でしょう。
 アメリカ証券への信用は、 サブプライム問題で地に堕ちたはずです。看板は変わってもアメリカ自体は変わっていません。日銀も仕方なくゼロ金利を続けながら気になっているのでしょう

即位礼正殿の儀と政教分離

2019年10月24日 15時25分47秒 | 文化社会
 即位礼正殿の儀と政教分離
 即位礼正殿の儀は多くの国民の歓迎と祝福の中で滞りなく行われ、世界の多くの国からも、祝福や共感の意がマスコミによって伝えられています。

 それぞれの国の伝統文化に根差し、それぞれに特徴的なこうした行事は、世界中で等しく歓迎されるものであってほしいと思うところです。

 しかし、日本の中でも、マスコミの中で、政教分離の視点から見て如何なものかといった意見も聞かれていました。

 こうした問題の議論は、大変難しいもののようですが、それぞれの立場は立場として、もう少し客観的にそれぞれの国・社会の「いにしえ」からの文化遺産を保存するという意味で、その存在意義を考えていくのがいいのではないかと思う所です。

時代の流れの中で次第に「世俗化」していく社会に、自分たちの遠い昔からの文化史の証言者としての儀式を、確りと残しておくということは、ある意味では歴史・文化遺産としての法隆寺などと同じように、大変重要な事ではないかと思う所です。

 宗教を持つのは人間だけで、何処の古代社会でも造物主である「神」は至高の存在であり、神の意志を伝えることのできる神官や預言者、巫女などが社会のリーダーとなったのは当然のことたのでしょう(卑弥呼も恐らくは巫女から来た呼び名でしょう)。

 古代、社会を導いていく政治は、宗教と一体だったとしても不思議はありません。日本語でも「まつりごと(政)」は、「神を祀る」ことそのものだったのでしょう。

 社会が複雑化し、科学の発達もあり、神が万能でないと思う人が増え、近代文明の中では「世俗化」が急速に進み、政治の世界に宗教を持ち込まない方がいいという意味で「政教分離」が言われるようになったのは、人類の歴史の中ではつい最近です。

 宗教は1つではなく、世界には多くの宗教があり、宗教は信仰であるがゆえに、宗教間の争いが絶えず、1つの社会、1つの国家の中に多くの宗教が混在するようになると、信教の自由が保障されなければならないという必然性が生じ、信仰より、世俗的合理性が重視されなければならなくなったというのが今の社会でしょう。

 個々人の心の問題である宗教と社会の合理的なルール作りのシステムである政治は、「ごっちゃにしてはいけない」というのが、政教分離の、本来的な理由でしょう。

 こう考えてみれば、それぞれの信仰、宗教が、社会の共通なルール作りと摩擦が生じないことが重要であり、宗教も次第に、現代社会の中で角が取れて丸くなり、政治も、宗教の教える人としての良き在り方を尊重して常に襟を正し、共により良い社会の実現のために相互に生かし合うことが必要なのでしょう。

 有形、無形の歴史・文化遺産については、人類の多様な遺産を、出来るだけ保存して、それぞれの国や社会が人類の歴史の研究の充実のための宝庫として大切にするということが最も大事ではないのでしょうか。

即位礼正殿の儀、「おことば」に思う

2019年10月22日 23時19分00秒 | 文化社会
即位礼正殿の儀、「おことば」に思う
 今日、令和元年10月22日は,今上天皇の即位礼正殿の儀の日です。
 世界中から170カ国に及ぶ元首やそれに準ずる方々が祝賀に出席して下さったことは有り難いことです。

 朝から雨でしたが、儀式の時には一時青空も出たようです。
 全ては滞りなく進んで今は「饗宴の儀」でしょうか。参加された方々、特に海外からの方々に、日本の伝統文化と、今日のあり方とを肌で感じ、十分に理解して頂く機会となる素晴らしいものだったように思います。

 私が最も注目したのは天皇陛下のお言葉です。コメントをされる学識経験者の方々も異口同音に、「平和」という言葉がこの短い「おことば」の中に3回も使われているといわれていましたが、まさにその通りです。

 「世界の平和」という形で2回、「国際社会の友好と平和」という形で1回、計3回です。

 そして、最も心にしみたのは、最後の部分です。
「国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします。」

 これこそが、天皇陛下が最も仰せになりたいことであり、日本国民として、まさに「 承詔必謹」すべきことではないかと強く感じたところです。

 インタビューで「令和の時代も戦争のない時代であってほしい」という多くの市民のけが聞かれましたが、日本のリーダー達も同じ考えであってほしいものです。

地銀ビジネス新展開の兆し

2019年10月21日 23時04分23秒 | 経営
地銀ビジネス新展開の兆し
 打ち続くゼロ金利政策の中で、銀行は本来業務ではやっていけない状況に追い込まれているというのが現状でしょう。
 すでに「 デフレ3悪」でも指摘しましたように、ゼロ金利では預金と貸し出しの金利差が取れなくなりますから、預貸業務で収益を上げることは望めなくなるのは必然です。

 最も厳しい状態に置かれているのは地方銀行をはじめとした中小金融機関でしょう。マスコミでもこの問題は頻繁に取り上げられています。
 しかもこの問題の源は、日銀が、政府とともに、とっくにデフレが終わっているのにゼロ金利を際限なく続ける(いつになったらインフレが2%を超えるのでしょうか)ような姿勢を取り続けているからです。

 金融は経済の潤滑油という、金融本来の機能を知り尽くしている日銀が、経済の潤滑油が回らなくなるゼロ金利をいつまでも続ける原因は、円高を招かないためという所にあるようですが、それはあくまでも弥縫策で、本来の政策ではないでしょう。

 一方、こんな環境で疲弊する地方銀行などで、新たな動きが出てきていることは注目に値するところです。
 それは従来「経営支援」がその役割だった地方銀行が、企業経営の直接の協力者、あるいは、企業経営の主導者、企業経営の開拓者として、多様な役割を果たそうという意識転換、従来業務からの脱皮を図り地方産業のリーダーにもなろうという動きです。

 確かに地方銀行はその地域に密着し、その地域のヒト・モノ・カネの動きにも精通し、地方の産業事情を最もよく理解しているという立場にあるのです。
 そこから得てきた多様な情報や人脈、ノーハウなどを活用して、各地でいろいろな展開みられているようです。

 例えば、地域の産品を広く国内に、さらには海外に売り込むための地域商社の設立です。
 これはすでに北海道から九州まで、多くの地方銀行が手がけ始めているようで、金融庁も銀行の5%の持ち株制限の緩和に踏み切ったようです、

後継者不足の農業では、株式会社化を進め、いわゆる「農業は第6次産業」(1次、2次、3次産業すべてを含むの意)といった意識の農業法人設立し、若者を呼び込もうという動きもあるようです。

 また、事業承継問題に悩む中小企業に、地域の人脈を利用しての後継者を斡旋、紹介し、顧客である企業の存続を図る事を目指し人材斡旋業の認可を求めるといったケースも聞かれます。

 融資するだけではなく、顧客企業の存続発展の役に立つならば、人も探す、アイデアも出す、協力のための行動、さらには率先して起業の行動も起こすといった地域産業開発の中核を担う役割を果たそうという意気込みが見えてきます。

 こうした話をお伺いしますと、改めて地方銀行なバイタリティーを感じ、新しい分野の成功と発展を期待したいと思う所ですが、同時に、金利の正常化を行い、本来の銀行業務である預貸業務で、経済の潤滑油供給の役割を果たすことが本筋というのが正論という見方も捨てきれません。

 ところで財務省や金融庁は一体何を目指して金融行政を行い、,現状をどう変えていこうと考えているのでしょうか。

自民税調「貯蓄から投資へ」を打ち出す(続き)

2019年10月20日 10時51分32秒 | 経済
自民税調「貯蓄から投資へ」を打ち出す(続き)
自民税調の「貯蓄から投資へ」の第二の柱は、1800兆円余の個人貯蓄を預貯金から株式などの証券投資に移行させ経済の活性化を狙うという事のようです。

 よく指摘されますように日本の貯蓄は預貯金中心、アメリカは株式等の証券投資が中心というのは阿蘇のとおりで、日本では個人貯蓄の53%が現金・預金、株式、投信等は14%で、アメリカは現金・預金は13%、株式・投信等が46%といった所です(日銀資料)。

 ということで個人貯蓄を株式や投信等の投資活動に振り向ければ、日本経済は大いに活性化するという狙いのようです。
 手段としては、NISA・つみたてNISAの期間延長や枠増し、で投資に振り向けることを税制で援助しようという事のようです、 IDECO(個人向け確定拠出年金IDECO(個人向け確定拠出年金)なども視野だそうです。

 NISAなど株価が上がって儲かっても税金がかからない(現状はキャピタルゲイン課税20%強)というのは有り難いことですが、それでうまく貯蓄から投資へと資金が移動するかというと、そう簡単ではなさそうです。
 
 理由は多分単純で、「株は儲かることもあるが損することの方が多い」という感覚を多くの方がお持ちだからです。

 余裕資金の多い人は、株が上がるまで待つことは出来ますが、多くの方はそうはいきません。子供の学資や家の修繕でお金が必要な時、株が下がっていたら・・。と考えてしまうでしょう。庶民はやっぱり元本保証でないと不安です。 というわけでゼロ金利でもやっぱり預貯金選好になるのです。

 今の日本の景気は不安定です。トランプさん次第などといわれますが、根底にあるのは円高への危惧です。円高になれば途端に株価は下がります。そして、円は「何かあると円買い→円高」という困った立場にあります。

 前回も述べましたように、日銀の異次元金融緩和と2%インフレ目標で円高を防ごうとしているのですが、アメリカは赤字の国、日本は黒字の国という状態がある限り、円高の危惧は消えません。

 というわけでゼロ金利が続けば、預金しても利息はほとんどつかないのですが、庶民はそれでも元本が減らないからと貯金に励みます。利息が付かないから、出来るだけ積み増す(自分で利息をつける)のです。
 これは、今の経済環境下で、庶民にとってはやはり最善の選択なのでしょう。損する可能性の大きい証券投資に誘導しようという事の合理性は、どうにも見えて来ません。

 余計なことを付け加えれば、投資で儲けられるのは「余裕資金」を持つ人でしょう。株が下がれば、上がるまで塩漬けにし、次の景気で株価が上がるまで待てるからです。
 さらに「貯蓄から投資へ」というのは大体株が上がっている時に言われる言葉です。今もそうですが、高値で株を買うというのは、大体失敗に終わるものです。

 我々庶民、多くの年金生活者が望むのは、定期預金や国債に少なくとも年3%ぐらいの利息が付くことではないでしょうか。

自民税調「貯蓄から投資へ」を打ち出す

2019年10月18日 23時21分16秒 | 経済
自民税調「貯蓄から投資へ」を打ち出す
マスコミの報道によれば、自民税調の甘利会長は記者会見で、貯蓄から投資への動きを促進するための税制を検討する姿勢を示したようです。

 基本的な柱は、最近の日本企業のビジネスモデルに危機感を持ってもらうために、企業の内部留保を投資に向けさせ、日本経済の活性化を、ということのようで、そのために税制を活用するということは、それなりに意義あることでしょう。

 いわゆる「モノ言う株主」も、よく「金ばかりため込んでも勿体ないので、有効に投資して、新しい成長分野を切り開くべきだ」といった主張をしています。
 これは、「経営者はもっと企業を成長させて、もっと株価が上がるような経営をしろ」ということでしょう。そうでなければ「もっと配当を払え」というのかもしれませんが、政府の場合は、それを税制で応援しようというのでしょうから、結構なことだと思います。

  すでに触れましたように、最近の日本企業は、収益向上の割に、従業員の教育訓練投資や、自力での成長発展を目指した研究開発投資にあまり積極的でなく、海外の企業をM&Aで傘下に収めた方が手っ取り早いというビジネスモデルが好まれるようです。

 問題は、なぜ、日本の企業が、自らの手で人を育て、研究開発を進め、世界に冠たる製品を作り上げるというビジネスモデルから、狙った技術を持つ企業を買い取り、手っ取り早く収益につなげるというモデルに乗換えたかです。

 もちろんこれも「投資」ですから、「これも投資だからいいじゃないか」という訳にはちょっといかないのです。
 研究開発には人間の育成を始め、時間と資本をかけて投資するベースが必要です。それを省いて企業買収で、ということを繰り返していれば、開発力そのものが失われていきます。
 当然独自性のある、他には真似のできない開発は不可能でしょう。

 税制で成長のための投資を応援するためには、こうした点を適切に踏まえ、人材育成と技術開発環境の生成に十分配慮した税制が必要でしょう。

 所で、実は、まだその先があるのです。企業買収というビジネスモデルは、「日本でやったのではコストが高すぎる」という円高の中で(特にリーマン・ショック後)選ばれて来たものと考えられるからです。

 それが「円レートが正常化しても」まだ続いているというのは、おそらく、「また何時円高になるか解らない」という危惧が企業にあるからではないでしょうか。
 この問題の解決 (円レートへの信頼性) の方が、本当は先でなければならないのではないでしょうか。もし、そんなことは日本には出来ないという現実が前提になっているとすれば、解決は容易でないしょう。

 今、円レートの安定は、日銀の異次元金融緩和+2%インフレ目標で何とかしようというところでしょうか。
しかし、トランプさんはドル安指向です。FRBのパウエル議長は苦境です。日銀も、日本政府もまた苦境にあるのでしょう。

 この点は、もう一つの「貯蓄から投資へ」の問題、家計における巨大な銀行預金を株などの証券投資に振り向けるべきだという問題とも実は同根です。
 次回、この問題を考えてみましょう。

トランプさん、この所、迷走気味では?

2019年10月17日 23時32分52秒 | 国際関係
トランプさん、この所、迷走気味では?
 アメリカは来年の大統領選挙に向けて動きだしているようですが、アメリカの伝統から来るのでしょう、あの複雑な大統領選挙のプロセスが始まるわけです。

 アメリカとしては、アメリカなりに最も適任の大統領を選ぶシステムということなのでしょうが、前回の,我々には些か異様だった誹謗中傷発言が常態化するような選挙戦ではなくて、素晴らしい人格を持った候補者が紳士的な態度で選挙戦を戦って、世界の見本となるようなプロセスを見せて頂きいたいとつくづく思うところです。
 
 トランプさんは何としても二期目を狙いたいでしょう。しかし太平洋の対岸の日本から見ていても、最近のトランプさんの行動の結果は、何か迷走気味になってきているように思われます。

 もともと、覇権国としてその矜持とともに世界を見るべき国の大統領が、「自国ファースト」と言っていたのですからそれだけでも違和感を禁じ得なかったのですが、その後の行動は世界により多くの混乱をもたらし、そのうえ、自国についても、株価こそ最高値を更新したりしていますが、双子の赤字に象徴されますように、実は破局に向かって突き進んでいるように感じられてなりません。

 基本的には、覇権国はコストがかかるから、世界の警察官などはやめて、自国中心で豊かにやろうと考えてのかもしれませんが、第二次大戦以来担ってきた「覇権国」「基軸通貨国」という役割からは、そう簡単に降りられません。

 世界には、日本のように「覇権国などとんでもない」という国ばかりではなくて、チャンスがあれば覇権国になりたい国が沢山あるようです。
 では、アメリカがどうぞどうぞとと譲れるのか といいますと、トランプさん自体も、譲った方が安くつくという気持ちと、覇権国の役割はアメリカが引き受けるのが一番いいはずだという気持ちの両方の中で、結論が出ていないのではないでしょうか。

 かといって覇権国の役割をだんだん国連に移管していくといった国連重視の姿勢もないようで、都合のいい時だけ国連の名前を使うというようなことになってしまっているようです。
 
 世界の注目を集めて始まった北朝鮮問題では、いくらキムさんに優しくしても、逆に相手を居丈高にしてしまったようですし、イラン問題では対話を拒否され、シリアでは変な成り行きでアメリカとトルコの関係が変なことになってしまったようです。

 最大の問題の中国との関係では、超大国同士覇権争いという見方な強くなる中で、関税の威力を使ってと考えたところ、アメリカの製造業大企業がほとんど中国を生産拠点として使っているという現実にぶつかり、返り血がひどくなり過ぎ、政策変更を余儀なくされているようです。

 「アメリカ・ファースト」に専心して、アメリカ経済を豊かに健全にという目標の達成は容易でなく、財政と国際収支の「双子の赤字」は、より深刻になる気配です。
 アメリカの経済価値の源であったアメリカの証券の信用はリーマン・ショックで失墜、ドルの価値も、トランプさんのドル安期待で冴えません。

 このままではトランプさんご自身の不動産ビジネスにも悪影響が出そうです。さて、覇権国の大統領の権限を使って、何ができるのか、あと1年でトランプさんの評価も決まるのでしょうが、アメリカ国民は、いま、何を考えているのでしょうか。

ホタルとボーフラとメダカの関係

2019年10月16日 23時19分19秒 | 環境
ホタルとボーフラとメダカの関係
 我が家でホタルの飼育をしていることはご紹介してきました。
 今年も、ゲンジボタル、ヘイケボタルのそれぞれを発泡スチロール箱を水槽にして育てています。

 餌は「かわにな」で、これは、近くを流れる「野川」でとってきます。以前は、タニシを購入したりしていましたが、野川に「かわにな」がたくさんいることが解り、かわになですと、ゲンジボタルもヘイケボタルも食べるので(ゲンジボタルはタニシは食べません)、
便利です。

 ということで、かわになの水槽も必要になり、都合発泡スチロールの水槽を3つ並べることになります。
 ところで夏になると困るのが、水槽にボーフラがわく事です。今年も、ネットで安いメダカを買って入れました。

 最初買ったのは、大きな赤メダカでしたが2年ものだったようで、ボーフラを食べて満足し、1月ほどでみんな死んでしまいました。そうだ、メダカは2年しか生きないんだと気がつき、次は子メダカにしました。

 これは面白くて1cm前後の生まれたばかり?のメダカですが、黒、白、赤、斑などいろいろ混じって20尾の注文に30尾ほど宅配便で送られてきました。
 観賞用のメダカの、時期が遅くて育たなかったのでしょうか、値段は安いし、色とりどりです。

 3つの水槽に分けて入れてやりましたら、自分の体の半分以上ありそうなボーフラに果敢に挑戦しれてつつきます。
 ボーフラが疲れたのか、傷ついたのか、動かなくなると,寄ってきてつついてだんだん食べてしまいます。

 秋になって子メダカも少し大きくなり、最近急に涼しくなって蚊もいなくなりました。もうボーフラもきれいにいません。
 
 ということで「お役目ご苦労さん」と庭のU字溝に放しました。DNA云々の話もありますが、自然の中に放すのではないので、広いところで元気に泳げと見守っています。

 来年は、いろいろなメダカがU字溝の中を泳ぎ、水槽のボーフラを喜んで食べてくれるだろうと楽しみにしているところです。

1ドル=120円で経済は回復、日本的経営は?

2019年10月14日 23時36分44秒 | 経営
1ドル=120円で経済は回復、日本的経営は?
 リーマン・ショック、アメリカのゼロ金利政策(2%インフレ目標)、その結果$1=80円という円高、それに加えて 産業界が頑張ればその分だけ円高になる」という経験(一時75円)は、日本の経営者にとってトラウマとなったようです。

 このブログでも見てきましたように、多くの日本企業の行動様式は変わったようです。ものづくりを大切に、生産性の向上を目指し、日本国内で人間と技術に投資してきた日本企業だったのですが、「投資はコストの安い海外で」という行動様式が著増しました。

 日銀も変身しました。2012年、白川総裁がインフレ容認に転換しました。「アメリカがインフレ2パーセントを目指すなら日本は1パーセントを目指したらどうか」と発言し、金融緩和を示唆、円はじりじり円安に動きました。

 そして決定的な円安への転換は、白川総裁に代わった黒田総裁の2発の黒田バズーカ、2%インフレ目標を掲げた異次元金融緩和でした。結果2014年には円レートは$1=120円に戻ったのです。

 当然この段階では、日本のコストも物価も、国際水準から見て特に高いものでなくなりました。
 このブログでも何度も触れているところですが、この段階で、私は、日本的経営への復元現象が起きると予測していました。

 しかし、私の予測は外れたようです。非正規労働の比率はその後も増え続け、研究開発投資は復活せず、教育訓練費の増加も大きく遅れているようです。
 円安で企業収益は為替差益なども含め大幅に回復しましたが、それは自己資本比率の上昇、その使途は海外企業のM&Aという方向が主流です。

 日本的経営の二本柱、「人間中心の経営」と「長期的視点の経営」は、短期的収益向上を求める海外の優良企業買収に向かい、国内は単純労働中心の非正規従業員と海外からの技能実習生に頼る企業が目につきます。

 唯一、日本的経営の特徴がしっかり残っているのは、「新規学卒採用」における「新卒一括採用」です。将来の幹部が必要という視点は残っていて、新規学卒採用は、協定破りは一般的、協定の形骸化、廃止論という状態です。
 一方、「働き方改革」の議論の中では、「新卒一括採用はやめるべきだ、必要なときに必要な人間を採ればいい」といった議論も少なくないようです。

 さて、日本的経営は、あの異常な円高の悪夢の中で消えてしまったのでしょうか。
 それとも、未だに日本企業は人間集団で、みんなで共通の目的を掲げて、人間集団の凝集力をエネルギーに、企業の長期的発展を目指すという日本敵経営が、まだ企業活動の基底には存在し、いずれ、AI、5Gの時代に新しい形で日本の経営、日本の労使関係、日本経済のバイタリティーの根源的な力となる時期がくるのでしょうか。

今、多くの日本の企業(労使を含め)は、頑張って生産性を上げるより「為替レートを円安にした方が早い」事に気づいてしまっているのでしょう。
 しかし、現実に為替レートを支配しているのはアメリカです。円は恐らくじりじりと高くなっていくでしょう。異次元金融緩和も永久に続けるわけにはいきません。
 いつかは日本企業も、技術革新の本格化による経済の強靭化が基本であることを知るでしょう。

 日本社会そのものが大きく変化していく中で、日本社会の「日本らしさ」はときに世界から注目されています。
 日本的経営が、30年に及ぶ苦難の中で更に洗練され、世界の注目を集めるような形で再生してくれることを、そのための企業の早期の気づきを期待したいと思います。

日本的経営はリーマン・ショックで死んだのか-:2

2019年10月13日 22時23分23秒 | 経営
日本的経営はリーマン・ショックで死んだのか-:2
 リーマン・ショックとは一口で言えば、アメリカが「サブプライムローンという不良債権を、金融工学の衣に包んでトリプルAの債券に仕立て、世界中に売ったところ、中身がばれ、債券の価値は暴落、世界中の金融機関のB/Sに大穴が空いて、世界金融恐慌になりかけたということでしょう。

 日本の金融機関は、バブル崩壊の経験もあり、手堅かったので、傷手は小さいと言われましたが、おそるべき脅威は別のところから来ました。
 アメリカのFRBが、世界金融恐慌回避のために採った、超金融緩和、ゼロ金利政策が深刻な円高をもたらしたのです。円レートは$1=120円から80円になりました。
 困ったことに、日銀は、円安より円高の方がいいと考えていたようでした。

 結果的に日本のコストと物価はドル建てで5割増しになりました。2倍という円高をやっと超克し、これからは経済の安定成長に向けて頑張ろうという矢先です。
 更に困ったことに、世界に「円は安全通貨」という評価が高まり、日本経済が良くなれば(競争力が強まれば)それだけ円高が進むといった雰囲気がでてきたのです。

 つまり、日本が生産性を上げ、競争力を強めれば、その分円高になるという経済的はまさに「無間地獄」のような状況が生まれたと感じられたのです。
 エコノミストの中でも、此の儘では円レートは1ドル=50円になって日本は潰れる、など言う意見もありました。

 「コストのドル化」が真剣に言われ、円でコストを払っていては企業は成り立たないと真剣に考える企業が増えたのも当然でしょう。結果は事業所の海外移転です。
 日本経済の空洞化は一層進み、事業所閉鎖、人員削減、就職氷河期の再来、そして一方では非正規労働の著増といった最悪の経済状態が2012年まで続いたのです。

 当時、企業の意識としては「これでは頑張っても無駄だ」、「一生懸命やればその分だけ円高になる」、「研究開発や従業員の教育訓練に意味はあるのか?」「非正規労働でコストを下げる事は必須だが、それでも利益は出ない」、「仕事をするなら海外で」、「ものづくりより金で金を儲ける仕事の方がいいのでは?」・・・といった感じのようにみえました。

 客観的に見ても、韓国、中国など日本の技術を学び、身につけ、それを使って圧倒的に安いコストで世界にものを売ることが出来る国があるわけで、中国などは、為替管理が可能な国で、人民元高を要求するアメリカにまともに反論する国です。

 リーマン・ショックから2012年までの日本は、日本的経営が、「まじめに頑張ればそれだけ円高になる」という無間地獄の中で、その意味を次第に失っていった時期ではなかったでしょうか。

 加えて、この時代に経営者になられた方達は、既に、日本的経営で日本が成功してきた経験を肌で感じていない世代の方々でもあるのです。
日本歴経営と言えば、バブルとその崩壊、後は努力しても報われない苦難の時期ばかりだったのかもしれません。
 労働側の代表である連合も、この日本経済の中では、為す術がなかったのではないでしょうか。

日本的経営はリーマン・ショックで死んだのか-:1

2019年10月12日 13時46分11秒 | 経営
日本的経営はリーマン・ショックで死んだのか-:1
 「人間中心」と「長期的視点」の二本柱の日本的経営の基本的部分として成熟してきた「日本的労使関係」の研鑚の場として労使双方から活用されてきたのが、いわゆる「春闘」でした。

 春闘は、かつて日本の労使総ぐるみの全国的勉強会などと言われ、その成果でオイルショックを乗り切って、成熟の域に達した年中行事でしたが、1990年代の長期不況の中で「春闘の終焉」とか「春闘は死んだ」とか言われるようになりました。

 理由は単純で、春闘の中心である「賃金決定」についての論戦が出来ないような状況になったからです。
 プラザ合意で、円の価値が2倍になり、日本の物価・賃金がドル建てで2倍になったのですがら、理論的には、賃金を半分に下げ、物価を半分にしなければ、競争力は元に戻りません。

 しかし、労働組合として賃下げを要求するというのは現実には困難でしょう。賃金要求は「定期昇給」(制度として決まっている)程度となり、春闘は「へそ」を失ったのです。
 もちろん、雇用関連、時短と賃下げ、実質賃下げなどの労使の話し合いは、どこの企業でも真剣に行われ、企業内労使関係の中で、労使とも苦渋の選択で人件費の削減をしたのが実情でしょう。

 ある大企業の経営者から、「あの時は○○と○○(労使のリーダの名前)という理解しあったリーダーがいたから合意ができたと思うよ」と感慨深く話していたのを聞いた記憶があります。

 組織の改編、職務の改廃、業務縮小などに伴う、人員配置の変更などが大規模に可能だったのは、職務中心ではなく人間中心の日本的経営だったからこそでしょう。
(当ブログ「 富士フイルムとコダックの比較」も参照ください)

 表面的には「日本的経営」の影が薄くなっているように見えましたが、現場では、日本的経営は確実にその成果を日本企業・日本経済にもたらしていたと私は考えています。

 こうした企業内の努力で2000~2002年には、日本経済は2倍の円高を克服、労使の協力を生かして、企業の再建、日本経済の再生に向けて、当時「いざなぎ越え」と言われた微弱ながら経済回復の過程に入りました。

 当時の多くの企業経営者たちは、10年余かかったが、バブル崩壊と円高を自力で乗り切り、好況感はないとはいえ、経済は回復過程に入ることが出来たと、ある意味では自信を回復し、前向きの経営に取り組もうとした意気込みが、就職氷河期の解消、研究開発投資の積極化、従業員の教育訓練費の増加などにみられます。

この日本的経営の復元減少に、あらためて冷水をかけたのがリーマンショックによる更なる円高 (1ドル120円→80円) でした。