tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

デフレの原因(その2)

2014年07月13日 09時45分04秒 | 経済
デフレの原因(その2)<2008年6月12日付のリメイク版>
 失われた10年とか20年といわれる長期デフレは、世界一高いといわれた日本の物価が、グローバリゼーションで激化する国際競争の中で、国際水準に向かって下がっていく過程だということを見てきました。コメやムギのように規制の厳しいものはなかなか下がりませんが、規制をはずせば、航空運賃でも、国際電話の料金でも、国際価格に向けてどんどん下がります。

 現実には、日本の物価が毎年平均1パーセント程度下がり、外国の物価が年率2~3パーセント上がって、10年から20年かかって、30~40パーセントあった内外価格差が、やっとゼロ近傍にまで縮小したという感じでしょう。

 インフレの原因の所で述べましたが、民主主義の社会では、通常、賃上げ圧力が強く、生産性の上昇より人件費の上昇の方が大きくなりがちなので、どの国でもインフレが常態で、デフレという事はほとんどありません。

 それなら何故、第2次オイルショックをほぼインフレ無しで乗り切り、世界でもトップクラスの国際競争力を持ち、ジャパンアズナンバーワンといわれた日本が、世界で最も物価も人件費も高い国になってしまったかです。

 とうにご承知の方も多いと思いますが、これは「プラザ合意」のせいです。
 プラザ合意というのは、1985年に、ニューヨークのプラザホテルで行われたG5(主要5カ国蔵相・中央銀行総裁会議:当時は5カ国)でのことで、この席で日本は、「競争力が強すぎるから、円高にすべきだ」といわれて「OK」といったのでしょう(詳しいやり取りはわかりませんが)。その後2年で、$1=¥240が、$1=¥120円と 急激な円高になりました。

 円高とは、円の価値が上がることです。したがって、円で取引するものの価格が、国際基軸通貨のドルで計れば、一律2倍になったわけです。日本製品の値段も、人件費をはじめとする日本のコストもすべて1985-87年の2年間で2倍になったのです。

つまり日本は、2年間に賃金を2倍にし、物価も2倍という「自家製インフレ(ホームメイドインフレーション)」をやったのと同じことになりました。日本は「賃金も物価も世界一高い国」になり、第2次オイルショックをインフレ無しで乗り切った日本人の知恵と努力はすべてパーになったのです。第2の(経済)敗戦という人もいます。

 日本は外交が下手だとよく言われますが、外交が下手だと、失われた20年のようなとんでもないことも起こるのです。