退職した取締役に対して退職慰労金を支給するに際して、会社所有の不動産の所有権を移転することによって実現したいというニーズがあり得る。この場合における不動産登記の登記原因は、何であろうか?
当該会社に退職金支給基準があり、株主総会では当該内規による支給基準に基づいて支払う旨の決議がなされ、この支給基準に基づいて算出された確定額を金銭で支払うことになっている場合に、不動産をもって代えるのであれば「代物弁済」である。
しかし、そのような支給基準がない場合には、不動産を退職慰労金として支給する決議をすることは、「金銭でないもの」を報酬等として支払うことを決議すること、すなわち「報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的内容」(会社法第361条第1項第3号)を決議するものである。
この点、平成14年商法改正前においては、「業績連動型報酬などのように報酬が不確定な金額で与えられる場合や、報酬が金銭以外のもので与えられる場合にどのような株主総会決議をすべきか明確でなかった」ところ、旧商法第269条の改正により、「不確定金額の報酬を与えるときはその具体的な算定方法を、金銭以外の報酬を与えるときはその具体的な内容を、それぞれ決議すべき旨を明らかに」されたものである。
cf.始関正光「平成14年商法の解説【Ⅳ】」旬刊商事法務2002年9月25日号
そして、「旧商法269条1項3号は、金銭以外のものによる報酬につき、金額を特定しないで行う決議の方法を追加的に認め、決議の自由度を高めたものと解するのが合理的」と解する有力な見解がある。
cf.弁護士高田剛ほか「別冊商事法務No.285 経営者報酬の法律と実務」(商事法務)
したがって、この場合の登記原因は、「年月日会社法第361条第1項第3号の規定による移転」が適切であると考える。ただし、厳密に言えば、株主総会の決議のみでは足りず、退職した取締役による受諾の意思表示も必要であるので、所有権移転の効力は、株主総会決議後、受諾の意思表示の時に生じることとなる。よって、登記原因証明情報にはその旨を付記しておくべきである。
また、剰余金の配当(会社法第453条)を行う場合に、不動産で現物配当を行うときは、登記原因は、「年月日剰余金の配当による移転」が適切であると思われる。
登記原因は世に連れ・・・法改正によって、これまでの枠組みでは表すことができない新しい登記原因が次々に登場してくるということであろう。