次のとおりの意見を提出しました。
Ⅰ 総論
【意見】
本改正に反対である。
【理由】
1.商業登記法は,「商法(明治32年法律第48号),会社法(平成17年法律第86号)その他の法律の規定により登記すべき事項を公示するための登記に関する制度について定めることにより,商号,会社等に係る信用の維持を図り,かつ,取引の安全と円滑に資することを目的と」(同法第1条)しているところ,今回の改正は,商業登記の公示的機能を大きく揺らがせるものであり,取引の安全と円滑の妨げとなるからである。
2.個人事業者であれば,事業者個人が取引の責任を全て負うところ,会社をはじめとした法人制度は,個人とは別に権利義務の帰属主体を作出するものであり,代表者の氏名及び住所が明記され,責任の所在が明確であることによって,取引の安全が担保されるものである。代表者の住所の非表示措置を認めることによって,責任の所在が明確とならず,取引の安全が図られない事態となるは必至である。
3.特に中小企業の取引実務においては,登記事項証明書は,代表者の代表権限を証明するものとしての機能が重要であり,代表者の住所の記載は欠くべからざるものである。ありがちな氏名であれば,同姓同名の別人は数多おり,住所の記載がなければ,代表者の特定が不可能となる。
4.非表示につき賛成する意見は,「プライバシー」の保護を声高に主張するが,例えば本店としてコワーキング・スペースやマス・レジストレーション・オフィスが登記され,代表者の住所が非表示であるような,実態が不詳の株式会社と安心して取引をできると思うのか甚だ疑問である。
5.近時,組織的詐欺商法においては本店としてバーチャル・オフィス等が悪用され,加害組織の実態は表には出てこず,これに対する責任追及が極めて困難な状況にある。
6.以上のとおりであるから,今般の省令改正については反対である。仮に改正が実施されるとしても,厳に謙抑的な取扱いがされるべきである。
【意見】
非表示措置をとった株式会社からの交付請求があったときは,「代表者の住所が記載された登記事項証明書」の交付をすべきである。
【理由】
省令の改正後も,取引の開始にあたり,取引の相手方等から,代表者の本人確認資料として,「代表者の住所が記載された登記事項証明書」を求められることは多いと推測される。したがって,非表示措置をとった株式会社の請求がある場合(交付請求書に登記所届出印の押印がある場合に限る。)には,「代表者の住所が記載された登記事項証明書」の交付が可能であるようにすべきである。
また,登記所届出印が押印された委任状がある場合に,当該委任状を持参した受任者からの請求があるときにおいても,同様に「代表者の住所が記載された登記事項証明書」の交付が可能であるようにすべきである。
Ⅱ 各論
〇 第1項柱書前段関係
【意見】
「登記事項証明書」には,「閉鎖事項証明書」や「コンピュータ化前の閉鎖登記簿謄本」も含まれるのかを明らかにすべきであり,また仮にそうであるとしても,過去の住所移転の履歴まで非表示にすべきではない。
【理由】
1.おそらく「登記事項証明書」には,「閉鎖事項証明書」や「コンピュータ化前の閉鎖登記簿謄本」も含まれる趣旨であると思われるが,今般の省令改正の趣旨からすれば,非表示措置は,現在の住所を非表示にすれば足りるのであって,過去の住所移転の履歴までも非表示にする合理的理由はないと考える。
2.既に退任をした者についても住所を秘匿したい要請があり得るが,今般の改正の対象外であるという理解でよいか?
なお,DV被害者の住所に関して,「商業登記規則及び電気通信回線による登記情報の提供に関する法律施行規則の一部を改正する省令」(令和4年法務省令第35号)に際して行われたパブリックコメントの結果(令和4年8月18日付け「「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見募集の結果について」番号14)においては,退任した者についても非表示の申出を認める旨が示されている。
【意見】
非表示措置の申出については,何らかの登記の申請とは切り離して,単独での申出を認めるべきである。
【理由】
例えば,設立の登記の申請に際して申出をする場合,その時点では,株式会社の実体が未だ形成されておらず,登記完了後に賃貸借契約等が締結されることも少なくない。すると,設立登記の申請前に本店の所在場所を実地検分したとしても,「実在することを確認」したとはいえないケースの方が多いものと思われる。したがって,設立登記後に,事業の実働が開始する等により事業所の実体が形成されてからの申出を認めるのが合理的であると思われる。
【意見】
非表示措置の申出の際には,代表取締役の携帯番号等の連絡先を記載するものとすべきである。
【理由】
第4項の規定により非表示措置を終了させる際には,第6項の規定により,「代表取締役等に対し、出頭を求め、質問をし、又は文書の提示その他必要な情報の提供を求める」ことが想定されており,これらの手続を迅速に進めるためには,郵便による連絡のみならず,携帯番号等の連絡先に直接連絡するのが合理的である。これらの連絡を試みることによっても連絡がとれない場合には,速やかに非表示措置を終了させるべきである。
〇 第1項第1号イ関係
【意見】
「資格者代理人が株式会社の本店がその所在地において実在することを確認した結果を記載した書面」とあるが,「実在することを確認した結果」の程度を通達等で明らかにすべきである。
【理由】
例えば,設立の登記の申請に際して申出をする場合,その時点では,株式会社の実体が未だ形成されておらず,登記完了後に賃貸借契約等が締結されることも少なくない。すると,設立登記の申請前に本店の所在場所を実地検分したとしても,「実在することを確認」したとはいえないケースの方が多いものと思われる。したがって,設立登記後に,事業の実働が開始する等により事業所の実体が形成されてからの申出を認めるのが合理的であると思われる。
【意見】
資格者代理人の確認書が添付されないケースでは,株式会社が住所地所在の不動産を利用する法的権限を有することを証明する書面を添付しなければならないものとすべきである。
【理由】
株式会社の「本店」は,その株式会社の主たる事業所である。事業所であるというためには,所有,賃貸借又は使用貸借等に基づいて,株式会社が何らかの占有権限を有する場所である必要があるからである。
例えば,モスクワ市においては,そのような登記実務であり,「多くの場合、商業ビルの一室を賃借するため、①賃貸借契約に関する賃貸人からの保証レター(設立登記された際には、当該法人に賃貸することを確約する書面)、②賃貸人の不動産所有証明書の写し、③転貸借する場合、当該不動産の所有者と転貸人との間の賃貸借契約書の写しを提出しなければならない。法人住所に関して提出した書面の情報に信用性がないと判断された場合、登記申請を却下できるとされ(登記法23条1項р号)、実際に、却下されている」とのことであり,参考にすべきである。
cf. 商業・法人登記制度に関する外国法制等の調査研究業務報告書(平成28年1月)
http://www.moj.go.jp/kaikei/bunsho/kaikei03_00024.html
※ 200頁以降
〇 第2項関係
【意見】
本店が,コワーキング・スペースやマス・レジストレーション・オフィスである場合については,非表示措置を認めるべきではない。
【理由】
本店がコワーキング・スペースに置かれている場合,会社は利用権限を有するのみで,事業所の実態はなく,また会計事務所等に多数の会社が本店を置く形態であるマス・レジストレーション・オフィスも同様である。このような場合については,「申出が適当と認められない」ものとして,非表示措置を認めるべきではない。
コワーキング・スペースに本店を置いている会社等にあっては,賃料というよりも,利用手数料を支払っているだけの「空間(space)」を,会社等の本店の所在場所であるとして登記をしているだけで,何ら占有権限があるわけではない。私書箱を置いている場所上の空間について利用手数料を支払って使用しているだけに過ぎない。例えて言えば,ホテルの長期滞在宿泊者が,当該ホテルの所在場所を自らの会社の本店であるとして登記をするようなものである。このような場合に非表示措置を認めるべきでないことは,言うまでもないであろう。
〇 第3項関係
【意見】
第3項の場合には,第1項第2号により住民票の写し等を添付しなければならないものとすべきである。
【理由】
従来,住所を移転しながら,住所変更による変更の登記を申請しないケースが少なくなかったようである。したがって,既に代表取締役等住所非表示措置が講じられている株式会社において,「再任」による登記の申請をするときは,その都度住民票の写し等を添付させて,その時点における住所を登記所が把握するようにすべきである。
なお,第1項柱書前段に「就任」とあり,「就任(再任を除く。)」(※商業登記規則第61条第4項後段参照)ではないことから,第1項第2号の規定は,「再任」の登記を申請する場合が含まれるものと解すべきである。
○ 第4項第1号関係
【意見】
住所非表示の措置を終了させる申出をする場合に,代理人による申出を許容する規定がないが,円滑な手続の実現のために代理人による申出を認めるべきである。
【理由】
DV被害者の住所に関して,「商業登記規則及び電気通信回線による登記情報の提供に関する法律施行規則の一部を改正する省令」(令和4年法務省令第35号)に際して行われたパブリックコメントの結果(令和4年8月18日付け「「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見募集の結果について」番号15)においては,代理人による申出を許容しない旨が示されているが,委任状に登記所届出印の押印があることで,申出の真正は担保されることから,本件においては許容すべきである。
〇 第4項第2号本文関係
【意見】
非表示措置の終了事由である「実在すると認められないとき」について,その判断基準等を通達等により明らかにすべきである。
【理由】
いったん非表示措置がとられると,登記官は,これを終了させることに慎重になり過ぎるものと思われる。また,同様の事案において,登記官によって,判断が分かれることも想定される。「実在すると認められないとき」の判断基準が明確であるのが望ましいことは言うまでもない。
したがって,非表示措置の終了事由である「実在すると認められないとき」の考慮要素について可能な限り例示列挙することによって,申出をする株式会社の予測可能性を高め,また登記官の画一的な判断基準とすることができるようにすべきである。
〇 第6項関係
【意見】
株式会社の債権者等から,株式会社が本店所在場所に実在しないとして,当該本店所在地を管轄する登記所に非表示措置を終了させるべきである旨の申出がされたときは,登記官は,迅速に第6項の調査を実施し,第4項第2号の終了の措置をとるべきである。
【意見】
非表示措置を終了させる端緒としては,株式会社の債権者等が民事訴訟を提起する前提として当該株式会社の本店を調査したところ,当該本店に実在しないとして,当該本店所在地を管轄する登記所に非表示措置を終了させるべきである旨の申出をすることが多いものと思われる。この場合に,登記官は,迅速に現地調査を行った上で,第6項の「株式会社の代表取締役等に対し、出頭を求め、質問をし、又は文書の提示その他必要な情報の提供を求める」べきであり,この省令改正の趣旨からすれば,終了の措置をとることに躊躇すべきではないと考える。
〇 その他
【意見】
非表示措置をとろうとする場合には,登記官は,同じ行政区画内に同姓同名の別人の有無を登記所は調査するようにすべきである。また,非表示措置をとった後に,同姓同名の別人から申出があったときは,別人であることが判ずるような措置をとるべきである。
【理由】
同じ行政区画内に同姓同名の別人が存在し得ることは,容易に想定されるところであり,特に悪質商法を行っている株式会社の代表者と同姓同名の者からすれば,自らとは別人であることの証明が容易ではないことから,然るべき措置を講ずべきである。
【意見】
非表示措置を終了する場合には,本店についても,株式会社が当該本店の所在場所に実在しないことを明らかにするために,抹消の符号を記載する等をすべきである。
【理由】
登記記録上,本店の表示がされ続ける限り,当該所在場所に株式会社が実在する外観があり,債権者等からのアクションが継続してされることになる。しかし,これは,債権者等にとっても,当該場所を後継して賃借する会社等にとっても甚だ迷惑な話である。
したがって,本店の記載に抹消の符号を記載する等により,実在しないことを明らかにする措置を講ずべきである。
【意見】
印鑑証明書に代表者の住所を記載するものとすべきである。
【理由】
印鑑証明書は,株式会社にとって重要な契約の際等に,取引の相手方に交付されることが多く,そのような場合の本人確認資料と重要である。これまでは,登記事項証明書に代表者の住所の記載があることから,印鑑証明書には代表者の住所の記載がなくともよかったが,代表者の住所の非表示措置をとる場合には,印鑑証明書に代表者の住所が記載されることが望ましいからである。
【意見】
登記簿の附属書類の閲覧請求(商業登記規則第21条)においては,代表者の住所の非表示措置に関する届出に関する部分についても,利害関係人による閲覧対象とすべきである。
【理由】
代表者の住所の非表示措置によって,株式会社の債権者等は,迅速な訴訟提起等に際して障害が生ずるので,利害関係人による閲覧対象とすべきである。
なお,DV被害者の住所に関して,「商業登記規則及び電気通信回線による登記情報の提供に関する法律施行規則の一部を改正する省令」(令和4年法務省令第35号)に際して行われたパブリックコメントの結果(令和4年8月18日付け「「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見募集の結果について」番号2及び6)においては,商業登記法第11条の2の規定により閲覧請求をすることが可能である旨が示されており,本件においても同様に解すべきである。