PATEX HUNTER

マルクス経済学の視点で、「パテック・フィリップ」と「ロレックス」の世界を中立的私見で、社会科学的に分析しています。

崩れ行く我国の社会経済の中で、明日から私たちは何をすべきか。

2011-02-12 | 国際・政治

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 結局、NHKの革新的思想スタッフによる『龍馬伝』は何を国民に伝えたかったのか。それは共産的平等ではなく、「努力した者が努力した分だけ報いられる」平等であろう。

 いまや我国の政府は大きな矛盾をはらみながら、小出しに「場当たり的な鎮痛剤」を国民に投与している。

 「思いやり」と称して、手前勝手に、子供の居ない人からも子供手当て分を捻出させ、一部低所得勤労者よりも失業者の収入の方が上回っている事実、また金融庁の金融機関への極端な超低金利融資と莫大な利潤を容認させる民間貸付、更には社会問題化し顕在化した通貨レバレッジ失策の長期間の放置、そして安直なる増税。そして極めつけは民間企業にはコンプライアンスを押付けながら未だに「親方日の丸」なヤクニン根性(これは後輩に失礼…)。

 いま私の周囲だけでもクアラルンプールやシンガポールにオフィスを移転した経営者が3人いる。これからも我国の将来を失望し、脱出する経営者は出ることになるが、これはやはり極端な円高への失策が拍車をかけている。

 簡単に言えば、円高が産業も含めて国民に還元されていないから今の日本はいつまでも不況にあえいでいる。為替ギャップによる不況である。なるほど、確かに公務員の給与は上場企業の賃金水準で決定している。圧倒的多くの下請け中小零細企業の貧民は眼中にないようだ。これでは日本経済の多くを担う国民の経済的困窮は政府にはいつまでもわかるまい。

 我国の政府は、我国同様の国民経済の混乱を起因とした今のエジプトの動乱を他人事だとおもっているのだろうか。今晩はローレックスのGMT-MASTERをしている私は大画面のデジタル放送を見ながら今、気まぐれではなく心底、動揺している。

 拡声器を抱えた看護婦の格好をした椎名林檎風のストロンガーらがあの歴史的舞台である日比谷公園に政治的に出現することを「本能」的に祈りながら(私はロレックスの白衣を着てその隣でエレキで伴奏します)、最近、体調が思わしくない私はあした主治医のところに行ってきます。


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