杉浦学芸員の初講座
2022年5月21日、恵庭市郷土資料館のカリンバ土曜講座を聴講した。タイトルは「金属製品と保存科学の世界」、講師は杉浦正和学芸員(奈良県生駒市出身)。
杉浦講師の専門は「トレハロースによる潮解性を持つ金属錆への効果」だと言う。トレハロース? 聞きなれない言葉だったので調べてみると、トレハロースはブドウ糖が二分子結合した糖(自然界の多くの動・植物や微生物中に存在)で、加工食品はじめ多くの分野で使われていることを知った。
例えば、変性抑制作用や品質保持効果があることから菓子、パン、惣菜、水産加工品、畜産加工品、レトルト食品、冷凍食品、飲料などの食品添加物として使用される一方、化粧品や入浴剤の保湿成分、クールビズや防臭効果をうたった繊維添加剤、切花延命剤などにも使われ、医学関連では臓器移植時の臓器保護液、手術による開腹後の癒着防止剤、ドライアイの治療薬、乾燥血液製造としても検討されているそうだ。杉浦学芸員の研究テーマ「文化財の腐敗防止処理に利用する研究」もその一例と言うことか。
◆講座内容
さて講師は、「保存科学とは?」と問い掛け、「さびと金属製品の保存」「西島松5遺跡出土刀の保存処理」について体系的に話を進めた。初々しくも正統的な組み立てである。
保存科学とは「自然科学的な手法を活用して文化財を適切に保存・管理・維持していく学問」と定義し、具体的には ①材質の調査、②肉眼では観察できない内部構造の調査、③文化財を後世に伝えていくための保存環境の調査、④保存修復に必要な材料と保存技術の開発研究からなると解説。
更に、「金属製品保存の歴史」「さびが出来る要因」について触れ、金属製品の保存処理を行うためには、①酸素と触れないようにする、②水分と触れないようにする、③金属製品の中の可溶性塩類をできる限り抜き取ることだとし、保存処理の基本行程を解説した。
処理工程は ①処理前調査、②クリーニング、③脱塩処理、④樹脂含浸、⑤復元、⑥仕上げ、⑦処理後調査からなるが、原興寺文化財研究所が実施した「西島松5遺跡出土刀」の保存処理に沿って具体的説明を加えた。
最後に、エックス線やCT、蛍光エックス線分析など機器の発達、脱塩処理や樹脂含浸法の進歩もあり保存技術は進歩しているが、保存処理はあくまで劣化スピードを緩めることに過ぎない。処理後も適切な環境で保管することが必要であると指摘した。
文化財保存と言えば、伝統的な修理修復を思い浮かべるが、科捜研のような自然科学的手法を組み入れた工程で進められていることが理解できた。些か専門的な箇所もあったが、参加市民にとっても興味ある講座であった。
◆企画展「金属製品と保存科学の世界」
恵庭市郷土資料館では並行して(4月16日~5月22日)、企画展「金属製品と保存科学の世界」が行われた。この企画展は、三菱財団50周年記念特別助成金(314万円)を活用し奈良県原興寺文化財研究所で修理していた恵庭市西島松5遺跡出土の刀3振が、修理を終え恵庭に戻ってきたのを記念して開催されたもので、多くの市民が訪れた。
地元の遺跡(西島松5遺跡)から出土した鉄製刀剣の、修理前写真と修理後実物との比較展示を見ることで、文化財の修復方法や保存科学について学ぶことが出来る有意義な企画展であったと思う。