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バッタ襲来と戦った開拓者たち,「飛蝗害」

2013-04-01 13:43:21 | 伊豆だより<里山を歩く>

札幌県庁勧業課の官吏「渡瀬寅次郎」が依田勉三・鈴木銃太郎に,「十勝入植は時期尚早」と話したのは,開拓使が進めてきた北海道拓殖計画がまだ十勝まで及んでいないということもあろうが,自身が目にしたバッタ害の凄惨な情景が脳裏を横切ったからではなかったか。事実,十勝へ入植した晩成社は,バッタ襲来によって壊滅的なダメージを受けている。

開拓に伴うバッタの被害とは

井上壽「北海道十勝国蝗発生史,明治12年から同18年までの発生顛末」(昭和58年)には,当時の北海道におけるトノサマバッタ発生状況が,膨大な記録(開拓使や札幌県庁吏員の被害調査復命書,技術対策など)と共に示されている。発生状況は,明治12年(発生),明治13年(大発生),明治14年(大発生),明治15年(大発生),明治16年(大発生),明治17年(大発生),明治18年(発生)であった。

 

以前にも発生はあったと思われるが詳細な記録は残されていない。この時期は北海道内陸の開拓が始まった頃で(晩成社の十勝入植は明治16年),自然の生態系が変化し,農作物の被害が顕著に表れたので,行政機関の被害調査や対策の記録が残されることになった。これらの初発生地は十勝であった。更に開拓が進み,後には殺虫剤の普及もあって,十勝地方では明治18年を最後にして大発生を見ていない。

 

十勝開拓の先駆けとなった「晩成社」の日記にもバッタ襲来の記録が残されている。

明治16512日 十勝入植(25名揃う)

明治16年5月23日 地所御下付願提出

明治1684日 トノサマバッタ襲来

「天為ニ暗ク,地為ニ赤シ」,飛来は空を覆い暗くなるほど,作物や野草を食い尽くし地上に緑が無くなり,赤い火山灰土壌が現れるほどであった。入植僅か3か月後に遭遇したバッタの被害は,出鼻を挫く事件であったろう。

松山善三は「依田勉三の生涯」(潮出版社)の中で,バッタ襲来の凄まじさ,バッタと戦う開拓民の姿を活写している。

 

パラグアイでも,日系移住者から開拓地を襲ったバッタ害の話をよく耳にした。森谷不二男「初期の思いでラ・コルメナ移住地」(移住50年史)にも詳しく記されているが,ここでは「パラグアイ日本人移住70年史(2007)」から一部を引用しよう。

・・・移住地には,入植以来一度ならずバッタの大群が押し寄せ,そのたびに被害を受けていた。19468月には,幅4km,長さ35kmの広大な群れが押し寄せ,太陽を遮る程であった。また,同年10月には,バッタ群が産卵のために移住地に飛来した。(中略)バッタは産卵時45日移動せず,そこで卵を産む。その幼虫が約20日後,一斉に孵化することから,播きつけなどの農作業はその幼虫が1か月後に成虫になって飛び立つまで一切出来なくなり,移住地経済に大きな損害をもたらす。(中略)移住地では石油1,000?,火炎放射器8台で一斉に焼き払った・・・

 

このような群生行動を起こす飛蝗(トビバッタ)には,トノサマバッタ(Locusta migratoria),サバクトビバッタ(Schistocerca gregaria),モロッコトビバッタ,ロッキートビバッタ,オーストラリアトビバッタなどがあり,歴史を辿れば世界中に被害の記録が残されている。

 

さて,日本での被害は先の十勝平野の例が知られている。明治8年に十勝川と利別川が氾濫しトノサマバッタの繁殖に適した草原が出現したことが引き金で,好天が続いた明治1218年(1879-1885)に大発生した。一度大発生すると,数年発生が続くのが一般的で,発生したバッタの大群は日高山脈を越え空知・後志・渡島まで達している。駆除のためにいろいろな手段が採られ,莫大な費用をかけ買取りまで実施した。集められたバッタの死骸や卵塊は山と積まれバッタ塚となり,その形跡が各地に残されている。皮肉なことに,大発生が決着したのは明治17年の長雨で繁殖が抑えられたことだと言うが,まさに自然の摂理だ。

 

トノサマバッタは頭部が緑色の大型バッタであるが,幼虫時代に高い密度で生息すると群生相に変化する(羽が伸び,後脚が短くなり,体色が黒くなる)。イネ科植物の葉を好んで食べ,大発生すると攻撃的になり昆虫の死骸や同種個体を襲って食べることもあると言う。メスは腹部を土中に差し込むようにして卵(卵塊)を産みつける。

 

殺虫剤が普及していないアフリカ諸国やアラビア半島・中近東では現在でも局地的にバッタが大発生し,飢餓要因の一つになっている。FAOが対策に当たっており,情報発信や対策支援を行っている。バッタ被害が昔の物語になったわけではない

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