ビーグル水道(Canal Beagle)は,南アメリカの最南端,フエゴ島(Tierra del Fuego)と,その南側に位置するナバリノ島(Isla Navarino),オストレ島(Isla Ostle)を隔てる全長240km,幅1~10kmの海峡(水道)で,アルゼンチンとチリの国境になっている。東の端にはチリ領ヌエバ島(Isla Nueva),西の端はチリ領ダーウィン山系がある。
イギリス海軍のビーグル号(帆船)は,一回目の航海(1826-30)でパタゴニアやテイエラ・デル・フエゴの水路調査を行い,二回目の航海(1831-36)では進化論で知られるチャールズ・ダーウィンが乗船して詳細な記録を残しており(ビーグル号航海記),同水道の名前は同船に由来するという(ビーグル号船長の名前もフイッツロイ山として名を留める)。
さて,この水道には小さな島や岩礁がいくつかあり,無数のアシカ,ウミウ,ペンギンなどが生息している。これらのコロニーを観察するクルーズがウスアイアから出ているので,20××年12月29日船に乗った。
観光桟橋を離れ振り返ると,ウスアイアの町が眺望できる。その背後に迫って氷河に削られた険しい姿の山が雪に覆われている。青空も見えるが雲が低い。ここは「最果ての海峡」なのだ。海峡は鉛色にうねり,寂寥感が漂う。
クルーズで船が必ず訪れるのは,ロス・ロボス島(Isla de Los Lobos,Sea Lion’s Island)とロス・パハロス島(Isla de Los Pajaros,Bird’s Island)である。アシカ,ウミウのコロニーが島を区別して占有し,或いは混在してみられるが,その数の多さに圧倒される。船が静かに近づき,観光客はカメラを向ける。岩礁に堆積したウミウの糞(グアノ)が,南極の風に乗って臭ってくる。
しばらく進むと,岩礁に赤と白に塗られた小さなエクレルール灯台(Faro les Echleireurs)が目に入る。同性愛の哀愁を描いた香港映画「ブエノス・アイレス」(Happy together,ウオン・カーウアイ監督作品,第50回カンヌ映画祭監督賞受賞)で象徴的に採りあげられた灯台で,「世界の果てを見たい」と旅立った主人公チャンが今も傍に佇んでいるような風情だ。
アシカと言えば,水族館の「アシカ・ショー」が思い出されるが,その種類は多く(アシカ科は7属12種),なかなか区別がつかない。鰭脚類は次のように分類され,此処に生息するのはオタリア(Otaria flavescens)だという(参照:Wikipedia)。
1鰭脚類
1-1セイウチ科
1-2アザラシ科
1-3アシカ科
1-3-1アシカ亜科
1-3-1-1アシカ属
1-3-1-1-1カリフォルニアアシカ
1-3-1-1-2ガラパゴスアシカ
1-3-1-1-3ニホンアシカ
1-3-1-2オーストラリアアシカ属
1-3-1-3ニュージランドアシカ属
1-3-1-4オタリア属
1-3-1-5トド属
1-3-2オットセイ亜科
ちなみに,ニホンアシカは唯一日本沿海で繁殖する種類で(アザラシ,トドは冬に回遊してくる),縄文時代の貝塚からも骨が出土しているが皮と油をとるための乱獲が続き,19世紀末から20世紀初めには絶滅に追いやられている。
一方,ロス・パハロス島に群棲しているのは,ウミウ(鵜)の仲間である。ビーグル水道には主に5種類のウミウの繁殖地になっているのだという。遠目には黒と白の容姿でペンギンに見間違えたほどだ。
人類による乱獲,開発,経済発展のために行った多くの行為は,反面自然を破壊した歴史でもある。「自然を破壊して人類が滅亡した」となるか,「緑が残った,だが人類は滅亡した」となるか・・・調和,持続の意味を,自然の厳しさに触れながらビーグル水道で考えるも良い。