読書日記

いろいろな本のレビュー

日蝕えつきる 花村萬月 集英社

2018-01-08 11:28:13 | Weblog
 タイトルは「ひはえつきる」だ。天明六年(1786)に起きた皆既日食と重ねて書いた五編の短編集で、それぞれの編の末尾に主人公の死と共に「日蝕えつきる」の言葉がオーバーラップされるという趣向だ。どれも社会の底辺に暮らす男女が惨めに残酷に死んでゆく姿を描いている。まさに著者の言う通り「暗黒小説」と言ってよい。救いがないのだ。でもこれはこれで変にリアリティーがあり、昨今の浅薄な小説に比べると格段に面白い。因みに本書は2017年10月柴田錬三郎賞を受賞している。
 最初の「千代」は夜鷹の女性、次の「吉弥」は蔭間の少年、次の「長十郎」は貧乏侍、次の「登勢」は八丈島の百姓女、最後の「次二」は投獄された無宿者と、天明期の飢饉等の社会不安に翻弄される庶民の姿がリアルに描かれている。語彙が古典的で、電子辞書を片手に読まざるを得ないほど難解だったが、逆に言えば文章が格調が高いことの証左でもある。
 全編、町のにおい、牢獄のにおい、生理的分泌物のにおいが漂ってくるようで、現代の清潔志向の人間が読むと吐き気を催すかもしれない。また社会悪のこと細かな描写、人間の性悪説を肯定するかのような記述はディストピア小説の流れを志向するもので、著者は一体どういう人物かという興味が湧いた。二年前に読んだ『信長私記』(講談社)では、信長自身の人生が劇的であったがゆえに、著者に対する関心は湧いて来なかった。今回調べてみると、彼の父親は明治生まれで、母親とは30歳違いで、著者は父親から旧仮名遣いの本での読書を強制されたとある。道理であのような文章が書けるわけである。小学校3年で父が他界、その頃からすさんだ生活をし、小学校5年で児童相談所、その後福祉施設を経て高校に入学するも、間もなく退学。その後無頼の生活をしていたが、旅行記の投稿をきっかけに、1989年『ゴッド・ブレイス物語』で作家デビュー、1999年『ゲルマニュウムの夜』で芥川賞受賞とあった。
 その文体の由来も、社会の底辺に暮らす人間に対するシンパシーも、歩んできた人生と関係があると言える。逆に言うと小説のネタは豊富に持っているということだろう。この小説は著者が歩んできた人生の凄味が結晶したものだ。その経験において並みの作家では歯が立たないのも当然で、今後とも目が離せない作家だ。