読書日記

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ゲイリー・バートン自伝 ゲイリー・バートン 論創社

2018-01-01 09:41:56 | Weblog
 ゲイリー・バートンはジャズ界で有名なヴィヴラフオニストだ。ヴィブラフオンはジャズ界ではメジャーな楽器ではないがゲイリー・バートンは第一人者として活躍し、グラミー賞7回の受賞を誇っている。彼はマレット4本を使って流麗な演奏をするのが特徴だ。ジャズヴアイブでは、何といってもMJQのミルト・ジャクソンが有名で、その他テリー・ギブス、ボビー・ハッチャーソンなどが個人的には思い浮かんでくるが、ゲイリー・バートンはそれほど聞いた覚えがないが、2004年に出された小曽根真との共演アルバム「GENERATIONS」は良いアルバムで愛聴している。バートンもこのアルバムについては言及していて、新人のギタリスト、ジュリアン・ラーゲをほめたたえている。確かにうまい。
 ゲイリー・バートンは1943年アメリカ、インディアナ州生まれで、幼少期から独学でヴィブラフオンを学び、17歳でプロデビュー、その後バークリー音楽大学で学んだ。ジャズミュージシャンとして正式な音楽教育を受けたことが、その後の活躍に大きく貢献したことが本書の記述でもわかる。その後、盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングやテナーサックスのスタン・ゲッツと共演した後、1968年ジャズにロックを取り入れたフュージョンバンドを結成した。
 本書の特徴は、共演したミュージシャンの裏話と自身がゲイであるということを告白した2点にあると思われる。前者については私も初めて聞くものが多く、面白かった。ジョージ・シアリングはイギリス出身のピアニストだが、自分の流儀にこだわって幾度もバートンと対立したという。また盲目であるにも関わらず、女性に対して積極的で、ギグなどで知り合ったフアンに積極的にアプロ―チをかけたという。スタン・ゲッツについても同様で、彼は麻薬中毒で気分の落差が激しくなかなか付き合いにくい人間だったとある。楽譜を読むのも苦手で、我流のやり方に固執したらしい。彼の最大のヒットアルバム「ゲッツ・ジルベルト」はジャズとボサノバとの融合を目指したものだが、これでゲッツは金満家になった。そしてアストラッド・ジルベルトと演奏旅行を続けるうちに2人に肉体関係ができた。ジルベルトには同行した夫がいたにもかかわらずである。ゲッツにはマネージャー役のしっかりした妻がいたのだが、、、、。ことほど左様にジャズマンの日常は融通無碍と言えば言えようか。
 また歌手のアニタ・オデイについて、彼女は〝聴き憶え〟で歌うヴォーカリストの一人であり、音程やフレージングに関する彼女の選択はあてずっぽうという感じで、表裏に渡って音楽の構造を知っていたエラ・フイッツジェラルドやサラ・ヴォーンといった偉大なスキャットシンガーとは対照的だったと言っている。このようにゲイリー・バートンはジャズを単なるフイーリングではなく理詰めのテクニックを基礎にすべきだと考えていたことが分かる。後にバークリー音楽院の教授になったことからもそのことがうかがえる。その他彼が共演したミュージシャンのエピソードが多数語られており、面白く読める。そして後者のゲイ告白だが、これはコメントしにくいので割愛。
 総じて74歳のミュージシャンの自分史の自己評価としては良好だったということだろう。これは前掲の75歳の俳優・コメディアン小松政夫の自分史も同様だ。とにかく70歳半ばまで生き残ることが大切だ。
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