仮の水 リービ英雄 講談社
リービ英雄はアメリカ生まれで、幼少時に外交官であった父について香港・台湾で生活した。そして17歳で日本に渡り日本語を習得した。プリンストン大学で東洋文化を学び、スタンフオード大学で日本文学を講じ、日本語で小説を発表し注目された。国籍はアメリカだが、人格形成は台湾・香港・日本というように意識の中にズレがあり、外見はアメリカ人だが、中味は日本人という感じになっている。
本書はタイトルになった作品以外に、「高速公路」「老国道」「我是」の四篇から成り、いずれも「群像」に連載されたものである。著者と思われる主人公が一人で中国に行き、現地のドライバーとアウディに乗って観光コースではない地域に踏み込んで行くというストーリーだ。劇的な展開はないが、繁栄から取り残された中国の影の部分が淡々とした描写で綴られる。生きるために生きる、生きがいとかを感じる以前のまさに人間の原型のような中国人の姿が浮かび上がってくる。戦争の贖罪意識を持った日本人が奥地を旅行した時のような感情がアメリカ人の著者によって描かれる。あのズレの感覚が全編の基調になっているのは確かだ。
日本語でこれだけの内容を書けるとは驚きだが、ただ単なる島国の閉ざされた言語から普遍性への脱却が著者によって示唆されている。