Ma Vie Quotidienne

一歳に二度も来ぬ春なればいとなく今日は花をこそ見れ

釜石はまゆりOWS大会のお手伝いへ ② 2日目は会場設営のお手伝い

2012-08-04 17:25:56 | Travel
さて土曜日。

深夜バスで釜石に到着したボラリーダーと朝7時に合流。
打ち合わせなどして、
「釜石はまゆりオープンウォータースイム大会」の会場設営のお手伝いに行くことに。

ただ、あんまり朝早かったんで、
ボラリーダーが「どっか行きたいところない?」と。

まあ釜石周辺たいていのところには行ったり通ったりしてるし、
前の週にもちらっと来てるんで・・・・
と思いましたが、
ふと大会会場周辺にまだ訪ねていないところがあると思いだし、
寄ってもらうことにしました。


鵜住居(うのすまい)地区防災センター。

ここは指定避難所ではなかったのですが、
日頃の避難訓練の際、もっと高台の指定避難所まで行くのは大変だろうからと、
便宜上ここに避難するような形を取っていたそうです。
そしてあの日、
隣りにある鵜住居幼稚園の園児や教諭をはじめ、
多くの住民が何の疑いもなく日頃の訓練の通りここに避難してきました。
そして多くの人が津波にのまれ犠牲になりました。
最近の検証では250余人もの人がここに避難し、
70~90人、それ以上の人が犠牲になったと言います。

ここで手を合わせお線香をあげさせていただきました。




そしてオープンウォータースイム大会の会場となる同鵜住居地区の根浜海岸へ。


ところでこの大会・・・・


震災前は「釜石はまゆりトライアスロン国際大会」として毎年9月に
オリンピック・ディスタンス(swim1.5km、bike40㎞、run10㎞)のトライアスロン大会が行われておりました。

わたしも昔めっちゃトライアスロンやってた頃に
一度出ようと試みましたがケガなど諸事情により出場せずじまいとなってそのまま・・・。

現在は震災による道路の破壊で同トライアストン大会は開催困難ですが、
2016年の岩手国体までに大会が復活できるよう準備していこうということで、
まずは今年、トライアスロンの水泳の部分だけの大会開催となったそうです。

私自身、震災後に釜石や陸前高田での瓦礫撤去などのボランティアを行う中、
何か私らしい東北とのかかわり方を模索していたところ、
今年1月に根浜海岸の旅館、宝来館が震災後再開ということで宿泊しに行って、
「あーここでトライアスロンやってたんだー。
 また再開することがあればこの海で私も泳ぎたいなー」
なんてうっすら思ったことが発端で、
その直後に東京の「釜石トライアスロン復興支援の会」という活動を知り、
2月6月にそちらと一緒に活動させていただき、
その流れで今回のオープンウォータースイム大会のお手伝いという運びとなりました。



ということで、会場へ。





まだまだ破壊された姿がまざまざと残されています。
この大会のために2回ほど周辺の清掃が行われたようです。

この日もダイバーさん達が選手の安全のために海中の瓦礫清掃をしてくれていました。


わたくし達は会場設営のお手伝い。






現地の釜石トライアスロン協会の方々が中心となってサクサクと準備が進みます。





なんにもなくなってしまった会場周辺を少しでも華やかにと
のぼりが立てられました。
どちらだったか関西のほうのお仲間がどどーんと百本単位で作って送ってくださったとか。
人のつながりのあたたかさを感じます。

あとは当日の朝に本格的に設営ということで、
翌日またここにきて選手をお迎えするんだーって
ワクワクしながらこの日は終了。

つづく。


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