東京・台東借地借家人組合1

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【判例】 定額補修分担金・更新料返還請求事件 3 (平成20年04月30日 京都地方裁判所)

2008年06月05日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

第3 当裁判所の判断

 1 前提事項

 前提事実並びに証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成17年3月30日,株式会社長栄の宅地建物取引主任者から本件補修分担金特約を含めた本件賃貸借契約の重要事項について説明を受けたうえで,被告との間で本件補修分担金特約も含めて本件賃貸借契約を締結したことが認められる。

2 本件補修分担金特約が消費者契約法10条により無効となるか(争点(1))

 (1)  前提事実によれば,原告は,消費者契約法2条1項の「消費者」に,被告は,同条2項の「事業者」に該当する。

 (2)  賃貸借契約は賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするところ,賃借物件が建物の場合,その使用に伴う賃借物件の損耗は賃貸借契約の中で当然に予定されているものである。そのため,建物の賃貸借においては賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少という投下資本(賃借物件)の通常損耗の回収は通常,賃貸人が減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませ,その支払を受けることで行われる。

 そうすると,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務を負うものの(民法616条,598条),原則として,賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせることはできないものと解するのが相当である。

 もっとも,賃借人は,故意や善管注意義務違反などの過失によって生じた賃借物件の汚損ないし損耗部分については修繕費相当の損害賠償義務を負う。

 そうすると,賃借人は,民法上,原則として,故意過失による同汚損ないし損耗部分の回復費用を負担すれば足り,通常損耗の回復費用については賃料以外の負担をすることは要しないといわなければならない。

 (3)  本件補修分担金特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る回復費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷・改造を除き回復費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定しているところ,回復費用が分担金を下回る場合や,回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合に賃借人にその返還をする旨規定していないが,同規定していない趣旨からすると,被告も主張するとおりそのような場合,賃借人は,差額の定額補修分担金の返還を求めることができない旨を規定しているといわざるをえない。

 そうすると,同分担金特約は消費者たる原告が賃料の支払という態様の中で負担する通常損耗部分の回復費用以外に本来負担しなくてもいい通常損耗部分の回復費用の負担を強いるものであり,民法が規定する場合に比して消費者の義務を加重している特約といえる。

 (4)ア  前記のとおり賃借人が本件補修分担金特約に基づいて賃料と別個に負担すべき分担金額は一般的に生じる軽過失損耗部分に要する回復費用を踏まえたうえで算定されるべきところ,賃貸人は,当該物件もしくは同種物件の修繕経験を有するのが通常であり,その経験の蓄積により通常修繕費用にどの程度要するかの情報を持ち,計算をすることが可能である。他方,消費者である賃借人は,通常,自ら賃借物件の修繕をするなどの経験はなく,したがって,一般的に賃貸人が有するような上記情報を有するとは考え難い。本件においても,消費者である被告が同情報を有していたと認めるに足りる証拠はない。

 賃借人が負担する同分担金額は賃貸人が有している上記情報を基に設定するのが一般的であると考えられるところ,賃借人となろうとする者が同情報を持ち合わせないままで賃貸人との間で分担金額の程度・内容について交渉することは難しく,仮に交渉できたとしてもその実効性が担保されているとは考え難い。以上の事実を踏まえると,賃貸人が賃借人に負担させるべき分担金額を一方的に決定しているというべきである。

 イ(ア)  本件補修分担金特約は軽過失損耗部分の回復費用を定額に設定しているところ,形式的に見ると,軽過失損耗部分が同定額を超えた場合には賃借人に利益となる余地がある。しかし,実質的に賃借人に利益があるというためには結果的に発生した軽過失損耗部分の回復費用が設定額より多額であったという特段の事情のない限り難しく,少なくとも定められた分担金額が一般的に生じる軽過失損耗部分の回復費用額と同額程度であることが必要である。

 (イ)  本件補修分担金特約に基づく同分担金額は月額賃料の約2.5倍程度に定められているところ,賃借人に軽過失があって,軽過失損耗が発生することは通常それほど多くなく,一般的にその回復費用が月額賃料の2.5倍であると考えることはできない。そうすると,同分担金特約に基づく分担金額は一般的に生じる軽過失損耗部分の回復費用と同額程度とはいえず,また,本件物件について軽過失損耗部分の回復費用が設定額である16万円を超えたと認めるに足りる証拠もない。

 (ウ)  以上によれば,本件補修分担金特約は賃借人である原告にとって有利であるとまではいえず,かえって,賃借人に月額賃料の約2.5倍の回復費用を一方的に支払わせるもので,しかもその額の妥当性について消費者である原告に判断する情報がないこと,以上の事実にあわせて通常損耗にともなう回復費用について賃料とは別個に賃借人に負担させるものであることを総合すると,消費者である原告に不利益を負わせるものと評価せざるを得ない。

 ウ  そうすると,本件補修分担金特約に基づいて原告に対し,分担金の負担をさせることは民法第1条第2項に規定する基本原則に反し消費者の利益を一方的に害するものといえる。

 エ(ア)  この点,被告は,本件補修分担金特約は原状回復費用が定額に抑えられていて原告に有利である旨主張する。しかし,上記イ,ウで説示したとおり本件補修分担金特約は実質的にみて賃借人である原告に有利とまではいえない。したがって,被告の同主張は採用できない。

 (イ)  また,被告は,定額補修分担金特約の定めがある賃借物件では,賃借人が退去時における原状回復費用をめぐる紛争リスクの減少というメリットを享受することができる旨主張する。しかし,かかる紛争リスク減少のメリットは賃借人だけではなく,賃貸人も同様に享受しているのであり,賃貸人も享受するメリットを発生させるために賃借人のみが通常損耗部分の回復費用を含む分担金を負担することは不当であるといわざるをえない。

 (ウ) また,被告は,定額補修分担金特約のある賃借物件では賃借人は軽過失は免責されるので原状回復費用のことを気にかけることなく安心して居住することができる旨主張する。しかし,善管注意義務を尽くそうとする賃借人にとって,同分担金特約の定めをした場合であっても賃借物件を損壊しないように注意しながら生活をすることになるし,善管注意義務を尽くそうとしないような賃借人についてはそのような生活態度からして重過失が認定される蓋然性が高くなり,被告が主張するように軽過失にすぎないとして免責される余地は少ないことになる。したがって,被告が主張するように同分担金特約の存在によって一般的に賃借人が安心して居住することになるわけではない。

 (5)  以上によれば,本件補修分担金特約は民法の任意規定の適用による場合に比して賃借人の義務を加重するものというべきで,信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するもので,消費者契約法10条に該当し,無効である。

3 更新料について(争点(2))

 前提事実記載のとおり原告は,本件口頭弁論期日において,被告から更新料6万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年8月5日からの遅延損害金全額1604円の合計6万4604円を受領している。そうすると,本件更新料特約が消費者契約法10条に該当して無効か否かを判断するまでもなく,更新料にかかる請求は理由がないことが明らかである。

4 結論
 以上の次第であるから,原告の本件請求は主文1項の限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条を,仮執行宣言につき同法259条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

          京都地方裁判所第6民事部

               裁判長裁判官  中    村       哲

                   裁判官 和 久 田     斉

                   裁判官 波 多 野  紀 夫

 

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