日本がバブル崩壊以後の国つくりに迷走している間に、欧州ではドイツを中心とした「欧州連合EU」が、欧州諸国の統合を進めていた。
経済的な共同体として、世界の中心になることを目指して欧州諸国間の人の移動を自由にして、経済活動の活性化を進めていた。
さらに、共同市場の将来像としては、共通通貨が理想とされて、「ユーロの導入」が進み、お金の移動の自由化によって、最大限に活性化する方向に進んでいた。
その頃の日本は【不良債権の処理に手間取って】、経済政策と血液となる資金の流動性が停滞する影響で、経済成長は鈍化して、【デフレ経済に停滞】した。
アメリカでは、ブッシュ政権の金融業の緩和によって、マネーゲームの活性化が進み、ついには【サブプライムローンの金融バブル】となって、破綻した。
日本の長期の停滞と、アメリカの金融バブル崩壊によって、欧州が世界の中心になる可能性が拡大したが、肝心のEU経済は低迷し始めていた。
ギリシャやスペイン、イタリアなどの財政破綻の危険性が高まった結果、経済政策の行きつまりと「雇用状態の極端な悪化」が、経済活動を低下させていた。
一人、ドイツだけは生真面目の国民性から財政規律を守り、経済成長の努力が功を奏して活況を呈していた。
EUはひとり勝ちのドイツだけが、経済強国となって、「ユーロの価値を引上げ」ていたが、経済弱小国を抱えているので、為替レートは「ドイツにとって最大限に有利」に働いていた。
こうして、EU諸国の中ではドイツの一強支配となって、富の集中化が始まり、「EU官僚のエリートたち」と、ドイツ経済が支配する帝国化の道を進み始めている。
帝国の構造の中心部が圧倒的に栄えて、周辺部はお金も人財も吸い取られて、貧困地帯に陥っていく。
ドイツ経済は、中央部のエリートたちが支配する企業本社と、下請け的に製造を担う工場労働者の階級社会になっていく。
マニュアル化された単純作業には、新規加盟した「東欧からの移民労働者」が、「低賃金で働く構造」となって、ドイツ人の下層階級の賃金をさらに引き下げていく。
それでもドイツ経済を支える「下請け労働者が不足」する状態では、新規にEU
に加盟した「東欧諸国の低賃金国」に製造を移転して、強化していた。
そこに、中東と北アフリカ諸国の政情不安定による【大量の難民が発生】して、
EU圏内を目指して流入が加速してきた。
ドイツ経済はこの難民を受け入れる余力も必要性もあるから、人道的な立場を前面にして、大量に受け入れる方針を、【EU全体として打ち出した】。
これがEU帝国(ドイツ帝国)崩壊の始まりであった。
ドイツは、EU諸国に中央集権帝国の構造を、巧みに押し付けるつもりだが、周辺国の不満が高まって、崩壊する危険性がますます高まっている。(続)