庵KM

技術屋OBの環境問題独り言

経済問題。交通問題。健康問題。そして、日本の国創り問題。快適社会問題。

日本の発展段階におけるエネルギーの主力は変遷する。役割は終えた。

2011-05-05 | 快適エネルギー社会問題
原子力発電に頼らないで、健康的で豊かな社会を築くことが、21世紀の日本の目標である。
それは1990年までに先進国の中で一流レベルの技術を育成した日本の実績を、別の方面で伸ばして行く、大きな転換を図ることである。
安価な石油に依存し、見かけだけの安い原子力発電を増設する事によって、安いエネルギーに支えられた技術立国から脱皮することにある。

1960年頃から、日本は石炭のエネルギーから石油に依存する産業を築いてきた。
その時代には、石炭によって栄えて来た日本の産業を、大きく転換して行く過程で、衰退する石炭産業から離れて、多くの人が石油に支えられる産業に移っていった。
中には失業などの苦難な目にあった人も多く、痛みを乗り越えて次世代の産業に活路を見つけた。

1970年代には、中東依存の石油の脆弱性によって、石油ショックを受け、次世代のエネルギーを開拓する必要性が高まった。
その時期に原子力発電を未来の夢のエネルギーととらえて、アメリカの技術を導入し、福島第一原子力発電所などを建設して、石油に依存する体質を少しでも軽減する事に貢献した。

しかし、この過程で、アメリカのスリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発の大爆発など、原発の安全性が問われることになる。
その時期に、日本では原発は安全性が高いことを、技術力で高めることで、乗り越えてきた。
それが長く続くことで、日本では政界、官界、原発事業民間の癒着体質を生みだしてしまった。
地震国の日本では、欧米よりも地震、津波対策を厳しく想定しなければならないのに、コストを安く抑えるために、意図的に想定を甘くして、割り切ることが当然の様になってしまった。

ここらで、石炭から石油へ変わり、石油を補填するエネルギ―として、原子力を主力にしてきた時代から転換する時期に来ている。
石油と原子力の代わりに、『天然ガスと再生可能エネルギー』へ転換を図ることを、21世紀前半の長期エネルギー政策として日本中で合意するべきである。

そして、安いエネルギーに依存して価格競争力に頼る産業は、以前の石炭産業の様に、痛みを和らげながら、縮小して行く位置にある。
可能ならば新興国に事業を移転して、現地の雇用に貢献して意義のある事業を展開するべきである。
日本にとどまり、人件費を抑制した上に電力コストを無理に抑えることで、活路を見つけようとしている旧時代産業は、すでに、日本における役割を終えた。

日本における高付加価値を生み出す産業の芽は育っている。
また、国内での企業活動においては、省エネルギー技術の進化を促すことで、電力コストが多少は高くついても、企業においては全く問題のない活発な事業展開は可能である。
経団連の中枢に居座る、旧時代の電力多消費産業の老害経営者たちだけが、電力コストが上がると、国際競争力が阻害されるから、日本経済にとってマイナスだと騒いでいる。

もういいから、『快適エネルギー社会』にむけては、あなたたちの役割は終えたのだと自覚せよ。