今回ご紹介するのは「ノルウェイの森(下)」(著:村上春樹)です。
-----内容-----
あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと―。
あらたしい僕の大学生活はこうしてはじまった。
自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。
等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品。
-----感想-----
下巻も上巻に引き続き、クールな雰囲気でした。
冒頭から人間が持つある種の病的な悪意について語られていたのですが、淡々と語っていたのでわりとクールに感じました。
その悪意のせいで精神的に深刻なダメージを受けた人の話でした。
それが終わってからは、再び主人公のワタナベ君を中心に話が進んでいきます。
この作品では上下巻を通して、四人の人が亡くなりました。
ファンタジーやアクションではない純文学的な話で、これだけの人が亡くなるのはあまり見たことがありません。
人の死というのは小説の中での話であっても、そこにぶつかると衝撃を受けます。
特に予想外の人物が死んでしまったときはかなり驚きました。
一見芯がしっかりしていそうに見えても、実は思い悩んでいた…というのがよくわかり、印象に残った場面です。
今回は社会的な風刺を含む言い回しが印象的でした。
登場人物の一人に緑さんという人がいて、その人が父親の看病をしています。
その際、以下のようなことを言っていました。
「親戚の人が見舞いに来てくれて一緒にここでごはんを食べるでしょ、するとみんなやはり半分くらい残すのよ、あなたと同じように。でね、私がペロッと食べちゃうと『ミドリちゃんは元気でいいわねえ。あたしなんかもう胸いっぱいでごはん食べられないわよ』って言うの。でもね、看病をしてるのはこの私なのよ。冗談じゃないわよ。」
彼女によると、看病をするのはすごく体力を使うので、ご飯をしっかり食べておかないといけない、そこへたまに親戚の人が来てその様子を見ると、皮肉を込めたような雰囲気で「よくそんなに食べられるわね」と言ってくるようです。
しかし親戚の人はたまに来るだけで、看病などほとんどしません。
苦労を知らないくせに、皮肉めいたことを言うなというのが彼女の意見です。
これはたしかにそのとおりです。
人間には皮肉や嫌味を言いたがる嫌な面があるので、そこを強烈に風刺しているように思いました。
正直、終わり方はあまりハッピーエンディングではなかったと思います。
主要な人物の死によって、主人公のワタナベ君もだいぶショックを受けていましたし。
それでも、最後は死を受け入れて、もう一度立ち上がろうとしていました。
ワタナベ君は普段はクールな語り口ですが、たまに見せ場があります。
『俺はこれまでできることなら17や18のままでいたいと思っていた。
でも今はそうは思わない。
俺はもう10代の少年じゃないんだよ。』
などのように、全てを達観したようなクールな雰囲気から一転、決意表明のような気持ちを見せることもありました。
激動の1969年-1970年を経たワタナベ君が、その後の人生をどう歩んでいったのかはわかりません。
それでも、きっと強く生きていったであろうと思えたことは、良かったと思います
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-----内容-----
あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと―。
あらたしい僕の大学生活はこうしてはじまった。
自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。
等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品。
-----感想-----
下巻も上巻に引き続き、クールな雰囲気でした。
冒頭から人間が持つある種の病的な悪意について語られていたのですが、淡々と語っていたのでわりとクールに感じました。
その悪意のせいで精神的に深刻なダメージを受けた人の話でした。
それが終わってからは、再び主人公のワタナベ君を中心に話が進んでいきます。
この作品では上下巻を通して、四人の人が亡くなりました。
ファンタジーやアクションではない純文学的な話で、これだけの人が亡くなるのはあまり見たことがありません。
人の死というのは小説の中での話であっても、そこにぶつかると衝撃を受けます。
特に予想外の人物が死んでしまったときはかなり驚きました。
一見芯がしっかりしていそうに見えても、実は思い悩んでいた…というのがよくわかり、印象に残った場面です。
今回は社会的な風刺を含む言い回しが印象的でした。
登場人物の一人に緑さんという人がいて、その人が父親の看病をしています。
その際、以下のようなことを言っていました。
「親戚の人が見舞いに来てくれて一緒にここでごはんを食べるでしょ、するとみんなやはり半分くらい残すのよ、あなたと同じように。でね、私がペロッと食べちゃうと『ミドリちゃんは元気でいいわねえ。あたしなんかもう胸いっぱいでごはん食べられないわよ』って言うの。でもね、看病をしてるのはこの私なのよ。冗談じゃないわよ。」
彼女によると、看病をするのはすごく体力を使うので、ご飯をしっかり食べておかないといけない、そこへたまに親戚の人が来てその様子を見ると、皮肉を込めたような雰囲気で「よくそんなに食べられるわね」と言ってくるようです。
しかし親戚の人はたまに来るだけで、看病などほとんどしません。
苦労を知らないくせに、皮肉めいたことを言うなというのが彼女の意見です。
これはたしかにそのとおりです。
人間には皮肉や嫌味を言いたがる嫌な面があるので、そこを強烈に風刺しているように思いました。
正直、終わり方はあまりハッピーエンディングではなかったと思います。
主要な人物の死によって、主人公のワタナベ君もだいぶショックを受けていましたし。
それでも、最後は死を受け入れて、もう一度立ち上がろうとしていました。
ワタナベ君は普段はクールな語り口ですが、たまに見せ場があります。
『俺はこれまでできることなら17や18のままでいたいと思っていた。
でも今はそうは思わない。
俺はもう10代の少年じゃないんだよ。』
などのように、全てを達観したようなクールな雰囲気から一転、決意表明のような気持ちを見せることもありました。
激動の1969年-1970年を経たワタナベ君が、その後の人生をどう歩んでいったのかはわかりません。
それでも、きっと強く生きていったであろうと思えたことは、良かったと思います
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かなりヘビーな作品でしたよね。
でも、それぞれの登場人物が抱える悩みとか、
それを乗り越えて生きることの難しさとか、
色々考えさせられる作品でした。
これはビートルズのノーウェジアン・ウッドを本当にBGMにすると、
いい感じで読めるな~と思った記憶もあります。
昔この本がすごく気になった時期がありました。意外とヘビーな内容なんですね。
記事の中の皮肉や嫌味のところについて・・・。
昨日偶然知人と介護の話をしていましたが、介護というのは、心身ともにタフでないとって話をしていたんですよね。
看病とか介護って、定期的でもたいへんですが、日々の役目となると、これは想像を超えたたいへんさがあるんですよね。
だから、もし私がこの場面にいたら、皮肉とか嫌味を言うたまに来るだけの人に怒りを爆発させそうになりそうです。
話がかなりそれましたが、記事に対してはこんな感想を持ちました。
当時はこれを読むのがトレンド、もっと言えばファッションの一部、みたいな感じでした。
上巻の感想でも書かれてましたが、登場人物のウィットに富んだ会話にすごく憧れました。
今読んだら、当時とはまた違った感想を抱きそうです。
本はずいぶん前に売ってしまったので手元にないのですが、久しぶりに読んでみたくなりました。
もう文庫でも出てるんですよね。
たしかに、生きることの難しさを考えさせられました。
ノーウェジアン・ウッド…ノルウェイの森ですね^^
作品の中でもこの曲が何度か出てきて、どんな曲なのか気になりました。
機会があれば聴いてみようかなと思います
ビオラさんが嫌味な親戚の部分を読んだら、かなり憤るかも知れませんね^^;
介護は本当に大変だと思います。
私の祖母が家で介護される時期があったのですが、祖母の態度に母は連日激怒していました。
よほど覚悟がないと介護はできないと思います。
会話はなかなかユニークだったと思います。
言い回しが独特ですよね^^
文庫本も出ていて、何年か前に文庫版のカバーも緑と赤になった新装版が出たようです。
私はそれを手に取りました。
るるりんさんも機会があれば読んでみてください♪
上巻あわせてレビュー拝見させて頂きました^^
私は、これ、あんまり好きな小説じゃないんですよね・・・。
この本が昔社会現象のように売れたこと、それまで村上春樹のファンだった私は、なんだか淋しい様な複雑な心境でした。
自分も好きな作品だったなら嬉しかったんだろうけれど、
この前久しぶりに再読したのですが、やっぱり苦手な小説でした。
なるほど、latifaさんにとっては苦手な小説なのですね。
それが社会現象的に売れたとなると、それまでファンだった者にとっては複雑な心境かも知れませんね。
なぜみんなこの作品を買うのだと、戸惑った感じでしょうか…^^;