読書日和

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「幸福な食卓」瀬尾まいこ

2018-03-27 22:23:11 | 小説


今回ご紹介するのは「幸福な食卓」(著:瀬尾まいこ)です。

-----内容-----
どんなに落ち込んだ夜でも、朝は必ずやってくる……。
「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」
泣きたくなるのはなぜだろう?
優しすぎるストーリー。

-----感想-----
語り手は中学生の中原佐和子です。
春休み最後の日の朝の食卓で「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」という言葉で物語が始まります。
母親は家を出て行き、今は父と直という6歳上の兄と三人で暮らしています。

父は中学校の教師で社会を教えて今年で21年目になりますが、その仕事を辞めると言います。
さらに「今日からは父さんじゃなく、弘さんとでも呼んでくれたらいいよ」とも言います。
父が「いいかな?」と訊いた時の佐和子の胸中が印象的でした。
父さんはいつも私の反応を気にかける。私に多くのことをゆだねている。もうあれから五年も経つのに……。
五年前にどんなことがあったのか気になりました。

春休みが終わり二年生になった佐和子は始業式の帰りに母の家に寄ります。
母はどこか遠くに行ったのかと思いましたが歩いて行ける距離にいるのが意外でした。
父は几帳面でやや堅い話し方をしますが母は朗らかに話すのが印象的です。

直は早くも父のことを「弘さん」と言うようになり、佐和子はそんな直を「順応性抜群」と語っていました。
直は小さい頃から天才児で中学でも高校でも成績は学年1位でしたが、大学には行かないと言って家族を驚かせました。
「僕はどれだけ頭を使っても、満足しない。僕はもっと分かりやすいことをしたい」という考えで、高校卒業後は「青葉の会」という無農薬野菜を作る農業団体で働いています。

「家を出てからも、夕飯はほとんど母さんが届けてくれる。」とあり、これは珍しいと思いました。
父が嫌いになって家を出たわけではないのかなと思いました。

父が大学の薬学部に行きたいと言います。
薬剤師になって製薬会社で薬を作りたいと言い、この日から父は「浪人生」となり勉強を始めます。

梅雨が始まります。
梅雨は佐和子に五年前の出来事を思い出させるとあり、体調が悪くなりご飯も食べられなくなります。
また、直と自身の違いを次のように語っていました。
直ちゃんは自分の中でさっさと物事を片づけてしまえる能力を持っている。 だから、十日も経てばどんな強烈なことだって直ちゃんには過去の出来事になっていく。私だって、それなりに時間を費やして、ちゃんと記憶を薄れさせているはずなのに、梅雨になると一気によみがえる。
これはすぱっと気持ちを切り替えられる直に対して佐和子は引きずりやすいということで、私も引きずりやすいので佐和子の気持ちがよく分かります。
さらに佐和子の場合、起きた出来事がその当時の「梅雨」と結びつき、毎年梅雨になると記憶が溢れかえって手に負えないのだと思います。
ただし引きずりやすいのは感性が豊かということでもあり、佐和子が直の性格を羨ましく思っているように、直もまた佐和子の性格に何らかの羨ましさを感じているような気がします。

五年前の梅雨のある日、佐和子が帰宅すると父が風呂場で自殺を図り血まみれで倒れていました。
母は風呂場のドアを開けたまま座り込み「どうして」とだけつぶやき、正気ではなくなっていました。
佐和子が救急車を呼び、幸い父は助かり二日後に退院します。
当時直も家に居たのですが父が自殺を図ったことを知ると父の部屋で遺書を探して読んでいました。
死んでしまうこと自体よりもなぜ死んでしまうのかが直には引っ掛かったとあり、父が自殺を図ったのを前にそんなに淡々とできるのかと驚きました。

佐和子の次の言葉も印象的でした。
父さんが退院した後は、またみんなで朝食を食べた。母さんも父さんも何も言わなかったので、この出来事を私はどう解釈していいか掴めなかった。
「何も言わなかった」という言葉が印象的で、父は気まずさから、母は恐ろしさと日常を取り戻したいという思いから何も言わなかったのだと思います。
そして表面上は日常に戻ったように見えても、起こった出来事は強烈に記憶に残るので大変だと思います。

母は父と居ると緊張し、突然謝ったり私が救急車を呼ぶべきだったのにと泣き出したりし心の病気になります。
そして四年後、母は家を出ると言います。

佐和子は家族の食卓を次のように言います。
全員がそろう朝食。バランスと栄養の整ったメニュー。
誰も破らない決まった席順。
私たちの食卓は、きっと、私たちを守りすぎている。

これは父の自殺未遂の後、一見家族の日常を取り戻す役割を果たしてくれたはずの食卓が、実は家族を壊滅させてしまったということだと思います。
例えば思いきって気晴らしに外食に行くようにし、父が心境を吐露しやすいようにしたほうが良かったのかも知れないです。


父が教師を辞めて一年経ちます。
受験に失敗し浪人生のままで、予備校のアルバイトも始めています。
三年生になった佐和子は塾に行き始め、「西高に行ってた中原直の妹だろ?」と話しかけてきた大浦勉学と仲良くなります。

直が小林ヨシコという非常に派手な見た目の彼女を家に連れてきます。
この人は何とお土産にサラダ油の六本セットの詰め合わせを持ってきて、呆気に取られた佐和子の心境が面白かったです。
私は絶句した。これは百パーセント回し物だ。お歳暮かお中元でもらった物を流用したのだ。どこの誰が、人の家に遊びに行く時に、油の詰め合わせなんてかさばるものを持っていくのだ。
佐和子は小林ヨシコの派手な見た目も気に入らないようで「けばい」と酷評し、甘くてきつい香水をつけていることから心の中で「香水女」と呼んでいました。

母は一人暮らしを続けていて、父は自殺未遂、佐和子は梅雨に体調を崩すようになったため、「何も起こっていないのは、のんきな直ちゃんだけだ。」とありました。
ただ直の様子を見ていると何か起きているような気がしました。

ある日の塾の帰り、車で迎えに来てもらっている大浦が送っていくと言いますが佐和子は自転車で帰るからいいと断ります。
すると次の塾の日に大浦が自転車で来て、明らかに佐和子のことが好きなのが分かりました。

5月、佐和子は父と一緒に母が一度行ったことがある「誠心会」という人生を前向きに考えたい人達が集まる施設に行きます。
そこで父が「直もさ、こういうところに来ればいいかもしれないな」と言っていて、やはり直にも何かあるのだと思いました。

佐和子は塾の模試で3位になりますが、32位だった大浦に気を使い自身も同じくらいの順位と言ったのが原因で「もう絶交だからな」と言われます。
絶交で勉強が手に付かなかった佐和子は6月の模試では57位に順位が下がります。
そんな時、参考書を借りようとして直の部屋に入った佐和子は父の遺書を見つけます。
直は遺書に書かれていた「真剣ささえ捨てることができたら、困難は軽減できたのに」という言葉を見て、自身も父と同じような心境にあったため真剣さを捨てて生きることにしたと言っていました。
やはり直にも問題が起きていたのだと思いました。

次の塾では大浦の方から話しかけてきて仲直りします。
小学生や中学生くらいの子は気軽に「絶交」と言いますが、気軽に言っているだけに仲直りするのも早いです。


佐和子は高校一年生になります。
いつも飄々としていた直が長い眠りから目を覚まし、今の家族はおかしいので元に戻すために兄妹で手を結ぼうと言います。

佐和子と大浦は西高に入学し別々のクラスになります。
二人は付き合い始めています。
佐和子がくじ引きで学級委員になったと知り大浦も学級委員に立候補します。
憂鬱になっている佐和子に対して大浦は「俺、こういうの大好き」と言っていて、これはやはり性格の違いだなと思います。

直が父を親父と呼び、母をお袋と呼ぶと言います。
さらに佐和子には自身のことをお兄ちゃんと呼ぶように言います。
家族を正すのにはまずは形を整えていくのが一番手っ取り早いと言っていて、親父、お袋、そしてお兄ちゃんという呼び方のほうが親しみが持てて良いと見たのだと思います。

佐和子は担任の前田先生からたるんでいるクラスをどうすれば改善できるかを学級で話し合って生徒会に提出するように言われます。
しかし佐和子が「意見はないですか?」と言っても誰も何も言わず、時間がなくなります。
仕方ないので佐和子がありきたりな意見を言いチャイムが鳴ると、休み時間に西田という女子のグループが佐和子の悪口を言っているのが聞こえてきます。
学級の話し合いでは何も発言しないのに後で悪口だけは言うのは、一番やってはいけないことだと思います。

6月9日に近所の老人ホームとの交流会があり、各クラスから歌のプレゼントをするため練習をしますが、佐和子のクラスでは多くの人が歌おうとしないです。
佐和子はみんなが歌わないのは声を出すのが嫌で張り切って歌うことへの抵抗があるのと、自身に敵意のある人もいるからだと語っていました。
ある日佐和子が「ちゃんと歌ってください」と言うと、西田さんのグループが佐和子に聞こえるように文句を言います。
「なんか、中原さんって言うことが、いちいちさむいよねえ」
「ほんと、まじでうざい。いつも、良い子ぶってさあ」
「そうそう、お前が仕切るなって感じだよね」
お前が仕切るなとありますが、佐和子が学級委員になったのは誰も立候補しなくてくじ引きになったからでした。
学級委員にはならず、歌も歌わず文句だけは言うというのは、やはり一番やってはいけないことだと思います。

佐和子はなぜ自身のクラスだけこんな風なのかと悩みます。
直の助言を受け、朝の練習で前に行かずに何もしないでいると、「みんながやらないから拗ねてるんじゃないの」「無責任よね」と文句の声が上がります。
仕切れば文句を言い、やらなくても文句を言う。みんなはいったい私にどうしてほしいのだろうか。
みんなが歌わないため佐和子は前に行かなくなったのですが、歌っていないにも関わらず文句を言うとは驚きました。
これは「佐和子が前に行かなくなったのは歌っていないからだ」となり自身達が批判されるのを避けるため、歌っていないのを棚に上げて「毎朝学級委員が前に出て練習する決まりになっているのに、それをしないとは酷い学級委員だ」としようとしているように見えます。

悩む佐和子に大浦が佐和子は正面から挑みすぎだと言います。
クラスの人達は、自身は学級委員にはなりたくないが、なった人には適度にふざけを許容して面白おかしくみんなをまとめてほしいと身勝手に願っていると思います。
大浦から助言を貰って佐和子は吉沢というスポーツ万能で西田達のような女子にも人気のある男子を味方につけます。

家族を元に戻すと張り切っていた直が元に戻ります。
佐和子にもお兄ちゃんという呼び方はやめるように言っていて、変に張り切るよりはそのほうが無理がなくて良いと思います。

直はヨシコと別れるかも知れない状態になっていたのですが、佐和子が直の落ち込んで弱りきった姿の写真を送ると、ヨシコがサラダ油ではなく手作りのシュークリームを持って家に来てくれます。
普段の飄々として何もかも達観しているような雰囲気とは違う弱い姿を見せたことでヨシコの心が動いていて、佐和子が吉沢に弱い姿を見せて味方につけたのと似ていると思いました。
完璧さばかりが人を動かすとは限らないということだと思います。


高校二年生の11月、大浦が佐和子にクリスマスプレゼントをするためにアルバイトをすると言います。
佐和子は大浦のためにマフラーを編むことにします。

佐和子のヨシコへの呼び方が香水女、小林ヨシコ、ヨシコと変わっていて、段々ヨシコに親しんできたのが分かりました。
父の大学受験は三年連続失敗していて、今度は絶対合格したいようで予備校のアルバイトをしながら例年以上に勉強しています。

12月24日に向けて全てが順風満帆に進んでいき、やけに順風満帆だったので何か起きるかもと思ったら恐ろしいことが起きました。
佐和子はすっかり塞ぎ込んで冬休みを過ごします。

佐和子を心配した母が五年ぶりに食卓で家族と一緒に夕飯を食べます。
母は「母さん、ここへ帰ってこようかなって思うんだけど」と言いますが、佐和子は「別にいいよ。母さんが帰ってきても、どうしようもないから」と言ってしまいます。
母は佐和子のやつれた心境を慮って「そっか。そうだね」と言っていて偉いと思いました。

1月2日、佐和子を元気づけるために友達の智恵とマキコがやってきて一緒に遊んだ時の心境は印象的でした。
こんなところで、ぐだぐだしてたら友達に悪い。マキコも智恵もたぶん親友だけど、正直に不機嫌な態度をとって許されるほど、深くない。大事にしないとだめだ。
これはやつれた心境でよく冷静に見たと思います。
佐和子は気を使ってくれた友達に応えていて、その応えを見て友達も来て良かったと思ってくれたのではと思います。

お正月が明けると、父が予備校のアルバイトから正職員になります。
佐和子が「受験は?」と聞くと「まあ、そんなことはどうでもいい」と言っていて、自殺未遂から長く続いた心の重さから解き放たれたように見えて嬉しかったです。

ヨシコがやってきて佐和子を元気づけようとします。
ヨシコの言葉はかなりぶっきらぼうですがヨシコなりに言葉を紡いでいて、温かさを感じました。

佐和子は父に自殺が未遂に終わって良かったと言います。
五年経ち、ようやく言えた言葉なのだと思います。

私は大きなものをなくしてしまったけど、完全に全てを失ったわけじゃない。私の周りにはまだ大切なものがいくつかあって、ちゃんとつながっていくものがある。
これは良い言葉で、やつれた気持ちからもう一度生きる希望を取り戻したことが感じられました。


父が心の重さから解き放たれるのにも、母が食卓で家族と一緒にご飯を食べるのにも、佐和子が父に自殺が未遂に終わって良かったと言うのにも、五年かかっています。
恐ろしい出来事があった時、気持ちに区切りをつけるのには長い年月がかかるのだと思います。
しかし長い年月をかければ区切りをつけられるということでもあり、佐和子の家族それぞれが生きる希望の持てる終わり方になって良かったと思います


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2 コメント

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どさんこじーじさんへ (はまかぜ)
2018-03-28 18:18:30
こんばんは。
映画にもなっていたのですね
映像での表現にも向いている作品だと思います
返信する
幸福な食卓 (どさんこじーじ)
2018-03-28 05:27:22
映画の「幸福の食卓」もなかなかいいです。
返信する

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