読書日和

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「食堂かたつむり」小川糸

2018-03-11 19:25:29 | 小説


今回ご紹介するのは「食堂かたつむり」(著:小川糸)です。

-----内容-----
失ったもの:恋、家財道具一式、声
残ったもの:ぬか床
ふるさとに戻り、メニューのない食堂をはじめた倫子。
お客は一日一組だけ。
そこでの出会いが、徐々にすべてを変えていく。

-----感想-----
語り手の倫子(りんこ)は25歳でトルコ料理店で料理作りのアルバイトをしています。
ある日倫子がアルバイトを終えて部屋に帰ると、お金も家財道具も台所道具も何もかもがなくなっていて衝撃を受けます。
一緒に住んでいるインド人の恋人が全てを持ち去り姿をくらましました。
そして唯一、祖母の形見のぬか床だけは残っていました。
恋人の裏切りに遭い、失意の中でぬか床を持って深夜高速バスに乗って故郷に帰ります。

深夜高速バスが終点に着き、乗り継ぎのバス停に10年ぶりに降り立った時の描写が良かったです。
家を出たのがつい昨日のことだったような気がしそうなほど、風景は少しも変わっていない。ただ色彩だけが、色鉛筆で描いた風景画を上から消しゴムで消したみたいに、全体的に白っぽく色褪せていた。
街が10年分歳をとったのがよく分かる描写でした。
10年経てばこのような淡い色彩になります。
乗り継ぎのマイクロバスを待つ間、倫子はコンビニに寄って単語カードと黒のマジックペンを買います。
精神的なショックで声を喪失してしまったため、これから必要になりそうな日常の単語を一枚に一語ずつ書いていました。

バスが故郷に着く頃、「都会では夏の終わりだったけれど、こっちではすでに本格的な秋が訪れている。」とあったので故郷は山あいにあるようです。
人口五千人弱の村とありました。
倫子は15歳で家を出てから10年間一度も故郷に帰っていませんでした。

倫子は母親を「おかん」と呼んでいて、本名はルリコです。
おかんは「スナック・アムール」を経営していて実家は大きく、村の人達からは「ルリコ御殿」と呼ばれています。
おかんの愛人に「ネオコン」という人がいて、地元の企業の根岸恒夫コンクリート建設(略すとネオコンになります)の社長です。
倫子はおかんの私生児で生まれた時から父親を知らず、ネオコンを嫌っているため「絶対にネオコンだけは父親でないと思いたい」とありました。

おかんに会うと、「実家で飼っている豚のエルメスの世話係を引き受けること」という条件で倫子が家に戻るのを承諾してくれます。
倫子はおかんのことも嫌いですが恋人に財産も全て持ち去られたため頼るしかないです。
そして倫子は実家の物置小屋を改装して小さな食堂をオープンさせることを考えます。

家財道具も調理器具も財産も、持っていたものはすべて失くした。けれど、私にはこの体が残っている。
この言葉は印象的で、「働くには健康が第一」という言葉が思い浮かびました。
何もかも失ってもまだ倫子には活発に動ける体が残されていました。
倫子にとってお店を持つのは長年の夢でした。
全てを失った代わりにお店を持つことができ、「人生が大きく一歩前進した」と語っていて、この気持ちの切り替えは凄いと思いました。
ただ精神的なショックで声を喪失していることから、このように考えることでこれ以上気持ちが沈むのを避けたのではと思います。

倫子はエルメスの世話をしながら食堂をオープンさせる準備をしていきます。
倫子が小学校時代に臨時の職員をやっていた熊吉(熊さん)が親身に手伝ってくれます。
ソファベッドも作り、食後に眠くなったお客がいれば横になれるようにし、おかんと喧嘩をして母屋を追い出されても食堂に泊まれるようにしました。
「これからゆっくりと前に進んでいく」という思いで、食堂の名前は「かたつむり」になります。

食堂かたつむりが料理を作るのは一日一組だけです。
前日までにお客とやり取りし、何が食べたいかや家族構成、将来の夢、予算などを細かく調査して当日のメニューを考えます。
倫子はお店のオープンを手伝ってもらったお礼に熊さんの食べたいものを作ることにし、熊さんはカレーを食べたいと言います。

倫子が摘んできた山ブドウを使ってバルサミコ酢を作る場面があります。
「完成するのは、十二年後。」とあり、そんなにかかるとは驚きました。
倫子はバルサミコ酢がどんな味になるかに思いを馳せます。
もしかしたら途中で失敗してしまうかもしれない。けれど、十二年後も、こうして私は同じように新鮮な心で、厨房に立っていたい。
バルサミコ酢が辿る12年に自身の人生を重ねているようでした。
何かあったとしても12年後も厨房に立っていられれば良い人生と言えるのではと思います。

食堂かたつむりのオープン当日は熊さんがお客です。
倫子はカレーが食べたいという熊さんのために「ザクロカレー」を作ることにしました。
このカレーは食べたことがなくてどんな味なのか気になります。

ザクロカレーは、いつか恋人と二人でお店をオープンさせたら、絶対にこれだけはメニューに入れて日本の人達にも紹介したいねと決めていたメニューでした。
倫子はザクロカレーを作っている時、恋人が消えてから初めて涙を流します。
やはり一番思い出深い料理をすると恋人との記憶が甦るのだと思います。
完成したザクロカレーを熊さんは喜んでくれます。
そしてカレーを食べた後に奇跡が起こり、娘を連れて家を出て行ったかつての奥さんがわずかな間でしたが戻ってきます。

数日後、熊さんが今度は隣の家に住む「お妾さん」を連れてきます。
お妾さんは地元の有力者の妾だった人で現在は70歳を超え、男性の死後寡黙になり喪服しか着ないようになり、長い間ずっと喪に服しています。
倫子は男性の死後世界が終わったかのような雰囲気になっているお妾さんに「この世にはまだまだ知らない世界が無限に広がっている」というのを料理で伝えたいと思い、物凄い豪華フルコースを作ります。
最初は食べてくれませんでしたが時間が経つと食べてくれ、やがて魂が開放されたようになります。
するとお妾さんにも奇跡が起き、長い間喪服しか着ていなかったのが喪服以外の服を着て外出するようになります。

「食堂かたつむりの料理を食べると恋や願い事が叶う」という噂が村や近くの町に暮らす人達に広まっていきます。
桃ちゃんという高校生の「サトル君と両想いにしてほい」という願いを叶えるために作った季節野菜のスープ「ジュテームスープ」は食堂かたつむりの看板メニューになります。
またスナック・アムールのお客の中に名うてのお見合いおばさんがいて、おかんを通して強引に依頼をしてきてお見合いの料理を頼ることになり、それも大成功します。
しかしお店が繁栄するとひがむ人が現れ、嫌がらせをする人もいました。
私は嫌がらせをしても自身のお店の味が上がるわけではないのになと思います。

冬になると雪で交通手段が制限され、村以外の地域に暮らすお客は来たくても来られなくなります。
冬からはおかんとの物語になります。

おかんだけは、どうしても心から好きにはなれないとありました。
しかし熊さんが、倫子が故郷に帰ってきた日におかんが倫子のことを心配していたのを教えてくれます。

2月半ばのある日、おかんが倫子をスナック・アムールで行うパーティに招待してくれます。
そのパーティで倫子がおかんのことを考えている時、「おかんをおかんと呼んでいる」という言葉があり、これは「お母さん」とは呼びたくないということかなと思います。
宴会が終わるとネオコンが倫子に何か作れと偉そうに言います。
削り節と昆布でダシを取ったお茶漬けを作ると、ネオコンは「うまかった。ありがとう」と言い、偉そうではない口調を初めて見たので驚きました。

倫子はおかん、ネオコンとの関係が改善してみんなでほほ笑むような日が来るのではという期待を抱きますが、おかんから自身が重病で余命数ヶ月だと話され愕然とします。
さらに担当医はおかんの初恋の相手で、そのことを「ハッピーでラッキー」と言っていました。
倫子はこのことをお風呂に一緒に入る形で話されたのですが、おかんは自身が長くないことを知り、一度も一緒にお風呂に入っていなかった倫子と動けるうちに入りたくなったのかも知れないと思います。

数日後、おかんが担当医の修一と一緒に食堂かたつむりに現れます。
おかんと修一は結婚することになり、結婚式は5月の初めに行います。
おかんは披露宴のプロデュースを倫子に頼み、さらに「エルメスを食べてしまおう」と言います。

熊さんと、熊さんの同級生で親友の酪農家の力を借りエルメスのと殺と解体が始まります。
解体が細かく描写されていてゾッとしながら読みました。
倫子はエルメスの体を血の一滴まで無駄にしたくないと思い、目玉とひづめ以外は全て料理にしようと決めていました。
そしておかんに料理での世界一周の旅をプレゼントしようと考えます。
おかんの衰弱が激しくなり、新婚旅行には行けなくなっていました。

地元の牧場でついに披露宴が行われます。
バイキング形式になっていて、豚料理の数々がずらりと並びます。
倫子はエルメスのことを次のように語っていました。
エルメスが、姿を変えて、また新たなステージの第一歩を歩み出す。今度は人間の体に入って、中からその人を元気づけてくれる。エルメスの命が、継承され、慈しまれる。
私はこの言葉を見てご飯を食べる時の「頂きます」が思い浮かびました。
様々な命に助けてもらって人間はご飯を食べられるのだから「頂きます」になります。

物語の序盤で倫子は自身の名前の由来を不倫相手の子供だから倫子と語っていて、これは酷すぎる由来だと思いました。
しかし最後、倫子の倫は不倫の倫ではないことが明らかになります。


食堂かたつむりは「料理を作るのは一日一組だけ」というのが特徴的で、お客の要望に親身に寄り添うことになります。
寄り添ってもらった人はまた来てくれることもあり、徐々に人気になっているのが分かりました。
このゆっくりとした日々は倫子によく合っていると思うので、地域の人達に愛され長く続いていくお店になってほしいと思います。


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