錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『満月狸ばやし』(その2)

2013-06-06 14:01:40 | 満月狸ばやし
 『満月狸ばやし』で錦之助は初めて一人二役を演じた。狸の豆太郎と人間の紘之介という役であった。豆太郎は野狸王国の王子、紘之介はお家騒動の渦中にある若葉城の若殿である。


狸の豆太郎(チョンマゲはない。宝塚の男装スターのよう)

 ストーリーをかいつまんで言うと――
 狸の豆太郎が人間界へ化け方修業の旅に出て、人間に捕まって危うい目にあう。そこを、ちょうど諸国漫遊の旅にあった紘之介に救われる。ある時、豆太郎は、若葉城にお家騒動が起っていることを知り、紘之介に恩返しをしようする。そして、城に忍び込み紘之介に化けて活躍し、最後は城に帰って来た紘之介と狸一族の助勢によって悪家老一味を退治する。

 錦之助の相手役の高千穂ひづるも、狸と人間の二役であった。豆太郎の恋人お夢と、紘之介の恋人白妙姫である。ラストでは二組のカップルがめでたく結ばれる。
 主な配役は、豆太郎の子分と紘之介の従者の二役に堺駿二、豆太郎の父親の王様に川田晴久、母親に清川虹子、紘之介の父君で城主に中村時十郎、悪家老に加賀邦男、その家来に山茶花究。ほかに、大狸に岸井明、子狸に植木千恵、悪家老の馬鹿息子に大泉滉、これにコロンビアの流行歌手が加わって、歌を披露した。コロンビア・ローズ、久保幸江、赤坂小梅、鶴田六郎、池真理子らである。高千穂ひづるも「恋の風車」という挿入歌を唄う。

 錦之助は、のちにこの映画の仕事は実に楽しいものだったと語っているが、二役をやるのに工夫をこらした。セリフを言う時のエロキューションを変えたのである。狸の豆太郎は、以前そうであった高い声でセリフを言うことにした。これは、八百屋お七 ふり袖月夜』の時に松田定次監督にキンキンと金属音のように響くと注意された声で、錦之助は発声練習をして声を低めにしてエロキューションを改良したのだが、紘之介のほうは、その改良した声でセリフを言うことにした。
 衣裳やカツラも、それぞれ何通りかあつらえ、大変な懲り方をした。狸の豆太郎のほうは、狸王国にいる時は南蛮風の洋装の王子姿に近いもの、旅に出てからは町人姿。一方、紘之介のほうは、若殿姿、鉢巻きをした美剣士であった。そして、豆太郎が紘之介に化けた時は、右の口元にホクロを付けることにした。


堺駿二と錦之助(豆太郎)


美剣士の紘之介(髪を真ん中で分けて、両サイドの前髪をさりげなく垂らしている。これがのちの錦之助カットと呼ばれるトレードマークとなる)

 さて、豆太郎と紘之介の別々のシーンを撮影している時は良かったが、城のシーンでは両方が出たり入ったりのめまぐるしさだった。紘之介のほうの演技を撮り終わるとライティングもそのままにして、大急ぎで狸のメーキャップと衣裳に取り替えて、また撮影という有様だった。正味五分という早変わりのために、狸が化けた紘之介にホクロを付けるのを忘れてしまい、わずかなカットだったので、そのまま撮影を済ませてしまった。ところが、この映画が公開されると、注意深いファンから狸の若殿様でホクロを付けずに撮影したカットを見破られ、あそこは変だというファンレターが押し寄せたという。
 錦之助が高千穂と本格的に共演するのはこの映画が初めてだった。『笛吹童子』ではいっしょに出るシーンはわずかで、高千穂の胡蝶尼は大友柳太朗の霧の小次郎の相手役だった。『笛吹童子』で高千穂が登場するのは第二部からだが、錦之助と同じ場面に出るのは完結篇のラスト近くで、霧の小次郎が死ぬシーンと、ラストシーンだけだった。錦之助と高千穂のセリフをやりとりはほとんどなかったと記憶する。
 昭和29年から31年まで、東映の三人娘と呼ばれる女優は千原しのぶ、高千穂ひづる、田代百合子であるが、美空ひばりを別にすると、錦之助の相手役はこの三人が次々に交替で相手役を務めることになる。若年層対象の東映時代劇ではラブシーンと言っても、男が女の肩を抱きかかえる程度だが、『満月狸ばやし』では高千穂と錦之助のキスシーンもどきがあった。高千穂のほうから錦之助に唇を近づけるところで、錦之助が口元のホクロを指差して、「ここだよ」と言ったので、高千穂は笑ってしまい、何度もNGを出してなかなかうまくできなったそうだ。


高千穂(お夢)と錦之助(豆太郎)



最新の画像もっと見る

コメントを投稿