錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『満月狸ばやし』

2013-06-04 01:06:17 | 満月狸ばやし
 『満月狸ばやし』は、錦之助が「狸物」の喜劇オペレッタに出演した異色の映画だった。
 昭和29年11月8日に公開されるが、実を言うと、それほどヒットしなかったようである。併映作品は『龍虎八天狗 第二部』(東千代之介主演)と『あゝ洞爺丸』(洞爺丸の沈没を描いた東映東京作品)の中篇二本で、この週(11月8日~14日)に限り三本立てだった。
 「キネマ旬報」のデータによると、一週間の観客動員数は、新宿東映が11,840人(収容率63.5%)、浅草常盤座が13,520人(47.4%)で、錦之助の出演作では最低に近い。『満月狸ばやし』は、不発に近い作品で、のちの『海の若人』と同程度の客入りである。
 この頃(映画全盛期に近い)の観客数で言うと、新宿東映で15,000人、浅草常盤座で20,000人を超えればヒット作である。不発の作品になると、新宿東映で10,000人を切る。錦之助の初期の出演作はそのほとんどがヒット作なのだが、昭和29年~30年の大ヒット作は、『紅孔雀 第二篇』と『隼の魔王』(松田定次監督 千恵蔵の多羅尾伴内シリーズ)の二本立て(昭和30年1月3日から8日の6日間)で、新宿東映が24,453人、浅草常盤座が37,031人。そして、『赤穂浪士』と『晴姿一番纏』の二本立て(昭和30年1月15日~22日の8日間)は、新宿東映が39,638人、浅草常盤座が36,105人である。

 『満月狸ばやし』は、もはや観ることのできない映画で、正直言って私自身、観たことがないので、内容的なことは何とも言いようがない。スチール写真を見たり、あらすじを読んだり、錦之助の書いた文章を読んだり、出演者の高千穂ひづるさんから伺った話を参考にして、いろいろ想像をめぐらせているだけである。が、この作品はどうやら企画通りに行かなかった不本意な作品だったことは確かである。つまり、製作段階で大きなトラブルがあり、企画した新芸プロの福島通人と旗一兵にとっても満足のゆかない結果になってしまった。
 東映も、本腰を入れて製作に協力したとは思えない。製作も当初は新芸プロだったのが、最終的には東映製作ということになっている。つまり、製作費を東映が持ったわけである。が、大した製作費ではなく、二千万円かそこらだったのではあるまいか。この映画には、製作費を出す以外に、東映サイドのバックアップがほとんどなかったようである。俳優も東映専属では、高千穂ひづると加賀邦男くらいで、あとは子役の植木千恵と、錦之助の参謀役の中村時十郎である。
 その辺の裏の事情は、今ではもう分からない点も多いのだが、この映画は非常に不可解な作品である。
 まず、一番ひっかかることは、『満月狸ばやし』で錦之助の相手役が、なぜ美空ひばりではなかったか、いうことである。新芸プロの企画でミュージカルならば、当然美空ひばりが出演しなければ、おかしい。この映画がクランクインする前に、相手役がひばりから高千穂ひづるに変わったことは間違いないと思われる。
 実は、この映画の直後に、同じ新芸プロの企画で松竹が狸物のオペレッタ映画を美空ひばり主演で製作する。『七変化狸御殿』である。こちらは松竹が正月映画として本腰を入れて作った映画で、東映の『紅孔雀』と競うほどの大ヒットをする。なぜ、ひばりが東映の『満月狸ばやし』に出演せず、松竹の作品に出たのかが問題である。
 『満月狸ばやし』は、『八百八狸勢揃い』というタイトルで企画が進められ、9月に改題されたが、8月下旬ごろまでは、ひばりと錦之助が共演する第四作になるはずだった。それが、急にひばりの出演にクレームがついた。映画会社の松竹からだった。製作本部長の高村潔が釘を差したのだろう。
 高村潔は、戦前は歌舞伎座の支配人を務め、戦後は松竹大船撮影所長から製作本部長となって、昭和30年ごろまでの松竹映画の全盛期を築いたジェネラルプロデューサーである。高村は、ひばりの映画の製作にずっと関わってきた。錦之助のデビュー作『ひよどり草紙』も松竹配給であった。また『笛吹童子』の原作権を東映に譲ったのも松竹の高村の好意によるものだった。そこで、高村は、錦之助の人気をバックに躍進めざましい東映を牽制し、ひばりが東映の映画に出すぎることを阻止しようと考えたのだろう。新芸プロの企画に待ったをかけた。新芸プロとの間に交わした契約をたてに(ひばりの出演映画に関しては優先本数契約があったと思われる)、ひばりの東映映画出演はまかりならぬと福島通人に通告したにちがいない。
 新芸プロによる狸物オペレッタの企画製作は、もともと、ひばりと錦之助共演の東映配給作品の一本だった。クランクインは10月を予定していた。松竹からの横槍が入って、ひばりを東映に出すなということになったのは8月下旬だったと思われる。その時、松竹でも狸物オペレッタを作るからそれにひばりを出演させるようにという話も出たのだろう。新芸プロの福島通人ははそれを飲まざるを得なかった。ひばりはもちろん錦之助との共演を楽しみにしていたので、納得が行かなかった。ひばりがこれまで松竹映画に数多く出演したのは、松竹の専属だったからではなく、松竹と新芸プロとの間での契約に基づくものだった。ひばり自身はフリーだった。ひばりは松竹と対立した。が、泣く泣く錦之助との共演を諦め、松竹との優先本数契約を果した。そして、正月公開の『七変化狸御殿』に出演することになった。昭和30年に、ひばりは松竹作品にもう一本出演するが、それ以降、松竹のスクリーンに登場することは10年以上なかった。
 
 戻って、『満月狸ばやし』であるが、監督が萩原遼であることも納得がいかない。萩原遼は、こうしたミュージカル映画には不向きな監督であり、東映の監督としては佐々木康しかいないと思うのだが、なぜ佐々木康が監督しなかったのかという疑問も残る。佐々木康は、松竹から東映に移った監督だったので、マキノ光雄が松竹の高村潔を憚って、監督を代えたのかもしれない。佐々木康は、そのあとの正月作品『大江戸千両囃子』でメガフォンを取るが、この映画は、企画が福島通人、原作が旗一兵、脚本が中田龍雄で『満月狸ばやし』と同じスタッフであり、美空ひばりと東千代之介の初共演作であった。これは、どうも、『満月狸ばやし』で監督を代えたことに対する埋め合わせのような映画に思えてならない。

 『満月狸ばやし』と『七変化狸御殿』のデータを挙げておく。


『満月狸ばやし』
製作:東映京都 昭和29年11月8日公開 83分 白黒スタンダード
企画:福島通人 監督:萩原遼 原作:旗一兵 脚色:中田竜雄
撮影:吉田貞次 音楽:万城目正 美術:鈴木孝俊
配役:中村錦之助(豆太郎、絃之介) 高千穂ひづる(お夢、白妙姫) 川田晴久(黒兵衛) 清川虹子(おぽん) 植木千恵(おたぬ) 堺駿二(狸七、三左衛門) 岸井明(狸五郎) 加賀邦男(生駒刑部) 大泉滉(文之丞) 山茶花究(犬上典膳) 鮎川十糸子(お市の方) 中村時十郎(忠彬公) 船越かおる(お青) コロンビア・ローズ(お町) 久保幸江(春駒) 赤坂小梅(芸者) 鶴田六郎(唄う河童) 池真理子(金魚)


『七変化狸御殿』
製作:松竹京都 昭和29年12月29日公開 101分 白黒スタンダード
製作:市川哲夫 企画:福島通人 監督:大曽根辰夫 脚本:柳川真一、中田竜雄、森田龍男 
撮影:石本秀雄 音楽:万城目正 美術:川村芳久
配役:美空ひばり(お花) 宮城千賀子(鼓太郎) 淡路恵子(お誘) 高田浩吉(森の精) 堺駿二(ポン吉) 川田晴久(都鳥吉兵衛) 伴淳三郎(ロマノフ) 有島一郎(闇右衛門) 山路義人(太郎兵衛) 野沢英一(狸千代) 中村時十郎(土蜘蛛の精) 渡辺篤(傘造) 近衛十四郎(清水次郎長) 廣沢虎造(森の石松) フランキー堺(ジャズ狸) 奈良光枝(歌う狸) 大阪松竹歌劇団総出演




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