錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『宮本武蔵』(その二十五)

2007-07-02 21:12:54 | 宮本武蔵
 佐々木小次郎のことを語らなければならないと常々頭の隅で思ってきたのだが、なかなか書く気が起こらなかった。その理由に触れておきたい。
 これはまったく私の感想なので、聞き流していただいて結構なのだが、私はどうも佐々木小次郎という人物に魅力を感じない。吉川英治の『宮本武蔵』の中で描かれた佐々木小次郎は、どう読んでも性格描写が曖昧で、人物像が鮮明に浮んでこない。天才肌、傲慢、打算的、野心家、女好き、気障(きざ)など、言葉の上では小次郎のイメージがある程度浮ぶのだが、原作の中で小次郎という人物は類型的に描かれ過ぎていて、人間として生きていない印象を持つ。吉川英治はこういうタイプの人物を描くのが不得意だったのではないかとさえ思う。
 武蔵に対しては吉川英治が感情移入し、まるで自分を投影しているように書いているので、読んでいても共感が湧き、武蔵とともに悩んだり悲しんだり喜んだりすることができる。一方、小次郎に対しては吉川英治が突き放して書いているためか、共感が持てず、原作では小次郎も次第に成長し出世していくのだが、結局最後まで武蔵と対決できるほど大きな存在にはならなかったと私は感じている。

 女性の登場人物で言えば、朱美のことも書く気が起こらない。お通に関しては吉川英治も相当入れ込んで書いていることがありありと分かる。それに対し、朱美は中途半端である。朱美は、お通同様純粋な心の持ち主なのだが、吉岡清十郎に犯され、自殺未遂までする。さらに、小次郎のおもちゃにされ、身を持ち崩して遊女に転落していく。朱美はお通以上にドラマチックで波瀾万丈の女であるにもかかわらず、朱美のことは、吉川英治も踏み込んで書いていないので、お通と対照的な存在になるまで至っていない。朱美も、お通と違った意味で宿命に翻弄される魅力的な女性なはずなのだが、読んでいて朱美に対して魅力も思い入れも私は抱けなかった。憐憫の情も感じないまま終わってしまった。それは、朱美という女が描き切れていなかったからだと思う。

 内田吐夢の映画でも、佐々木小次郎と朱美は描き方がぞんざいで、これは高倉健と丘さとみが適役でなかったことにも大きな原因があるのだろうが、吐夢自身、小次郎と朱美の二人については力を込めて描く意欲が湧かなかったようにも思える。
 武蔵と小次郎の対決がなければ満足できないと感じる人は多いかとは思うが、吐夢の『宮本武蔵』を観ていると、第二部から第四部までにちょこちょこ登場する佐々木小次郎は不必要であるような気がしてならない。小次郎は第五部から登場させても良かったのではないかとさえ思う。その点、稲垣浩監督、三船敏郎主演の東宝版『宮本武蔵』の方が、小次郎と朱美を独特なイメージで生き生きと描いていたし、小次郎を演じた鶴田浩二も朱美を演じた岡田茉莉子も適役でずっと良かった印象がある。じゃあ、吐夢の映画で、誰が小次郎と朱美を演じれば良かったのか、と時々私は詰まらぬことを考えることもあるのだが、この程度の描き方の小次郎ならば東千代之介でも良かったのではないか。千代之介に有終の美を飾らせてやりたかったなーという思いが私にはある。(千代之介は、吉岡清十郎の役を当てられて、断ったという話もあるが…。)朱美は、桜町弘子か、もっと若手なら三島ゆり子(第五部では小次郎の許婚お光の役で登場)の方が適役だったかもしれない。
 こんなことを書いておいてなんだと思うかもしれないが、高倉健と丘さとみのためにもう少し付け加えておきたい。
 小次郎の高倉健は、第五部に限って言えば、なかなか良かったと私は思っている。第二部から第四部までに感じたような違和感はあまり覚えなかった。健さんの小次郎に私の目が慣れてきたのかもしれないが、小次郎の出番も存在感も増したたため、健さんも役作りに専念できたのではなかろうか。第五部の後半、小次郎が小倉藩に仕官するあたりから、船島の決闘シーンに至るまでの小次郎はサマになっていた。特に最後、武蔵に脳天を打たれ、倒れる前の小次郎の表情は圧巻で、脳裏に焼きついて離れない。
 丘さとみは可哀相であった。役柄が合わなかったとはいえ、朱美の描き方も不十分で不満が残った。彼女の演技力も個性も活かしきれていなかった。『大菩薩峠』でお松を演じた丘さとみは可憐で最高だったが、純愛型の朱美では個性が弱く、転落した遊女にもなれないまま終わってしまった。入江若葉のお通にすっかりお株を取られてしまった感じがした。朱美は、第五部の終わりの方で、赤ん坊を抱え、いつの間にか又八と夫婦になっていたという設定で登場するが、孫に会って急に人変わりするお杉婆さん同様、ハッピーエンドで話の帳尻を合わせたという印象が拭えなかった。(つづく)




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