この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

キャビン・フィーバー。

2006-11-15 23:57:41 | 新作映画
 秋の夜長の一人映画祭第三弾はイーライ・ロス監督作、『キャビン・フィーバー』

 才能ある映画監督の商業長編デビュー作がホラー映画っていうのはよくあることだ。
 例えばスティーブン・スピルバーグは『激突!』で日本デビューを果たし、ジェームズ・キャメロンは『ターミネーター』の前に『殺人魚フライングキラー』という低予算映画の監督を任されている。サム・ライミはスプラッター映画の金字塔『死霊のはらわた』で、ピーター・ジャクソンは自ら脚本、監督、美術、主演をこなした『バッド・ティスト』という自主制作映画でデビューしている。デビッド・フィンチャーの『エイリアン3』、M.ナイト・シャマランの『シックス・センス』も一応ホラーの部類に入れていいだろう。
 これほどまでに錚錚たる面々がホラー映画でデビューを果たしているのはなぜだろう、そう疑問に思わずにはいられない。
 無論それぞれがデビューに到った経緯は異なるのだが、一ついえるのはホラー映画は(他のジャンルに比べて)デビューしやすいということがいえる。
 ホラー映画に限らず、映画作りというものにはとかく金が掛かる。低予算で話題になった『バス男』でさえ製作費が40万ドル掛かっている。一口に40万ドルといっても日本円でいえば五千万円に相当する。個人で捻出できる金額ではない。そのため映画作りは同時にスポンサー集めでもある。出資を募る際、映画監督は自分がどのような作品を作りたいのかを出資者に説明しなければならない。
 これが純愛映画なんかだと上手く伝えにくい。監督がどれほどくどくどと説明したところで、どういう映画を作りたいのか、さっぱりわかるまい。
 その点、ホラー映画は明瞭だ。とりあえずクライマックスシーンだけを十分程度撮影してきて、私の撮りたいのはこういう映画なんです!と出資者の前でバーンと試写すれば事足りる。加えて出資者というのは大抵山師なので、残酷な描写を好む。
 というわけでホラー映画はデビューしやすい。というのが持論である。

 さて、デビュー作といってもいくつか種類があると思う。一つは『死霊のはらわた』、『バッド・ティスト』に代表される自主制作映画系、もう一つは他に適当な人間が見当たらないから、とりあえず器用そうだからコイツに監督をやらせてみようという不本意だけど任されちゃった系、『殺人魚フライングキラー』や『エイリアン3』がこれに当たる。この場合、大抵の監督がフィルモグラフィーからその作品を消したがる。笑。
 デビュー作にはその監督の作家性が如実に現れるといわれているが、それはいうまでもなく自主制作映画系においてだ。
 例えば『死霊のはらわた』、この作品はスプラッター映画の金字塔といわれているけれど、シリーズを通して見てみると途中からなぜだかアクションヒーロー物に変容するので、あぁそうか、サム・ライミは特にホラーにこだわっていたというわけではないのだな、ということがわかる。以後彼が満を持して『スパイダーマン』の監督になったのは周知である。
 自主制作映画系のデビュー作でもう一つ共通するのは明らかな詰め込みすぎ感だ。とりあえずやりたいこと思いついたこと全部やっちまおう、みたいな。
 だからこれらの映画では大抵お話が整理されていないし、正直荒い。でもその荒々しさが作品の魅力でもある。
 『キャビン・フィーバー』も自主制作映画の範疇に入るからその例外ではない。『キャビン・フィーバー』を見ればイーライ・ロスがどんな作品をこれから作りたいのか、おおよそわかる。
 彼はホラー映画の申し子だ。サム・ライミがホラー映画にそれほどこだわりがなかったのに比べ、ロスはこれから先ずっと悪趣味で残酷で吐き気を催すような作品を作り続けていくであろうこと、容易に想像出来る。
 実のところ、個人的にホラー映画はそれほど好みではないのだが、この世の中からホラー映画が消え去ったらさぞかしつまらない世界になるだろうとも思うので、ロスにはこれから先ずっと悪趣味で残酷で吐き気を催すような作品を作り続けていって欲しいものだと切に願う。
コメント (6)
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