この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

いろいろ納得いかなかった『万引き家族』。

2019-07-23 21:12:59 | 旧作映画
 テレビの地上波で放送されていた『万引き家族』を見ました。
 テレビで見た、ということはつまり劇場では観なかったということになります。
 なぜ劇場では観なかったのか?
 理由はいくつかありますが、一番大きな理由は松岡茉優が出ていたからです。
 別に松岡茉優が嫌いだというのではありません。
 ただ(疑似)家族の中に松岡茉優のような上玉がいて、その上玉が風俗で働いていて、一家が万引きで生計を立てているという基本設定にリアリティを感じなかったのです。
 松岡茉優が風俗で働いていたら月100万は固いよねぇ。

 で、実際にはそこらへんのリアリティのなさは解消されているのだろう、そう思って見てみることにしました。
 そしたら松岡茉優演じる亜紀は確かに性風俗店で働いているのですが、樹木希林演じる初枝にそこでの稼ぎを家に納めなくてよいという取り決めをしている、と作中説明されていました。
 なるほどなるほど、そういう取り決めがあるのか、それなら納得、、、出来るわけねぇよ!!

 自分はその説明では納得出来なかったし、それは金にがめつい治や信代も同様ではないだろうかと思いました。
 家に金を納めず、万引きの手伝いもしない亜紀を治や信代が家族の一員として受け入れるっていうのは納得いかないなぁ。

 納得いかないところは他にも多々あって、性風俗店での描写はすべてそうですね。
 亜紀は性風俗店に勤めているのですが、だからといって作中濡れ場があるわけでも、ヌードになるわけでも、キスシーンがあるわけでもないのです。
 最終的に懇意になった客を膝枕するだけ、、、何なんだよ、そのぬるい描写は!!
 そんな性風俗店、あるのかよ!!(というほど性風俗店に詳しいわけではないですが)

 結局なぜそういったぬるい描写になったかというと、是枝裕和監督がレーティングを考えたからでしょう。
 もし作中亜紀がぼよよーんとおっぱいを出していたら、劇場公開時には小学生の鑑賞は不可になっていただろうし、今回のようにテレビ放映もされなかったでしょう。
 だから是枝監督の判断は商業的には正しいと思います。商業的には。
 でも、、、こんなぬるい描写で、最初からレーティングのことを頭に入れて映画を撮影して、是枝監督はそれで満足したのかな、とは思いますね。

 他にも納得いかないところはあるのですが、あと一つだけ。
 最終的に偽りの家族は解体され、信代がすべての罪を背負って刑に服します。
 でも、、、すべての罪を背負うと言っても、彼らの犯した罪で一番重いのは死体遺棄ですよね。
 ぶっちゃけ死体遺棄ぐらいで何年も刑を喰らうのかなぁ、初犯であれば執行猶予がついて放免されるんじゃないの?と思いました。
 そこらへんのことは詳しくないので、誰か教えてください。
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予想よりはるかに面白かった『未来のミライ』。

2019-07-16 21:15:02 | 旧作映画
 金曜ロードショーで放映されていた細田守監督の『未来のミライ』を見ました。
 予想よりはるかに面白かったです。

 いろいろとツッコミどころはあると思うんですよ。
 
 例えば、、、確かおかあさんが編集者で、おとうさんが建築家という設定ですよね。
 二人の稼ぎがどれぐらいなのかはわかりませんが、あんな若い夫婦があんなオッシャレーな一軒家に住めるのだろうか、とか。
 他には生まれて初めて補助輪なしの自転車に乗る練習をするのに傾斜のある草っぱらはないだろうとか(フツーは平坦な公園ですよね?)。
 あとは、、、結婚前に片付けが出来なかった女性が結婚後に片付けが出来るようになるわけないだろうとか(←ナイス偏見)。
 ひいじいじのプロポーズのやり方がまだるっこしすぎるのも気になりました。仮にひいばあばが本気で走っていたらどうするつもりだったんでしょうか。

 まぁツッコミどころ多々ありますが、ただ、ツッコミどころのない映画なんてものもそうはないわけで、上述のツッコミどころ程度であれば個人的には許容範囲でした。

 主役のくんちゃんの声が合ってないという人も多数いるようですが、自分はそれも許容範囲内だったかな。
 少なくとも『プロメテウス』の剛力彩芽や『風立ちぬ』の庵野秀明なんかに比べたらまったくもって全然余裕でしたよ。
 この声でダメだっていう人は実際にくんちゃんの声を四歳児にやらせれば満足したのかな?

 本作を四歳児の子供が未来から来た妹と一緒に世界の崩壊の危機に立ち向かう、大スペクタクル映画だと思って見た人はさぞかし肩透かしをくらったことでしょうね。
 本作は端からそういうお話じゃないんですよね。
 もっとスモールワールドなお話なんですよ。
 家族の繋がりのお話。
 今の自分がいるのは、おとうさんとおかあさんがいて、そのまたおとうさんとおかあさんがいて、そのまたそのまたおとうさんとおかあさんがいて、、、というごくごく当たり前な、でも大切なこと、それが本作のテーマなんじゃないかって思いましたよ。

 繰り返しになりますが、ツッコミどころの多い映画ですよね。
 キャラクターもくんちゃんは我が儘だし、おかあさんは母親失格だし、おとうさんは役立たずだし、未来ちゃんは、、、特にないけど。笑。
 でもどのキャラクターも物語の最初と最後では成長が見て取れますよね。
 それにおかあさんのセリフ、「最悪じゃなきゃいいよ」っていいと思いません?
 自分はホッとしたけどなぁ。

 ところで、、、金曜ロードショーで見たということはすなわち劇場では観なかったということに他なりません。
 細田監督の作品は、『おおかみこどもの雨と雪』や『バケモノの子』がピンと来なかったんですよねぇ。
 でも次回作は出来るだけ劇場で観ることにしようと『未来のミライ』を見て思いました。
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ハッピーエンドとアンハッピーエンドは紙一重。

2019-07-11 20:47:15 | 旧作映画
 映画のお茶会主催のumeumeさんは「全日本ハッピーエンド推進評議会会長」なのだそうです。笑。
 ハッピーエンドを推進したくなる気持ち、わからないではありません。
 何といっても自分が一番好きなテレビアニメは『未来少年コナン』ですからね。
 『未来少年コナン』以上のハッピーエンドの作品ってないんじゃないでしょうか。

 しかし同時にハッピーエンドとアンハッピーエンドってそんなに簡単に境界線は引けないだろうとも思いますね。
 例えば『ターミネーター2』ってハッピーエンドなんですか?それともアンハッピーエンド?
ハッピーエンドに決まっているだろう、未来からの刺客であるT-1000を倒しているのだから、っていう人もいるかもしれません。
 でもT-1000を倒すためにT-800が犠牲になっているんですよね。
 誰かが犠牲になったとしても最終的に敵を倒すことさえ出来ればハッピーエンド?
 まぁ人生と同じでハッピーエンドの定義もそんなに簡単なものではないのでしょう。

 自分は『ターミネーター2』のエンディングをハッピーエンドでもアンハッピーエンドでもなく、これ以上のものはない、ベストエンドだと考えています。
 仮に『ターミネーター2』でT-800が生き残り、サラやジョンと「敵のターミネーターを倒したことだし、みんなで焼き肉でも食べに行くか!」みたいな終わり方だったら最悪ですよね。
 そんなハッピーエンドの『ターミネーター2』は見たくないです。

 さて、自分はハッピーエンドとアンハッピーエンドの境界線を引けない作品の一つに『マーターズ』があると考えています。
 何言ってるの?少女が延々と拷問され、最終的に皮まで剥がれる『マーターズ』のどこにアンハッピーエンドではない要素があるというの?という人もいるかもしれません。
 いや、『マーターズ』を見た人のほとんどはそう思うに違いありません。

 ただ自分も根拠なくそう主張しているのではないのです。
 根拠はあります。
 あるのだけれど、それを説明するとかなり長くなるのですが…。
 
 マドモアゼルは従者に「疑いなさい」と言い残し、拳銃自殺します。
 「疑いなさい」と言ったということは彼女自身疑っていたということになります。
 自分自身で疑っていない人間が他人に「疑いなさい」というのは筋が通らないですからね。
 では彼女は何を疑っていたのか?
 この場合は文脈から死後の世界のことだとうかがえます。

 でもおかしいですよね。
 なぜ死後の世界の存在を探る首領であるマドモアゼルが突然死後の世界の存在を疑うようになったのか?
 この場合の鍵はマドモアゼルが直前に聞いたアンナの今わの際の言葉でしょう。
 アンナの言葉によってマドモアゼルは死後の世界の存在を疑うようになってしまったのです。
 このことからアンナの今わの際の言葉は死後の世界に関することではなかったということになります。
 アンナが死後の世界のことを呟いて、それを聞いたマドモアゼルが死後の世界の存在に疑念を抱くというのはやはり筋が通らないですからね。

 ではアンナは具体的に何と呟いたのでしょうか。
 間違いなく言えるのは、その時のアンナはマドモアゼルに一矢報いてやろうとか、一杯食わせてやろうとかいった、そんな複雑な思考が出来るような状態ではなかったということです。
 単純にその時心の中で思っていたことを口にしたに過ぎない。
 
 アンナが死ぬ間際に心の中で思っていたこと、それは一つしか考えられないですよね。
 そう、親友であるリュシーに対する謝罪です。
 彼女はこう呟いたのではないでしょうか。
 リュシー、あなたのことを信じなくてゴメンなさい、あなたのことを信じていればこんなことにはならなかったのに…。
 
 アンナはリュシーから計画のすべてを聞いて同行していたのではないのでしょう。
 ただ、すべての決着をつけてやる、ぐらいの曖昧なことしか聞いていなかったのではないでしょうか。
 それで一家を惨殺し始めたリュシーを見て、彼女が狂ってしまったと思ってしまった。
 つまりアンナはリュシーを疑い、リュシーはアンナに疑われたことに絶望し、自ら命を絶ったのです。

 一方アンナの言葉にマドモアゼルは絶望しました。
 なぜかというとマドモアゼルがアンナの口から聞きたかったのは、死後の世界に関することだったからです。
 何でもいい、お花畑が綺麗ですとか、天使が舞っていますとか、光に満ち溢れていますとか、そういった死後の世界に関することを聞きたかった。
 彼女は死後の世界を探ることに生涯を賭けていたのです。
 アンナの口から親友への謝罪の言葉など聞きたくなかった。
 このあと組織のメンバーに対し、彼女はアンナの今わの際の言葉を伝えなければいけませんでした。
 しかし、彼女はアンナは死ぬ間際、親友への謝罪の言葉を口にした、などと説明する気にはなれませんでした。
 だから彼女は拳銃自殺したのです。

 長くなりましたが、要約するとマドモアゼルはアンナの言葉を聞いて自ら命を絶ったということになります。
 死後の世界を探る組織がマドモアゼルの死後どうなったのか、作中描かれることはありません。
 マドモアゼルには後継者がいて、彼女の死も大した痛手にはならなかったのかもしれません。
 しかしマドモアゼルという巨大な求心力を失って組織は崩壊した、とも考えられます。
 どちらとも考えられるというのであれば、自分は当然後者を採ります。

 武器一つ持たない無力な少女の言葉によって、巨大な悪の組織が崩壊したのであれば、こんな痛快なことってないですよね。
 自分が『マーターズ』を単純なアンハッピーエンドとは言えないと考える根拠の一つはそういったことです。
 つまり根拠はもう一つあるのですが、それについては長くなってしまったので別の機会に…。
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アニメ版の『アラジン』を見ました。

2019-06-14 23:04:43 | 旧作映画
 金曜ロードショーで放映されていたアニメ版の『アラジン』を見ました。
 初鑑賞です。
 『ベイマックス』以降の近作こそ劇場で観るようになりましたが、一昔前のディズニー作品だと見ていないものも結構多いのです。

 で、早速感想ですが、まず思ったのは画(え)が平べったいなってことですね。
 動きこそ滑らかではあるものの、顔は単色で塗ってあるし、王宮はペルシア風なのか中華風なのかわからないし、モブシーンは明らかに手抜きだし、画に関してはあまり感心しませんでした。

 脚本もぶっちゃけあまり感心しなかったですね。
 設定がすべて浅いというか。
 例えば魔法のランプは砂漠の洞窟の奥にあるのですが、なぜジャファーは誰も生きて帰って者のいない洞窟の中に魔法のランプがあることを知っていたのか、また最も強大な力を持つ魔法のランプを持ち帰るのはオッケーなのに、なぜそれ以外の宝を持ち出すのはNGなのか、そもそも魔法のランプを生み出して洞窟に隠したのは誰なのか、見ていていくつも疑問が湧いたのですが、作品はそれらの疑問に一つとして答えてはくれませんでした。
 ともかく魔法のランプは砂漠の洞窟にあることをジャファーは知っている、それ以上でもそれ以下でもない、そのことに疑問を抱くのもNG、そんなふうに思えました。

 最後の知恵比べもどうなのかなぁ。
 ジャファーはアラジンにジーニーの力の方が上だとそそのかされて、三つ目の願いによってジーニーそのものになるのですが、ジーニーより力が劣っていたとしてもそのジーニーを従えているのだから、あえてジーニーになる必要はないと思うのだけれど。。。
 
 そんな感じで自分はアニメ版の『アラジン』を高く評価は出来ないのですが、この作品って本当に多くの人に愛されてますよねぇ。
 アマゾンのレビューを覗くと、星一つの人も案外多いのですが、その人たちのほとんどは内容にケチをつけているのではなく、DVDの仕様に満足していないようです。
 天下のディズニーのDVDでなぜそのような仕様の不備があるのかわかりませんが、悪名高き『MovieNEX 』もそういった過去の反省を踏まえて生み出されたのかもしれないと思うと、見る目が若干変わって、、、こないですけどね。笑。
 やっぱりBlu-rayとDVDは別々に売って欲しいです。
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やっぱり合わなかった『ボヘミアン・ラプソディ』。

2019-05-27 21:43:39 | 旧作映画
 機会があったので『ボヘミアン・ラプソディ』を見ました。

 2018年は一年間で映画を50本観ました。
 50本観れば観たい映画は大概映画館で観ることになりますが、その50本の中に『ボヘミアン・ラプソディ』は含まれませんでした。
 なぜ『ボヘミアン・ラプソディ』を映画館で観なかったのか?
 理由は、この映画って自分には合わないんじゃないのではないか、って思ったからです。

 で、実際見ての感想。
 やっぱり合わなかったですね、『ボヘミアン・ラプソディ』。
 ではどこら辺が合わなかったのか?

 作中流れるクイーンの楽曲はどれも素晴らしいと思いました。
 作中流れる楽曲は素晴らしいのですから、本作は音楽劇としては成功しているとは思います。
 ただ、、、こんなことを言うと気を悪くする人も多いとは思いますが、本作の主人公であるフレディ・マーキュリーって結構な人間の屑ですよね?
 人間の屑である主人公がその才能によって持て囃されるのを見るのは、あまり気持ちのいいものではなかったです。

 フレディは同性愛者でした。
 まぁそれはいいんですよ。
 同性愛者=人間の屑だと言っているのではありません。
 でも同性愛者であることを隠して自分に気のある女性にプロポーズして、「この指輪を絶対外さないで」などと甘い言葉をささやくのってどうなんです?
 全然問題のない行為なんですかね?
 自分は、うわ、屑だな、コイツ、と思いましたけどね。
 いや、まぁそれもいいでしょう。
 百歩譲ってそこは認めましょう。
 でもツアーの最中、彼女に電話した直後、見知らぬ男としけこむ、っていうのはどうなんですかね?(直接的な描写はなくてもそういう意味ですよね?)
 問題ないんですかね?
 単なる空港職員が同じことをフィアンセに対してやったら、相当叩かれるんじゃないでしょうか?
 伝説のバンドのトップボーカルであれば、それぐらいのヤンチャは許される?
 恋人のことを裏切ったのだとしても彼なりに葛藤があったのだから大目に見てやろうってことですか?
 ゴメンなさい、大目に見ることは自分には出来そうもないです。

 けれど決定的に彼のことが嫌いになったのは、恋人だった女性が彼の前に再び現れ、彼女の妊娠を知るシーンです。
 フレディのあの態度、何なんですかね?
 見ていて不愉快極まりなかったですけど。
 もっともその直後、取ってつけたようなセリフを口にしながら、フレディは謝罪してるんですけど、お前、それ本心じゃないだろう、って思いました。

 そんな人間の屑であるフレディを周りの人たちは何だかんだ言いつつその才能のために許しちゃうんですよね。
 最後のテロップで、元恋人はフレディの良い友人であり続けた、みたいなことが流れて、どんだけ器が大きいんだよ、と思わずにはいられませんでした。
 もしフレディがただの空港職員であったとしても同じ態度を取れたのかな、と意地悪なことを考えちゃいました。
 無意味な仮定ですけれど。
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「疑いなさい」と言ったということは自らが疑っていることに他ならない。

2019-05-24 23:39:37 | 旧作映画
 明日は映画のお茶会です。
 1月から連続で参加しているのでこれで5回目かな。
 でもここだけの話、自分は人の顔を覚えるのが超苦手なので、主催のウメキングさん以外誰が誰やら未だによくわからないというお粗末さなんですけどね。笑。

 そんなわけで毎回はじめましての人ばかりのような感じで、毎回そこそこ緊張するんですけど、明日は特に緊張しそうな気がします。
 というのも明日のお茶会には映画研究部の部長をしているという大学生が参加するらしいのですが、その大学生の男の子が何と『マーターズ』が大好きのことで、、、「え~~~」って思いました。

 世の中に『マーターズ』が好きな人間がいるとは!!
 一応断っておくと自分は『マーターズ』がホラー映画の到達点だと考えていますが、大好きってわけではないんですよ。
 大好きなのは『ヒックとドラゴン』の方なので…。

 それでも『マーターズ』に否定的な感情を抱いていない人、っていうか、『マーターズ』を最後まで見たという人に会うのも初めてなので、何だかひどく緊張する、、、ここぞとばかりに『マーターズ』論を展開しそうな気がします。
 それで他の人にドン引きされそう。
 それは何としても避けたいので、今日はこちらで簡単な『マーターズ』論を述べたいと思います。

 『マーターズ』という映画はとにかく舌を巻くほど脚本が上手いんですよ。
 世のホラー映画が力任せの展開になりがちなのに対し、『マーターズ』はすべてが計算されて作られているというか、展開に一切の無駄がなく、すべてのシーンに何らかの意味があるのです。

 例えば死後の世界の存在を探る組織の首領であるマドモアゼルが従者に「疑いなさい」というシーンがあります。
 何を疑えと言っているのか、目的語がないために意味をつかみ損ねている人を多く見かけるのですが、きちんと一つ一つヒントを拾っていけばそんなに難しくはないのです。
 「疑いなさい」と言ったということはマドモアゼル自身が疑っていることに他なりません。
 自分自身で疑っていない人間が他人に対して疑えというはずはないですから。
 では彼女は何を疑っているのか。
 この場合当然死後の世界の存在です。
 マドモアゼルは死後の世界の存在を疑っているのです。
 でもおかしいですよね、なぜ死後の世界の存在を探る組織の首領であるマドモアゼルが突然それを疑い出したのか?
 これも難しく考える必要はなくて、彼女はアンナの今わの言葉を耳にして、それを疑うようになった、そう考えるのが自然です。
 なので、アンナが今わの際に何を言ったにせよ、その言葉は死後の世界の存在に関係するものではなかったことになります。
 アンナが死後の世界について何かをつぶやいたのに、マドモアゼルが死後の世界の存在を疑うようになるというのは筋が通らないですから。
 
 「疑いなさい」という一言でここまでのことがわかるのです。
 自分が『マーターズ』の脚本を高く評価する理由がわかってもらえたのではないでしょうか。

 そんな感じで『マーターズ』を高く評価する者同士で『マーターズ』について語り合いたいのですが、明日は二人きりというわけではないので、それはちょっと無理でしょうね。笑。

まぁ『マーターズ』のことは抜きにしても明日は楽しみです。
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生きて帰ることがハッピーエンドとは限らない。

2019-04-25 22:16:53 | 旧作映画
 当ブログでは映画『ガタカ』に対する考察記事が、これでもか!というぐらい書いてあります。
 すべての記事ではないですが、中にはコメントのついたものもあり、【『ガタカ』の嘘。】という記事の、「Question」さんの書いたコメントは当ブログ史上最長で、この先これ以上長いコメントがつくことはないだろう、そう思いました。

 が、先日それを超える長さのコメントが寄せられました。
 長いですが、一読の価値はあると思うので、以下転載します。


初めまして。いきなりの超長文を投稿してしまい申し訳ございません。
主さんに負けじとジェロームが自殺に至った理由を私なりに考察してみました。
またなぜ多くの人がジェロームが死んでしまったことに疑問を持っているかの理由も説明したいと思います。
まずはジェロームの人物背景から
・金メダルを取るべくして生まれた優秀な遺伝子をもつ。
・銀メダルしか取れない自分に絶望し車の前に飛び出し自殺しようとしている。
・下半身付随になり飲んだくれている。

まだありそうです。かなり省略しました。
ここから彼の自殺に至るまでの心理描写の考察となります。
ヴィンセントに出会うまでの彼の心境ですが簡単に説明すれば「生きることに否定的であるが、死ぬつもりはない」です。
もともと銀メダルしか取れないことに絶望し、自殺未遂した彼が今は車椅子で生活して、そして生きていることに不自然さは感じなかったでしょうか?
銀メダルしか取れないという境遇に加え、下半身付随というハンディキャップをおってしまった彼が自殺を行わないことに私は違和感を感じました。死ぬ理由を見つけていたのかもしれません。もちろん彼自身どう考えていたかはわからないですが、少なくともすぐに自殺する意思はないようです。しかし生きることに積極的になっているわけではありません。「自殺なんて馬鹿なことはもうやめてこれからは生きていこう!」とはもちろん考えていません。酒浸りの生活をしていることからそれがわかります。
ですので彼の心境を説明すると上記のようになると思います。そして彼の心境に変化が起こります。ヴィンセントとの出会いです。そして結果自殺します。多くの方が自殺したことに疑問を持つ理由は「ヴィンセントに出会ってジェロームが生きることに前向きになって自殺を思いとどまる」と考えているからこの結果に疑問を持つのです。本当は逆です。「ヴィンセントと出会ったことにより死ぬ理由が見つかったから死んだのです。」では彼がどのように心情が変化して自殺に至ったかを考察していきます。色々な説があると思うので候補をあげながら考えていきたいと思います。

説①銀メダルしか取れない上に下半身付随になった自分の境遇を思いつめていたため。
説②ヴィンセントとともにいる生活が当たり前になり、彼と一緒にいられなくなることに絶望したため。
説③目標を達成しその結果に満足したため。

自分がパッと思いつくだけですが三つ考えられますね。
それぞれの説について考えていきましょうか。
説①はヴィンセントに出会う前と後での心情の変化がありません。つまりヴィンセントがいなくても起こりうる結果ということになります。
心情の変化は映画内でいくつもみられますね。例えばお酒を飲むのをやめたこと。(お祝いの時は派手に飲んでますが・・・)他にも検査用のサンプルを一生懸命集める姿。捜査でヴィンセントが疑いにかからないように階段を登るシーンなども心情の変化による行動変容として説明できます。
説①は明らかにおかしいです。
説②ですが、主さんと近い説ですね。主さんは②をさらに飛躍させてヴィンセントが宇宙で死ぬと確信していたためとブログに書いていいますが果たして
どうでしょうか。映画本編から読み取れそうなところを抜粋します。ジェロームからヴィンセントに「僕が宇宙に行っている時はどうするんだい?」と聞かれた時は「本を読んで空想の旅にでる。友達を呼ぶ」と言っています。ヴィンセントはこの時どう感じたのかはわかりませんが、「実際にはどうするんだい?」ともう1度質問しています。2度聴くということは彼の回答に満足していなかったのでしょう。結局ジェロームはその質問に回答しておらず、ごまかしています。このシーンでジェロームはなにを考えていたのでしょうか?色々考えることができますね。「君が得なくなったら寂しいよヴィンセント」とか「君がいなくなる世界なんて考えられない」とか「本当は死ぬつもりだから言えない」とかとか色々あります。このシーンからわかることは彼はヴィンセントに宇宙に行った後のことの自分のことは触れられたくないということですかね。後ろめたい気持ちがあるのかそれとも彼に心配してもらいたくないのか。これはわかりません。このシーンぐらいですかねヴィンセントがいなくなった場合にジェロームがどう考えるかを読み取れるシーンは。主さんにはこのシーンは「君は宇宙で死ぬ運命だ。それなら僕も一緒に死ぬよ。君に心配はかけさせたくないから黙っておくよ。」というふうに見えたのでしょうか?では主さんの説ではその後の彼の行動に矛盾がないか考察していきたいと思います。まず大量のサンプルを用意したことについてです。文字だけで見れば彼が帰ってきても大丈夫なように残したのではないかと考えることもできますし(実際にそうジェロームが言っている)、主さんの主張するように宇宙に行く彼に心配させないためと考えて行動したとしても矛盾はありません。ですが彼が焼却炉を使って自殺したことに関してはどのように考察しているのでしょうか?ヴィンセントと一緒に死のうと考えていた彼が選ぶ手段としては適切でしょうか?まずは焼却炉が作品内でどのような意味合いで描かれていたかを考えてみてください。焼却炉の作品での意味合いは「焼却炉」=DNAを消去する手段です。自分のDNAを消去することこれがヴィンセントが一人で生きて行くために必要だと彼が感じたので自殺の手段に焼却炉を選んだのです。これだけだと意味不明でしょうからわかりやすいように少し例え話をしたいと思います。
例文)仲の良い親子がいるとします。二人は貧乏でしたが幸せに暮らしていました。しかし息子は病気が原因で余命が短いと医師から宣告されています。息子の余命はとっくに過ぎておりいつ死んでもおかしくありません。親は自分に多額の保険金をかけて事故に見せかけて自殺をしてしまいました。なぜ保険金をかけて自殺するという行動に出たのでしょう?主さんの主張に照らし合わせるなら息子が死ぬとわかっていたから自分も死んだ。になります。これだと保険金をかけて死ぬ行動の理由づけがありません。保険金をかけているということは自分が死ねば息子にお金が入ると考えているわけです。お金が入ることが息子にとって幸せかどうか考えているかはわからないですが、余命少ない息子が生きて行くためにお金が必要と考え自殺したのであれば自殺理由として矛盾はありません。ここで残された息子のことを考えたら自殺するなんておかしいと考えるべきでしょうか?息子が自殺死体をみたらトラウマになるからそういうことを考えていなかったのか無責任だ!と考えるべきでしょうか?死ぬ間際まで息子と一緒にいるべきだ!と考えるべきでしょうか?親がそれを必要と考えたためその手段を選んだのであれば文句を言う余地はありません。親が息子は自分がいなくても一人でやっていけると考えていたならなおさらです。本編に戻ります。ジェロームが自殺する理由は後で後述しますが、自殺する手段は焼却炉を利用するという手段でなくてはいけなかったのです。自分のDNAを消去することがジェロームが二人いるという矛盾を解消し、ヴィンセントが今後一人のジェロームモローとして生きて行くために必要だから自殺手段に焼却炉を選んだのです。本編での根拠はジェロームの台詞に「私がいなくなっても大丈夫なように」と言っていることです。彼は自分がいなくなったことを想定してサンプルを残し、焼却炉で自分を抹消したのです。ヴィンセントが今後生きて行くための献身的行動と考えれば本編の内容と矛盾しません。(彼の献身的行動は他にも本編で確認することができます)またジェローム自身はヴィンセントを「お前はすごいよ。ヴィンセント」と言っているように」彼を認めるシーンがあります。例え自分がいなくなったとしてもヴィンセントは生きていける強い人物だと考えている根拠になります。また他の自殺手段はいくらでも考えられると思っていそうなので言っておきますが、常識で考えないでください。作者が焼却炉にどう言う意味づけをしたかったのか考えてください。自分を抹消する方法はいくらでもありますが、本編で出ていた焼却炉を使うことに意味があるのです。作者の意図を考えることが考察においてなによりも大切なことです。自分の感じた主観は入り込む余地はありません。以上のことから主さんの主張では焼却炉を使って自殺するという行動の理由づけがないことに気がつきますね。根拠が本編にないのに考察してはいけません。(妄想を根拠にしてはいけません。同人誌を根拠にしているのと同じですよ)最後に説②が正しいかどうかですが、ジェロームが死ぬ理由としては不適切です。死ぬ間際の行動が全てヴィンセントのために行なっていることが本編からわかります。ヴィンセントと別れるもしくは死別する絶望という感情はヴィンセントのが今後生きて行くために献身的に行動している彼の感情と一致しません。
説③ですがこれが彼が死んだ理由だと思います。本編に全て描かれているので考察するのも面倒臭いです。矛盾があれば返信でお聞かせください。
全て説明してくれとおっしゃるなら全部説明いたします。力尽きてしまいました本当にすいません(泣)この考察についてはご要望があれば後日書き込みたいと思います。

他にも考察する内容として対比表現や作品のテーマなどがあります。作品のテーマは作品の冒頭に示されていますが、本編から読み取れましたでしょうか?テーマの中に「神が曲げて作られたもの」とありますが本編では何のことを指すのでしょうか?テーマにある「自然」と「挑戦」とは何のことでしょうか?ガタカの最後の台詞「多分僕は家に帰るかもしれない」と主人公が言っていますが主さんはこれが対比表現だと気がつきましたか?最後のシーンはもろに対比表現でしたよね。登場人物も対比表現がいっぱいでしたね。指が6本の多指症のピアニストを登場させたのは作者はなにを伝えたかったのでしょうか?考察しがいがありますよ。まだまだ考察の旅を続けてください。お願いします。そして考察は感情移入せずに考えてください。妄想ではなく作品の中にある表現を根拠にしてください。もしこうならば〜などのifの世界を使わないでください。作者がそのifの世界まで考えているとは限りません。常識や確率は作者が決めます。現実の世界を基準に考えないでください。作品のテーマをもう一度考え直して見てください。テーマにあたる部分を作品を見直して本編から該当箇所を探してください。また映像作品、フィクションだとういうことを考慮して文学表現を見逃さないようにお願いします。

最後に私自身ここまで一つの作品を考察したことは今までありませんでした。作品をなんども見直すたびに新たな発見がありました。全て主さんのおかげです。本当にありがとうございました。


 まず思うのは勿体ない、ってことですね。
 この考察文ははうだつの上がらないブログのコメント欄に留めておくような内容じゃない、そう思いました。
 見ず知らずの他人のブログに長文コメントを書いてはいけないという決まりはありません(少なくとも当ブログにはないです)。
 ただ、これだけの考察文を書いて、もっと多くの人に読んでもらいたいという欲求が筆者であるツカサさんにはないのでしょうか。
 それが不思議です。

 さて、反論に移ります。

 結局ツカサさんを含め、証拠隠滅派の方々は、ビンセントが地球に生きて帰ることを前提に考察をしているんですよね。
 この段階で自分の考察とは相容れないのです。

 自分はビンセントはタイタンに行く途中、心臓発作で死んだと考えています。 
 元々医者からは30歳までしか生きられないという診断でしたから、そう考えたとしても何ら不自然ではないでしょう。
 
 しかし証拠隠滅派の方はこう反論するでしょう、30歳までしか生きられないという診断の確率は100%ではなかった、であれば奇跡的に一年間の宇宙旅行の間、彼の心臓は持つかもしれないじゃないか、と。
 そうですね、それは認めます。
 確かに彼が宇宙旅行の間に心臓発作で亡くなる確率は100%ではありません。

 しかしその場合彼の前に立ちはだかるのはもう一つの障害である極度の近視です。彼はコンタクトレンズなしではまともに物が見れませんでした。
 ろくにプライヴェートな空間がないであろう宇宙船の中で、コンタクトレンズを装着している人間がそのことを隠し通せるのってどれぐらいの帰還でしょうか。
 一日であれば難しくないでしょう。
 一週間であればあるいは出来るかもしれません。
 一ヶ月となると相当難しいでしょう。
 一年は、、、まず無理だと思います。
 コンタクトレンズを装着していることがバレるということはすなわち不適正者であることがバレるというのと同意です。
 DNAの詐称は『ガタカ』の世界では重犯罪です。
 例え心臓発作を起こさずともビンセントは犯罪者として地球に戻るのです。

 いや、コンタクトレンズを装着していることがバレるとは限らないじゃないか、ビンセントは一年間上手くそのことを誤魔化せるかもしれない、そう証拠隠滅派の方は言うかもしれませんね。
 奇跡が起こって発作が起こらず、さらに奇跡が起こってコンタクトレンズのことも隠し通せる、まさに奇跡のバーゲンセールですね。笑。

 まぁ、いいでしょう。
 奇跡的にビンセントはタイタンでの任務を無事に終え、地球に戻ったとします。
 問題はその先なのです。
 地球に戻ったその先はどうなのか、ということです。

 ビンセントは宇宙に行くことが子供のころからの夢でした。
 そしてその夢を叶えるがためにジェロームと入れ替わったのです。
 ジェロームと入れ替わったのはあくまで夢を叶えるための手段であり、決してそのことが楽しかったわけではありません。

 証拠隠滅派の方に問いたい。
 地球に戻ったビンセントが亡くなったジェロームの代わりとして生きていくとしたら、それは何のためですか?
 二度目の宇宙行きが可能だと可能だと考えますか?やっぱり奇跡が起きて? 
 さすがにそれはもう奇跡の安売りのし過ぎでしょう。
 友もなく、夢もなく、いつDNA詐称がバレるのかひたすらおびえる日々。
 そんな日常をビンセントが過ごさなければいけない理由って何ですか? 

 自分はビンセントは宇宙で死ぬと書きました。
 しかし自分はそれを悲劇的な結末だとは考えていません。
 宇宙に行くことが子どものころからの夢だった男が宇宙に行って、そこで生涯を終えるのです。
 彼にとってこれ以上望ましい人生の終わり方はないと自分は思います。
 ビンセントが地球に帰還することは確率的に限りなく低いことだったというだけでなく、彼にとって必ずしも望ましいことではなかったのです。

 今述べたことがツカサさんへの反論になっているのかどうか、正直よくわかりません。
 テーマ的に難しいことは自分にはよくわからないのです。

 ただ間違いなく言えるのは、ビンセントが宇宙で亡くなることは決して悲劇ではない、ということを認めない限り、自分と証拠隠滅派の方々との考えの溝が埋まることはないでしょう。 
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ちょっとだけ気になった「検索してはいけないヤバいホラー」。

2019-03-21 23:09:19 | 旧作映画
 明日は映画好きのお茶会に参加する予定です。
 初参加から二回続けて遅刻しているので明日こそは早めに行かねば! と思っています。
 
 映画好きのお茶会のことはミクシィの【福岡の映画館に行こう】というコミュのイベント告知で知りました。
 「オワコン」と蔑まれて久しいミクシィですが、まだまだ役に立つことがあるのです。

 さて、その【福岡の映画館に行こう】コミュで面白そうなイベントが告知されました。
 「ゴジラバーときどき検索してはいけないヤバいホラー」だそうです。
 このイベント名でどういうイベントなのかイメージ出来る人はいないんじゃないかな。笑。
 ゴジラ好きが集まってゴジラの魅力を語り合うついでに検索してはいけないヤバいホラーについても語ろうという少し欲張りなイベントのようです。
 場所は先日マジックバーの時にお邪魔したイベントバーエデン福岡
 相変わらず面白そうなイベントをやっているなぁとは思ったのですが、残念ながら開催日が3月27日と平日だったので不参加です。

 で、気になったのは「検索してはいけないヤバいホラー」の方ですよ。
 検索してはいけないと言われると検索したくなるのが人情ってものなので、ちょっとだけ検索してみました。
 検索してはいけないヤバいホラーって何じゃらほい、、、なるほどなるほど、あれかぁ、『ギ〇〇〇ッグ』系の奴ね。
 詳しい説明は省きますが、グロ系のホラー映画です。
 検索してはいけないとまでは思いませんが、検索しない方がいいとは思います。

 さて、『ギ〇〇〇ッグ』というホラー映画はシリーズ化されていて、第7作まで作られました。
 自分が見たことがあるのはこのうち『ギ〇〇〇ッグ2 〇〇の華』だけです。
 なぜこれを見たのかというと、決して見ようと思って見たのではないのです。
 今となっては信じがたいことですが、高校の文化祭の映画研究会の出し物で上映されたのです。
 もちろん体育館で大々的に上映されたのではなく、どこかの教室でこっそりと上映されたのですが、だとしても「よくやるな!」と感心してしまいます。
 今ならきっと大問題になっていることでしょう。

 その頃の自分は今とは違いホラー映画への耐性は皆無でした。
 当然『ギ〇〇〇ッグ』がどんな映画かすら知らなかったのですが、まぁよく最後まで見れたものだな、と思いますね。
 思えばあれがホラー映画の原体験だったのかもしれません。

 とはいえ、今の自分からすれば『ギ〇〇〇ッグ』をホラー映画だとは認めたくはないですけどね。
 延々とグロ映像が続くだけのものをホラー映画だとは思わないので…。
 ホラー映画ってストーリーがあってナンボだなと思います。
 今年も『マロ―ボーン家の掟』や『ラ・ヨローナ〜泣く女〜』など、面白そうなホラー映画が公開されるので今から観るのが楽しみです。
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証拠隠滅は誰のため?

2019-03-16 23:00:59 | 旧作映画
 懲りずにまた『ガタカ』の考察です。
 もう誰もついてこれまい!わはは!!(←笑い事じゃない)

 ウィキペディアの『ガタカ』のページにはジェロームの焼身自殺の動機がこう書いてあります。

>完全な証拠隠滅をはかる為

 この一文を読んだとき、正直「はぁ?」って感じでした。
 ウィキペディアの編集なんて自分よりもよっぽど学がある人がすることだろうに、学がある人に限ってときどき意味不明なことを言うのだな、そう思いました。

 ただ、その後ざっとネットを見て回った感じではどうもこの証拠隠滅論を信じている人が多いっぽいんですよね。
 少なくとも先月「『ガタカ』の嘘。」という記事に質問コメントをしてきた人はそんな感じがしました(はっきりそう書いているわけではないですけどね)

 なので今日はこの証拠隠滅論を否定してみたいと思います。
 否定する根拠をいくつか挙げていきますね。

①そもそも完全な証拠隠滅をしなければいけないほど二人は追い詰められてはいなかった。
 ジェロームが自ら命を絶たなければ間違いなくビンセントは捜査機関に捕まってしまう状況だった、ビンセントを助けるためにはそれしかなかった、というのであればともかく、ただ漠然とビンセントが地球に帰還したとき自分がいない方がいいだろう、ぐらいの曖昧に理由でなぜジェロームが死ななければいけないのか、自分にはよくわかりません。

②焼身自殺をしてたからといって必ずしも完全な証拠隠滅にはならない。
 これは完全な証拠隠滅がDNA採取が出来ない状態になることだと仮定した上での根拠です。
 例えば火葬場で遺体を焼けば間違いなくDNA採取は出来なくなります。
 しかし個人宅にある焼却炉で遺体を焼いたとしても必ずしもDNA採取が出来なくなる状態になるとは限りません。
 焼け残った内臓の一部からDNAが採取されることはままあります。
 DNAを採取されないことが目的であるならば焼身自殺は適したやり方ではありません。
 あえて具体的には書きませんが、他にいくらでも適したやり方があったはずです。

③ビンセントが死体を見つけることを考慮していない。
 何だかんだ言って、結局証拠隠滅論が間違っていると思うのはこれに尽きますね。
 ビンセントがタイタンでの任務を終え、一年後、地球に戻ってきたとします。
 地球に帰還したビンセントは当然二人が暮らしていたアパートメントに戻るでしょう。
 アパートメントに戻ったビンセントはジェロームの不在を不審に思っても、まぁ旅行にでも出かけているのかな、そう考えるかもしれません。
 やがて何気なく、もしくは焦げ臭い匂いに気づいて、ビンセントは焼却炉の蓋を開けます。
 そこには変わり果てた親友の姿が…。
 ビンセントは死ぬほど驚くでしょう。精神的なショックも受けるに違いありません。
 ジェロームが証拠隠滅を図って焼身自殺をしたのであれば、それはひとえにビンセントの為であるはずですが、その一方でどうしてそのビンセントを死ぬほど驚かせなくちゃいけないんでしょう?
 証拠隠滅論を信じている人は、というか、ビンセントが地球に生還すると考えている人は、ビンセントがジェロームの死体を発見する可能性についてまったく考慮していないのではないかと思います。
 その可能性をわずかでも考慮すれば、ビンセントがジェローム(生体認証)として生きられる様に自殺したと考えるのが論理的です、などとは言わないはずですけどね。

 まだまだ根拠を挙げることは出来ますが、切りがないので止めておきます。
 これだけ根拠を挙げれば、証拠隠滅論が間違っているという自分の考えは理解してもらえたと思います。
 証拠隠滅論への反証は以上です。
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最近DVDで見た映画など。

2019-03-05 22:23:13 | 旧作映画
 最近DVDで見た映画など。

『坂道のアポロン』

 この映画を見ることにしたのは1月に行った佐世保が舞台だから。
 実際にこの目で見た眼鏡岩が映画の中にも出てきたら感無量だろうと思いながら見ていたのだけれど、どのシーンで出てきたかわからず。我ながらボンクラとしか言いようがない。
 映画自体はアマゾンのカスタマーレビューが尋常じゃなく高い割にはまぁフツーといったところ。

『アバウト・タイム』

 映画史上最もお気軽なタイムトラベル映画。見終わった後は「あぁ、面白かった!」と満足したたのだけれど、批判的なレビューを読んだら、単純に面白いとは言えない映画なのかもしれないな、と思いました。
 まぁでも深く考えなければ面白い映画ですよ。

『スキャナー・ダークリー』

 ゲオで中古DVDを買いました。
 中古DVDを買うときは果たして無事に再生出来るかな、とドキドキするのですが、問題なく再生出来ました。よかったよかった。
 本来は正義を執行する麻薬捜査官が麻薬に溺れていき、、、というお話。
 何ていうか上手く言えないけど切ないね。ラスト、泣きそうになりました。
 ディック原作の映画の中では一番好きかもしれない。
 それにしても実写とアニメの境目ってどこにあるのでしょうね。

『トライアングル』


   

 間違って同じ映画のDVD、もう1枚買ってしまった!
 というわけではありません。
 『トライアングル』はループ系のスリラー映画なのですが、鑑賞後、誰かと「これってどういう意味?」と語り合いたくなること必至の傑作なのです。
 なので貸し出し用にもう1枚買いました。
 借りてくれる人がいるといいけど。笑。
 ちなみにこれもゲオで買いました。
 こういう拾い物があるから中古DVDショップ巡りは止められないですね。
 そこのゲオでは『隣の家の少女』のDVDもあって、未見だったので買おうかとも思ったのですが、今のメンタルではこの作品を受け止めきれないだろうと思って止めました。
 いつか『隣の家の少女』を見る日は来るのかなぁ…。
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