この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

エイケン。第一話。

2008-02-09 22:30:26 | エイケン。
 第一話「穏やかな春の陽射しに包まれながら」

 四月。窓際に置いてある長椅子にどっかと腰を下ろし、穏やかな春の陽射しに包まれながら筑紫が丘大学二年映画研究部部長醍醐雄一郎は大きく欠伸をした。
「暇だよなぁ」
 そう呟いてさらに大きな欠伸を一つ。
「暇だよなぁ?」
 雄一郎は同じ台詞をイントネーションを変え、今度は疑問形で口にした。
 問われたのは映画研究部副部長である高見奏太だった。
「暇じゃねーよ。一緒にすんじゃねぇ」
 奏太は雄一郎の方をチラとも見ずに答えた。
「さっきからさ、お前、パソコンで何やってんの?レポートか何かか?」
 奏太は一瞬雄一郎の質問を無視しようかと考えたが、相手にしなければ後々面倒かと思い直し、答えることにした。
「ホンだよ。脚本」
「脚本?映画のか?」
「違う。舞台の。演劇部のクリスマス公演、評判がよかったらしくて、その続きを書いてくれって頼まれてんだ」
 奏太の答えに雄一郎は勢いよく立ち上がった。
「お前なぁ!!この新入生勧誘の大事な時期に何やってんだよ!!他所のホン書いてる暇があったらウチのホンを書けよな!!」
 ほんの数秒前「暇だ」と口にしたことなど綺麗さっぱり忘れたかのような雄一郎の口ぶりに今度は奏太がカチンときた。
「ウチのホン・・・だと?キャストも決まってない、予算も組まれてない、企画すらない、このないない尽くしの状態で、何をどうホンを書けって?好き勝手にホンを書いてそれを映画にしてくれるってか?あぁ?」
 奏太の正論に雄一郎は言葉を返せない。そんな雄一郎に奏太がとどめを差した。
「だいたいハイブが決まってるところのホンを書いたって仕方がないだろうが」
 雄一郎は一瞬奏太の言っていることの意味がわからなかった。ハイブって何だ?バイク?俳句?パイプ?違うな・・・。ようやく「廃部」という単語が雄一郎の頭の中で形を為した。
「は、廃部ってどういう意味だよ?俺は聞いてねぇぞ」
 雄一郎の言葉に奏太は「はぁ」とため息をついた。
「お前な、生徒会からの書類、あれほど目を通しておけっていったのに、読んでないな?」
「生徒会の書類って部員名簿と要綱のことだろ?ちゃんと見たさ」
「読むと見るとじゃ意味が違うんだよ、馬鹿。生徒会規約にこうあったろ?正式な部活動は部員五名以上からとするものであるって。で、聞くが我が映画研究部の部員は現在何人だ?」
 奏太の質問に雄一郎は答えられない。
「答えにくければ俺が代わりに答えてやる。お前と俺、たった二人だ。部員名簿の提出期限が四月いっぱいだから、それまでにあと三人部員が集まらなかったら、歴史ある筑紫が丘大学映画研究部は俺たちの代で幕を閉じるっていうわけだ」
 雄一郎は両の拳を強く握り締めながら尋ねた。
「お前・・・、映画研究部存続の危機を前にして、それこそよく他所の部のホンを書けるよな?」
 雄一郎の糾弾の言葉に、奏太は心外だと言わんばかりに表情を硬くした。
「俺だって部を潰したくなんてないさ。だから俺なりに努力はした。去年の秋から知り合いに片っ端から声を掛けてるよ」
 そう言うと奏太は視線を落とした。
「だけどな、誰が好き好んで野郎二人の部に入ってくると思う?そんな奇特な奴なんていやしねぇよ」
 それから奏太は何事もなかったかのようにパソコンのキーボードを叩き出した。
「だからお前がせっかくの入部希望者を追い出したって聞いたときは目がくらむかと思うぐらい腹が立った」
 奏太の言葉に雄一郎は慌てて弁解した。
「違うって!あれは追い出したんじゃない。一番好きな映画は何だ?って聞いたら『タイタニック』とかふざけたこと答えやがるから、一から勉強しなおしてこいって意味で俺の秘蔵のコレクションの中からタルコフスキーのビデオを貸してやったんだ」
 雄一郎の言葉に奏太は思わず頭を抱えた。
「あのな、どういう映画が好きだろうが、そんなの個人の自由だろうが。『タイタニック』だろうが『恋空』だろうが『悪魔のいけにえ』だろうがどの映画が一番だと思おうがそれを他人からとやかく言われる筋合いはねぇよ」
「いや、でも『恋空』を一番だと思う奴は教育し直した方がいいと思うが・・・」
「それは物の例えだ、馬鹿っ!!第一、タルコフスキーなんて無理矢理貸し付けてどうすんだ?そんなの俺も見たことないぞ」
「何だと?お前、映画研究部に在籍しておきながらタルコフスキーを見たことがない?その言葉、聞き捨てならん」
「知るか!これだから嫌なんだよ、映画マニアのタルコフスキー第一主義は!!」
「貴様!撤回しろ、今の言葉、撤回しろ!!」
 狭い部室の中、二人が掴みかからんばかりにテーブル越しに身を乗り出したときだった。
 ガチャリと部室のドアが開いた。
 振り向いた二人はそこに天使を見た。


                        好評だったら続く。
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