アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

辺野古・県民投票の危険な落とし穴

2019年02月09日 | 沖縄・辺野古

    

 辺野古新基地建設の是非を問う沖縄県民投票(24日)まで半月となりました。私は今回の県民投票には賛成ではありません。辺野古新基地建設に反対する沖縄の圧倒的「民意」は、先の県知事選をはじめ度重なる選挙や県紙の世論調査で明確なうえ、今回の県民投票には原理的な問題があり、危険な落とし穴を伴うからです。

  実施が決まった以上、議論を深め、投票率を高めることが期待されますが、当初懸念していた危険な落とし穴はますます大きくなっていると言わねばなりません。

  問題は、「県民投票条例」(2018年10月31日公布、2019年1月29日修正)の第10条第2項です。
 「県民投票において、本件埋め立てに対する賛成の投票の数または反対の数のいずれか多い数が投票資格者の総数の4分の1に達したときは、知事はその結果を尊重しなければならない

 「修正」によってこの「賛成」「反対」に「どちらでもない」が加わりました。そこで、次の問題が発生します。

 ①    「賛成」が「反対」を上回ることはないとしても、「どちらでもない」が「反対」を上回る可能性はないとは言えません。「どちらでもない」とはどういう「民意」なのでしょうか? 玉城知事は「どちらでもない」という「民意」をどう「尊重」するのでしょうか?

 憲法学者の木村草太氏が、「玉城氏自身がそれ(「どちらでもない」)をどう受け止めるつもりかについて、声明を出しておくべきだろう」(3日付沖縄タイムス)と指摘するのは当然です。しかし、玉城氏は今日にいたるもその「声明」は出していません。

 ②    「投票資格者総数の4分の1」とは、絶対得票率25%ということです。たとえば昨年9月の県知事選の投票率は63%でしたから、仮に県民投票の投票率も同じ63%だとすると、3択のうち第1位が(どれになるにしても)39.7%以上の得票を得ないと該当するものがないということになります。3択が拮抗するとどれもその得票率に達しない可能性はないとは言えません。
 その場合、玉城氏はどうするのでしょうか。投票率が下がればさらに大きな得票率が必要になるのは言うまでもありません。

 ③    「反対」が第1位だとしても、「賛成」と「どちらでもない」を合わせると「反対」を上回る可能性があります。その場合、玉城氏は「民意」をどう解釈し、どういう姿勢をとるのでしょうか。

 選択肢に「どちらでもない」が加わったことにより、投票結果の解釈はきわめて複雑・困難になりました。

 しかし、根本的な問題は、そうした「可能性」の問題ではありません。結果はどうあろうと(「反対」が圧倒的多数であろうと)、「知事はその結果を尊重しなければならない」としていること自体(それがなければ県民投票の意味はありませんが)、原理的に誤っているということです。

 なぜなら、先の県知事選はいうまでもなく「辺野古新基地」の是非を最大争点としてたたかわれ、玉城氏は「絶対反対」を公約して知事に当選したからです。にもかかわらず県民投票の結果を「尊重する」とは、知事選の審判をいったん白紙にし、新たに県民投票の結果に従うということです。それは選挙公約の撤回(公約違反)、知事選の無化に等しいと言わねばなりません。
 県民投票の結果が知事選の結果を凌駕する(帳消しにする)ことなど、法的にも道理的にも認められるものではありません。

  ここに今回の県民投票のもつ根本的な問題があります。

 繰り返しますが、たとえ「反対」が圧倒的な多数という結果が出ても、この原理的な問題(誤り)は消えません。
 万一「反対」が「投票資格者の総数の4分の1」に達しなければ、玉城氏は知事選の最大公約が信任されなかったことになり、知事を辞任すべきだということになります。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする