アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

沖縄県民投票・「本土」がやるべきことは何か

2019年02月26日 | 沖縄・辺野古

     

 24日の沖縄県民投票の結果は、ほぼ予想通りです。そして、25日付各紙の論調(社説・論評)も予想通りです。「政府は工事を中断して沖縄と話し合え」「今度は本土が考える番だ」。

 議論はここで止まっています。これまでもこの繰り返しでした。これでは何も変わりません。安倍政権は「民意は尊重する」と厚顔無恥にも言いながら新基地建設を進める。沖縄では「また沖縄の民意は無視された」と失望(絶望)感が漂う。「本土」ではメディアも「市民」もまもなく関心は「沖縄」から「新天皇・新元号」へ移っていく。

 この壁を打ち破って、議論を前にすすめなければなりません。

 沖縄の「民意」が「これ以上沖縄に基地をつくることは許さない」であることはすでに明確です。それに対し安倍政権はこう“反論”します。「基地は日米同盟の抑止力にとって欠かせない。辺野古でなければ危険な普天間基地を固定化するのか。そうでないなら代案を示せ」。

 沖縄の基地に反対するなら、安倍政権の“反論”(居直り)に答える道は2つです。

 =確かに日米同盟は重要だ。ただ沖縄の基地負担は過重だ。だから基地は沖縄ではなく「本土」に造る(引き取る)べきだ(県外移設論)。

 =普天間基地は即時無条件に閉鎖・撤去し、それに代わる基地はどこにも造らせない。「軍事同盟による抑止力」がそもそも根本的な誤りだ。軍事同盟は平和への逆行以外の何ものでもない。日米軍事同盟(安保条約)は廃棄すべきだ。

 (このほか、Aに類するものとして、代替基地は日本以外に造るべきだとの意見=国外移設論もありますが、法的にも道義的にも論外でありここでは除きます)

 しかし、「本土」のメディアや国政野党は、AともBとも自分の見解(立場)を明らかにしていません。

 メディアや野党が「日米安保=軍事同盟支持」であることは明白です。その立場から「辺野古新基地に反対」するなら、「基地は本土で引き取る」と言うしかないのです。言うべきです。

 しかしメディアや野党、あるいは「本土市民」は、「本土の世論」を考慮して、あるいは自分の近くに基地ができるのを嫌い、「基地は本土へ」とは言わない。だから「話し合いを」で止まる。安倍政権に「対案を示せ」と言われても答えられない。本音を隠して「沖縄に寄り添う」ようにみせる。こんな欺瞞・偽善があるでしょうか。

 日米安保支持の立場に立ちながら、「辺野古では抑止力にならない」(一部の「外交問題グループ」や「識者」の主張)と言っても、それは無力(欺瞞)です。軍事同盟の当の米軍や日米政府が「いや、沖縄に必要なのだ」と言えばそれまでだからです。

 「沖縄の基地問題」「日本の基地問題」を解決する道は、Bしかありません。

 しかし県民投票翌日(25日)の各紙(「朝日」「毎日」「東京」)の社説や、「識者」のコメント(沖縄県紙も含め)の中で、日米安保条約の問題を指摘したものは皆無です。1つもありません。

 逆に、日米安保支持の「識者」からはこんなコメントがあります。
 「今回の県民投票で示された辺野古移設反対の民意は、沖縄全体の基地負担から見ればささやかな要望だ。それを無視することは、安保や米軍基地全体への反発につながりかねない」(野添文彬・沖縄国際大准教授、25日付朝日新聞)(翁長雄志前知事が生前何度も言っていたことです)

 この指摘は反面教師です。必要なのは「沖縄全体の基地負担」をなくすることであり、そのためには「安保や米軍基地全体」の是非を問い直さねばならないのです。

 繰り返します。本当に「今度は本土が考える番だ」と言うなら(思うなら)、やるべきことは日米軍事同盟=安保条約の是非を問い直すことです。