それにしても、今回の旅は天候に恵まれている。雨に当たったのは、3日前の午前中の霧雨だけ。このあと3日間の予定だが、雨予報はなし。
朝食を食べたので、やや遅めの7:30のスタートになった。今日はこれまでより国道や県道歩きが少なく、いかにも旧街道歩きといった変化に富んだ楽しい歩きだった。
2階をせり出した出梁造り、格子、入口の大戸と潜り戸、長く延びた軒の庇とそれを支える猿頭、袖壁など、江戸時代さながらの奈良井の町家の特徴を眺めながら、奈良井宿を抜ける。
やがて、鳥居峠への入口に到着。最初は石畳の道だったが、その上は古道の雰囲気を残している九十九折が続く昔のままの快適な山道だった。
宿を出て、55分で鳥居峠に到着。そこには、茶屋が復元されていた。途中にも中の茶屋跡に休憩できる建物が建っていた。
鳥居峠からの下りも、登りと同じ幅広の快適な道だった。
下りの途中から次の薮原宿を望む。このあと、九十九折の急坂を下り薮原宿へ。
薮原宿の手前には、尾張藩の御鷹匠役所跡碑があった。ここの鷹は鷹狩を好んだ将軍や大名に人気があったそうだ。
「薮原宿」は、江戸後期には宿内の8割近くが櫛に関わる仕事をしていたが、現在は数軒しかないという。見つけたのはこの画像の1軒だけだった。
「宮ノ越宿」は、木曽義仲にまつわる地名や建物が数多くあり、ロマン溢れる義仲の里といった宿場である。
この義仲館は、義仲の一生を展示しているが、三百名山巡りのときに中を観ているので、今回はパス。
堂々たる屋敷を構える本陣跡。
道沿いには、こんな可愛い田んぼも。
宮ノ越宿から3kmほどに立つ「中山道中間地点の碑」。「江戸、京都双方から六十七里二十二丁」と刻まれていた。ここまで約266kmを歩いてきたと思うと感慨深いものがある。
昼食はここで、宿でサービスでもらったおにぎりと地元のどんぐりクッキーで済ませた。
原野から小沢集落辺りにかけて、中央アルプスの山の木曾駒ヶ岳(中央)が見える。
こんな楽しそうな道も。このあと畑の中を通り、橋を渡って集落の中へ。
宿場の入口に巨大な関所門が建つ「福島宿」は、福島関所で栄えた宿場である。昔の宿場の雰囲気が残っていていろいろ見所が多かった。
番所が復元された福島関所資料館
七笑酒造の建物
上の段地区には、昔の宿場の家並みが残っている。
最後の上松宿に向かう途中に「御嶽遥拝所」があつたが、肝心の山は見えなかった。近くで仕事をしていた人に訊いたら、「昔は見えていたらしいが、手前の山の木が大きくなってみえなくなった。もう少し行けば見えるよ」とのことだった。
500mほど進んだら、国道ぞいにある道の駅の上に御嶽山が見えた。
上松宿が見えてきた。いよいよ今日のゴールは近い。
「上松宿」は、木曾檜の集散地として栄えた宿場で、「木1本 首一つ」と言われるほど厳しい管理が行われていたという。火事の多かったところで、今は約100mほどの町並みに出梁造りの古い民家が並び宿場の雰囲気を残している。
16:00、その街道沿いに建つ老舗旅館の田政旅館に到着。
ここは、日観連指定の宿で少し高いが、料理が美味しいとの評判だったのて楽しみだった。朴葉みその牛肉やヤマベやうなぎ、タケノコの煮物など、この地域ならではの食材でとても美味しかった。これまでで1番かも?
【歩数計】48076歩
【諸経費】アイス・クッキーほか670円、宿泊費+ビール10260円〈10930円〉
朝食を食べたので、やや遅めの7:30のスタートになった。今日はこれまでより国道や県道歩きが少なく、いかにも旧街道歩きといった変化に富んだ楽しい歩きだった。
2階をせり出した出梁造り、格子、入口の大戸と潜り戸、長く延びた軒の庇とそれを支える猿頭、袖壁など、江戸時代さながらの奈良井の町家の特徴を眺めながら、奈良井宿を抜ける。
やがて、鳥居峠への入口に到着。最初は石畳の道だったが、その上は古道の雰囲気を残している九十九折が続く昔のままの快適な山道だった。
宿を出て、55分で鳥居峠に到着。そこには、茶屋が復元されていた。途中にも中の茶屋跡に休憩できる建物が建っていた。
鳥居峠からの下りも、登りと同じ幅広の快適な道だった。
下りの途中から次の薮原宿を望む。このあと、九十九折の急坂を下り薮原宿へ。
薮原宿の手前には、尾張藩の御鷹匠役所跡碑があった。ここの鷹は鷹狩を好んだ将軍や大名に人気があったそうだ。
「薮原宿」は、江戸後期には宿内の8割近くが櫛に関わる仕事をしていたが、現在は数軒しかないという。見つけたのはこの画像の1軒だけだった。
「宮ノ越宿」は、木曽義仲にまつわる地名や建物が数多くあり、ロマン溢れる義仲の里といった宿場である。
この義仲館は、義仲の一生を展示しているが、三百名山巡りのときに中を観ているので、今回はパス。
堂々たる屋敷を構える本陣跡。
道沿いには、こんな可愛い田んぼも。
宮ノ越宿から3kmほどに立つ「中山道中間地点の碑」。「江戸、京都双方から六十七里二十二丁」と刻まれていた。ここまで約266kmを歩いてきたと思うと感慨深いものがある。
昼食はここで、宿でサービスでもらったおにぎりと地元のどんぐりクッキーで済ませた。
原野から小沢集落辺りにかけて、中央アルプスの山の木曾駒ヶ岳(中央)が見える。
こんな楽しそうな道も。このあと畑の中を通り、橋を渡って集落の中へ。
宿場の入口に巨大な関所門が建つ「福島宿」は、福島関所で栄えた宿場である。昔の宿場の雰囲気が残っていていろいろ見所が多かった。
番所が復元された福島関所資料館
七笑酒造の建物
上の段地区には、昔の宿場の家並みが残っている。
最後の上松宿に向かう途中に「御嶽遥拝所」があつたが、肝心の山は見えなかった。近くで仕事をしていた人に訊いたら、「昔は見えていたらしいが、手前の山の木が大きくなってみえなくなった。もう少し行けば見えるよ」とのことだった。
500mほど進んだら、国道ぞいにある道の駅の上に御嶽山が見えた。
上松宿が見えてきた。いよいよ今日のゴールは近い。
「上松宿」は、木曾檜の集散地として栄えた宿場で、「木1本 首一つ」と言われるほど厳しい管理が行われていたという。火事の多かったところで、今は約100mほどの町並みに出梁造りの古い民家が並び宿場の雰囲気を残している。
16:00、その街道沿いに建つ老舗旅館の田政旅館に到着。
ここは、日観連指定の宿で少し高いが、料理が美味しいとの評判だったのて楽しみだった。朴葉みその牛肉やヤマベやうなぎ、タケノコの煮物など、この地域ならではの食材でとても美味しかった。これまでで1番かも?
【歩数計】48076歩
【諸経費】アイス・クッキーほか670円、宿泊費+ビール10260円〈10930円〉
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