今年は、2月に始まった新型コロナに振り回された1年であった。そんな中、1日も欠かさず書き続けて来たブログを見直しながら、この1年を振り返ってみた。
いろいろ、制約と気遣いの多い「あずましくない1年」であった。しかし、その中でも、自分的には、密を避けながらの単独行動の強みを発揮したアウトドア活動を中心とした「やりたいこと三昧」の1年を過ごすことができた。いつものことながら、我ながらもよく遊んだものだと感心するとともに、それができる環境に改めて感謝したい。
趣味の中心となっている登山だが、今年の山行日数は58日に終わった。退職後最少である。退職後10年は、山だけで100日を超えたものである。最近は、フットパス歩きと旧街道歩き旅を加えて100日を目標にしてきたが、今年は95日にしかならなかった。これも退職後初めてである。すべて、新型コロナの影響が大きい。
そんな中でも、今年も多くの新たな出会いや感動に満ちた、若い頃からの座右の銘である「挑戦と感謝」の1年を過ごすことができたと思っている。
そんな中から、今年の締めくくりとして、例年通り、特に感動の大きかったことを時系列に沿って10個選び出して、「10大感動」としてまとめてみた。
◎雪不足で中止が相次いだクロカンスキー大会(1~2月)
例年、連続出場している5つのクロカンスキー大会だが、全道的な雪不足のせいで、2月の「札幌国際」「恵庭」「湧別原野オホーツク」の3大会が中止となった。
参加できたのは、1月の「HBCハウス」、「おおたき国際」、そして、急遽申し込んだ「美瑛宮様」だけであった。
今季は、新型コロナの影響で、道内のすべての大会が、すでに中止を決めている。したがって、昨季中止となった大会は2年連続中止となる。
◎新型コロナに振り回された1年(2月~12月)
これは、北海道の感染者数の統計グラフである。
2月からは、予定されていた、自分に関わりのあるいろいろな会合や行事やイベント等、ことごとく中止となって、今日を迎えている。
中でも、一番辛いのは、いろいろな会合が中止となったために、多くの人との出会う機会がなくなったことである。毎年お盆に会っている札幌の孫たちにも会えなかった。
特に、10/3に予定して案内状も発送した、「恩師の米寿と我々の喜寿の祝いを兼ねた旧大野中学校昭和34年卒同期会」の中止は痛かった。
あと、10/16に依頼されていた、札幌の「かでる2・7」の「道民ガレッジ ほっかいどう学かでる講座」の講演は、オンライン開催となった。スタジオでわずか3人の事務局関係者の前で話すだけで、それがyoutube配信となった。せっかくの初の全道レベルの講演だっただけに残念であった。
来年は、なんとか収まって、昨年までの日常が戻ってほしいものである。
◎「札幌50峰」完登(2月~3月)
昨年から意識した「札幌50峰完登」だが、今年は、残りの登山道のない6座を積雪期に登り終え、「股下山」で完登することができた。
◎これまでで最も多かったMTBでのヒルクライムやロングポタリング(3月~10月)
昨年の「函館マラソン」で、マラソンの大会出場を卒業したら、日常的にも全然走る気にもならなくなった。その分を補うこともあり、購入後20年となるMTB(マウンテンバイク)での、ヒルクライムやロングポタリングに多く取り組んだ。
改めて数えてみたら、城岱スカイラインヒルクライム5回(内2回は大沼湖畔周回へ)、きじひき高原ヒルクライム2回、平野部や函館市内、汐首山登山口往復、木古内往復などのポタリング6回と合計13回となった。距離は、28km~66kmであった。
◎恵山遭難「佐藤晶君」の山仲間での捜索活動(5月~6月)
5/16に恵山で行方不明となった高校生佐藤晶君だが、10日以上延べ600名もの道警、消防、自衛隊の懸命な捜索にも関わらず、発見の手がかりさえも見つけられなかった。新型コロナの関係で、民間への捜索協力の声は掛からなかった。
しかし、公的な捜索で見つからなかった場合の、山仲間での自主的な捜索も視野に入れて、その捜索活動の様子をも偵察に出掛けていた。
2014年の毛無山で行方不明となった故斎藤博敏さんの自主的な山仲間での捜索活動同様、鎌鹿さんから声が掛かり、鎌鹿さんが事務局長で、自分が捜索隊長としての体制を生かした山仲間への呼びかけが始まった。たまたま、今回は、2005年に発足していた「新日本百名山恵山を登る会」(代表・自分、事務局長・鎌鹿)としての活動となったので好都合だった。
公的な捜索活動が終わった段階で、6/7(日)をその捜索日に設定し、許可申請と情報提供を求めて中央警察署へ出かけた。
結局、捜索範囲を、3回のヘリコプターからも見えなかったということや公的な捜索範囲を勘案して、可能性の一番強いところとして、あまり手の入らなかった椴法華側の東斜面の樹林帯に設定した。
その後、メンバーの募集、3回の下見や偵察、実施計画の策定、そして、当日の捜索・・・発見には至らなかったことで、まだ、スッキリしない部分も残るが、自分としては、十分やりとげたという満足感が大きかった。
当日は、捜索本部詰めと捜索隊員を含め、60名にもなった。中でも、札幌方面から、自分の山仲間たちが10数名も駆け付けてくれたのは、非常にうれしかった。また、報道関係も新聞社だけでなくTV放送局も来て、大袈裟な1日となった。
予想以上の複雑な地形の中、懸命の捜索にも関わらず、手がかりすら得ることができずに終わった。その後は、どこを捜してよいのか見当もつかずに、それで終わっている。しかし、発見できなかった悔しさもあるが、手弁当で参加してくださった方々への感激や感謝の気持ちの方が勝っている。
その後、3紙の新聞だけでなく、2局のTV放送もあったりで、あちこちから多くの反響をいただいた。
◎根釧方面のフットパスをメインとした10日間の旅行(6月)
6/21~30の10日間、以前から考えていた、湿原の花のきれいな時期の根釧地方のフットパス歩きを中心とした旅行を楽しんだ。
「釧路湿原巡り」「釧路町の難解地名巡り」「霧多布湿原探訪・半島歩き」「落石岬パス」「浜松パス」「根室フットパス(別当賀・初田牛・厚床)」「根室市古建築巡り」「春国岱と根室半島チャシ群」「野付半島」「知床巡り」「東オホーツク名称巡り」などを楽しむことができた。
◎同じエクストレイルの中古車への乗り換え(7~8月)
前のエクストレイルは11年で30万kmも走った。車検で、52万円の見積もりが出たので、びっくりして、乗り換えることにした。以前から、もしダメになったら、同じ年式のエクストレイルに乗り換えようと決めていた。
そのことをディーラーの自分の担当者に相談したら、「融雪剤の上を走っていない、走行距離の短い、本州の車を探してあげる」ということで、お任せした。
納車までにひと月ほど掛かり、代車生活も長かったが、8/5にわずか8.7kmしか走っていない神奈川県の車が届いた。しかも、前の車の1年後の車で、フロントグリルなどはモデルチェンジされている上に、グレードの高い車だった。前に車にはないいろいろな装置が付いているし、傷も凹みもない、自分にとっては新車同然の車だった。その後も、快適に走っていて、まもなく10万kmに届こうとしている。
◎「東北百名山巡り」(8月)
昨年に引き続き、すでに79山登っていた「東北百名山」巡りへ出掛けた。8/12~29の18日間で、14山登ることができ、完登まで、残り18山となった。
下山すると連日30℃越えの酷暑だったが、早朝の涼しい内の行動で、下山後は、エアコンの効いた場所で過ごすようにした。日本三百名山に選ばれている山や目立つ山はすでに登っていたので、物足りない感じの山が多かった感は否めない。しかし、それなりに新ピークの新鮮さと、知らない土地の旅を満喫することができた。また、鳥海山と月山の再訪は、やはり日本百名山ならではの魅力を満喫でき、低山続きのうっぷん晴らしの効果もあった。
◎大雪・道東の紅葉登山
本来は大雪山系の紅葉登山が目的だったが、紅葉が大幅に遅れていて、1週間ほど知床方面へ移動して、再び大雪山系に戻った。
「裾合平~中岳温泉~中岳~北鎮岳~比布岳~安足間岳~当麻岳~当麻乗越」、3回目の「斜里岳(初めての三井コース)」、4回目の「羅臼岳」、「黒岳~北海岳~白雲岳~赤岳~銀泉台」、14年ぶりに復活した「松仙園コース~沼の平~当麻乗越」を登ることができたが、どこも紅葉は不作だった。
天候に恵まれずに停滞日が多かったが、「旭川の博物館や公園や古い建物を歴史探訪」、「網走監獄や網走・小清水観光」、「清里町フットパス」、「知床五湖巡り」などを楽しむことができた。
◎京街道・山陽道歩き旅~旧街道歩きで本州縦断踏破なる
11/12に大阪まで飛んで、2日間で京街道(京都~大阪)を歩き、22日間で山陽道(大阪~下関)を歩くことができ、これで、旧街道歩きで、本州縦断(津軽三厩~下関)が完遂した。
天候に恵まれて、雨に降られたのはわずか1日のみで、それもときどきの弱い雨で、折り畳み傘だけで済んだ。
スタートするころから、新型コロナ感染の第三波が急カーブを描き始めていた。しかし、GoToトラベルキャンペーンも行われていたし、特に歩き旅は1ヶ所に長くとどまることもなく常に外を移動している。3密を避けて、自己防衛に努めれば、それほど感染リスクが高くないだろうと決断した。
神経をすり減らして現場対応をされている医療関係者や感染患者には申し訳ないが、何よりうれしかったのは、宿のGoToキャンペーン割引だった。じゃらんを通して予約すれば、35%割引の上に、地域クーポン券(1000円)が付いてくることだった。常に安い宿ばかり選んだ上でのそのキャンペーンは非常に助かった。お陰で、これまでの歩き旅で最も安上がりだったし、食事代も助かった。
以上で、10大感動のピックアップは終了であるが、来る新年は、なんとか新型コロナが終息して、明るい展望の開けた1年になってほしいものである。
今年も、拙ブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。心より感謝申し上げます。