癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

海向山トレイルラン

2011年10月30日 | 登山・旅行
 クロカンスキー仲間でもある函館トライアスロンクラブのメンバーとホテル恵風から海向山までのトレイルランを楽しんできた。
 
 9人参加したが、ラン組5名と故障者を含めたトレッキング組4名に別れてスタート。自分は付いていけるところまでとラン組に入ったが、足元が危ないのでゆっくりペースなのと、登りはほとんど歩きなので、結局最後まで一緒に走ることができた。
 
         
       他のメンバーは、トライアスリートばかりだが、ゆっくりペースで走る。

        
         登りは急ぎ足で登る。

        
 1時間30分で頂上到着。下り始めたら雨が降ってきた。予定では、恵山にも登る予定だったが、そのまま下った。                     
      
        
       不気味な溶岩の間も快調に走りぬけて・・・。 

        
 この椴法華コース最高の紅葉ポイントは、雨で濡れたせいか、登りのときより鮮やかさが増していた。
 
 十三曲りを下り終えたら、賽の河原まで往復したトレッキング組に追い付いて、一緒に歩いてゴール。温泉にゆっくり入って、昼食を摂って解散したら、雨が止んでいた・・・。

 もっと多くの画像と詳しい記録は、下記親サイトからどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com       
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目白押しの周年記念

2011年10月29日 | 日常生活・つぶやき
 今年から来年に掛けて、なぜか自分の関係している、あるいは関係していた職場や団体の周年記念事業が5つも集中している。当然、記念誌の原稿依頼や記念式典・祝賀会が目白押し・・・。 

 その皮切りとなった本日、最後の職場の創立130周年記念式典・集会(午前)と祝賀会(夜)に招かれて出席した。このブログに自分の前歴がばれるような記事は初めてアップ・・・かな?

      
 退職後は、学校現場へ足を運ぶことはほとんどなくなってしまった。今日の式典・集会では、130年の歴史を画像と子供たちの呼びかけや歌で演出していたが、しばらく振りに見る子供たちの元気な姿に感動し、現職時代を懐かしく思い出した。

      
 祝賀会では、 おこがましく感謝状までいただき、代表で謝辞まで述べさせられた。この職場に赴任したのが10年前で、創立120周年記念事業に取り組んだことを思い出しながら、7年ぶりに当時の職員や関係者と久しぶりの旧交を温めることができた。


 今日のほかに、現在会長職にある函館スキー指導員会と副会長職の北海道スキー指導協会は、ともに創立60周年。現職の頃、会長を務めた研究会が創立20周年と副会長を務めた別の研究会が創立60周年・・・。

        
 とりあえず現在責任のある函館スキー指導員会では、シーズンインを前に取り組んでいるのが、機関誌『シー・ハイル』の60周年記念特集号の編集と記念品の作成。全会員に配布する記念品は、今人気のオリジナルのマフラータオル(20cm×110cm)を選んだ。そのデザインは暇な自分が3通り考えて役員に選んでもらったが、その中で圧倒的な支持を得て、昨日業者に600枚発注したのが上記である。そのできばえに自己満足してはいるのだが、果たして喜んでもらえるかどうか・・・?         
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ようやく退院・・・

2011年10月29日 | 日常生活・つぶやき
・・・とは言っても自分ではない・・・10/8に鹿がぶつかってきて大怪我をして、10/11に入院した我が愛車X-TRAIL君である。

 実に、12日間も入院していたことになる。取り替えたり、付け替えたり、へこみを直したりの修理部分は、アンダーサイドミラー、左側のフェンダー、左側前のドアパネルと後のドアパネル・・・左半身新車になって戻ってきたみたい。 

 占めて35万円なり・・・車両保険のお陰で助かった・・・初めて入ったこの保険にこの3年間で2回も助けられている。年間5万円強の保険料は高いと思ったが、一昨年、軽井沢で割ったリアウィンドウの交換と今回で3倍近くになって戻ってきたことになる。車を取りに行ったら担当のセールスもいたので、保険を勧めてくれたお礼を言った来た。 

 ぶつかって来た鹿はどうなったのか少々心配ではあるが、保険の必要ない自然治癒力で回復し、元気に過ごしてくれていることを祈るのみ・・・。それにしても、鹿増え過ぎ!もう一度・・・「鹿を見たら、ぶつかると思え!」 
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大沼トンネル上の旧道と峠下台場山

2011年10月27日 | 登山・旅行
 先日大沼旧道を通ってみて新たに気になったのが、地形図に載っている大沼トンネルの上を通っている旧道だ。実は、高校生の頃、列車の窓から、この道をバスが走っているのを見た記憶があり、このトンネルの上の道をずっと大沼旧道だと思っていたからだ。

 そこで、今日は、大沼旧道の峠下側の入口に車をデポし、300mほど進んだところから分かれるトンネルの上を通るこの旧道を歩いてみた。そして、江戸時代峠下と大沼を結ぶ古峠経由の古道と合流してから峠下台場山に登り、峠下側へ周回して、再び古峠の道を歩いて、小沼湖畔へ出た。その後、トンネルを潜って、車のデポ地点まで戻った。

 道南の古道や旧道のオーソリティであるも~さんによると、現在地元の人が「古峠」と呼んでいるこの峠は、江戸時代の文献によると「大峠」や「長坂峠」と呼ばれていたとのこと。

        
 トンネルの上を通る旧道は、今では車で通ることは不可能だが、道路自体は両側が笹で覆われてはいるが、車がすれ違うことのできるほど幅が広く、法面もしっかりと造られていた。これは林道ではなく、明らかに車道だったと確信した。
 つまり、車で森方面へは行くには、じゅんさい沼へ抜ける大沼旧道を利用して、大沼公園や鹿部方面へは、この旧道を通ったに違いない・・・と思って、帰宅したら、子供の頃、隣に住んでいたみきちゃん(七飯のこなひき小屋と函館のpain屋の親方)から「大野から鹿部に引っ越したときに、このトンネルの上の道路を通りました。その後、バスも通っていました。」とのコメントが入っていた。期せずして、グッドタイミングで裏付けが取れた。

        
 左が台場山への登山道で。右が明治5年に札幌本道(大沼旧道)ができるまで、歩かれていた峠下から古峠経由の古道・・・松浦武四郎もこの道を通っているが、鷲の木に上陸した幕府軍の大鳥圭介隊もこの道を通り、峠下へ下ったところで(現在の七飯発電所の近く)待ち伏せていた新政府軍と戦い、箱館戦争の火蓋が切られた地となった。七飯発電所の東側にその戦死者の墓地や「戊辰役勃発之地」の碑も建っている。

        
 峠下台場跡~旧幕府軍が森・大沼方面からの侵攻に備え、わずか3日で築いたとのこと。
 前回は峠下側から登って、周回して峠下側へ下ったので、今回は、トンネル上の道の途中の大沼側から登って、同じように周回して大沼側へ下った。
 
        
          台場山から峠下側の登山道を少し下った地点にある絶景ポイント 

        
          台場山から下りて七飯林道へ抜けた地点から眺める函館山

        
 跨線橋の根元で国道へ抜けた地点から眺めた駒ヶ岳・・・この後、トンネルを潜ってスタート地点へ戻った。所要時間2時間。 

 この後、紅葉狙いで、大沼公園へ向かったが、今年の紅葉はあまりきれいでなかった。 昨年の今日の「初冠雪の駒ヶ岳と大沼の紅葉」の方がずっときれいだった。
 http://blog.goo.ne.jp/sakag8/e/cda425e9d831cd83ada5789566ec99c0  
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大沼旧道

2011年10月26日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
             

 先日、盤石岳の帰りに、以前から気になっていた通称・大沼旧道を通ってみた。この道は、明治5年に無沢峠が開削されて札幌本道として開通してから、昭和39年の大沼トンネルが開通するまで国道5号線だった道路である。ちなみに、この道ができるまでは、現在の七飯発電所の横から古峠(峠下台場山の裾)を通って大沼に抜けていた。

 この道は、地形図には掲載されてはいるが、すでに廃道になっていると思っていた。「いつかは歩いてみよう」との想いはあったが、まさか車で走れるとは思わなかった・・・。先日、いつもお世話になっている「黒ウサギ的こころ」で、今でも車で走行できることを知ったのがきっかけである。
             
       
 八雲からの帰りなので、国道5号線から蓴菜沼の方へ入る。そこには、明治14年の北海道巡行の際の「明治天皇蓴菜沼小休所」の碑と当時ここにあった宮崎旅館の写真とその碑の説明板が設置されている。

       
 そこから続く未舗装の道へと進む。予想に反して、日常的に走られているような快適な道である。

       
 無沢峠付近まで登っていくと、左側に「明治天皇御野立之地」の碑と説明板が立っていて、その囲いにペンキ塗りをしている人たちがいた。
 宮崎旅館を発った明治天皇は、この無沢峠山頂で休憩をとられ、駒ヶ岳、大沼、小沼の景観を堪能されらしい。
 しかし、その景観は全くないので、ペンキ塗りをしている人に聞いたら、「この石碑はもっと上の方にあって、当時の道も上の方を通っていたらしいので、そこからは見えたのでは?」とのことだった。説明板によると、この碑も、昭和15年に建立されたが、その後所在不明になっていて、平成15年に発見されて、現在地へ移設されたようだ。

 ペンキ塗りの人に「この道、初めて走ってみたけど、こんなに良い道路だったとは思いませんでした」と話したら、今でも「駒ヶ岳噴火に備えての災害道路になっているし、林道としても利用されている」とのこと・・・納得!

       
            峠から下っていくと、砕石が敷かれてしっかりと整備されていた。

       
             こんなきれいなウルシの紅葉も・・・。
       
       
 峠下側から国道5号線に合流する地点には、確かに「町道仁山3号線(災害道路)→」と書かれた看板が設置されていた。

 約5kmの道だが、思いがけなく走りやすい道路で、この道の歴史も触れることができて満足だった・・・・。それにしても、大沼トンネル工事が行われていた頃、直ぐ下の峠下に住んでいたのだが、その工事のことも記憶にないし、トンネルができるまではバスも通っていたはずだが、大沼以北へ行くときは列車しか利用していなかったので、通ったこともなかったのであろう。

 今度は、無沢峠を挟んで送電線の下に存在する358ポコと三角点のある346.7ポコに、送電線の管理道を利用して登ってみたい。多分、木が混んでなければそこから明治天皇が眺めたという景観が得られるかも知れないし、当時の札幌本道の旧道部分も見つかるかも知れない?さらに、峠下側の入口の少し先からトンネルの上を通って古峠へ繋がっている林道跡(地形図に載っている)も残っているので、そこも歩いてみたいと思っている・・・。
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東雲町、大手町、若松町巡り

2011年10月24日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
 10/21の「第69回箱館歴史散歩の会」(主宰・中尾仁彦氏)は、これまでの西部地区とは違って、十字街から函館駅付近までの「東雲町、大手町、若松町巡り」だった。

 西部地区に比べて、歴史的にちょっと新しい明治以降に発展した地域で、当時の建物が残っているところは少ないが、港に近い地域には、旧函館区役所、郵便局、巨大な倉庫、そして、青函連絡船の桟橋など。函館市役所付近には、昔マッチ工場、刑務所、火力発電所などの公共的施設が存在するなど函館の発展に大きく貢献した地域である。

 コースは、いつも通り函館市地域交流まちづくりセンターをスタートして、明治館→豊川稲荷神社→函館区役所跡→朝市→摩周丸資料館→函館駅前→函館電灯所跡→消防本部(北海道最初のマッチ工場跡・刑務所跡・アーレンフォックッス号)だった。

○郵便局(現在のはこだて明治館)<トップ画像>
 函館郵便局の歴史は古く、1872(明治5)年の開拓使郵便局開設までさかのぼる。1907(明治40)年建設のこの建物は、左が電話局、中央が郵便局、右が電信局だった。外側の煉瓦は本州製で、中は函館製だそうだ。
 1961(昭和36)年に民間に払い下げられ、倉庫として使用。その後1983(昭和58)年に地元の工芸家共同組合「クラフトマンユニオン」が中心となり、「ユニオンスクエア」として開館、現在は「明治館」と改称。

○旧安田倉庫跡(現在のホテルラビスタベイ函館)
 開拓使が備蓄米のために建築したレンガ造りの「函館常備倉」で、函館区に譲渡された後に民間に払いさげられ、実業家の安田善次郎が落札して「安田倉庫」となった。
 「ホテルラビスタベイ函館」の外壁の一部には、旧レンガ倉庫の壁を保存活用したり、運河の荷揚げに利用した扉を再生利用している。

         
○豊川稲荷神社
 文久元年5月町内の守護として創建されたことに始まる。現在の社殿は昭和15年建立だが、それまでに4回の大火で類焼している。
 この辺りは、昔の埋め立て地で、3島6橋で繋がっていた。この場所は新築島と呼ばれていた。商売繁盛の神様で、魚市場や蓬莱町の見番芸者などが奉納した石灯籠などがある。

         
○旧函館区役所
 現在の豊川町23番地一帯にあった。明治35年に相馬鉄平が土地を寄付し、この場所に立てられた。大火に焼けないで残っていたら素晴らしい建物だったろう。

        
○一井の土蔵(現・喫茶店LEAVES HAKODATE)
 明治45年建設といわれている。当時は、ここは運河で、港から船が横付けしていたらしい。今は、最近オープンしたらしい洒落たcafeとして再利用されている。若い女性に人気があるらしい。

○函館朝市
 戦後昭和20年に駅前広場の片隅で農作物や魚類、雑貨などを持ち寄って始まった。その後、今のヴィクトリアの付近、NTTの付近と移り、昭和31年に現在地に移る。当時の面積は600坪だったが、現在は1万坪。

        
○摩周丸資料館
 1988年3月13日の青函連絡船最後の日まで運航していた摩周丸を産業遺産として保存・公開。操舵室(船橋)・無線通信室が当時のまま残り見学できるほか、青函連絡船の歴史やしくみ等が、パネル・模型・映像で学べる。
 我々世代のこの日の参加者のほとんどは、それぞれ人生の思い出と重ねて懐かしく見学できる。

○函館駅前
 現在の駅舎は5代目。配付資料に駅前広場の古い写真が数枚あり、懐かしく思い出すことができた。その中に大正年代に今の北洋ビルの所に建っていた木造3階建ての大きな丸南本店の写真があった。当時の函館のそば屋でもっとも繁盛したそば屋で支店が20軒以上もあったらしい。

○函館電灯所跡(火力発電所)(現在の日銀の横の東雲町変電所)
 函館に電気が通ったのは、明治29年で、札幌、小樽に次いで3番目。当時の発電所は石炭による蒸気発電だった。明治39年でも電気を引いていたのはわずか600戸。明治41年に大沼発電所ができて、一気に広がり、大正2年に電車が走った。

        
○水天宮
 寛政2年、高田屋嘉兵衛が兵庫において航海を業とする際、久留米の水天宮より航海の守護神として分祀を願い出、文化9年箱館に奉斎した。同11現東川町の海岸寄りに社殿を建てる。天保年間高田屋の衰微と共に管掌する者がなく過していたが、明治21年、東川町の有志及び東雲町町民が相計らい、現在地に氏神として奉遷した。境内に、五稜郭戦争のときの大砲が祀られているが、何の説明板もない。 

○函館刑務所跡(現在の消防本部付近)
 この場所にあった明治11年頃の懲役場の写真が残っている。

○北海道最初のマッチ工場跡(現在の消防本部付近)
 明治7年 函館懲役場で囚人であった玉林治右衛門がマッチの製造を試み、燐を製出。明治14年に市役所が、この場所にマッチ工場を建てて製造を開始。玉林は明治13年に仮釈放になり、その工場の責任者?になった。

        

○米国製大型ポンプ車「ア-レンス・フォックス号」(消防本部に展示)
 函館の消防自動車の歴史は大正8、全国にさきがけて函館区民の寄付金2万8千円で購入したアメリカ製の「アーレンスフォックス」号から始まった。全部で3台購入したが、3台目相馬哲平の寄付により、相馬号と呼ばれた。東洋一といわれ、その高性能を誇ったらしい。当時でも時速100kmで走れたとのこと。
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雨でも楽し!薮山オフミ

2011年10月23日 | 登山・旅行
 昨日、袴腰山下山後、今年で9年目の薮山オフミの集合場所へ。参加申し込みは20名ほどいたが、生憎の天気予報で、一気に参加者が減り10名だけだった・・・しかし、最後ということもあり、この悪天候でも、最初からの顔ぶれは全員揃っていた。北見、名寄、旭川、札幌、安平、函館と道内あちこちから集まり、こじんまりとした人数でこのオフミの原点に戻ったような感じだった。

        
 2時過ぎに着いたら、ほとんど揃っていて、幹事役の札幌メンバーの手によって、雨の中にも関わらず、焚き火も用意されていた。しかし、その後、雨が降り出し、焚き火を囲んでというわけにはいかなった。

        
 どんどん雨脚が強くなったところへ、柱付きのフライシート持参のメンバーが到着し、バーベキューパーティ開始。
 いつもは、人数が多くて、バーベキューも交流も、焚き火の周りや付近での分散会になりがちだったが、今回は、雨と少人数だったことが幸いして、全員で交流が弾んだ。
 ところが、強い雨が続き、川が増水して来て、溜まりに冷やしておいた缶ビールが流れ出した。慌てて拾いに駆け付けたが、間に合わず数本は流れてしまった。
 そうこうしているうちにバーベキューをしている足元にも川の水が浸水してきた。不安になったので、安全な場所に移動・・・・。

        
 場所を変えて再開・・・いつもギターを抱えて参加するOさんと手作りの歌集を人数分持参してくれるこの会の創始者であるYoさんお陰で、みんなで歌を歌うという青春時代を彷彿とさせるパターンはこの会ならではである。
 22時頃には、テントで寝るつもりだった人も、テントを撤収したので、雨を凌いで、全員車中泊となった。

        
 朝起きたら、雨が上がっていた。しかし、まだ降りそうなので、予定の山(二観別岳・本二観)を変更し、短時間で登れる天狗岳(666m)へ向かうことにして、記念撮影。
 
        
 地図にない林道をかなり奧まで入ることができて、スタートする頃になったら雨が降ってくる。全員カッパに身を包み、南西尾根に絡む急な作業道跡を登っていく。しかし、どんどん雨脚が強くなってくる。45分ほど登って、尾根に取り付く地点で断念し、撤退することに・・・。

 結局、この2日間で山に登れたのは、前日袴腰山に登った自分だけだった。アポイ山荘の温泉に入って正午には解散し、それぞれ帰路に就いた・・・自分は、19:30に無事帰宅。

        
 今日登るはずだった天狗岳・・・昨日の袴腰山への途中から撮影。
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袴腰山(872m)〈様似町〉

2011年10月22日 | 登山・旅行
        〈650m付近から頂上を望む・・・この山も名前通りの台形の形をしている〉

 年1回の薮山愛好家の集まりが、今年は様似町の山中で開催される。夕方に集まって、焚火を囲んで交流し、翌日は薮山登山のパターンである。今年で9回目だが、諸般の事情で今年が最後になるかも知れない・・・ということで、みんなの顔も見たいし、天気予報はずっと雨絡みだが、参加することにして、昨日の内に三石の道の駅まで走った。

 今日は午前中は雨が降らなさそうなので、集合場所の手前から登れる袴腰山へ一人で登った。アポイ岳の南側にある山だ。

 道内に「袴腰」の付くやまが5山あり、そのうち4山が我が道南にあり、全て登っている。これで、道内の袴腰山と袴腰岳は全部踏破したことになる。

 詳しくは、帰宅後にアップするが、この襟裳岬に近い山は、全て藪が薄いので、非常に登りやすいのが特徴だ。とくに今日のこの山は、下はミヤコザサや下草の枯れてしまった裸地だけでどこでも歩けそうな感じだった。むしろ、薮漕ぎはほとんどなく、600~700付近の倒木跨ぎ・潜りの方がきつかった・・・。

 往復5時間強だったが、下山したら雨が降って来た。一度町に出て、買い物をして、これから集合場所へ向かうが、本降りの雨の中どうなるのだろう?

         
         
                   ニカンベツ林道の紅葉
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紅葉探訪ジョグ~笹流ダムへ

2011年10月20日 | 花・紅葉だより
 そろそろ平地にも紅葉が降りてきた。函館市内や郊外でも紅葉の名所はたくさんある。
 
 全道的に爽やかな秋晴れが広がった本日だが、午前中は、昨日の盤石岳のHPへのアップ作業に費やした。午後になって、天気がもったいないので、笹流ダムまでのジョグでイタヤカエデの紅葉探訪をしてきた。

ただし、今年の紅葉は、近くで見ると、あちこちの山で目にしたように、葉っぱがみずみずしくなく、先や縁が丸まったような、枯れかかったような感じのものが多いような気がする。

 しかし、それなりのみごとな紅葉に癒やされて、往復11kmほどだだったが走り続けることができた。お陰でビールが美味い!

 今後も、距離は長くなるが、香雪園、函館公園、四季の杜、中野ダム公園などの紅葉探訪ジョグを続けようと思っている・・・。

      

          
           ダム公園の噴水と紅葉

          
           青空と紅葉を映すダムの水面・・・奧は雁皮山~蝦夷松山             
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磐石づくし

2011年10月19日 | 登山・旅行
 爽やかな秋晴れの下、八雲町落部地区奧にある盤石岳林道を走り、磐石岳(トップ画像)に登り、盤石温泉に入って、磐石づくし3点セットを楽しんできた。なぜか、山とトンネル名は「磐石」で、林道と温泉は「盤石」となっていた。地図に掲載されている山名に由来するのなら、「磐石」で統一すべきだとは思うが・・・。

 きっかけは、「盤石岳林道」がずっと車で走れれば、林道から西面直登沢を詰めて、磐石岳に簡単に登頂できそうな最短ルート(沿面距離700m、標高差180m)が採れそうなことだった。

○広域基幹林道「盤石岳線」
         
 初めて走ったこの林道は、八雲厚沢部線の銀婚湯の少し手前から蕨野まで、磐石岳の南側から西側の山腹を縦断する11.8 kmの林道である。広域基幹林道としてお金を掛けて造られたのに整備が行き届いていないことと、道南唯一トンネルのある林道(道内でも2つしかないらしい)として有名ならしい。しかし、道はしっかりしていて、代車のセダンの車でも快適に走れた。

         
 1984年10月完成の延長405m、幅5mの立派な「磐石岳トンネル」。ひと月に何台の車が通るか分からない林道にはそぐわない感じで、トンネルの中も27年も経っているとは思えないほどきれいだった。

○磐石岳(496.4m)
        
 落部川側の南東面に急斜面を巡らせた500m弱の山だが、登山道はない。09年1月下旬に4人で雪に覆われた細い南東尾根を苦労して登ってはいるが、今回は、林道から最短で登れる西面直登沢から単独でトライしてみた。水流もほとんどなく、源頭からの薮も濃くなく、30分で頂上南側のコルに出た。その南尾根に新しい刈り払い道ができていて、頂上もきれいに刈り払われていたのにびっくり。
 
       
 頂上からは、駒ヶ岳を初め、落部市街地や狗神岳~乙部岳方面の山々が、眼下には銀婚湯も見えた。
   
       
 当初は、登った沢を下るつもりだったが、南尾根の刈り払いは、トンネルを抜けて直ぐの送電線下の管理道と繋がっているはずとの思いで、その刈り払い道を辿った。案の定、送電線下の管理道と繋がっていた。その下りからは、砂蘭部岳と横岳が見えた。登山道もどきの刈り払い道のお陰で、思わぬ楽勝の循環縦走ができた。林道歩きもわずか10分で、トータル1時間半弱の快適な登山を楽しむことができた。

○盤石温泉
        
 〆は、盤石林道に入って750mほどの人家の切れた辺りにある無人で無料のまさに秘湯。橋を渡ったところにこじんまりとした手作り風の建物。左側が脱衣場で、右側が浴室。管理者は函館の焼肉店梁山泊らしい。

        
        
 4人で満杯になりそうな湯船。調整なしの源泉掛け流しで、熱くもなく温くもなく、のんびり入って入れそうな絶妙な湯温がうれしい。舐めてみたら、しょっぱくて、ちょっと鉄分の味がした。

 私の入浴姿より、もっとうれしいウハウハ状態の動画を見つけたので、どうぞ!  
 http://www.youtube.com/watch?v=h0UN29nXcog&feature=player_embedded#!

★詳しい山行記録は、親サイト「一人歩きの北海道山紀行」からどうぞ!(アップ完了)
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GPS新調

2011年10月18日 | 登山・旅行
 <新しく購入したGPS(左)とこれまで9年使ってきたGPS(左)・・・共に、GARMIN eTrec Venture 日本版>

 これまでのものは、2002年秋、日本語バージョンが売り出されたときに、通販で39,800円で購入したものである。当時は、道内の登山道のある山はほとんど登り尽くし、雪山や薮山へと足を延ばし始めていたころである。一人歩きが基本の自分にとって、不安感を少しでも減らせるものであればと購入した・・・・。以来、地形図に登山道が記載されている夏山では高度計代わりにしか使用しないが、雪山や薮山や沢登りなどでは、一人歩きの心強い味方となってくれている。

 頼りになるのは、自分の現在地とそこまで歩いてきた軌跡が常に表示されるので、登りでは、ルートがはっきりしなくなったときに、設定しておいたルートを見て確認したり、軌道修正をしたりできること。さらに、同じルートを下るときには、登りの軌跡を辿ることで、迷う心配がないことである。これまでも、特にガス中や背丈を越す薮の中などの見通しの利かないとき、さらにはトレースの消えた雪山では、何度も助けられた・・・GPS様々である。

         
                <ルートを設定し、GPSにアップロードし、印刷した地形図>

         
                <下山後のトラックログと必要事項を記載してHPにアップしたもの>

 自分は、PC上でカシミール3Dと連動させて、1/25000の地形図にルートを設定し、GPSにアップロードし、そのルートが入った地形図を印刷して(上の画像)、山へ持って行くことと、登りながらの現在地の確認とトラックログを取ること(下の画像)が主な目的である。
 
 しかし、すでに9年を越えていて、酷使した割には、周りの仲間を見ても、かなり長持ちしている方だ。しかし、今年から、なぜか画面が黒くなってしまって、ときどき感度が悪くなることがある。また、他の仲間が持っている新しい機種に比べて、樹林帯の中や沢の中では感度が悪く、現在地の確認が難しいことが多い。

 そこで、雪山シーズンの前に、思い切って買い換えることにした。ネット上でいろいろ調べたが、最近は、性能がアップし、いろいろな機能や1/25000の地図まで搭載された機種まで出ていて、10万円以上するものまであるらしい。しかし、あの小さい画面で地形図を見ても、ごく狭い範囲しか表示されないので、地形図が入ったものなどは欲しいとは思わない。ただ、これまで途切れがちだった樹林帯や沢の中での感度がアップしてくれるだけで十分である。

 結局、今ままでと同じ「GARMIN eTrec Venture HC 日本版」に落ち着いた。定価は29,400円だが、ネット上で安いものを探し、22,470円(送料無料)で購入した(さきほど見たら、さらに2,000円安くなっていたのが悔しいが・・・)。今までと同じ使い方ができて、感度もデータ容量も大幅にアップしていて、おまけにカラー表示なのがうれしい。
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「箱館の歴史」講演会・研修会

2011年10月17日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
 自分の所属する退職組織の今年の講演会・研修会は、「箱館歴史散歩の会」主宰・中尾仁彦氏を講師に迎えての「西部地区は町の財産 歩いて郷土を学ぶ」の演題で、45分の講演と1時間半ほどの町歩き解説だった。

 前段の講演では、箱館の基盤を作った高田屋嘉兵衛の業績と発展の契機となったペリー来航に伴う開港の及ぼした影響の内容が中心だった。

 講演後、バスで移動して、元町公園~旧函館公会堂~元町協会群~東本願寺函館別院~二十間坂~東浜桟橋~函館税関跡を廻って、そのコースに存在する建物や歴史的な解説を聞いた。後半は、時間が足りなくなって、寄るところや説明をするところを飛ばさざるを得ななかったのがちょっと残念だった。

 今日のコースは、いわゆる函館の歴史的名所が中心だったが、中尾氏の魅力は、一般的な観光ガイドではなく、史実や歴史的な逸話が中心なので、参加のみなさんは、耳新しい話が多く大満足だった。

 参加者が異口同音に感心していたことは、いつも例会に参加している自分も感じていることだが「細かな年号や人数や件数などの数字といろいろな人名などが、ノー原稿でスラスラ出てくることが凄い!、そして、内容の詳しさと深さにも感心してしまう」とのこと・・・。

 その中から、自分も興味深く見聞きした内容をいくつか・・・・。

         
○旧渡島支庁舎(現函館写真歴史記念館)
~元町公園の敷地は、1450年代から箱館の由来となった「箱の形をした館」があり、その後もずっと役所(松前藩の番所~箱館奉行所~函館支庁~渡島支庁)があったところ。上の旧函館公会堂も含めて、現在のこの一帯の木造建築物は明治40年の大火後に建て替えられたものばかり。
 この旧渡島支庁舎は、札幌の開拓村へ移転計画があったが、一主婦の「この場に残してほしい」という新聞への投書で、現地保存され、これがきっかけで西部地区街並み保存運動へと高まった・・・その原点となった建物である。

         
         
○開拓史の書庫
~明治10年代のレンガ造りの建築で、レンガの積み方に複雑なフランス積みと簡単なイギリス積みの違いが見られる。あちこちのレンガに明治七年、八年、九年の年号と「函館煉瓦」の刻印が見られる。建物は良く目にしていたが、煉瓦の積み方の違いや煉瓦の刻印は「説明されて、初めて気が付いた」と一同感心しきり・・・。

         
○ハリストス正教会
~もともとは、ロシア領事館があったところで、その附属聖堂が前身。明治5年に領事館の廃止で正教会に移管。現在の教会は明治40年の大火で焼けて大正5年に落成。
 開港以来、もっとも函館に大きな影響を与えた国はロシアで、多くの文化をもたらしている。

         
○東本願寺函館別院
~明治45年着工、大正5年完成の「我が国最初の鉄筋コンクリート製寺院」。当時鉄筋コンクリートの強度が解らず、大きな屋根や瓦が、鉄筋コンクリートで持つかどうか不安で、寄付金が思うように集まらなかった。そこで、高床に芸者を上げて踊りを見せて、その見物客も全員中に上がらせて、その強度を認識させたとのこと・・・。


★函館西部地区の歴史と発展は、明治以降、昭和9年までの間の26回(およそ2年に1回)もの大火とそれからの復興の歴史でもある。現在の13本ある坂道も大火から護るための町造りの結果でもある。それでも、昭和初期までは、国内10番目以内の人口を誇る東京以北随一の都市として栄えたことは誇りである・・・・。しかし、それに比べて、今は先発後進と言われて久しく、淋しい限りである・・・・?

 まだまだ面白い説明がたくさんあったが、全部書いていたらきりがないので、この辺で・・・・。
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快走!大沼紅葉マラソン

2011年10月16日 | 日常生活・つぶやき
 紅葉が見頃の「大沼グレートラン・ウォーク」に参加・・・ランは湖畔1周14.4kmと6.3km、ウォークも同じコース・・・参加者は、自分の参加したランの1周コースだけでも昨年より増えて921名だった。その他の参加者も含めて合計1,500名ほどで、応援の人たちもいるので大いに賑わっていた。

 家を出てから、大沼に着いてもずっと土砂降り・・・一応受付はしたが、雨が止まなかったら出走を止めるつもりでいた。

         
 ところが、スタート15分前になったら、雨が上がった・・・慌てて準備をして、スタート地点へ着いたのが3分前。アップもストレッチもしないままなのと、「函館ハーフ」以降10kmと8kmの2回しか走っていないので、カメラ持参でファンラン(楽しみながら走ること)のつもりでスタート。
        
         
               (MAEさん撮影提供)
 スタート後4km辺りまでは、紅葉が思ったよりきれいなので、あちこちで立ち止まってはシャッターを押した。かなりゆっくり走っているつもりだが、6分/kmを切っている。「函館ハーフ」のように、後半苦しんだり歩いたりしたくなかったので、抑えるように走ったが、なぜか調子が良さそう。走る回数は少なかったが、先週1週間の山旅の足が残っているのかも知れない。

         
          5km付近からは、後から追い付いてきたクロカンスキー仲間のひとみちゃんとほぼ同じペースなので、最後までずっと併走することにした。お喋りしながらだと疲れや時間が気にならないのが良い。まあ、我々レベルでは、お喋りしながら走れるくらいのペースが一番である。

         
               (MAEさん撮影提供)
 お陰で、最後まで苦しさを感じることなく、一定のペースで気持ちよく快調に走ることができた。この距離がちょうど良いのかも・・・?結果、昨年より2分遅れの1時間22分57秒、順位は515位だったが、ファンランの目標達成で大満足だった。
  
         
 ゴール後は、ペットボトルの大沼の水「夢水気」と紙コップに入ったリンゴが2切れをいただく。その後、森のイカめし、七飯のパンプキンスープ、鹿部のホタテ焼の中から一点お好みでもらうことができるので、イカめしにして、その場で食べた。

         
 大沼紅葉祭りも開催されていて、ハロウィンのお化けカボチャが展示されていた。         
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感激と感動の度合いが違う・・・!

2011年10月15日 | 登山・旅行
         

 数日前、4年前まで4年間NHK函館放送局に勤務していて、一緒に山に登ったり、飲んだりしたYoカメラマンから、下記のようなメールをいただいた。
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 今年は正月に南米パタゴニアのパイネ、8月にカナダロッキー山脈のロブソンと、二つもグレートサミッツの登頂撮影を担当しました。それぞれ一か月前後かけて撮影、山をめぐる人や暮らしぶりも広く紹介しています。いよいよ放送日が決まりましたのでお知らせします。ぜひご覧ください。
http://www.nhk.or.jp/greatsummits/
NHKBSプレミアムチャンネル(もとのBS2)です。

▼美しき南の果ての峰~パタゴニア・パイネ~
10月15日(土)19:00~20:29
10月17日(月)16:00~17:29再放送

▼ロッキーの巨人に挑む~カナダ・ロブソン~
11月26日(土)19:00~20:29
11月28日(月)16:00~17:29再放送

どちらも標高は4000m弱ですが、緯度が50度あり、氷壁の難しい山です。苦労して撮りました。カメラマンが登る番組なので、Yoもたくさん出ます。
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 人懐こい笑顔が魅力のYoさんは、北大山岳部OBで、過去に個人としても、カメラマンとしても、ヒマラヤの高峰に何度もアタックしている本格的な登山家だ。

 本日、楽しみしていたその「パタゴニア・パイネ」の放送を観ることができた・・・とは言っても、BSの設置をしていないので、ときどき、NHKからの正式視聴の催促の画面が邪魔をするのだが・・・。

 前半は、トレッキングで、南米の最南端ならではの珍しい動植物や氷河地形などの美しい景観を、後半は一転して、氷壁や岩壁などヒマラヤの高峰と変わらない厳しくも険しい登山アタックをハラハラしながら楽しませてもらった。

         

 NHKのグレートサミッツは、楽しみにしてよく見ている番組だが、知人が直接登頂撮影して、その本人が登場するのは初めてだけに、これまでと全然感激や感動が違った。
 2回目のアタックで、時間切れになり、あともうちょいの頂上直下で登頂を断念せざるを得なかったのはこちらとしても悔しかったが、ガイドと2人のカメラマンの満足顔に救われた。無事に下山できたので、この番組ができあがったわけだし・・・。

         

 パタゴニア独特のこれらの岩峰を実際にこの目で見たいとは思うのだが、日本から最も遠いところで、トレッキングツアーは80万円ほどする・・・まあ、夢のままで終わることだろう。仕事とは言え、この様な機会に恵まれたYoさんが羨ましい・・・。
  
 次の放送も楽しみして、現在は青森放送局にいるので、彼から直接、この番組の苦労や裏話を聞く機会を作ろうと思っている。 
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函館公園とその周辺巡り

2011年10月14日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
 第68回箱館歴史散歩の会のテーマは「函館公園巡り」・・・日本最初の市民公園「函館公園」とその界隈を廻った。

<順路> 亀井勝一郎文学碑~石川啄木宅跡~函館公園(高田屋嘉兵衛の松、水道記念碑、石川啄木歌碑、最古の博物館、白川橋、桜の地碑、旧函館図書館、ハーバー遭難記念碑、箱館通寶銭座の碑)~瀬戸座~函館八幡宮~津軽要塞司令部~柳川亭跡~浅田楼跡~高野寺~日本最初のビアホール

○函館公園
~明治12年開園の日本で3番目の市民公園(明治8年横浜公園、明治9年の神戸公園に次ぐ)。当時畑地だった16000坪に、渡辺熊四郎が中心となり、寄付金を集めて、市民総出で造園作業に取り組んだことは有名。英国領事ユースデンの勧めで造られたことになっているが、横浜や神戸も含めて、外国との条約に組み入れられていたとのこと・・・これは初めて知った。

          
○亀井勝一郎文学碑
~昭和44年建立、碑文は自筆によるもので、「人生 邂逅し 開眼し 瞑目す」と彫られている。ここでは、亀井氏の人生と逸話が説明された。ずっと函館弁だったことや太宰治と仲が良く、太宰が自殺するまで近くに住んでいて親交があった・・・ことなどが興味深かった。

          
○水道記念噴水塔
~明治22年に水道が完成した際に、当時、総工費の半分に相当する水道鉄管を納めた英国のイリス商会がお祝いに贈ってくれたもの。現在のものはレプリカで、本物は水道局で保管しているとのこと。2基贈られ、もう1基は北海池に据えられたが壊れてしまった。

          
○石川啄木歌碑
~昭和28年丸井今井百貨店のが建立。「函館の 青柳町こそ悲しけれ 友の恋歌矢車の花」と彫られているが、この字は、いろいろなものに残る筆跡の字を集めて拡大して彫ったとのこと。

          
○現存する日本最古の「旧函館博物館第一号館」
~明治12年、開拓使函館支庁が博物場として建設。近くから出土した先住民族の遺品や土俗品、珍しい動植物を集めて展示公開した。オープン時には、当時3万人の人口の半分に当たる1.5万人が押しかけ、その年だけでも4.2~4.3万人が入場したとのこと。

          
○ハーバー遭難記念碑
~明治7年、ドイツの函館駐在代理領事ハーバーが、この向かい側でわざわざ外国人のいる函館へやってきた排外思想の旧秋田藩士に斬殺された。大きな外交問題に発展しそうになったが、国の対応が素早く適切だったので、ことなきを得たとのこと。

※公園内では、このほかに、白川橋、旧函館図書館、箱館通寶銭座の碑、瀬戸座の説明をいただいた。

○旧函館図書館~昭和2年に竣工。当時最新の耐火素材として注目されていた鉄筋コンクリートで建設された。函館に現存する最古参のコンクリート建築である。この書庫の設計者は、東京駅や日本銀行本店の設計で知られる、明治建築界の大家・辰野金吾が担当。施工は地元函館の棟梁・村木甚三郎。函館区公会堂と同じ人物。

○協同館跡~外人接待用の公館。明治12年の大火で類焼したが、当時黒田開拓長官が同情して、札幌の自宅として切組んであった建物の材料を函館に寄贈して、その頃落成した函館公園に「協同館」が復興した。それが西洋料理店となり、ホテル西洋軒となり、図書館となった。

          
○浅田楼跡地(現在の市営谷地頭温泉の地)~70歳のときに函館公園の設計・施工を担当した浅田清次郎の経営していた料亭跡。浅田清次郎は設計だけでなく、人夫賃や1日2000個のおにぎりを拠出したとのこと。白川橋も寄付。

※この他に、柳川熊吉の経営していた柳川亭跡地、勝田温泉跡地での説明もあった。

         
○高野寺~(我が家の菩提寺)道内唯一の彫刻部門の重要文化財・大日如来坐像(檜造り)が本尊。この大日如来は高野山金剛峯寺大日堂から下付されたもので、藤原期作成と言われている。明治17年開基。大正5年に現在の地に移転。本堂は二度の火災後の再建しているが、本尊はその都度運び出して難を逃れている。北海道三十三観音霊場1番札所。

         
○函館麦酒醸造所跡~明治31年渡辺熊四郎が創設。金沢正次が北海道産の大麦を原料として赤・黒の2種類のビール「函館ビール」を醸造。1階で製造し、2階が「函館ビーヤホール」だった。明治32年の「恵比寿ビアホール」が日本最初と言われているが、こちらの方が古い。


★次回の69回は、10/21(金)10:00~「東雲町、大手町、若松町巡り」
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