癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

我が家の花見(桜ヶ丘通り&函館公園)

2018年04月30日 | 花・紅葉だより

 まずは、家から40分ほど歩いて、桜ヶ丘通りへ。
この通りには100本ほどの桜並木が植えられ、函館市内の桜の名所の一つにもなっている。


 その後、市電に乗り、函館公園へ
 
 まずは、人工のすりばち山から噴水と子ども遊園地を中心とした公園の東側を見下ろす


子供や家族連れで賑わう噴水


博物館前の桜


桜の間から函館山山頂部を見上げる


博物館前に咲く南殿(なでん)と周りのソメイヨシノ


函館公園は出店で賑わう(五稜郭公園は国の特別史跡なので、出店は禁止)


出店の中で一番人気のたこ焼き・・・妻が30分も並んでゲット


このたこ焼きを10個ずつ食べるのが、我が家の恒例行事・・・このほかにおでんもゲット



帰りは、たまたま「チンチン電車箱館ハイカラ號」に乗ることができた。
夏の間の土日休日にしか、それも、函館公園線は1往復しか運行していない。
この電車は、100年前の台車を使い復元させた電車である。


 五稜郭公園前から歩いて帰宅する途中に、ハセガワストアで焼き鳥弁当を食べて終了。

太鼓山~ガムシ沢(厚沢部町)

2018年04月28日 | 登山・旅行

厚沢部町太鼓山スキー場の上の太鼓山

 この太鼓山(171m)は、頂上で足踏みをしたり、とび跳ねたりするとドンドンと太鼓のような音がすることが由来とのこと。
  中が空洞になっているのではないかとの仮説もあるが、はっきりしない。地元の人の話では、昔はもっと大きな音がしたが、最近は小さくなったそうだ。自分も10年以上前から何度か来ているが、確かに以前より音が小さくなっている感じがする。

 太鼓山の遊歩道はかつて、江戸時代に箱館と江差を結ぶ鶉街道の一部をなしていた歴史あるルートだそうだ。


今回は、未踏の妻を誘って、スキー場の下から林道を登り、
頂上から直接「花の谷」として人気の高いガムシ沢へ下るコースを初めて歩いてみた。

◎まずは、太鼓山の頂上を目指す


林道は、上の方であちこちで最近のものと思われる倒木があり、歩きづらかった。
林道沿いには、カタクリ、キクザキイチゲ、アズマイチゲなどが咲いていた。


稜線の遊歩道に出ると快適な道が頂上へと続く。


遊歩道沿いにはテングスミレ(ナガハシスミレ)が多く目に付いた。


40分ほどで、頂上に到着。


早速とび跳ねてみる妻。多少は響くような音がするが、以前よりはっきりしなくなっていた。

◎20分ほど休んでガムシ沢への遊歩道を下る


ひと株だけ目にしたシラネアオイ


カタクリやキクザキイチゲに彩られた道を行く


ずっと下って行き、尾根を登り返したピークの手前の分岐を左へ下る。


頂上から30分ほどで、ガムシ沢入口のダムの上に出た。

◎「花の谷」ガムシ沢でスプリングエフェメラルの競演を楽しむ






遊歩道を奥の方へ進むとカタクリ、エゾエンゴサク、キバナノアマナ、エンレイソウ、ニリンソウなどの競演となる。




その左手には、広大なエゾノリュウキンカの群生が広がっている。
毎年のように来ているが、今年はすべての花が早く咲いていたような気がする。

「花の谷」のスプリングエフェメラルを堪能し、スキー場下の駐車場へ。およそ2時間の春山散策だった。
 四国遍路中はいろいろな花を観たが、雪の下から顔を出すこれらの花は目にすることはできない。
 これを目にして、雪国ならではの春到来を実感できる。

◎手打ちそば「滝野庵」へ


 スキー場から出て、八雲町落部へ続く道々を滝野の方へ進むと、古民家を利用した人気店の滝野庵がある。
 着いた時は、10個ほどあるテーブルがほぼ満席状態だった。
 こんな山の中にと思うような場所なのに、いつ来ても混んでいる。



四国遍路中はそば屋はほとんどなく、帰ったら美味しいそばを食べたかった。
そこで、ちょっと贅沢に天ざるそば(1350円)と天ぷらそば(1000円)を食べた。

道の駅 なないろ ななえ

2018年04月28日 | 日常生活・つぶやき

 四国遍路中の3/24に七飯町峠下にオープンした、道の駅なないろななえに行ってみた。
 9時過ぎなのに、駐車場は満杯状態・・・良く見たら、札幌ナンバーを初めとする函館以外の車中泊の車がほとんど・・・これまで、函館の近くに車中泊する場所がなかったので、この連休で来た車が、ここぞとばかり押し寄せたようだ。


正面から眺める


七飯町の物産コーナー


ソフトクリームやファーストフードの峠下テラス


珍しいガラナソフト



買って食べた王様シイタケコロッケ、なないろ焼き天、もっちりんご

 トイレが、非常にモダンなデザインで斬新な感じだった。


 

五稜郭公園のサクラ偵察

2018年04月27日 | 花・紅葉だより


 すでに、四国であちこちの桜を観て来た後だが、やはり地元の桜前線上陸はうれしいものだ。
 このあと、4/29と5/1に花見の予定は入っているが、その前に偵察に行ってきた。
 今年は、例年よりかなり早い感じで、すでに3~4分咲きになっていた。


いつも一番先に咲くサクラを映す六花亭のウィンドー


ここのサクラはすでに満開だった


タワー下の花見会場


土手の上からサクラ越しに箱館奉行所を見下ろす


老木も、今年も元気に多くの花を付けていた


3分咲き・・・このころが一番きれいかも?


土手の上から、堀越しの図書館側のサクラを眺める


まだ蕾のベニシダレザクラ


裏門の橋から眺める石垣角のサクラ


胴咲きサクラ


北側から眺める堀を挟んだサクラと鯉のぼりが泳ぐ五稜郭タワー

スロージョギングのすすめ

2018年04月26日 | ウォーキング・ジョギング・マラソン
 帰宅した夜は12時間も爆睡し、昨夜も8時間熟睡。今日も昼寝を2時間ほど・・・やはり疲れが溜まっていたことを実感。

 そんな中、留守中に送られてきた、退職組織道本部の機関紙に4回シリーズで掲載された「健康寿命は足で延ばす」の4回目の記事が下記である。


 今回の歩き旅で、体脂肪は11%台まで落ち、体重もまだ59kg前後である。いずれもアスリート並みの数字だが、すぐに元に戻るだろう。

 6/3に千歳マラソンのハーフ、7/1の函館マラソンのハーフにエントリーしているので、この歩きで鍛えた脚を、鈍らせないように、走る脚に変えて行きたいと思う。
 そのためにも、咲きだした桜を眺めながらの、スロージョギングから始めようと思う。


<私の講演会のお知らせ> 
1、と き 5/12(土) 14:00~15:30  2、ところ 函館蔦屋書店2F 
3、講 題「北海道の山の魅力を語る」 4、無料・申し込み不要
お友達や知人にもお知らせください!

43日間にわたる四国遍路(88ヶ所+別格20ヶ所)逆打ち・総集編

2018年04月25日 | 登山・旅行



 今日は、1日を要して、今回の四国遍路の記録を、HP「一人歩きの北海道山紀行」からも見られるように、総集編のページを作った。

 その最後に、「43日間の旅を振り返る」のページも掲載してあるので、お読みいただければ幸いである。

 改めて、今回の四国遍路に寄せてくださった皆様のご厚情に深く感謝申し上げます。


1ヶ月半ぶりの我が家

2018年04月24日 | 登山・旅行

 午後に無事に、ひと月半ぶりに帰宅した。
 これまでにこれほど長い旅に出たことはない。前回の四国遍路は38日だった。
 毎日毎日歩き続け、非日常的な生活を楽しんでいたら、45日も経っていたという感じ。でも、あっという間だった気がする。

 10時間ほども爆睡し、目が覚めたら、スマホは生き返っていた。昨日は、スマホも疲労回復日だったようだ。


 大阪(伊丹)空港発11:00発函館直行便のANAも空席があり、シニア割り引きで搭乗できた。普通なら41,600円だが、15,700円で済んだ。
 昔はもっと安かったような気がするが、年寄りが増えたから高くなったのかもしれない。


 家を出るときはまだ雪の下だったシバザクラやチャボアヤメが咲いていた。しかし、最高気温が9℃とのことで、家の中はまだストーブが点いていた。明日から暖かくなりそうだ。


 近所の桜も綻びだしていた。今年は開化が早いようだ。四国とはひと月遅れの2回目の花見ができる。

 明日にでも、今回の四国遍路をじっくり振り返ってみたい。何日目の表示が、33日目が2日続けてあり、その後ずっと1日ずれているというメールをいただいた。その部分だけ、取りあえず訂正しておいた。結願は42日目で、88まで繋いだ日が43日目だった。


大阪なんばの天然温泉カプセルでのんびり

2018年04月23日 | 登山・旅行

 今朝、スマホで写真を撮ったら、その画面を残したまま、スマホがどこを押しても反応しなくなった。
 かなり酷使したせいかも?こっちの体はなんともないのに、スマホのほうがタイミングよく参ったらしい。
 それにしても、昨日までよく持ってくれたものだ。
 このブログは、ホテルのPCで打っている。したがって、画像はない。

 今日は、コミニティバスで、志度の高速バス乗り場まで行き、大阪のなんばまで出た。

     
 そのすぐそばに、前にも利用したことがある「天然温泉・カプセル&サウナ・スパディオ」(1泊3000円)あるからだ。
 11時過ぎから、そこで、のんびり疲労回復に努めている。
 疲れもあるし、外は暑いので出歩く気がしない。
 夕食は、道頓堀辺りで摂ろうと思っている。
 明日は、伊丹大阪空港から、シニア割引で帰函の予定。


43日目〈大鳥居苑(1番霊山寺そば)〉~(卯辰越~大坂峠~国道40号~中尾峠)~88番大窪寺〉〈46.5km〉〈合計1434.6km〉

2018年04月22日 | 登山・旅行

5:40スタート~16:30ゴール(10時間50分)〈65555歩〉

◎2回道を間違えて3kmほど余計に歩いたが、一気に1番霊山寺から88大窪寺を踏破した今回の最長距離 

 前回は88から直接高野山にお礼参りに行った。今回は高野山には行かず、逆打ちなので、88へのお礼参りと四国ひと筆書きを狙って、この区間を歩く予定だった。
 本来は、スタートした別格20大瀧寺へお礼参りに行くべきだが、108ヶ所で最難関だったコースに再挑戦するだけの気力と体力は残っていない。
 
 結果的には、この2日間のコースを3日に分ければ楽だった。しかし、結願したあと、すぐまた歩くというのもけじめが付かない感じで、昨日がんばって1番まで歩いた。
 今日は今日で、一気に歩く人はあまりいないというので、当初からやってみたかった。 

 結果、昨日は所要時間の最長記録になり、今日は、最長距離と最多歩数を記録した。さすが今日は、へとへとである。ブログをやらないですぐ寝たい感じ。でもがんばる。

 1番と88番を結ぶコースは3本ある。今日歩いた卯辰越と大坂峠を越えて国道40号~国道337号を繋ぐコース、3番金泉寺まで戻って大坂峠手前で合流するコース、10番切幡寺まで戻り、大窪寺へ直接向かうコースである。中でも今日のコースがもっとも古い道のようだ。

◎まずは、卯辰越と大阪峠越え  

 途中食事をとれそうな所はないので、近くのコンビニで朝食を食べて昼のパンを買って屋に戻り、5:40にスタート。

     
 すぐに阿波一宮の大麻比古神社の大鳥居を潜り、1kmもある参道を進む。泊まった宿の名前もこの大鳥居から来ている。
 ちょっと寄り道になるが、本殿まで入ってみた。

     
 本殿の手前にご神木の大楠木があった。下の2人と比べてほしい。

     
     大麻比古神社本殿

     
 神社を抜けて、卯辰越(230m)を目指す。塀の向こうの一番低いコルがその峠のようである。

      
 卯辰越を越えたら、神社の鳥居からも見えていた大麻山が見える。この山は、標高538mの山頂に鎮座する、大麻比古神社奥之宮「峯神社」がある。
 ちょうど、その山から下りてきた早朝ハイカーがいた。

 卯辰越から下りて、大坂峠を目指す。

     
 舗装道路を自転車で登っていくグループがあった。

     
 3金泉寺からのコースと合流すると、昔のままの自然道の遍路道となる。大坂峠までは非常に急だったが、海が見えるというのでがんばって登った。

 この大坂峠は、律令時代から南海道の官道筋として、現在の板野町大寺に位置する郡頭を起点とする讃岐への道だった。義経も弁慶も越えている峠である。

     
 8:45、分岐から100mほど先にある大坂峠天望台に到着。

     
 期待していた播磨灘や瀬戸内海は海霧に覆われ、海は海でも雲海しか見えなかった。

     
 大坂峠からの下りは、ずっと自然道だった。徳島県から香川県に入る。

     
 石畳の道も残っている。

     
 このコースで出会うお遍路さんはいないと思っていた。ところが、昨日88で結願して、白鳥温泉に泊まったという男性がやって来た。話していると、すぐ後ろから、団体さんがやって来た。歩き遍路ツアーとのこと。20人近い人だった。一番後ろから、空身で登ってきた添乗員さんが最も辛そうだった。東かがわ市の市街地の宿に泊まったらしい。
 
 そのあとからも女性のお遍路さんが登ってきた。「大坂峠も霧でしたか?」と訊く。「峠は晴れていましたが、海霧で海は全然見えませんでした」と答えた。


     
 下へ下りて行ったら、田園風景も霧に覆われていた。

◎国道40~337と歩き、中尾峠を越えて88大窪寺へ

     
 大坂峠を下りて、東かがわ市の市街地には入らず、ひたすら国道40号の歩きが続く。

     
 香川県はやはり溜め池か多い。これは比較的大きな宮奥池

 ずっと国道40号を行くとばかり思っていて、地図も見ないで漠然と歩いていた。ふと、現在地を知りたくて、電子道標を見たら、市道との分岐より1kmほども先へ進んでいた。慌てて戻ったが、どっと疲れが出た。

     
 この市道には古い遍路道の標識が非常に多い。

     
 そんなところへ白鳥温泉が姿を現す。まだ14:00だが、34kmは歩いている。ここに泊まっても良いかという思いが湧いてくる。
 しかし、あと2時間半も頑張れば、ゴールできる。当初の計画を実行しなくてどうする!と気を取り直して、ハイペースで歩を進める。

       
 途中から中尾峠の道へ入る。ここも自然道が残っていた。

     
 中尾峠を登りきったら、市道へ出た。

 国道377の五名トンネルを抜けたあともポカをしてしまう。「四国の道」の標識に引かれて、そちらへ曲がってしまう。そちらでも行けそうだが、遍路地図にも電子遍路にも載っていないコースは不安だ。ここでも往復1kmほど余計に歩いた。

     
 再び、自然道を通り、国道へ出て、そのまま88大窪寺に到着。

     
 ついに、当初の計画通りに四国ひと筆書きが完成し、お礼参りもした。満願達成!
 バス遍路が2台もいて、落ち着いて参拝が出来なかった。

 持って帰れない菅笠と金剛杖の奉納をお願いしたら2000円取られた。

◎捨てる仏あれば拾う仏あり

 このあと、志度で乗れる高速バスで大阪まで出る予定だった。こちらは、朝から夜まで、1時間に1本走っている。てっきりそれに繋がるバスがあると思っていたが、最終が15:30だという。が~ん!これでは明日は函館に帰れない。

 そうなるとここで泊まるしかない。初日に泊まった八十窪に飛び込んでみた。
 「ずっと満員で断り続けて来たのですが、先ほどキャンセルがあったので、泊まれます」とのこと。すんでのところで救われた感じだった。
 ホッとしたら疲れがいっぺんにどっと出た。

       
 42日前と同じ献立だが、赤飯は前回は前祝い、今回は結願祝い。2食付きで6500円。

 女体山で山火事が発生し、なかなか鎮火しないらしく、宿の前を消防車が行ったり来たりで忙しい。


42日目〈BH八幡〉~9法輪寺~8熊谷寺~7十楽寺~6安楽寺~別格1大山寺~5地蔵寺~4大日寺~3金泉寺~2極楽寺~1霊山寺〈40.0km〉〈合計1388.1km〉

2018年04月21日 | 登山・旅行

5:40スタート~17:15ゴール(11時間35分)〈歩数計故障で未測定〉

◎一気に10ヶ寺を打ち、結願達成 
 今日は、ついに42日間で、88ヶ所と別格20ヶ所を打ち終え、結願達成となった。

 今日は無理しないでと思っていたが、明日繋いで、お礼参りとひと筆書きを完成させたい1~88の間の遍路道に宿がないことが分かった。そこで、約40kmを明日一気に歩くことにしたので、今日は、所要時間が最長の歩きで、今日の結願となった。

 自分にとって、合計108ヶ所は、目的でなくあくまでも手段である。目的は点と点を繋ぐ線を楽しむことにある。その線が太くなるような一期一会の出会い、北海道では触れることのできない歴史、文化、植物、風景などとの出合いを楽しんできた。

 しかし、今日は、札所の間が別格の大山寺を除いて、すべて5km以内にある。参拝に忙しく、その間の線が短く、楽しむところか、慌ただしい感じで、結願できたという感激が薄い。
 前回は、女体山越えで上からゴールの88大窪寺が見えたときの感激は今でも忘れない。

 なお、10ヶ寺を打った今日ほど、88ヶ所の方は納経所に寄らないことの良さを実感したことはない

 土曜日のせいか、あちこちでバス遍路に会った。こんなときは、下手すると30分以上も待たされることがある。


◎朝の内に4ヶ寺を打ち、別格1へ 
     
 5:40に朝食を摂らずにスタート。6:30、9番霊場法輪寺に到着。

     
 田園風景の中、正面の山の中腹にある標高120の8番を目指す。

     
 7:20、8番霊場熊谷寺に到着。

     
 8:40、7番霊場十楽寺に到着。バス遍路の方々がいた。

     
 道中、このような塀と門構えで、この中に屋敷がある豪邸もあった。

     
 9:20、安楽寺に到着。

 このあと、別格1大山寺を目指す。朝から何も食べてないが、幸いその道への分岐に10時から営業しているうどん屋があったので、朝昼兼用のざるうどんを食べた。

     
 標高450にある大山寺は、山の中腹に見える白い建物のすぐ上の左側にあるという。

     
 途中から自然道の歩きもあった。

     
 柿畑の中を通る。剪定作業をしているおじさんに聞いたら、耳にしたことのない平核無柿(ひらたねなしがき)の早生だそうだ。

     
 11:45、大銀杏の巨木が目立つ別格1番霊場大山寺(だいさんじ)に到着。
 ここにもバス遍路がいて、納経所で10分ほど待たされた。

     
 これで別格も打ち終わりということに対してなのか、他の人にはなかったお接待をいただいた。これで、前回は、1回しかなかった阿波路でのお接待は6日連続となり、良いイメージが残った。

◎別格1を打ち終え、午後から結願を目指す。 

 別格1を打ち終えた段階で、17時までには1番まで打てると確信し、宿の予約を入れて、ペースを上げた。

     
 大山寺からの下りで、昨日藤井寺の上から眺めたのと反対側からの吉野川流域の景観が見えた。

     
 13:30、5番霊場地蔵寺に到着。

     
 北海道ではあまり目にしない山に自生している藤の花。

     
 14:05、4番霊場大日寺に到着。同じ名前は3寺目だ。

     
 3番へ向かう途中にも自然道があった。面白いのが向こうの高速道路と1200年以上も歩き続かれている遍路道との対比である。

     
 15:20、3番霊場金泉寺に到着。ここには、バスが3台も停まっていて、境内が賑やかだった。

     
 2番へ向かう途中の今日最後の自然道の遍路道

     
 16:15、弘法大師が植えたという杉の巨木が目立つ2番霊場極楽寺に到着。

 1番へ向かう途中のコンビニで、前祝いのアイスコーヒーを飲む。

     
 16:45、ゴールの1番霊場霊山寺(りょうぜんじ)に到着。
 般若心経も力を入れ、ゆっくり参拝をする。

     
 今回の旅のゴールは、明日の88番霊場大窪寺だが、88ヶ所と別格20のゴールはここである。一応、結願の記念写真を仁王門の前で自動シャッターで撮る。
 このあと、3年かけて逆打ちの結願を果たしたという女性と会う。こちらの少し前を歩いていたようだ。お互いに祝福し合って別れた。

     
 17:15、最後の宿となる大鳥居苑に到着。

     
 料亭も経営しているだけあって、豪華な料理だった。牛肉の下にタケノコ、ワラビ、きのこが入っていた。あとから出てきたカサゴの唐揚げ。ブログ作成前なので、ささやかに缶ビールで結願祝い。ブログアップしたら、寝酒にもう1本。

 夕食のみの宿泊料金は7560円と高めだったが、料理の良さと新しくてきれいな部屋で十分満足。

 明日は、5時に出て、88大窪寺を繋いだら、夕方のバスで大阪に出て、明後日の飛行機で帰函の予定。

 


41日目〈すだち館〉~12焼山寺~11藤井寺~10切幡寺~〉〈ビジネスホテル八幡〉(阿波市)〈29.4km〉〈合計1348.1km〉

2018年04月20日 | 登山・旅行

5:10スタート~15:10(10
時間)〈47388歩〉

◎最後の最大の難関、焼山寺越えで12~10の3ヶ寺を打つ

 いよいよゴールが見えてきた。その前に立ちはだかるのが最後の難所、12焼山寺~11藤井寺の間の13kmである。ほとんどが自然道で、「最後まで残った空海の道」と言われ、1200年前の空海が歩いた自然がそのまま残るへんろ道である。最難関のコースに上げられ、「へんろ転がし」と言われている。
 ところが、登山大好き人間にとっては、舗装道路の長い道を歩くよりずっとうれしい登山モードの行程である。
 印象としては、これまでいろいろなところで歩いてきたいろいろなタイプの自然のままの道をここに凝縮して、復習している感じである。

 スタートのすだち館(240m )から660mの焼山寺へ登り、その後、420まで下り、さらに最高地点の一本杉の浄蓮庵の750mへ登り、30mの藤井寺まで下る。まさに縦走登山である。
 前回は、焼山寺~藤井寺間を4時間10分で歩いている。今回も偶然同じ時間だった。しかし、ここは逆打ちの方が楽である。30mの藤井寺から750mの浄蓮庵までの登りと下りの違いである。時間が同じということは、前回の方が馬力があったということだ。
 
 藤井寺へ下りてから、できれば9か8まで行きたかった。しかし、その区間に宿がないので、10切幡寺の2km ほど手前の宿を予約、切幡寺を打ち戻ってゴールとした。
 距離は短いが、登山モードの上、暑かったこともあり、珍しく疲れを感じた1日だった。

◎まずは、コース中の最難関で遍路転がしと言われる焼山寺越え

 時間が掛かりそうなので、5:10にスタート。宿から少し県道を歩き、自然の遍路道へ入る。

     
 明らかに、岩を削って造った道もある。

     
 あちこちで見られるヒメシャガの大群生

     
 6:35、11番霊場焼山寺へ到着。

     
 境内で、宿で作ってくれた朝食のおにぎり弁当を食べる

     
 平地ではすでに終わっているいろいろな種類の八重桜が咲いていた。

     
 岩盤が剥き出しの道もある。

 420mまで下り、橋を渡ると浄蓮庵への登りとなる。

     
 標高450ほどの所にある集落。まさに、天空の郷である。

     
 行き倒れ遍路の墓。江戸時代のものが多い。
 そもそもお遍路の白装束は死に装束で、金剛杖は上の方に梵字が刻まれ、なくなったときの墓標になるものである。昔の人は、行き倒れを覚悟してお遍路に出たそうだ。

     
 最高地点の浄蓮庵の上にある杉の巨木の前に立つ弘法大師像。
 ここからは、一部登り返しはあるが、藤井寺までは下りである。距離は2/3ほどある。

     
 距離的にも時間的にも中間地点となる柳水庵

     
 掘れた道を向かい側から登ってくる外国人の男性

     
 長戸庵の手前の展望台から、眼下に広がる吉野川を挟んだ手前の吉野川市と向こうの阿波市を眺める。どちらも町村合併によってできた14年前にはなかった新しい市名である。

     
 長戸庵で休む夫婦連れお遍路さん

     
 11:10、11番霊場藤井寺に到着。

◎吉野川を渡って、10切幡寺を打つ

     
 吉野川に架かる沈下橋の川島橋を渡り、阿波市へ入る。
 ちなみに、焼山寺は神山町で、藤井寺は吉野川市である。
 この沈下橋、狭いので車が来ると欄干がないので恐い。

     
 ついに目にしたキャベツの花~菜の花にしては時期が遅い。近づいて見たら、なんと、生まれて初めて目にしたキャベツの花だった。
 白菜の花も目にしたので、もしかしたらキャベツの花も見れるのではないかと思っていたが、見事実現した。しかし、白菜は葉の真ん中から花茎が伸びていたが、キャベツは根元から伸びていた。

     
 それを眺めていたら、後ろから来た車が停まり、助手席から、上品なご婦人が「お接待です。どうぞ」とケーキをいただいた。
 「北海道では、キャベツも白菜も収穫しないで放っておくと寒さや雪で腐ってしまい、花を見ることはありません。どちらも初めて目にしました。どちらも菜の花のような黄色の花が咲くんですね」と言ったら、「私も最近知ったのですが、どちらのアブラナ科なので菜の花と同じような花が咲くみたいですよ」とのこと。

     
 吉野川の支流のやはり沈下橋を渡ると、花壇の前に「お遍路さんいつまでもお元気で」という立て札が立っていた。子供会の作品らしい。うれしいものだ。

 切幡寺の2kmほど手前のビジネスホテル八幡にリュックを預けて、切幡寺へ向かう。

      
 途中で、葉を見るとタンポポだが、花びらの先が尖った花の群生を見つけた。ちょっと調べてみたが分からなかった。

     
 山の中腹に見える切幡寺の大塔。あそこまで登らなければならない。

     
 坂道を登っていくと、さらに333段の階段があった。暑い中の焼山寺越えで疲れていることが分かった。

     
 14:15、大塔が上に聳える10番霊場切幡寺に到着。

     
 15:10、うどん屋と旅館とビジネスホテルを経営している宿に到着。
 泊まりは、昨年できたばかりのビジネスホテル八幡。素泊まりで5720円とちょっと高めだが、中も新しくて、モダンな作りでとても気持ちがよかった。部屋は和室で、トイレとバスが別々で、バスは家庭用のようなデラックスな作りだった。食事は同じ経営のうどん亭八幡で食べてほしいとのこと。

     
 名物手打ち八幡うどん大盛り(780円+ビール480円+消費税=1360円)。美味かった。
 ブログも早くできたし、昨夜は相部屋で熟睡できなかったので、今夜は早く寝る。

 


40日目〈鱗楼〉~16観音寺~15国分寺~14常楽寺~13大日寺~別格2童学寺~〈すだち館〉(神山町)〈36.4km〉〈合計1318.7km〉

2018年04月19日 | 登山・旅行
5:30スタート~15:20ゴール(9時間50分)〈50910歩〉

◎朝の内に立て続けに4ヶ寺を、その後別格2を打つ。その打戻りで、感激の追っかけお接待2件
 
 いつもよりは距離は短いが、のんびり歩きたいので、5:30にスタート。
 
      
 5:35、16番霊場観音寺に到着。ちょうど昇ったばかりの朝陽が境内に射し込んだ。
 納経所は7時からだが、88ヶ所は今回は納経所に寄らないので、いくら早くても支障はない。

 遍路地図に載っているコンビニに行ったら、なくなっていた。無駄に1kmほど歩いた。次の国分寺までも通りすぎて戻ったりした。

     
 6:25、15番霊場国分寺に到着。本堂は修理していた。

 距離は短いが、道が錯綜していて、電子道標で確認すると、遍路道から外れていることが多く、軌道修正も多かった。これも逆打ちの難しさか?

     
 常楽寺は、逆打ち故に、奥の院慈眼寺(一昨日の別格3と同名)への道から入っていく。

     
 6:50、常楽寺に到着。岩盤剥き出しの境内は記憶にはっきりと残っていた。

     
 鮎喰川の堤防を歩いて、大日寺へ向かう。

     
 7:40、13番霊場大日寺に到着。
 ここを打ち終えても、まだ8時前だった。

 次は別格2童学寺を目指す。大日寺から1kmほどのコンビニで朝食を食べ、昼のおにぎりとパンを買った。

     
 そこから、鮎喰川の欄干のない低い橋を渡る。このような橋は徳島県に多く、水量が増えてもその上を水が流れるようになっている。従って橋が流されるというようなことがない。

     
 鮎喰川の流れと周りの新緑を楽しみながら県道123号を進む。

 徳島市から神山町へ入ったところから、右の県道20号へ。ここは打ち戻るので、離農民家の塀の陰にリュックを隠して、山谷袋だけで童学寺へ向かう。

     
 新童学寺トンネルを抜ける。このトンネルの中央部で石井町へ入る。

     
 トンネルを抜けたら、平野が広がり、自信はないが、奥の方は徳島市と思われる。

     
 9:55、別格2番霊場童学寺に到着。ここは、弘法大師の学問所だったところで、子育ての寺といわれている。
 ところが、今年の3/25に火災で本堂が全焼したらしい。

     
 藤棚が、ちょうど見頃を迎えていた。函館とひと月違う感じだ。

 納経所で本堂建て替えの寄付を募っていたので、いくらかでもと思って財布を見たら、細かいのが1000円しかなかったのでそれで勘弁してもらった。

     
 それでもお箸を、お返しにくれた。

     
 感激の追っかけお接待2件~打ち戻ってトンネルを抜けたら、後ろから来た車が停まって、運転手が手招きしている。近づいていったら「北海道の逆打ちされている方ですよね。このお遍路のブログを毎日拝見させてもらっていました。山が好きで、北海道の山にも良く行っています。重いでしょうけど」と、色々なものが入ったレジ袋を渡してくれた。
 あとで開けたら、自分のお遍路のときの思い出などが書かれたお手紙と山屋さんらしい気遣いの食品が入っていた。
 78番霊場郷照寺で14年ぶりに再会を果たした宮さんこと讃岐富士さんとネットを通した山仲間のゴロスケホッホという方だった。

 こんな追っかけお接待もあるのだと感激しながら10分ほど歩いたら、今度は、前から来た車が停まった。数日前にコメントを下さり、拙著も買っていただいた、徳島市のSachikoさんだった。いろいろお話をし、お金の入ったお接待袋をいただいた。 
 2人とも徳島市内の方だった。
 
     
 阿川という集落から、山の方へ入る。

     
 阿川には、あちこちに案山子が立っている。

     
 阿川から県道を離れ、標高455の玉ヶ峠へ続く車道を登っていく。正面の低いコルが玉ヶ峠である。

 峠のすぐ下まで人家があり、急斜面で農業を営んでいる。平地開拓の北海道では考えられない光景だ。

     
 途中から眼下の集落を見下ろす。

     
 14:40玉ヶ峠に到着。古い標識や石仏などが並んでいた。向かい側には遍路休憩小屋もあった。

     
 車道と車道を繋ぐ、岩盤剥き出しの自然のままの遍路道は非常に急だった。

     
 15:20、今日の宿であるすだち館に到着。ここは店と泊まり客の食堂だった。

     
 宿は別の建物だった。部屋は、和室に2段ベッドが置かれている2人の相部屋だった。相方は和歌山の方だった。

 宿で、神山温泉まで送迎してくれるというので、お願いした。

     
 2食付きで、今までに経験のない4000円という格安料金だったが、牛肉より高い猪肉のカレーとおかずが3品。カレーをお替わりし、腹一杯になった。



39日目〈金子や〉~19立江寺~18恩山寺~17井戸寺~〈鱗楼〉〈38.3km〉〈合計1320.6km〉

2018年04月18日 | 登山・旅行

6:55スタート~16:15ゴール(9時間20分)〈51814歩〉

◎夕方からの雨も止み、好天の中で、徳島市内を挟んだ3ヶ寺を打つ。お接待も2件

 昨日、宿に入る10分ほど前から降り出した雨も、朝には上がっていた。今回のお遍路は不思議なほど雨に当たらない。8~12日目に4日連続の雨だけだ。

 今日は、徳島市街地を抜ける行程の中で、3ヶ所を打つことができた。

 前回は、徳島はお接待が少ないというイメージだった。初接待が一昨日寄った阿波路最後の7日目の喫茶店だった。
 しかし、今日は、2名の方からお接待をいただいた。昨日、伊予の国からやって来たお接待大師様のお陰で、阿波の国も負けてはいられないと火が点いたか?

◎まずは、徳島市内手前の19立江寺と18恩山寺

 気遣いの他の客と違うメニューの朝食を摂り、6:55に宿を出る。

     
 石垣のきれいな芝桜の前を、元気な挨拶して通る小学生の集団登校。
 このあと、学校の前を過ぎると、前からやって来る登校の子供たちとの挨拶に忙しい。

     
 古い遍路道の標識は多いが、いつ頃のものか読めるものが少ない。これは、明治24年に、4度目の四国遍路の供養のために、備前の国の人が建てたものらしい。

 舞台は勝浦町から小松島市に変わる。

     
 櫛渕のフウ~中国や台湾に自生するマンサク科の植物で、日本に入ってきたのは江戸時代中期。このフウがここに植えられたのは大正時代。葉の先が3つに割れている珍奇な植物である。

     
 9:20、19番霊場立江寺に到着。

     
 境内には牡丹が見頃を迎えていた。ちょうど良いときの参拝となった。

     
 次の18恩山寺の前後の旧街道は義経ロードとなっている。屋島の合戦の前にこの辺りでも活躍したらしい。

     
 弦張坂~義経の軍団が、坂の向こうにいるかもしれない敵に備えて、弓の弦を張りながら登った坂とのこと。

     
 10:45、18番霊場恩山寺に到着。

     
 恩山寺から下りて車道に出ると、自転車に乗った農家のおばちゃんが、こちらの歩いている方向を間違っているのではないかと声を掛けてきた。逆打ちだと言うと納得してくれた。
 自転車の荷台の袋の中から300円取り出して、「裸のままですまないが、ジュースでも買って飲んでください」とお接待をしてくれた。

◎徳島市内を抜け、17井戸寺を打ち、16番手前の宿へ

 国道へ出て、小松島市市内から徳島市内へと入っていく。

     
 昼食に、前回同様、徳島市内で徳島ラーメンのチャーシュー入りを食べた。
 特徴は、濃口醤油やたまり醤油で味付けされ、色が濃いの特徴。
 トッピングは豚バラ・もやし・生卵・ネギなどが王道のトッピングらしいが、生卵はパスした。

     
 徳島市内の国道55号を進み、市街地へ入る手前から、住宅街を抜ける。

     
 今度は、旧街道の徳島市街地のメインストリートを進むと、前を初めて会う逆打ちのお遍路さんの姿が見える。
 追い付いて挨拶をする。これで、4回目の逆打ちだそうだ。慣れたもので、自分のように分かれ道の分岐を見逃すことはなくなったという。
 1週間前から区切り打ちをしているらしい。このあと、徳島市内の宿に荷物を置いて19井戸寺まで行って打ち戻るという。今日の宿はこちらの方が遠いので、別れて先を急ぐ。

     
 徳島市内から郊外へ出ると、このような風格のある古い現役の旅館があった。

     
 温室の中を覗いたらニンジンだった。温室栽培のニンジンは初めて目にした。

     
 15:20、17番霊場井戸寺へ到着。

     
 16観音寺の手前の宿へ向かう途中、母屋と蔵と納屋がセットになった古民家があった。

     
 向かい側から自転車でやって来たおばちゃんが、「お接待させてください」と言って止まった。手作りの小さな袋にティッシュとお菓子を詰めたお接待セットを選ぶように言われた。
 布の模様は違うが、形の同じな袋を20個ほど持っていた。毎日、14常楽寺まで自転車で往復して、道すがらお接待をしているとのこと。

 16:20、次の観音寺の500mほど手前の今日の宿の鱗楼へ到着。予約の電話をするときに、旅館らしからぬ名前だと思ったが、しっかりした造りの料理旅館だった。
 
     
 料理旅館の看板に偽りなしのこれまででナンバー1の料理だった。
 ワカメのしゃぶしゃぶ、メバルの唐揚げ、タケノコの上の柔らかい皮の部分の汁物など珍しい料理もあった。
 朝早く発ちたいので、夕食のみでお願いしたが、7020円だった。 

 


38日目〈金子や〉~(星の岩屋)~別格3慈眼寺・穴禅定~(かん頂の滝)〈25.1km〉〈合計1282.3km〉

2018年04月17日 | 登山・旅行

(星の岩屋)~宿スタート8:15~11:05慈眼寺~11:40穴禅定13:15~13:40慈眼寺~(灌頂の滝)~16:35ゴール(8時間20分)〈32956歩〉

◎お接待大師様のお陰で、別格3慈眼寺以外の弘法大師ゆかりの霊場を回ることができた

 今日は、別格3慈眼寺の打戻りだけの予定だった。お接待大師こと法起坊見習いさんのお陰で、まずは、車で「星の岩屋」を見てきたあと、宿から歩きをスタートさせた。

 お接待大師は車で先に慈眼寺へ。こちらの到着を待って、参拝のあと、一緒に歩きでしか行けない鍾乳洞「穴禅定」へ行き、入洞修行もすることができた。
 その後、やはり車で、その下にある「灌頂の滝」を見て、慈眼寺へ戻り、彼と別れて、歩きで宿へ戻った。

◎まずは、車で星の岩屋と裏見の滝へ

     
 星の岩屋は、勝浦町の宿から車で20分ほどの所に位置する星谷寺(しょうこくじ)にある。このお寺は、明日行く第19番札所「立江寺(たつえじ)」の奥の院である

     
 星の岩屋には、昔、悪星があって人々に災禍災禍をなしていたので、弘法大師が法力でこの悪星を地上にひきおろしてこの岩屋に封じこめたと ころ、悪星が石と化したので、この石を祀ったという伝承がある。

     
 星の岩屋にある不動の滝は、頭上から落下する滝水を裏側から眺められることから「裏見の滝」ともいわれ、神秘的なたたずまいをみせている。

◎別格3慈眼寺・穴禅定の往復と入洞修行

     
 車で宿まで送ってもらい、まずは、標高520にある慈眼寺をめざす。県道18号を進む。道路沿いのみかん畑を見上げる。

 県道を6kmほど歩き、斜面にある坂本集落の中を進む。

     
 ガーデニングのきれいな農家の前を通る。

     
 集落の中の生活道路を登っていくと、山村風景が広がる。

     
 道端に立つ古い時代のへんろみ道道標と丁石

     
 やがて、自然のまま残る遍路道となる

     
 急な石畳の道もある。石畳は急な所にあり、雨で土砂が流れるのを防いでいる。

 最後の1kmほどは車道歩きとなる。

     
 11:05、頭上に岩壁のある別格3番霊場慈眼寺に到着。お接待大師は、車で先に着いていた。

     
 参拝の中で、般若心経を読経する自分の姿

 このあと、2人で穴禅定の入洞修行を申し込む。一人1000円。

     
 上に着る白衣に着替えて500m先の穴禅定へ。この500mの登りが、今日の一番の急登だった。

 穴禅定の由来だが、弘法大師は19才のとき、あらゆる人々の生活苦、病苦など一切の苦厄(四苦八苦)を除くため当地をご巡錫しておられた。 
 深山霊谷のそのまた奥に霊気漂う不思議な鍾乳洞を発見し(穴禅定)、邪気祓いのため洞窟の入り口で護摩祈祷の修行をした。 
 その結願も近いある日、洞窟内に巣くっていた悪い龍が忽然として現れ出て、お大師様めがけて猛然と襲いかかりました。お大師は、慌てずひるまず秘密真言を唱えうち、その法力をもって悪龍を洞窟の奥に封じ込め、21日間の加持をして、さらに霊木に一刀三礼して十一面観音様を刻み、霊験あらたかな行場としてその秘法を末代の修行者のために残されたとのこと。

     
 着いたら、ちょうど一緒に入るバス遍路の団体さんが入るところだった。

     
 各自にろうそく1本を渡され、その明かりで先達さんの指導のもとに進む。非常に狭い鍾乳洞で、立って歩ける所は少く、這ったり、屈んだり、横になったり、斜めになったりと忙しい。

      

      

      
 一番奥の広いところは弘法大師が修行をしたところで、弘法大師像が祀られている。
 その前にたくさん灯されているろうそくは、参加者一人一人が、先達さんに自分の願いを告げ、それを先達さんが受けて灯したものである。

     
 穴禅定の入口近くの岩屋も、大師が修行したところである。

 人数が多かったので、入ってから出るまで1時間半ほども掛かった。
 慈眼寺へ戻り、コンビニでで買ってきたパンやおにぎりを食べる。

◎車で灌頂の滝を見て、慈眼寺から宿へ

 そのあと、車でその下にある、灌頂の滝へ。

     
 ここの滝は、霧のような滝で、天気の良いときの午前中は虹が懸かって非常にきれいとのこと。 
 灌頂とは、仏教用語で霊水を頭から頂くという意味で、弘法大師がこの滝の下で修行をしたという伝説がある。

     
 岩屋の下に不動明王が祀られている。

     
 灌頂の滝の下や帰りの道沿いで、多く見られた雪餅草。ナンテンショウの仲間で、花の所に白く丸い餅のようなものが付いている。四国でも限られたとこらでしか見られない花だそうだ。

 車で慈眼寺まで戻り、彼と別れて、歩きで宿まで戻った。

 自分一人だったら、慈眼寺を打つだけで終わっていたが、お接待大師様のお陰で、素晴らしいものを見せていただき、体験させていただいた。今日の経費も全部お接待…感謝・感謝。

     
 夕食は、連泊楊に、別の献立を作ってくれていた。
 昨日は、相部屋料金で5400円。今日は一人部屋料金で6480円。