癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

恵山(<登り>スカイ沢遡行~南西尾根・<下り>西尾根~スカイ沢左岸尾根)

2016年04月30日 | 登山・旅行

GPSトラックログをもとにしたコース図

 今日は、4/26と同じくSHOさんと、今度はスカイ沢を遡行し、南西尾根から登頂し、西尾根おから前回の向かい側のスカイ沢左岸尾根を下った。

 しかし、スカイ沢は河口の道々に架かる橋では井上川となっていた。その川沿いの上の最終人家の前から、砂防ダム作業道を辿り、上の砂防ダムから入渓。まもなく、情報で知っていた15mほどのペロンとした滝(F1)にぶつかる。そこを左岸のルンゼから高巻いたが、すでに川底への下降は不可能な角度の崖の上だった。ずっと高巻きながら尾根の鹿道を登って行ったら、沢に30mはあろうかと思われる滝(F2)が見えた。これは情報では掴んでいなかった滝だった。たとえF1の上から沢底に下りれたとしても、この滝も直登不可能な滝だった。

 さらに、高巻きを続けて行ったら、前回の下りコースと合流した。結局鹿道を下って谷の中へ降り立ったのは、270二股だった。そこからF2の落ち口まで谷の中を往復した。この中の歩きも小滝が数個あり、両岸の崖を見上げながらの迫力ある歩きだった。

 270二股まで戻り、沢靴から登山靴に履き替え、鹿道を利用して南西尾根へ取り付いた。南西尾根は植生の中は鹿道が続いていたが、その上は、西尾根より細くはなかったが、斜度のある溶岩尾根だった。緊張しながらも、溶岩ピークをかわしながら山頂へ直登することができた。

 山頂では、南側の斜面を観察しながら歩きまわり、山頂へ戻って昼食とした。

 下山は、前回登った西尾根を下り、スカイ沢源頭部コルから270二股まで下った。そこからやはり鹿道を辿り、南西尾根の下のスカイ沢左岸尾根へ登り、その尾根を下った。途中から、F2の姿も観ることができた。最後は、下の人家の人たちが上り下りしているジグを切った道を下ってゴールイン。

 9:25スタート、登り(270二股からの谷の中の往復も含めて)2時間40分、下り1時間05分、13:35ゴール。大満足のワイルドでハードな歩きと、新鮮且つ迫力ある眺めを楽しんだ4時間10分だった。

 下山後は、道々の御崎地区の行き止まりまで行って、海から垂直に切り立つ岩崖を眺めて戻った。恵山福祉センター(65歳以上無料)は定休日だったので、戸井の湯遊館(65歳以上50円)で「疲れを癒して帰路に就いた。


スタートして10分後に目の前に現れたF1。kitanojiisanは「赤黄の滝」と呼んでいる。
ここは向かって左のルンゼから高巻いた。しかし、沢底へは深い急な崖で下りることはできなかった


鹿道利用の高巻きを続けていたら、下が良く見えない30mほどのF2が出現。
これはkitanojiisanの記録にもなかった。


さらに高巻きを続けて行ったらスカイ沢を挟んで、この後挑戦する予定の南西尾根が見えた。


25日と同じところまで登り、同じアングルで谷の中を撮った。
さらに沢の中に降りれるところまで登って、眼下の谷底をF2の落ち口まで往復することにした。


ようやく斜度が緩み、鹿道を辿って沢へ下りる。下り立ったところは270二股だった。水はちょろちょろ程度。


谷底へ下り立ち、両側に門のよう切り立つ岩崖を見上げる


小さないくつかの滝を下って、F2の落ち口に立ち、眼下の谷底とその向こうに見える津軽海洋と下北半島。


再び登り返す。


門のように両側から迫る岩崖の間で。


270二股まで戻り、沢靴から登山靴に履き替えて、南西尾根を登る。目の前の白い崖は右を巻いた。


尾根の上に鋭く聳える岩峰。ここも右を通過。


南西尾根のピーク右のピークである。ここはまっすぐコルを目指す。


コルまで登ったら、頂上が正面に見えた。まっすぐ頂上を狙った。


4日ぶりの山頂。山頂標識が立て直されていた。


権現神社の南下のピークに立って、その下の崖の様子と津軽海峡を眺める。


山頂から雪化粧した横津連峰と駒ヶ岳、手前右の古部丸山を眺める。


4日前に登った西尾根を下る。


西尾根から、今日登った南西尾根をバックに。
西尾根の末端から、スカイ沢源頭部の沢形の中を3度目の270二股まで下る。
そこからやはり鹿道を辿って、前回下った右岸尾根の向かい側の左岸尾根へ上がる。


下る途中からスカイ沢の往復した谷底から続く上のコルまで眺める


左岸尾根からF2を見下ろす。



下山後、御崎地区の行き止まりゲートの先まで行って、海から切り立つ岩崖を眺める。


行き止まりゲートから御崎地区の集落を眺める


詳しい山行記録ともっと多くの写真は下記でどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com (アップ完了)

桜が丘通のサクラ & [ランパス]はしご

2016年04月29日 | 日常生活・つぶやき

雨上がりの寒空の下、満開のサクラのトンネルが続く桜が丘通

 閑静な住宅街の柏木町と松陰町の町境を走る桜が丘通は、その名が示すように、延長約800mの両脇に約100本のサクラの木が植え込まれている。
 
 昭和初期に沿道住民が植栽し、その後いったんは枯れ死の危機に瀕したものの、住民が自主的に苗木を購入するなど再生に乗り出し、元来を上回る規模になった。かつての過ちを繰り返すまいと、住民は並木の維持と清掃活動に取り組む組織を発足させ、年に一度の晴れ舞台に向けて日々尽力している。

 開花時期には、通りの両端からいっぱいの花をもった枝が見事なアーチを描き、見物客の乗用車で昼夜を問わず渋滞になる。しかし、ここの住民は、桜の葉の始末と、毛虫の出没などで、意外に大変とのこと。

「ランパス」18軒目・19軒目
○サンドイッチの店「グルマンカンタ」


 テーオー小笠原の建物の一角にある店ンドイッチカフェ。
利用時間の11:00に行ったらすんなり食べることができた。




提供メニューは「オニオングラタンチキンスープ」。 
美味しかったが、見本の写真より少なめで、予想していた通りボリューム不足。
そこで、はしごをすべく、すぐ隣のランパス協賛店「イタリアントマト」へ。
ところが、利用時間スタートの11:30過ぎにすでに席が満杯で、限定10食が売り切れていた。
仕方ないので、別の店を探したが、祝日は利用不可の店が多い。時任町の「やなぎ亭」に電話したら、予約で満杯。

○レストラン「nana-papa」

はしごの先は、赤川通りに面した富岡2丁目のレストラン「nana-papa」。
ここは予約不可で、限定食数もなく、すんなり入ることができた。



 ここも、ご当地グルメ「函館イカナポリタンの会」加盟店で、提供メニューは、「函館イカナポリタンCLASSIC」。
 温泉たまごを絡めることで、濃厚でまろやかな感じになるが、妻に言わせるとくどいとのこと。

静養日

2016年04月28日 | 日常生活・つぶやき

雨に打たれて咲いている我が家のシバザクラとチャボアヤメ、オダマキの蕾

 せっかく桜が満開になったのに、今日と明日は気温が低く、雨模様の残念な天気だ。

 3日前の夕方にジョギングした時に汗を掻いて冷えたのが引き金のようで、その翌日から風邪気味の症状が続いている。その翌日に山に登らないでおとなしくしていれば良かったのだろうが、好天がもったいなかった。

 その夜も早めに寝て、昨日の花見に備えた。昨日は、酔って帰ってきて、午後3時ごろから、夕食まで寝て、夕食後、風呂に入って再び朝まで寝た。そして、今日は、家でおとなしく過ごしたせいか、だいぶ症状が回復した。明日も、悪天候なので、静養日として完全治癒を期待したい。 

飛鳥Ⅱ & 満開の下の花見

2016年04月27日 | 日常生活・つぶやき

 大型クルーズ船の飛鳥Ⅱ、港埠頭に7:00に入港予定とのことだったので、入港風景を撮りたくて6:30に行ったらすでに入港した後だった。
 今年は、20隻ほどの大型クルーズ船が入港するとのこと。予定が合えば、いろいろ観に行きたいものだ。
 http://www.hakonavi.ne.jp/site/bay/cruise/index.html







満開の下の花見


昼の12時スタートの退職組織の花見。
ちょっと寒かったが、最高齢89歳から新進気鋭の?61歳まで38名の参加で大いに盛り上がった。


青空に映える満開のサクラ


北海道の花見はジンギスカン鍋     おこぼれを狙ってやってくるカモメにおすそ分け


鯉のぼりが泳ぎ始めた五稜郭タワー

恵山初ルート(スカイ沢右岸尾根~西尾根)

2016年04月26日 | 登山・旅行

西尾根の途中の岩峰をかわして進む


GPSトラックログ


 昨年、「昔、恵山の頂上へ直接登る西尾根コースというのがあったらしい」ということを小耳に挟んだ。検索してみたら一つだけヒットした貴重なヤマレコがあった。
 
 聞いたこともないスカイ沢の右岸尾根から源頭部の稜線のコルへ登り、火口原の西尾根を登るコースだった。春になったら挑戦するつもりで温めていた。今日、単独で決行するつもりだった。下山は一部スカイ沢右岸尾根とダブル部分があるが、権現台コース~恵山展望台~つつじ山経由のクラシックコース(「北海道夏山ガイド」の初版本に掲載されていた)の予定を立てた。タイミング良く、昨日になってから、NZから歯の治療で帰国しているSHOさんから「どこか山に行きませんか?」と打診メールが入った。早速、この計画に乗ってもらった。

 二人とも、登りも下りも初ルートである。結果的に、下の尾根や西尾根にも、昔の登山道(鹿道兼用?)の痕跡や踏み跡が残っていて心強かった。久しぶりにワイルドで新鮮な山が楽しめた。

 つつじ公園駐車場を発着点として、9:10にスタート、登り1時間40分、下り1時間50分、12:50ゴール。登りのコースは、下から山頂に登るには最短コースだろう。


つつじ公園駐車場から山裾の南を巻く林道を辿り、終点から林の中に入る。
その先は道有林の境界標石が続く刈払い道だった。
やがて、その境界線と離れて、つつじ山から続くクラシックルートに合流する。
途中に青いペンキでの矢印などが残っていたし、尾根の上に2ヶ所ほどケルンがあった。


展望台へ続くクラシックルートとダブル、スカイ沢右岸の南尾根を登る。
展望台は左のピークだが、途中からスカイ沢の源流部から続く谷地形の上の展望台右のコルを狙う。
右に続く尾根が、この後登る西尾根である。


深くて、岩崖が切り立つ迫力満点のスカイ沢源頭部を振り返る


火山灰の尾根をトラバースして、スカイ沢源頭部から続く谷地形を狙う。


稜線のコルへ登るが、昔から歩きこまれた踏み跡が続いていた。なぜか、車のタイヤが埋まっていたのにはビックリ。


コルの先から西尾根の末端に取り付く。


登っていくと左手に火口原、駐車場、海向山などの展望が広がる。


幅広の尾根から、狭い尾根へと変わる。一部細いところもあったが、それほど危険なところはない。


何度目の頂上か数えきれないが、登山道以外から登った大満足の初登頂。
山を始めて3年目だという単独の女性が先着していた。
「坂口さんですよね。いつもブログ拝見しています」と挨拶された。


以前までは眼にも入らなかった西尾根が、登ったことではっきりと認識できた。


下山は、権現台コースを下り、展望台へのコースを進む。


恵山展望台から左の尾根を下り、眼下に見えるつつじ山を目指す。


スカイ沢の迫力ある姿を上から眺める。いずれ、下から遡ってみたいものだ。
これを見たくて鹿道を下って行ったら、下に下がり過ぎていた。
予定していたクラシックコースへトラバース気味に戻った。


登りとの合流点から、藪の中に続く登山道の痕跡を辿ったら、すぐに東屋の建つつつじ山への道路に出た。

 あとは、つつじ山の階段遊歩道を下って、駐車場でゴール。恵山福祉センターの温泉で疲れを癒し、帰路に就いた。

 詳しい山行記録と、もっと多くの写真は下記でどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com(アップ完了)

アオイスミレに会えず…太鼓山~ガムシ沢

2016年04月25日 | 花・紅葉だより

ガムシ沢の満開のエゾノリュウキンカ

 yamaさんから、「20日に太鼓山とガムシ沢に行ってきました。太鼓山にアオイスミレが咲いていました」とのコメントをいただいた。 聞いたことのないスミレだった。葉の形がフタバアオイの形に似ているのが名前の由来とのこと。写真で花と葉をしっかり目に焼き付けた

 ガムシ沢の花はピークが済んでいるとは思ったが、このアオイスミレを目的に、厚沢部スキー場駐車場から太鼓山~ガムシ沢と巡回縦走の予定で出かけた。

 目的のアオイスミレ、電話で詳しく場所を聞いていたのに、いくら探しながら歩いても見つからない。yamaさんに電話しても繋がらず。その時に同行していたTaさんに電話したが、はっきりした記憶がないという。林道終点から山頂まではテングスミレがたくさん咲いていたが、それらしいスミレは見つからない。そのうちに頂上へ着いてしまった。

 山頂から再び林道終点まで往復してみたが見つからない。その途中で、ガムシ沢へ下るという山友のヨッシ~さんと会った。彼女も初めて聞くスミレだという。

 諦めて頂上からガムシ沢へ下る道を歩いていたらyamaさんから電話が入った。「登山道へぶつかるだいぶ手前の林道沿い」とのこと。思いなおして、林道をずっと下って、教えてもらった場所を目を皿のようにして探しながら歩いたが、スミレのスの字も見当たらない。花期の早いスミレなので、もう終わってしまったのかもしれない。アオイスミレもガムシ沢への循環縦走も諦めてスキー場下の駐車場へ戻った。

 そこからガムシ沢を往復した。スプリングエフェメラルが競演する「花の谷」と呼ばれるガムシ沢だが、まだ花々はたくさん咲いてはいた。しかし、ややピークは過ぎた感じだったし、谷を黄色に染めるエゾノリュウキンカも蕾が一つもない満開状態だった。


頂上近くの登山道沿いにたくさん咲いていたテングスミレ(ナガハシスミレ)


太鼓山頂上


ミズバショウとエゾノリュウキンカ


競演するスプリングエフェメラル



「ランパス」17軒目
 出掛ける前に妻と、13:30~16:00が利用時間の「夏井珈琲 ブリュッケ」で昼食を約束した。予約の電話を入れたら「予約に対応しきれないので、利用時間の間においでいただければ、必ずお出しします」とのこと。13:45に着いたら、すんなりと入れた。

亀田川沿いにある洒落た感じの「夏井珈琲 ブリュッケ」。
中の雰囲気も良いとのことで、一度は入ってみたかったカフェだ。



提供メニューは、これもおしゃれな感じの「生ハムサラダセット」(紅茶付き)
見るからにボリューム不足なのと遅い時刻だったので、軽く腹ごしらえをして行って正解だった。


○ジョグメモ
 明日以降しばらく走れなさそうなので、夕方、巴大橋コースの10kmに挑戦。7分/kmで走ろうと思っても、遅くて結構辛いものがあり、ついつい速くなってしまう。結局平均ラップは6分35秒だった。まあ、練習段階からこのくらいのペースで走れれば走っておいた方が良いのかも知れない?

箱館歴史散歩の会復活・第1回「函館ぶら探訪」ほか

2016年04月24日 | イベント鑑賞・参加

集合場所の啄木小公園に集まった人々

 昨年まで137回も続いていた「箱館歴史散歩の会」の主宰中尾仁彦氏が、1年間の充電期間を経て、復活となった。それも、名前が「函ぶら探訪」に変わったようだ。

 今日は記念すべき復活第1回ということや、探訪テーマが初の「啄木小公園~自衛隊通り付近巡り」ということもあり、120名ほどが参加していた。

 コースは、啄木小公園~国道278号線(漁火通り)(日本初の有料道路)~砂山跡~函館市営競輪場~旧湯の川村と函館市の境界線~乃木神社~陸上自衛隊函館駐屯地~御閲覧記念碑~陸軍用地境界柱~柏木電車車庫跡地だったが、午後から会議が入っていたので、乃木神社に着いたところで、残念ながら帰らなくてはならなかった。


○啄木小公園

 本郷新製作の啄木の銅像の下に歌碑「潮かをる 北の浜辺の 砂山の かの浜薔薇よ 今年も咲けるや」が刻まれているが、当時の砂山はこの辺りから東川町付近まで広がっていたので、ここで詠んだ歌ではないだろうとのこと。
 啄木は、大森浜と呼ばれていた当時の宝来町の海水浴場に良く行っていたようなので、そこで読んだ歌ではないかとのことだった。
 啄木は砂山の歌を5首詠んでいる。函館在住時の歌は60首と言われている。


西条八十の啄木に捧げた歌碑

 「眠れる君に捧ぐべき 矢車草の花もなく ひとり佇む五月寒 立待岬の波静か おもひでの砂ただひかる」
 西条八十は、啄木を非常に慕っていて、昭和26年に、啄木の墓を詣で、この歌を詠んだとされる。
 昭和34年に、函館市の惣菜ライオンズクラブが八十直筆の歌碑をここに建立。

○砂山跡
 明治16年の地図には「大森砂丘」と記されていて、東川町からこの辺りまで、東西1km、南北300m、高さ30m以上の砂山があった。
 大森町は、砂が大きく盛り上がっていたこと、高盛町は、砂が高く盛り上がっていたことが町名の由来とのこと。
 昭和30年代までは砂山が残っていたが、中野ダムの建設工事に使って、それ以降は面影がなくなった。それまでは、スキーも滑れたそうだ。

○わが国最初の有料道路と言われている国道278号線(漁火通り)
 大正7年に実業家・松岡陸三が松風町~湯の川温泉までの4.3kmを借り上げ、日本最初の有料道路を造り、6人乗りのフォード3台をバス代わりに走らせた。現在の啄木亭の庭園は松岡陸三の邸宅だったところで、庭園は当時のまま残されている。舗装は昭和31年。「漁火通り」の名称は平成3年で、それまでは海岸通りと呼ばれていた。

○函館市営競輪場

 昭和25年、全国で47番目の公営競輪場として開業。競馬場と2つあるのは全国でも珍しい。
 戦後復興のために造営され、ずっと黒字が続いていた。最近は赤字経営のようだ。
 現在は冬期間にスケート場としても利用されている。
 
○函館少年刑務所

 少年刑務所は、北海道ではここだけで、全国で6ヶ所。初犯の人が多く、職業訓練が中心。辻向いに展示販売所がある。約580名ほど入所しているが、少年は4~5人ほど。交通違反の犯罪者が60名ほど。

 少年刑務所になったのは、昭和18年で、その前は函館刑務所。
 函館刑務所は、幕末には宝来町の高田屋嘉平衛の銅像の右手付近、明治2年には今の元町公園、明治6年には今の消防本部のあるところ、明治8年には千代台公園の裏、昭和2年に現地に移転。平成17年に全面改築。

○旧函館市と湯の川村の境界線
 現在の通称競輪場通り。今の半分以下の広さだった。合併は昭和14年。

○乃木神社

 乃木将軍を慕う人々が大正5年に創建。1964年(昭和39年)に東京の乃木神社に寄進されて函館分社となった。

○陸上自衛隊函館駐屯地

 昭和25年に警察予備隊が創設され、同年10月に第2連隊第3大隊が道南防衛の要であるここ函館に移駐した。 
 その後、第106特科大隊、第101教育大隊の時代を経て、第28普通科連隊が、昭和37年に当地に移駐し、平成20年に旅団内連隊となり引き続き、函館駐屯地の基幹部隊として今日に至っている。


○退職組織渡島支部開設20周年記念式典・祝賀会

 午後からは、自分が函館支部長と北海道本部の副会長を仰せつかっている退職組織の渡島支部の定期総会・設立20周年記念式典・祝賀会に、来賓として招かれた。総会の挨拶と式典の祝辞をお願いされた。
 前身は「函館渡島檜山地区支部」として30年間の歴史がある。平成8年に3支部がそれぞれ分離独立して、20周年を迎えている。
 函館支部も、5/15に定期総会と設立20周年記念式典・祝賀会が予定されていて、現在その準備が総仕上げの段階になっている。

熊本地震から10日

2016年04月23日 | 日常生活・つぶやき

しゃちほこも落下し、石垣があちこちで崩壊した、2度訪れたことのある熊本城

 先ずはじめに熊本地震で被災された皆様にお悔みを申し上げます。そして、1日も早く余震が収まり、復興や支援活動が進み、平穏な日々が訪れることをお祈り申し上げます。

 4/14、熊本で発生した震度7の地震、それが本震だと思ったら、今まで聞いたことのない「前震」で、4/16の震度7の方が「本震」とのこと。その後、大分県にも広がり、10日を経過した今でも強い余震が続いて、被害が拡大している。

 まだ東日本大震災の復興もままならない状態の中での、このたびの大地震。最近は、地震だけでなく、毎年のように繰り返されるゲリラ豪雨被害も含めて、自然災害が非常に増えている。いくら科学が発達しても、防ぎようのない大自然の災害に、人間の無力さを痛感せざるを得ない。

 この熊本地震を見ていると、特徴的なこととして、大きな余震が長い間続いていること、断層にそって地震が拡大していること、東北大震災のような津波や大きな火災や原発事故が発生しなかったことは不幸中の幸いではあるが、強い余震が長く続いているので、復興も支援活動もままならないこと、さらには、これまでには見られなかった長期間にわたる車中泊避難とエコノミー症候群などなど・・・これまでの地震では見られなかった課題も生まれている。

 いつも感心するのは、このような大災害に瀕したときの日本人の国民性の素晴らしさである。避難所に退避した人たちの、食料や飲料水などの供給を受けるときも、我先にとなりがちだが、整然と行動していること、民間レベルでの支援活動やボランティア活動の速さと輪の広がりなどなど。良く外国の映像を見ていると、略奪や自分さえよければどうでもよいといった行動などが見られるが、日本ではほとんど皆無と言って良い。むしろ、外国の人たちが不思議に思うらしい。
 





                
「ランパス」16軒目

 上記のようなことを書いたあとに、甚だ不謹慎だが、今日の昼食は、4日ぶりの「ランチパスポート函館」利用の「ちゃんぽん長崎屋」へ。
 行啓通りの道新手前の交差点にあり、長崎ちゃんぽんが美味しいと評判で、以前から一度は食べてみたいと思っていた店である。
 ランパス協賛店は、土日祝日に利用できないところが多いが、ここは、土曜日も利用でき、予約不可で、営業時間中いつでもOKの店だ。それでも、開店時間の11:30に行ったら、食べている最中に空席待ちの状態になった。ほとんどがランパス客だった。


提供メニューは、食べたいと思っていた「長崎ちゃんぽん」だった。


評判通り、非常に美味しかった。魚介類や野菜の出汁が効いていて、汁もほぼ飲み干してしまった。あと2回は行きたい。


サクラ開花状況偵察ジョグ

2016年04月22日 | 登山・旅行

いつも五稜郭公園で一番先に咲く六花亭裏のサクラ

 昨年は、同じ日に家からマラニックモードで、函館公園のサクラの開花状況と、函館山のスミレを目的に往復していた。そこで、不燃ごみの処分から帰宅後、15時過ぎに家を出て、五稜郭公園~桜が丘通り~函館公園~教育大前のサクラの様子を偵察しながらゆっくり走った。距離は結果的に16kmだった。
  
 函館公園のサクラは、昨年の方がもっとたくさん咲いていたが、今年の満開情報は昨年とほぼ同じだ。


五稜郭公園の開花し始めたサクラ


幹のコブに咲いているサクラ


24日からの夜間照明の準備が進んでいいた


ベニシダレザクラの蕾


一般住宅のエゾヤマザクラ


桜が丘通りのサクラ並木も咲き始めていた


函館公園のサクラの方が五稜郭公園より開花がすすんでいるようだ


旧図書館横の1本の木に白梅と紅梅が一緒に咲く「思ひのまま」


旧図書館前のハヤザキナデンの蕾


いつも早く咲く教育大駐車場のエゾヤマザクラ


 函館のサクラは、明日が開花予想日で、27日が満開予想日だ。退職組織の花見は、一時ジンギスカンセットの営業の関係で29日に延びたが、夜間照明が早まったので、再び27日に設定した。昨年も満開日に実施できて、非常に好評だった。また、函館トライアスロンクラブの花見は5/1である。サクラ舞い散る中での開催になりそう。

 しかし、4/25に、北海道新幹線初乗りを兼ねて予定していた秋田県角館の武家屋敷通りのシダレザクラ並木は、すでに満開になっているとのことで、新幹線の予約をキャンセルした。来年の楽しみに取っておこう。

○ジョグメモ
 「伊達ハーフ」が終わり、次の目標は約2ヶ月後に迫った「函館マラソン」のフル初挑戦である。
 もう6分/kmで走る必要はなくなるので、今日は、16kmを7分/km前後のペースでのんびり走りを楽しんだ。サクラを見ながら歩いたところもあったので、トータルタイムは1時間55分だった。
これからは、6分30秒~7分/kmペースで、週に2回程度は15~20km前後の長い距離を走るつもりだ。

本類、アルミラック、食器等の処分

2016年04月22日 | 日常生活・つぶやき
 リビングングの隣の和室にあったアルミラックの本棚を捨てて、リビングに置いていた本棚を移動した。当然、その分の本類は処分しなくてはならない。
 断捨離の一環で、これまでも何度か処分したが、階段ホールにある作り付けの本棚の本も合わせて、それらの中から処分する本を選んだ


リビングから隣の和室(書斎兼仏間)に移動して整理した本棚


階段ホールの作り付けの本棚・・・処分したら、だいぶ空間ができた。


本を運んだラルズマートのecomo(リサイクルコーナー)

 
処分した本類   これまでのポイントが160円分増えて、500円のクーポン券がもらえた


 午後からは、これまで物置や納戸で棚として使っていたアルミラックも全部ばらして処分することにした。
 また、もともと5人家族時代からの食器等が多いので、使わない物や数の多いものも処分することにして、七五郎沢廃棄物最終処分場へ運んだ。

処分したアルミラックと食器類


正味90kgで233円。本のリサイクルポイントが160円分だったので、73円の支出で済んだ。
これを燃えるごみや、大型ごみや不燃ごみとして出したら莫大な料金が掛る。


すっきりしたサイドボードの中と本棚のなくなった壁側

家具の再配置

2016年04月21日 | 日常生活・つぶやき

家具を再配置したリビング

 床のリフォーム工事が終了したが、午前中はいろいろ所用があって外出し、夜は飲み会で、思うように作業ができなかった。

 リビングの方は、夏仕様の家具の再配置と収納が終わった。工事前との違いは、ソファの前にカーペットを新調したことと、窓際にあった本棚をやめて、妻のしゃれたライティングデスクを置いたこと、電話の位置を変えたことである。工事終了時は広々していたが、家具を置くと狭く感じる。

 ダイニングの方は、家具や冷蔵庫の再配置は終わったが、妻の領分である収納は、これからである。

ダイニングの床リフォーム&外壁塗装補修

2016年04月20日 | 日常生活・つぶやき
○ダイニングの床リフォーム


after~古いのは、飾り溝が入っていて、そこに汚れが溜まりやすいので、フラットなものにした。
 ボイラーや洗濯機は外さないで張り替えしていたが、「さすがプロ!」と思わせる技術だった。
  ↑  ↑  ↑

before~クッションフロアーの継ぎ目が剥がれてきたことや汚れが目立ってきたので、張り替えることにした。

 
古いクッションフロアーをゴミに出しやすいように小さく切り刻みながら剥がす。
全部剥がしてから、下のコンパネの釘の緩みを打ち直ししていた。

 
 
前回はやっていなかったコンパネの継ぎ目を埋める作業。
広い部分は、あっという間に張られていて、糊付けなどの細かな作業は見れなかった。    

○外壁塗装補修


3年前に塗り替えた外壁だが、下地が傷んでいて、剥がれてきたところがあるので、補修してもらった。
こちらは、昨日と今日、2日間を要した。
3年前も外壁材が傷んでいるところは取り換えて塗り直した。
今回の部分がまた剥げるようなら外壁材を取り換えなくてはならないとのこと。

  

 

 
 張り替えたダイニングとリビングの床に、夕方と夜の2回、水性ワックス掛け作業をした。家具の移動は、明日以降の仕事になりそう。

リビングの床リフォーム

2016年04月19日 | 日常生活・つぶやき

after~フローリングの床にリフォーム。(ワックス掛け前)
↑ ↑ ↑

before~じゅうたんの汚れや床の軋みが出てきたことがリフォームの理由。

 今日と明日は、築29年を迎える我が家のリビングとダイニングの床の張り替え工事。
 今日は、これまでじゅうたん敷きだったリビングの床をフローリングに変える工事が済んだ。

 
じゅうたんを切りながら剥がしたら下はクッション材    クッション材の下はコンパネ

 
古いコンパネを剥がす     軋みの原因は釘止めの緩みとのことで、全部ビスで止め直した


新しいコンパネを張り直す。これもすべてビス止め


コンパネの上にフローリングを敷き詰める

 4人の大工さんで、朝の9時から始めて、17時には終了。

 明日は、リビングのクッションフロアーの張り替え工事。その後、両方の床に水性ワックス掛けの予定。

「ランパス」15軒目


今日の夕食も、台所が使えないので、「ランチパスポート函館」の夜も利用できる港町の「ネパールレストラン ラーニキッチン」へ



 提供メニューは、「ラーニキッチンセット」。ここは市内に5軒あるネパールカレー店で、昨年一番先に食べた店だった。何度食べても美味しい。
 夕食時にも使えるためか、ほかにも数組の「ランパス」客がいた。

ばんけい温泉「湯人家」

2016年04月18日 | 登山・旅行

 壮瞥町ばんけい温泉の南奥にある「湯人家」(ゆのとや)。しっかりした建物で、こじんまりとした落ち着いた湯宿である。

 20年前に地元の知り合いの紹介で泊まったことがある。そのときは、ご主人が退職後、料理が得意の女将さんと、第二の人生として開業して3年目だった。そのときの宿や温泉の雰囲気、ご主人と女将さんのお人柄、料理など、とても好印象をいだいていたので、機会があったらまた泊まりたいと思っていた。

 20年ぶりの再訪だったので、ご主人と女将さんは年齢を重ねていたが、宿の雰囲気は当時のままだった。その後、宿で使う電気は太陽パネルで発電し、室内の暖房は温泉熱を利用した徹底的なエコな宿になっていた。料理にもその精神が生かされていて、地物で新鮮なものを提供している。

 部屋は和室10畳で広々していて、湯治客用にミニキッチンもある。


玄関ホール


こじんまりとした内風呂~泡風呂とやや熱めの風呂


露天風呂


地物の新鮮な魚介類と野菜が中心のボリューム満点でとても美味しかった夕食


玄関ホールに、全国優勝2連覇と準優勝の3年間の駒大苫小牧高校の記念品と選手の名前の入った色紙が展示。


2階の階段の突き当たりの飾りスペース

 
本がたくさん     センスの良さを感じるパンフの表紙


朝食


フクジュソウの咲く庭から眺める白水川と長流川の合流地点とその上に架かる旧胆振線の鉄橋 


「ランパス」14軒目


 明日からのダイニングとリビングの床のリフォーム工事に備えて、台所用品を移動してしまったので、今日の夕食は、以前から美味しいと評判の西桔梗町の「らーめん若大将」へ。

 80軒が参加している「ランチパスポート函館」の中で、最も遅い21:00まで利用できるありがたい店だ。



提供メニューは、看板メニューの「濃厚味噌ラーメン」。
濃厚といいつつ、けっこうあっさりしている方だ。美味しくて最後まで飲み干したくなったくらい。
麺は、自分好みの腰が強い中太麺で、チャーシューも大きめだ。

大々満足の快走「伊達ハーフ」

2016年04月17日 | ウォーキング・ジョギング・マラソン

5km 付近、有珠山に向かってサイクリングロードを走る。

 道内で最も早い「春一番第29回伊達ハーフマラソン大会」に、昨年に引き続き、妻と一緒に参加した。

 スタート前は、寒いくらいだった。汗を掻いていたスタート後1時間ほどで小雨が降り出して涼しくなった。しかし、ゴール前3km付近から風雨が強くなり、ゴールしたときは寒くて、直ぐにホールに行ってウィンドブレーカーを着たほどだった。
 
 結果は、昨年より5分以上も速い、2時間02分08秒で、65歳から再開して7年目のハーフマラソンだが、昨年の函館ハーフで記録したベストタイムを、さらに3分以上も更新した。別に頑張っているわけでなく、6分/kmペースを目標に抑えながら楽しく走ることに心掛けている結果なのだが、平均ラップは、5分50秒だった。辛いと思ったことは一度もなく、特に後半の17~18kmの下りでは、5分15秒というラップもあった。

 順位は、男子60歳以上の部で、204位/417人、昨年より32位も上がっていた。総合順位は、1485位/2545人。

 スマホで10回ほどの撮影タイムを取ったが、そのときに追い越された選手を直ぐに追い返すことができた。

 練習で走った距離は、昨年と変わっていない。好調だった原因に、毎朝続けている体幹トレーニングの効果が表れているのならうれしい。これで、2ヵ月後の函館マラソンのフル初挑戦に向けて弾みが付いた感じだ。

 妻は、自分より2分遅れだったが、やはり、これまでのベストタイム更新だった。


スタート前


市街地での太鼓の応援


8km付近では、昭和新山に向かって走る。


11km地点の上り坂の先にはトンネルが待っている。
この辺りからペースを上げて、追い越しモードになった。


トンネルから抜ける手前


15km付近では、再び有珠山に向かって走る。


風雨が強くなってきた20km地点。もうすぐゴール。


開催要項と記録証


 ゴール後、昨年は洞爺湖の湖畔亭に泊まったが、今年は、20年ほど前に泊まったときに、とても好印象だった壮瞥町ばんけい温泉の湯人家(ゆのとや)に泊まることにした。この宿については、明日別ページでアップ予定。マラソン帰りの入浴客は多かったが、泊まりは3組だけだった。