癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

白馬村到着

2018年07月18日 | 登山・旅行
 夏の本州の道の駅の車中泊は暑くて眠れない夜が多いが、今回の道の駅庄内みかわは気温が高くなく、10時間も爆睡することができた。  6:30に出て、入山口の白馬村を目指す。       道の駅の近くの鶴岡市内で、函太郎の店を見つける。ここまで進出しているのには驚いた。  9時過ぎには30℃を超える。       新潟県に入った村上市北部の海岸線には11kmも続く奇岩や断崖と松の名勝天然記念物「笹川流れ」が続く。       10時過ぎに、休憩したくて、道の駅新潟ふるさと村に寄る。ここは、何度も車中泊で利用しているが、敷地の広さやいろいろな施設の多さでは、国内随一だと思われる。気温は、すでに32℃を超えていた。       昼前には燕市で、走行中の最高気温35℃を記録。このあと糸魚川市でも、15時前に、もう一度35℃を記録した。車はエアコンが効いているので、暑さを感じることはない。       16:00、白馬駅に到着。白馬村だが、駅前付近は観光都市そのもの。登山と有名な八方尾根スキー場と温泉の拠点となっていて、駅から出てくる人たちは登山者と観光客ばかり。       観光案内所で、近くの安い温泉を聞いたら、すぐ近くの白馬八方温泉のみみずくの湯の割引券をいただき、500円で入ることができた。  入浴客は、ほとんど山から下りて来た日焼けをした人ばかりである。  露天風呂から逆光の中に白い雲を纏った白馬岳の尖った山頂が微かに見えた。ほかの山も霞んで良く見えない。  エアコンが効いた休憩室で、ブログの下書きをする。17:30までのんびりし、駅前で夕食を食べ、 入山口の猿倉駐車場を目指すつもりだった。  しかし、同じコースを歩いた人の情報では、猿倉まで上がってしまうと、親不知に順調に下りて白馬駅まで戻ってきても、猿倉までの最終バスに間に合わないそうだ。タクシー代が4000円ほとのとこと。  たまたま、駅から2km弱の所に、八方尾根スキー場の第5駐車場があった。無料でトイレもある。そこで泊まって、明日の6時のバスに乗ることにした。        第5駐車場から、日没後の白馬三山を見上げる。
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道の駅庄内みかわまで

2018年07月17日 | 登山・旅行
    

 当初の計画では、明日の早朝のフェリーに乗る予定だった。しかし、高速を使わないと明日中に登山口となる白馬村猿倉まで走ることは不可能である。高い高速は使いたくない。そこで、2日掛けてのんびり走ることにして、今朝の8:10の青函フェリーに乗った。

 青函フェリーは、北海道命名150年記念キャンペーン割引で、18,000円のところ13,150円とお得値段である。非常に助かる。

 雨の青森を12:15にスタート。猿倉まで、一般道優先でカーナビを入れたら、660km と出た。

 北秋田市と秋田市の間だけ国道285号を走ったが、あとは国道7号をひたすら南下。時間的余裕はあったが、秋田市を過ぎるまでずっと雨だったので、1回のトイレ休憩以外は、どこにも寄らずに走った。
 16:00に秋田市内に入る。この辺りから雨が止んだ。

    
 山形県が近くなる頃からは、右に日本海を、左に頂上部分を雲に覆われた鳥海山を眺めながら走る。

    
 18:30、約300kmを走り、今日の車中泊場所とした道の駅庄内みかわに到着。
 隣にスーパーと温泉がある、最高の道の駅だった。
 温泉は汗も掻かなかったのでパス。スーパーの割引き弁当と惣菜とビールで、安上がりの夕食。

    
 気持ちが悪いくらい真っ赤な夕陽を捉える。これは、日本海の海岸で見たかった。
 幸い、気温は26℃ほどで、これからまだ下がるはず。これなら寝苦しいことはないだろう。

 明日は、かなり余裕があるので、観光を兼ねながら、のんびり走るつもり。
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装備等準備完了

2018年07月16日 | 登山・旅行

 北アルプスは、お金さえ出せば、たくさんある営業小屋に泊ることができ、テント・寝袋・マットや食糧などは持たないで、日帰り装備で快適に歩くことができる。

 しかし、1泊2食付きで9000円前後が相場である。おまけに、繁忙期には詰め込まれ、2人で1つの布団などになることもあるらしい。とても眠れそうにない。過去に繁忙期を外して何度か利用したことはあるが、確かにテント泊よりはずっと快適である。特に、雨で濡れたものを乾かせるし、荷物が軽いので歩く距離も延ばせる。しかし、1泊か2泊くらいなら良いが、10泊となると、年金生活者には結構負担である。

 その点、テント泊は、テン場利用料は1000円前後で、食事は軽量化を図るために、フリーズドライやインスタント食品などの味気ないものになるが、朝と夕で1000円程度で済む。他人が気になったり、いびきがうるさくて眠れないなどという、他人への気遣いも不要で、小屋泊よりは自由度も高い。天候の良いときは、自然との一体感を楽しむことができる。
 また、北アルプスの山岳地図の時間表記は、テント泊装備での歩きに合わせて書かれているのがうれしい。

 そんなことで、今回も体力に任せて、テント泊縦走の計画を組んだ。食糧は、スーパーとドラッグストアで、必要なものを買い込んだ。2回目のときには買い足さなくてはならないものもあるが、おおよそのものは揃えた。

 明日、もう一度チェックする必要と、まだ追加しなくてはならないものもあるが、最初の白馬三山~栂池新道の3泊4日分をパッキングして計測したら、15kgほどである。

 なお、車中泊用の寝袋とエアーマットは、もう一組あるので、そちらを使用する。
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北アルプス遠征&海抜0からの富士山・・・計画づくり

2018年07月15日 | 登山・旅行
 北海道のエゾ梅雨は、いつ明けるのか分からないくらい悪天候が続いている。7月上旬から花狙いの大雪山系の計画を組んでいたが、それも叶わなかった。
 そこで、本州の梅雨明けに合わせて、かねてから考えていた北アルプス遠征と海抜0からの富士登山の計画を練ってみた。

 計画では、7/18の早朝のフェリーに乗り、一路日本海側の一般道を南下し、北アルプスの白馬村まで走るところからスタートする。

白馬三山~雪倉岳~朝日岳~栂海新道~親不知海岸(3泊4日)


 白馬三山は上掲の写真であるが、2011年8月上旬に、白馬大雪渓を登り、この3山を縦走する計画で出掛けたが、白馬岳のテント場で嵐に遭い、縦走を断念し、白馬大雪渓を往復しただけで終わっている。

 また、08年7月下旬の三百名山巡りの白馬岳からの雪倉岳~朝日岳縦走も、やはり嵐に遭い、テントも張れずに白馬岳山荘で2泊足止めを食らい、3日目に展望のない雨の中を縦走している。
 これで、白馬岳は3度目となるが、2回とも嵐に遭って、思うような山行ができなかった。今回は、そのリベンジにプラスして、海抜0の日本海親不知海岸へ下りる栂海新道を歩くことにした。

1日目、猿倉~白馬遣温泉~天狗岳山荘(テント泊)
2日目、天狗岳山荘~白馬遣ヶ岳~杓子岳~白馬岳~雪倉岳~朝日小屋(テント泊)
3日目、朝日岳~栂海新道~白鳥山荘(小屋泊)
4日目、白鳥山荘~親不知海岸~(電車とバスで)~猿倉(車回収)

②大汝山(3015m)(日帰り)


 この山は、全国3000m超峰<21座>で、唯一登り残している山である。三百名山巡りでは、上掲の立山三山を縦走せずに、立山信仰の雄山神社のある雄山(3003m)だけで下山している。しかし、3000m超峰では、立山(大汝山)(3015m)としてカウントされているので、登り直して、3000m超峰21座完登を成し遂げたい。
 扇沢から黒部アルペンルートを利用し、室堂から日帰りで、立山三山を縦走したい。

③槍ケ岳再訪~高天原温泉(6泊7日)


東鎌尾根からの槍ケ岳

 日本三百名山完登後、一番先に再訪したかった山は剱岳であった。それは、翌年に、コースを変えて、早月尾根から黒部峡谷への4泊5日の縦走を成し遂げた。その後、日本一の山岳紅葉の涸沢も再訪した。
 あと、ぜひ再訪したかったのが槍ケ岳である。今回は、やはりコースを変えて、上高地をスタートして、喜作新道経由で東鎌尾根から槍ケ岳に登り、西鎌尾根を下り、さらに、花の楽園と言われている雲ノ平を経由して日本一遠い温泉として有名な高天原温泉まで足を延ばし、小池新道から新穂高温泉へ下山する計画である。

1日目 沢渡~(バス)~上高地~蝶ヶ岳(テント泊)
2日目 蝶ヶ岳~常念岳~大天井岳~(喜作新道)~西岳(テント泊)
3日目 西岳~(東鎌尾根)~槍ケ岳~(西鎌尾根)~双六小屋(テント泊)
4日目 双六小屋~雲ノ平山荘(テント泊)
5日目 雲ノ平山荘~高天原温泉<往復>(テント泊)
6日目 雲ノ平山荘~(小池新道)~わさび小屋(テント泊)
7日目 わさび小屋~新穂高温泉~(バス)~沢渡(車回収)

④海抜0からの富士山登山<村山古道> 2泊3日

 2010年9月11日、この富士山で日本三百名山を完登して以来、「富士山は登る山ではなく、眺める山だ」という思いを強く抱いてきた。端的に言えば、日本一の山に登ったという満足感と素晴らしい天候に恵まれたおかげで、360度の大パノラマに感動したが、5合目からの登山は、剥きだしの美しさの欠片もない火山地形と登山道沿いの多くの山小屋、夥しい数の登山者に辟易するだけである。もし、再訪するとすれば、海抜0mからの登頂だと思っていた。


 数年前に、そのことを札幌の元同職の田舎おじさんに話したら、『村山古道を歩く』という本をいただいた。
 この「村山古道」というのは、平安時代末期に修験者の登山道として開かれ、1000年以上にわたり隆盛を誇りながら、明治に入り廃仏穀釈と登山道の 付け替えに伴い廃れた村山口登山道が、2004年夏、2年間に及ぶ過酷な発掘・再開作業の末、約100年の時を経て甦った古道である。田子の浦近くの富士塚からスタートした昔の信仰登山のコースである。その本をいただいた時から、この古道を辿ってみようと考えていた。

1日目 田子の浦~(村山道)~村山浅間神社~村山ジャンボ(泊)
2日目 村山ジャンボ~村山浅間神社~(村山古道)~新6合目山小屋(泊)
    ※登れるところまで登って、山小屋泊
3日目 山小屋~富士山(剣ヶ峰)~宝永山~富士宮5合目~(バス移動)~田子の浦(車回収)

 計画は以上であるが、北アルプスのテント泊縦走は、年齢的にも、多分これで最後であろう。行ってみたいと思っていたところを全部網羅した。北アルプスは、ちょうど花の時期でもある。8/10ごろまでに帰れば良いので、時間はたっぷりある。天候や体調を吟味しながら、無理しないで、のんびり山行を楽しみたいものである。

 明日は、装備や食糧の準備に費やすことになるであろう。
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つかの間の晴天の郊外ドライブ

2018年07月14日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
 昨日も朝方まで雨、明日も雨予報・・・今日は昼ごろから少しずつ青空が広がったので、休みの妻を誘って、郊外ドライブへ。


まずは、昼食に新函館北斗駅前の「畑のレストランHuis(ゆい)」へ。




二人とも、農園プレート“畑の恵み”(ジンギスカン)(1400円)


きじひき高原展望台へ。大沼方面は微かに見えていたが、函館方面はガスで良く見えず。


駒ケ岳登山口へ

狙いは、登山口から10分ほど登った地点のオオウメガサソウ





まだ蕾の方が多かったが、花が開いているものを探して撮影


大沼の山川牧場ミルクプラントへ


目当ては、果肉のたくさん入ったフルブレンドソフト「いちごワッフル」(380円)


大沼側から城岱牧場展望台へ。函館方向の霞んだ展望。


展望ハウスと七飯岳。ハウスの中にあった売店がなくなっていた。

 残念ながら、スカッとした青空ではなかったが、気温が28℃まで上がり、夏を体感できた。
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7月のお盆ほか

2018年07月13日 | 日常生活・つぶやき

 お盆といえば、夏の風物詩だが、日本のお盆は、仏教の盂蘭盆会に神道の祖先崇拝や豊作に感謝するなどの農耕儀礼など古くからの様々な風習が合わさって形作られたと考えられている。

 函館市では、合併する前の旧市内のお盆は7月(新盆)で、合併した旧亀田市などの地区は8月(旧盆)である。

 北海道では、7月のお盆は函館と根室だけだが、全国的にみると、東京(一部を除いた地域)や南関東(都市部)、金沢や静岡など都市部に結構多いようだ。しかし、全国の8割ほどは8月のお盆で、「お盆休み」もそれに合わせて実施されている。

 そもそも旧暦の7月15日に行われていたお盆は、明治以降の改暦後には新暦の8月15日に行われるようになった。だが、改暦後、官庁が率先して新暦基準で行事を行ったために、東京をはじめとする都市部で新暦が浸透し、7月のお盆が定着したようだ。
 しかし、当時の日本国民の8割が農業に従事しており、新暦7月15日は農作業の忙しい時期に重なったこともあり、お盆を1ヶ月遅らせて「月遅れのお盆」として、お盆の行事をゆっくりできるようにしたためと言われている。このほかに、8月20日や8月1日の地域もあるようだ。

 実は、函館も改暦後から大正年代までは、8月にお盆をしていたらしい。ところが、市を挙げて行う函館八幡宮の祭典が8月にあるためだ。ごちそうを作って親戚一同が集まる函館八幡宮のお祭りと、同じく祖先の霊を迎え、供養するお盆はとても一緒にはできない。そこで、大正6年(1917年)から新暦7月に行うようになったらしい。


我が家の墓の上を這うカタツムリ

 さらに、面白いのが、函館の7月のお盆には、付きものの盆踊りがない。同じ7月の根室は大々的に盆踊りを中心としたお祭りのような行事で盛り上がるらしい。それに代わるのが、旧函館地区では、8月1日~5日の函館港祭りに合わせて、町内会などで櫓を組んで、盆踊りのように踊る「港おどり」である。したがって、盆踊りに付きものの「北海盆唄」はなく、メインは佐々木基晴の歌う函館港唄「いんでないかい」である。 
 だからなのか、旧大野町で育った自分は、8月に「北海盆歌」がメインの盆踊りを踊ったが、函館市東川町界隈で育った妻は、踊っておやつをもらったのは港おどりで、盆踊りは知らない。

 お盆の期間は、新盆も旧盆も13日~16日で、中日が15日である。しかし、お盆と言えば、お盆の入りの13日が定着していて、この日にお墓参りをする人が多い。先祖はこの日に地上へと降りてくるとのことだから、先祖を迎えに行くという意味で13日にお墓参りをするのがよいと考えられているようだ。

 我が家の菩提寺は谷地頭町の高野寺で、墓は立待岬にあるので、今日がお墓参りである。妻の作ってくれたぼた餅と花を持って、雨が上がった午後にお参りに行ってきた。妻の実家の墓もすぐそばにあるのが好都合だ。


妻が作った御供えのぼた餅・・・ぼた餅やおはぎは彼岸に付きものだが・・・?


◎10kmジョグ
 夕方になり、青空が広がり、少し涼しくなったので、巴大橋コースの10kmジョギングに出た。走るのは7/1の函館マラソン以来だ。もう、タイムとかラップとか気にしなくても良いので、楽しんで走ることにした。一昨日の函館山縦走周回の影響もなく、往路は信号に3回引っかかったのに36分、復路は2回引っかかって35分だったので、結果的には7分/kmを切って走っていたことになる。

 今後も、山行との兼ね合いもあるが、トレーニングや健康づくりのために、週に1~2度は走り続けたいものである。
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ICAS nimoca(イカすニモカ)

2018年07月12日 | 日常生活・つぶやき

 このカードは、函館バス・函館市電に乗るとき、降りるときに車載機にタッチするだけで利用でき、整理券も小銭も不要の交通系ICカードである。また、入金(チャージ)すれば、繰り返して使える。

 しかも、70歳以上の高齢者交通料金助成は、今年の4月より「高齢者交通料金助成券」を廃止し、このカードを使用した助成に変わっている。
 新制度は乗車料金の半額がポイントとして電子マネーで還元され、還元されたポイントは「ポイント交換機」に累積される。年間の助成限度額は,現行どおり6,000円とのこと。

 市電や函バスは、年に数えるしか利用しないので、これまでの「高齢者交通料金助成券」は面倒で、申請してこなかった。

 しかし、今回、このカードを作ったのは、妻の勧めもあるが、決済に対応している加盟店(主要なコンビニ、ドラッグストア、大型スーパーなど)で電子マネーとして使えること、さらには、函館市内だけでなく、ほとんどのJRや私鉄、地下鉄やバスなど、交通系ICカードを採り入れているエリアでも使えるからである。

 とりあえず、1万円分をチャージし、その足で、市役所へ行って、高齢者交通料金助成の手続きもしてきた。難点は、チャージは現金のみで、クレジットカードが使えないことである。
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16日ぶりの晴天の下「自宅からの函館山縦走周回」

2018年07月11日 | ジョギング・ラン・ウオーキング
 西日本の200人以上の犠牲者とともに目を覆いたくなるような惨状の豪雨被害に心を痛めていた中で、タイの洞窟に閉じ込められた13人の18日ぶりの全員救出劇は、久しぶりに明るいニュースだった。 


素晴らしい晴天の下に拡がる千畳敷からのパノラマ写真


トラックログ

 ずっと待ち遠しかった晴天が16日ぶりに訪れた。函館の7/1から昨日7/10までの日照時間は例年の0.8%とのこと。明日からまた悪天候が続くらしい。つかの間の晴天を逃す手はない。歩きで函館山を目指し、縦走周回にトライ。
 自宅~巴大橋~称名寺~観音コース~山頂~千畳敷コース~七曲コース~立待岬~住吉漁港~亀田川河口~新世橋~教育大通り~自宅。
 距離は21.5km、歩数計は約35,000歩、時間は5時間45分。ずいぶん歩いたと思ったが、ハーフマラソンより少し長いだけだった。

 9:30に家を出て、国道5号を少し歩き、大野新道入口からJR線路沿いの道路を進んだ。

 ラッピング車両“道南 海の恵み”が通過して行った。


函館山を見ながら巴大橋を進む。


摩周丸の隣にできる、大型客船の係留埠頭の工事が始まっていた。


10:30、七財橋に到着。10kmジョギングの折り返し地点だが、ジョギングの倍の時間である。


港沿いの道を歩き、幸坂を登り、観音コースの登山口となる称名寺に、10:50到着。


称名寺の墓地の中にある33番観音に寄り、観音コースへ。


27番観音と登山道


11:45、函館山山頂到着。素晴らしい展望が広がる。15分ほど休み、千畳敷コースへ。
これがあと1~2日前なら、甥の家族にも満足してもらえたのに・・・残念。


千畳敷コースから、知内山塊~大千軒岳~手前の当別丸山を眺める。


千畳敷コースから寒川集落跡を見下ろす。津軽海峡の向こうは津軽半島。


千畳敷から汐首岬までの海岸線を眺める。


千畳敷の先で、新しい通信施設の建設工事が始まっていた。このあと、七曲コースを下る。


13:10、観光客で賑わう立待岬に寄る。海峡の向こうは下北半島。ソフトクリームを食べて休憩。


上の駐車場に消防車が3台も停まっていたので、近づいてみたら、懸垂下降で崖を下る救助訓練だった。


立待岬からの墓地の中の道から住吉漁港と町並み、その向こうの駒ケ岳~横津連峰を眺める。


住吉漁港から函館山を眺める。


大森浜を眺めながら、防波堤沿いの道路を、旧宇賀の浦中学校裏の亀田川河口まで歩く。


初めて亀田川河口をそばから見下ろす。


亀田川沿いの遊歩道と道路を進み、テーオーデパート横の新世橋まで歩く。
 テーデパートから教育大通りを通り、15:15帰宅。

 久しぶりの晴天の下、軽登山を挟んだ6時間近いウォーキングに、大満足の1日だった。帰宅後すぐに飲んだビールがことのほか美味かった。

 なお、山に咲いている花は、昨年7/20の花散策のときとほぼ同じだったので、こちらを見ていただきたい。
 https://blog.goo.ne.jp/sakag8/d/20170720
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函館朝市探訪

2018年07月10日 | 日常生活・つぶやき

 函館旅行に来た甥の家族の2日目は、函館朝市を希望したので、ホテルまで迎えに行って、一緒に朝市探訪をした・・・というのも、最近はどんぶり横丁以外は入ったことがなかったからだ。

 12年ぶりに来た甥は「きれいになりましたね」が第1感想だった。確かに、表通りから見ると、すべての大きな建物が新しくなっている。以前は歩道に面したところも露店のように雑然としていた。

 特に以前の朝市の顔とも言うべき、渡島ドームが建て替えられ、朝市ひろばになったことが大きい。昔の渡島ドームには、農家のおばちゃんが地べたに自分の家で採れた野菜を広げて売っていた。ここが昔の朝市の風情を一番感じさせてくれていたし、そのころは、函館市民が多く買い物に来ていた気がする。しかし、2013年に建て替えられてきれいになってからは、その風情もなくなり、観光客オンリーの市場になり、市民の足は遠のいた感がある。

 この朝市の歴史は、戦後の闇市からスタートしている。函館駅付近で、換金の必要に迫られた近郊農家が野菜を列車で運び立ち売りをしたのが始まりである。
 その後、昭和25年に、渡島農業協同組合連合会が、市役所横の現在のNTTと日本銀行の敷地を借りて、生産者と消費者が自然発生的に売買を行う野店が形成され、青空市場を開設している。

 そのころ、大野村(現北斗市)に住んでいた我が家は、自分が4年生のころまでは、大きな畑で野菜を作っていて、母がたまにそのころの朝市に売りに行っていた。自分もネギを背負って、一緒に売りに行ったことがある。小さな子供が売っている姿は目を引くのか、自分が背負って行ったネギはすぐに売れしまったのを覚えている。

 現在の場所に移転したのは、昭和31年である。それからは、海産物の店も多くなり、昭和50年代から徐々に観光市場としての色彩が強くなってきた感じがする。


どんぶり横丁の内部


駅二組合の中


人気のイカ釣りコーナー。昨年はイカが獲れないので、エビ釣りをしていたような・・・?


生きたタラバガニと毛ガニ。タラバは獲れなくなったとはいえ、予想以上に多く売られていた。


朝市ひろばの中に並ぶ店


朝市ひろばの休憩スペース。イベントスペースでもあるらしいが、がら空きだった。


狭くなった生産者直売コーナー。まだ、野菜があまり採れていないし、天気が悪いので販売者が少ないらしい。




裏や横の小路に回れば、昔のままの風情が残っている


これも古くからのコーナーで、裸電球が懐かしい。


奥の方にこんな新しいコーナーもある

 久しぶりに回ってみて、やはり昔の風情がなくなり、すっかり観光スポットとしての色彩が強くなっている。これなら、ますます函館市民の足は遠のくだろう。
 山旅のついでに、全国の朝市や市場を見ることがある。しかし、感じることは、近代化すればするほどお客の足が遠のいているのは、共通の現象のようである。

 なお、甥の家族は、このあと昼の飛行機で千歳へ飛んで、トマムへ行くとのこと。朝市の後は、空港へ送る手前の熱帯植物園に寄り、子供にサル山を見せた。

 本日の北海道新聞みなみ風掲載の「どうなん・とうほく山楽紀行」の41回目「羊蹄山」は、下記でどうぞ!
         http://sakag.web.fc2.com/41-youtei.htm
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甥の家族来函

2018年07月09日 | 日常生活・つぶやき

 甥の子供(2歳半)・・・目は離せないが、一番可愛いころ。
 甥の子供は、調べてみたら、姪孫(てっそん)といい、男の子は、大甥(おおおい)とか又甥(またおい)ともいうらしい。

 雨続きで寒い中、横浜在住の甥(大阪の妹の長男)の家族が、一泊で函館旅行にやって来た。東京は31℃だったそうで、着いたら15℃だった。寒さ対策をしっかりして来るように伝えておいて良かった。

 甥との再会は、2年前の姪(埼玉の弟の長女)の結婚式以来で、奥さんと子供は初対面である。

 我が家にも寄って仏壇にお線香を上げたいと言うので、空港まで迎えに行った。西日本の豪雨のせいか、飛行機のダイヤはかなり乱れているようで、1時間20分も遅れて着いた。向こうを出る前に遅れの連絡メールが入っていたので、待つ時間は短くて済んだ。

 昼食はラッキーピエロで一番人気のチャイニーズチキンバーガーを食べたいとのことで、空港から一番近い戸倉店へ。
 店から出たら、幸いに雨は止んでいた。奥さんは函館が初めてとのことで、定番の西部方面へ。まずは、ベイエリアの金森倉庫群の中をぶらぶら。次にこちらは車で待ち、カトリック教会とハリストス教会と公会堂を観てもらった。
 八幡坂で写真を撮り、外人墓地は車の中から観てもらった。その後、緑の島経由で、函館山へ向かった。しかし、2合目付近でガスに突入したので、そこでUターンして、立待岬へ。今晩は、函館山からの夜景は全く望みなし。

 立待岬から我が家へ。昼食時も我が家でも、中心は子供である。親は大変だが、見ている方は飽きることがない。時間も遅くなったので、そのまま湯の川温泉のホテルへ送って、今日の部は終了。

 それにしても、せっかくやって来たのに、悪天候で、気の毒な感じだった。
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