癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

今年も「遊び」の1年に感謝!

2006年12月31日 | 日常生活・つぶやき
 2006年も今日で終わり、明日は自遊人生活3回目の正月を迎える・・・この歳になると、特に感慨はなく、単なる通過点にしか過ぎない。しかし、ひとつの区切りとして、「今年も元気で過ごすことができた。すばらしい出会いや感動もたくさんあり、充実した年だった・・・」と感謝したい。

 自宅以外で寝る(車が最も多い)日が多かったにもかかわらず体調を崩すこともなく、日々あちこち車で走り回っての山歩きにもかかわらず交通事故や山での事故に遭うこともなく、無事に過ごせたことが凄いと思う。そして、そんな日々の中での新しい発見や感動、多くの人々の出会い・・・心から「ありがとう!」

 責任もない、明日の心配もない、自分の好きなことだけをして過ごす毎日・・・いくつかあった再就職話を全て断って、自から望んだ生活である。しかし、果たしてこんな「遊び」だけの生活でいいのだろうかと自問自答することがまったくないと言えば嘘になる。だからというわけではないが、そんな自分を騙すべく?どうしても絶つことができなかった義理としがらみゆえのいくつかの団体や組織の役職を通して、わずかばかりのボランティアと社会的責任、そして、少しは他人様の役に立ってはいるであろうホームページでの情報発信に自己満足をプラスする日々である。

 そんなときに、2ヶ月ほど前に読んだ本にあった次のフレーズに勇気づけられた。
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人間を『ホモ・ルーデンス』と定義したオランダの歴史家ホイジンガ流に言えば、「遊び」とは、旧弊や利害や我執にとらわれず、鎖のようにからみついた日常の関係性から解放され、自由な空間を手に入れること。違う自分になること。新しい世界のあり様にふれ、自分と世界を構成する情報を再編集すること。つまり、それが「遊び」なのである。
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これこそが、第二の人生に求めた私の心境である。自信を持って、可能な限りその「遊び」に徹するつもりである。それが、残された人生をより豊かに生きるための極意と確信している。

 しかし、一番感謝しなくてはならないのは、私のそんな生活を支えることを生きがいにしたいと一緒になってくれて、3回目の正月の準備に楽しそうに励む根っから世話好きの今の妻であろう。感謝!感謝! 
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美ら海

2006年12月27日 | 登山・旅行
今日は、本島北部の観光取材がメインであった。

まずは、東南植物楽園で熱帯植物を鑑賞しながらの公園散歩。次は、極東一の嘉手納米軍基地を一望できる道の駅かでなの屋上から、広大な敷地とF5戦闘機の騒音を実感し、基地問題の現実に触れる。

その後、万座毛ビーチへ寄り、午後からは、一番人気の美(ちゅ)ら海水族館と名護バイナップル公園。とくに水族館は、昨年も見たが、世界一の水槽の中で悠々と泳ぐ巨大なジンベイザメやマンタなどは圧巻である。

なんと言っても沖縄は海の美しさである。今日も天候に恵まれ、透明なエメラルドグリーンの海が眩しかった。この美ら海を守ることと悲惨な戦争の歴史の風化を防ぐことは、永遠に・・・であろう。

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平和祈念

2006年12月26日 | 登山・旅行
今日は、午前中は首里城やおきなわワールド(文化王国村・玉泉洞)を巡ったが、午後からは今回の豆記者取材旅行のメインである平和学習であった。

沖縄戦の最激戦地であり、戦跡のもっとも集中している沖縄南部の摩文仁の丘とその周辺にある平和祈念関係の施設や戦跡を巡った。平和祈念資料館、平和の礎、平和祈念堂、健児の塔、北霊の碑(画像)、ひめゆりの塔・資料館、旧海軍司令壕などである。

我が国唯一地上戦があったところで、軍人よりも一般住民の戦死者がはるかに上回り、合わせて約30万人。そのすざましさはもちろんであるが、中でも、追い詰められての集団自決や、軍人訓練も受けていない10代の中等学校・高等女学校の生徒までも動員されてその多くが犠牲になったこと、逃げ込んでいたガマと呼ばれる自然壕の中での殺戮などには胸が痛む。また、30万人の戦死者の中で北海道の軍人が1万人以上もいたことに驚き、その慰霊碑である北霊の碑には花を供えて合掌をしてきた。

沖縄は昨年の個人旅行に次いで2回目であるし、知識としては知っていた。しかし、子供たちにそのことを感じとって欲しかったこともあり、現地での生の記録や声に接してみて、改めて戦争の悲惨さやむごたらしさと平和の大切さを実感として再認識させられた1日であった。

昨日の県庁表敬訪問がテレビニュースに流れたり、新聞に掲載され、午前中を含め、ほぼすべての施設の見学はVIP待遇で無料の上、館長自らの案内もあった。さすが、30年の歴史の積み上げがある事業である。

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気温差25℃

2006年12月25日 | 登山・旅行
函館豆記者交歓会の児童15名を引率して、3泊4日の沖縄取材旅行にやって来た。

朝8:30に函館空港を飛び立ち、羽田で乗り越えて、5時間後には那覇空港に降り立った。出発時に-4℃が那覇到着時に20℃であった。その差24℃である。頭では理解して、それなりの服装できたのだが、雨上がりでもあり、蒸していて、歩いていて汗が流れた。

まず最初の取材先は沖縄県庁で、知事・教育長表敬訪問である。多くマスコミが入っている中、歓迎セレモニーの後、子供たちの取材の代表質問に直々懇切丁寧に答えていただいた。(画像)

その後、沖縄豆記者交歓会の歓迎会もあり、宿に落ち着いたのが、18:30であった。夕食後、子供たちは早速新聞作りに励んでいる。

部屋には、暖房ならぬクーラーエアコンが入っていて快適である。一昨日はスキーをしたのに、今日は夏を味わっている。

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献杯??

2006年12月24日 | 日常生活・つぶやき
 昨年末に葬儀委員長を仰せつかった故元函館スキー指導員会会長Ya氏の一周忌が今日執り行われ、それに招かれた。数日前に電話をいただく。「食事のときの献杯をお願いしたいのですが・・・・」

 恥ずかしながら、初めて耳にした言葉である。まさか、法事の場で乾杯はないわけだから、話の内容から、漢字で書くと献杯となるのかな?と思った。しかし、「それってなんですか?」とも聞くわけにもいかず、「はい、私でよければ・・・」とお引き受けした。めでたい席での乾杯の発声は数え切れないほどしたことがあるが、これはもちろん初体験である。

 何ごとも勉強である。早速、ネットで「献杯」と検索を入れる・・・出てきた出てきた・・・割と新しい習慣らしい。乾杯から派生した言葉で、葬儀や法事の食事の前の発声の言葉らしい。おまけに浄土真宗は「ご冥福を祈る」という言葉は使わないことも分かった。

 これまで、何度か葬儀委員長も仰せつかり、他人の法事にも出た。また、自分の母や妻の法事も取り仕切ったが、そのような習わしに出会ったことがなかった。葬儀屋さんから言われたこともなかった。これまでは、誰かが「いただきましょう!」とか、遺族が「召し上がってください」と声を出していたような気がする。

 勉強の成果を生かし、今日のお招きへの感謝の言葉の後に、この1年間で改めて感じた故人への思いを簡単に話し、「献杯」の発声をした。祝い事のように元気にやるわけにもいかず、また、私のごく短い話に涙する遺族もいて、もちろん、発声の後に拍手もあるわけないし・・・。何となく、すっきりとした感じではなかったが、無事?務めを果たし安堵した。 
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2軸運動意識のスキー

2006年12月23日 | スキー・クロカン
             

             

 本日と明日の2日間、函館会場の全日本スキー・スノーボード指導員研修会が開催されている。本日は、8:45から北斗市(旧大野町)公民館で理論研修、14:30からグリンピア大沼で実技研修、明日も引き続き実技研修で、約200名が参加している。私の今年は、函館スキー指導員会会長としての開会式の来賓祝辞だけでよかったのだが、理論研修の講演を聴き、実技研修もちょっとだけ覗いてきた。

 理論のメイン講師は、函館スキー指導員会が後援し、4年連続お招きしているSAJ教育本部企画部プロモート委員長市野聖治氏(愛知教育大学大学院教授)である。氏は、現在の日本のスキー技術理論構築のトップ責任者である。今年は、4年毎に開かれるインターシー(世界スキー指導者会議)での日本のスキー理論の発表講演の内容とその理論的な裏付けを話していただいた。

 テーマは「スキーと健康」であるが、これからのスキーは、筋力ではなく重力を利用した、脚主導ではなく体幹主導の運動が基本である。それは、結果的に2軸運動意識の内スキー主導のターンになるという。世界のトップスキーはもちろん、陸上競技の短距離走や野球選手のバッティングフォーム、トップゴルファーなど、いろいろなスポーツの一流選手が取り入れることによって進化している運動要素だそうである。結果的に、その動きは大腰筋を鍛え、健康にも繋がるということである。

 ここ数年、私は、カービングスキーの自然で楽な運動を意識して滑っている。それがまさにこの2軸運動を意識した内スキー主導のターンのつもりであるが・・・・?         
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待望の『北海道雪山ガイド』発刊!

2006年12月22日 | 登山・旅行
              

 このたび、私も道南の「横津岳」「七飯岳」「二股岳」、狩勝・日勝の「オダッシュ山」の執筆を担当した『北海道雪山ガイド』が北海道新聞社から発刊され、全国の有名書店に並んだ。

 これは、私も6年前の開設に関わり、今や登録者が500名もいる北海道の山メーリングリスト(略称HYML)の有志が、同じメンバーである『北海道夏山ガイド』著者の菅原靖彦氏を編集長として、執筆分担して編集したものである。実に足かけ3年に及ぶ取材・編集作業の力作である。2002年2月に同じようにして発刊した『北海道スノーハイキング』の姉妹編でもある。(これにも、私の執筆した「函館山」「ジュンサイ沼~日暮山」が掲載)

 北海道初の本格的な雪山登山のガイド&入門書である。全道各地の積雪期に日帰り登山ができる1000m級を中心に54山61コースを取り上げている。ある程度、高度な技術も必要となることから現在位置の確認方法、地図の読み方のほか、山スキー、スノーシュー、登山靴などの最新装備や道具の使い方なども詳細に紹介されている。

 写真が豊富で、写真を眺めているだけでも、雪山のすばらしさや楽しさが伝わる本である。なお、印税は、登山道整備や自然保護団体に寄付することになっているので、多くの購入者がいることを願う。
<B6版、320ページ、定価 2,205円> 

              
              私の執筆した「七飯岳」~その1~

              
              私の執筆した「七飯岳」~その2~

              
              装備編の一部

              
              山行のノウハウ・留意点の一部
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難しい蔵書の処分

2006年12月20日 | 日常生活・つぶやき
 他の人は蔵書の処分をどのようにしているのだろう?家財道具や日常用品などの不要な物は意外と簡単に処分できるが、蔵書の処分となると、なかなか思い切りがいるものである。

 我が家の場合、3階の階段の踊り場と納戸に天井から幅1間の造り付けの書棚が2カ所、2階の居間と書斎にも半間幅以上の書棚がある。どこも満杯状態で、新しく手に入れた本の置き場に困るようになってきた。これでも、退職の春には専門書や月刊誌などの類は欲しい人にはくれてやって、残った物は全部処分しているのである。

 二人の子供がこの家に住む可能性はゼロの我が家の場合、いつかは、自分で処分しなければならないのである。年末の大掃除のときに、あまり利用しない3階の書棚の埃の掃除を兼ねて、少しずつ捨てるように心がけてきた。しかし、思い切ってド~ンと捨てることができない。

 今回は、1冊1冊埃を拭いて書棚に並べ直してくれる妻の負担を軽くするためにも、古い本で、二度と読まないような本を思い切って処分することにした。しかし、これがなかなか難しい。全集ものはつい残してしまいがちであるし、興味の強いものや思い入れのあるものはつい残してしまう。

 比較的きれいな本は近くのブックオフへ持ち込むことにし、それ以外は捨てるために紐で束ねたが、結局は、わずか200冊くらいで蔵書全体の1/10ほどしか処分できなかった。それでも、書架に半間幅で4段ほどの空間ができた。今度は、そこに2階の書棚から移す本を選ばなくてはならない。そして、来年末には、また残った中から処分する本を選ぶ・・・・そんなジレンマの繰り返しである。 
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続々届く北海道関係の山の本

2006年12月16日 | 登山・旅行
ここ数日、たまたま連日のようにネット等で注文していた北海道関係の本が3冊届き、それを読むのに忙しい。

『北大山岳部々報14号』、『新版 ガイドブックにない北海道の山々』(八谷和彦著)、『凍れるいのち』(川島康夫著)である。

○『北大山岳部々報14号』
 平成に入ってからの17年間の足跡だけに、まず、その分厚さにびっくり。ハイレベルな記録ばかりで、私個人の山行そのものにはほとんど参考にならない。しかし、若い世代の山に掛ける情熱と冒険心等に心躍らされる。
 対談に登場したり、カメラマンとしてヒマラヤへ4回も出掛けた体験を寄稿している現在函館在住(某放送局カメラマン)のYoさんの存在が親近感を抱かせる。

○『新版 ガイドブックにない北海道の山々』~~私の全山登頂情報~(八谷和彦著)※自費出版
 著者とは懇意にさせていただいている関係で、サイン入りの贈呈本と仲間から注文を受けていた10冊が送られてきた。前回の50山に加除修正を加えた80山と、彼の踏破した北海道標高1000m以上全山428山の一覧表は圧巻である。
 私の唯一同行させていただいたピシカチナイも本文掲載されていて光栄である。あと、他の山にも、私も何度もご一緒している「地図がガイドの山登り」チームのSaさん、Hiさん、「山の時計」のEIZI@名寄さんも登場。山名一覧の協力者として、掲示板によく登場してくれるあまいものこさんの名前も・・・・。

○『凍れるいのち』(川島康夫著)(
 私の母校、北海道学芸大学函館分校山岳部の11人の旭岳遭難事故・・・一人だけ生還して、黒い十字架を背負ってその後の人生を強く生き抜いてきたリーダー野呂さんの45年間の沈黙を破っての・・・・著書である。
 彼の生い立ち~事故の詳しい状況・顛末~苦悩と障害を背負ってのその後の人生・・・・。どうしても、野呂さんの人間性が中心の内容にならざるを得ない部分もあり、すでに封印したと思っていた関係者にとっては辛い著書かも知れない。しかし、二度と繰り返してはならない事故の教訓として、また、野呂さんのすばらしい人間性に感激しながら、一気に読み終えてしまった。

あと、後日届くはずの楽しみな1冊は、私も執筆している下記である。

○HYML編『北海道雪山ガイド』(北海道新聞社)
 私も道南の横津岳、二股岳、七飯岳、北日高のオダッシュ山を執筆している。
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エアロバイク

2006年12月14日 | 日常生活・つぶやき
              

クロカンスキー仲間でもある現在の函館№1トライアスリートのFuさんから、不要になったというエアロバイクを無償で譲っていただいた。私は登山やクロカンスキーのトレーニングに、妻は運動不足解消とダイエットに・・・・と考えてのことである。

どこに置いて使うか・・・?長時間続けるには、TVを見ながらの方がいいらしい。また、気が向いたときにいつでもできるところが望ましいとのことである。そこで、居間の隣の書斎兼仏間に置いて、戸を開けて居間のTVを見ながらできるようにした。また、本を読みながらできるのも魅力である。しかし、一番の課題は、飽きないで、ずっと使い続け、単なるインテリアと化させないことである。

コンピューターが組み込まれたボードに「体力測定」のコースがあったので、年齢をインプットして、早速挑戦してみた。結果は、10点満点の10点(かなり優れている)と出た・・・う~ん、満足!これを励みに、しっかりと使いこなそうと思う。
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8ヶ月振りの麻雀

2006年12月12日 | 日常生活・つぶやき
今から20年ほど前の職場の気の合う5人の仲間(私が一番の末輩)のお付き合いが今でもずっと続いている。共通項は、スポーツ好きで、仕事も遊びも一生懸命なところである。

職場がバラバラになっても、年に何度か持ち回りでそれぞれの家に集まっては、卓を囲んできた。勝負は二の次で、軽く飲み、近況を話し合ったり、お喋りをしたりすることである。たまには、悩みを打ち明けて意見を交流する場でもあった。

常に笑いが耐えず、メンバーの人柄も相まって、それぞれの奥様方の評判もすこぶる良好ねようだ。その都度会費を出し合い、飲み物や食事を用意していただいる。

今では全員退職し、もっとその機会が増えると思ったが、もともとアクティブなメンバーである。それぞれが充実した第二の人生を楽しむのに忙しくて、なかなか面子が揃わない。前回はアウトドアの季節が始まる4月であったから、実に8ヶ月振りである。

今日は、10時からHa宅に集まって旧交を温めた。昼食はHaさんの手打ち蕎麦を、さらに夕食は奥様の手料理をご馳走になり、23時過ぎぎまで楽しいひとときを過ごした。

正月に我が家での再会を約束して家路に就いた。

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アスリートたちの忘年会

2006年12月10日 | オフミ・飲み会
               <画像は部屋を変えての二次会の様子>

 昨日、この忘年会に出席するために、南関東山巡りから無事帰宅した。帰宅したら同じ日にあと2つの会合の案内がダブって入っていた。この忘年会は、私のクロカンスキー仲間のXC-KID'S(クロカンキッズ)の母体となっている函館トライアスロンクラブをメインとしたアスリートたちの忘年会である。

 このメンバーは、国内のトライアスロンはもちろん、マラソンや自転車競技、クロカンスキー、トレイルランなどの大会で活躍し、すばらしい成績を収めているトップアスリートの集まりである。私は、クロカンスキーだけであるが、冬の「会長」と呼ばれて大事にされている。ちなみに私はアスリートではないが、この仲間に刺激されて、2年前までの4年間は年に3回ほどのハーフマラソン大会に出場していた。また、MTB(マウンテンバイク)での林道ツーリングなど、なんとか自分でも参加できる練習には仲間に入れてもらっている。最近は、トレイルランに挑戦する仲間が増えてきたことに刺激されて、登山にも興味を持つ仲間も多くなってきた。その情報提供やガイドなどでも誘いを受けることが多くなった。

 このメンバーの凄いところは、常に進化し続け、新しい分野や大会に挑戦し続ける集団ということである。また、大会のない時の土日の合同練習などでの切磋琢磨はもちろんであるが、なんと言っても68歳でありながら、今年で最後となったオロロントライアスロンを永年連続みごとな成績で完走し、フルマラソンでは3時間10分前後、ハーフで1時間30分前後で走る怪物・Ta会長の存在が大きい。今年は若い会員が非常に増え、クロカンスキーへの挑戦者が増えそうな気配もうれしい。
 
 また、両方のクラブの事務局長を兼ねているMaさんは私のPCのいろはからお世話になった元祖師匠でもある。彼のお陰で、全員がPCを駆使し、彼が管理する「函館アスリートML」に加入して、練習の呼びかけやその結果、大会参加成績などの情報交換が頻繁になされ、それがお互いの刺激になっていることも大きい。

 昨夜は30名ほどの参加であったが、1年間のそれぞれの活躍の報告や反省、来年への抱負などの報告、それらをもとにした親睦、抽選会など・・・楽しい夜が更けた。彼らの頑張る姿に大いに刺激を受けたことはもちろんであるが、2度ほどご一緒したトレイルランや登山に関する話題も多かった。またメンバーの参加した1年間の各種大会の成績が整理された「記録集」に私のクロカンの成績も全て掲載されていて、微かではあるが、アスリートの端くれ気分を味わったうれしいひとときであった。 
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2日掛かり

2006年12月08日 | 登山・旅行
春日部から青森までカーナビを入れたら、700km。明日の夜の忘年会に間に合うには、遅くとも明日の昼のフェリーに乗らなくてはならない。今日中に450kmは走っておきたい。北海道なら9時間計算で可能なのだが、本州はそうはいかない。

ひたすら国道4号線を北上する。案の定、12時間も掛かった。一人で12時間の運転は初めてかも知れない?

なんと北上しての帰路にぴったりの北上市であった。近くに道の駅の駅がないので、トイレ付きの公共?駐車場で最後の夜を迎える。

明日は目が覚めたら、すぐに残りの250kmを走らはくては・・・。
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大山(1252m)

2006年12月07日 | 登山・旅行
古くから山岳信仰の対象になっていたこの山は、丹波山塊の東端に位置し、三百名山に選ばれている。

別名を雨降山と言われ、雨乞いの山として知られ、江戸中期には、関東一円から集まってくる民衆の大山詣で賑わいをみせた場所だそうだ。

そんな歴史を知ったら、その大山詣の一端に触れたくて、表参道のコースからアプローチした。駐車場から土産屋や旅館の立ち並ぶ参拝道を通り、阿夫利神社の下社までケーブルカーを利用して、本社コースを登り、下りは見晴台コースを周回し、ケーブルカーを使わずに、参拝道の女坂を下りた。

下社から頂上にある本社までの参拝道は普通の登山道と変わりはなく、周りは自然豊かである。しかし、駐車場から階段の両側にびっしり土産屋や旅館の立ち並ぶ様や下りに歩いた下社までの石の階段が続く女坂(画像)は、江戸時代からの歴史を感じるものであった。

展望は、昨日までの好天と違い、遠望は霞んで見えなかった。ただ、平日とは思えないほどの登山者は今回の山旅で最多であった。

〈メンバー〉妻同行
〈所要時間〉駐車場から登り1:45、下り2:00

下山後は、厚木市の温泉ほの香に寄り、大和市で洋菓子店を営んでいる小中学時代の友人のところへ顔を出して驚かせて、小1時間ほど懐かしいお喋りをする。その後、東京都内を抜けて、いつもは眠りに就いている21:40に春部市の道の駅[庄和] に落ち着く。

明日は天気が良ければ筑波山と思ったが、どうやら雨予報のようである。ひたすら国道4号線を北上する日になりそう。

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丹沢山塊主脈縦走

2006年12月06日 | 登山・旅行
妻に車を回しもらい、青根~蛭ヶ岳(1673m)~丹沢山(1567m)(※百名山)~塔ヶ岳(1491m)~大倉の主脈縦走である。

青根からは林道終点の手前まで車が入ることができたので3kmほど得をした。時間の経過は下記の通りである。

林道終点7:40~ 姫次:~ 蛭ヶ岳10:30~ 丹沢山11:50~ 塔ノ岳12:50~ 大倉ビジターセンター15:10〈所要時間〉7:30

霜柱をザクザク踏みながら姫次で稜線に乗ると、目の前にドーンと富士山が視界に飛び込んでくる。その右奥にやはり真っ白な南アルプスの山々。それらを常に右手に見ながら、蛭ヶ岳への急登を登る。蛭ヶ岳からは、これから進む丹沢山と塔ノ岳とその稜線が、さらにその先には太平洋が見える。

丹沢山からは、神奈川県の東京から続く都市景観が広がる。塔ノ岳だけは一番南なのに、なぜか薄く雪化粧をしていた。3山のうち、塔ノ岳は人気があるらしく、たくさんの登山者で賑わっていた。

大倉尾根は長く急で疲れた足にはだんだん堪えてくる。それにしても山小屋(営業小屋)の多いルートてある。3山の頂上のほかに大倉尾根だけでも7軒くらいはあったような?

縦走特有のアップダウンは多いが、周りの山々、海、都会の広がり、荒々しい山肌などの雄大な展望を満喫しながらの快適な縦走に大満足のゴールであった。

下山後は秦野市内の鶴巻温泉弘法の里の湯に入り、神奈川県で2つしかない隣町の道の駅[やまきた]に落ち着く。明日は秦野市に戻って、最後の大山の予定である。

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