9月5日 アナドル通信によると、8月、全国で48人が、イスラム国(IS)関連で逮捕され、それによって、テロ攻撃が阻止されました。

「拘束された268人の中には、外国籍者が多くいた。大量の弾薬と爆発物が押収された」とアナドル通信は報じています。国内の対IS作戦はいまも進行中です。強化された国境防備も、テロ攻撃を防ぐのに役立っています。
南東部ガジアンテプ県でも、対IS作戦が行われ、警察が、ISが使っていた倉庫を手入れし、多くの武器と、爆発物製造に使うアンモニウム硝酸塩5トンが押収されました。この手入れでは6人が逮捕されました。戦闘員の家族も、アンカラのエティメスクドで爆発物過酸化アセトン(TATP)を製造していたとして逮捕されました。TATPは警察犬や探知器で発見されにくいため、ISやアルカイーダが好んで使っています。
最も注目された対IS作戦はイスタンブルで行われた作戦で、IS戦闘員が警察署で警官1人を刺殺し、射殺されました。この作戦で、外国出身の12人が拘束されました。その他、全国各地で、治安部隊による対テロ作戦が展開されています。
南東部ガジアンテプ県でも、対IS作戦が行われ、警察が、ISが使っていた倉庫を手入れし、多くの武器と、爆発物製造に使うアンモニウム硝酸塩5トンが押収されました。この手入れでは6人が逮捕されました。戦闘員の家族も、アンカラのエティメスクドで爆発物過酸化アセトン(TATP)を製造していたとして逮捕されました。TATPは警察犬や探知器で発見されにくいため、ISやアルカイーダが好んで使っています。
最も注目された対IS作戦はイスタンブルで行われた作戦で、IS戦闘員が警察署で警官1人を刺殺し、射殺されました。この作戦で、外国出身の12人が拘束されました。その他、全国各地で、治安部隊による対テロ作戦が展開されています。
黒海のギレスン島はビザンティン時代の宗教センターだった
黒海の島ギレスン島の修道院の考古学的発掘が進んで、島の昔の生活や伝統が明らかになってきました。島の修道院は、ビザンティン時代、重要な宗教センターでした。

ギレスン島は、アルゴナウツ(ヘラクレスらの英雄集団)のギリシャ神話で有名です。イアソンに率いられた英雄たちは、“黄金の羊毛”を求める旅の途中で、この島に立ち寄りました。
島の発掘は2011年に始まり、いまもつづいています。「島の最大の建物跡を掘りはじめてすぐ、教会、塔、修道院、6基の墓、いくつかの建物の廃墟が出土した」と、発掘の学術顧問で、ジェラル・バヤル大学の美術史学部のガザンフェル・イルタル氏は言いました。
今年の重要な出土品の中で最も重要なのは、教会のものと思われる、赤、黄、緑のフレスコ片だと、イルタル氏は言いました。「フレスコ片が見つかったのは初めてです。教会の下で、宮殿のものと思われるモザイク片も発見しました。建物の基礎の痕跡もいくつか見つかりました」
不法発掘によるダメージ
多くの墓も出てきましたが、その多くは地表から近いため、残念ながら、破壊されていたと、イルタル氏は言いました。「とくに宮殿のモザイクが壊されていました。人類学的調査で、ここにある人骨は、30代で死んだ男たちのものだと、わかりました。墓がタイルの屋根で蔽われているのは、ビザンティンの埋葬の伝統です」とイルタル氏。「いくつかの墓は足元にコインが1枚置かれ、また、ホタテガイの貝殻が墓から出てきました。この発掘で、紀元前3世紀以来のこの島の歴史が解明されてくるでしょう」
島は、昔は城壁で囲まれていたと、イルタル氏は言っています。城壁のほとんどは年月で崩壊しましたが、教会、塔、修道院、礼拝堂、貯水池、ピトスと呼ばれた倉庫などは痕跡をとどめています。教会のナルテックス跡は完全に掘り出されました。
出土品の大部分はビザンティン時代のものだとイルタル氏は言っています。発掘作業は5シーズン内に終わる予定だそうです。
・・・私、ギレスン島が無人島だったとき、1人で小舟を雇って、行ってみましたよ。島は樹木が生い茂り、おびただしい数の海鳥がギャーギャー鳴いていました。
島の発掘は2011年に始まり、いまもつづいています。「島の最大の建物跡を掘りはじめてすぐ、教会、塔、修道院、6基の墓、いくつかの建物の廃墟が出土した」と、発掘の学術顧問で、ジェラル・バヤル大学の美術史学部のガザンフェル・イルタル氏は言いました。
今年の重要な出土品の中で最も重要なのは、教会のものと思われる、赤、黄、緑のフレスコ片だと、イルタル氏は言いました。「フレスコ片が見つかったのは初めてです。教会の下で、宮殿のものと思われるモザイク片も発見しました。建物の基礎の痕跡もいくつか見つかりました」
不法発掘によるダメージ
多くの墓も出てきましたが、その多くは地表から近いため、残念ながら、破壊されていたと、イルタル氏は言いました。「とくに宮殿のモザイクが壊されていました。人類学的調査で、ここにある人骨は、30代で死んだ男たちのものだと、わかりました。墓がタイルの屋根で蔽われているのは、ビザンティンの埋葬の伝統です」とイルタル氏。「いくつかの墓は足元にコインが1枚置かれ、また、ホタテガイの貝殻が墓から出てきました。この発掘で、紀元前3世紀以来のこの島の歴史が解明されてくるでしょう」
島は、昔は城壁で囲まれていたと、イルタル氏は言っています。城壁のほとんどは年月で崩壊しましたが、教会、塔、修道院、礼拝堂、貯水池、ピトスと呼ばれた倉庫などは痕跡をとどめています。教会のナルテックス跡は完全に掘り出されました。
出土品の大部分はビザンティン時代のものだとイルタル氏は言っています。発掘作業は5シーズン内に終わる予定だそうです。
・・・私、ギレスン島が無人島だったとき、1人で小舟を雇って、行ってみましたよ。島は樹木が生い茂り、おびただしい数の海鳥がギャーギャー鳴いていました。
