あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

獄中日記 (四) 八月十五日「 俺は一人、惡の神になつて仇を討つのだ 」

2017年07月02日 15時18分56秒 | 磯部淺一 ・ 獄中日記


磯部浅一 

八月十三日

政府の優柔不信に業をにやしたる軍部は、
國勢一新の實を速かにすべき理由として曰く
「 軍部はあれだけの粛軍の犠牲を出したるに、
政府は処政の一新に盡力するの誠意を欠けり、宜しく軍部の犠牲に対して代償を払ふ可し 」
と、何ぞその言の悲痛なるやだ
馬鹿につける薬はない、
軍部と言ふ大馬鹿者は自分の子供を自分で好んで殺しておいて、他人に代償を求めるのだ、
此の如き たわけた軍部だから、
正義の青年将校を殺すことを粛軍だとも考へちがえをする筈だ
正義の青年将校は國奸元老重臣を討つたのだ、
その忠烈の将校を虐殺すると云ふことは、
それが直ちに元老重臣等一切の國奸に拝跪コウ頭することになるのではないか、
一たびコウ頭した軍部が、今更代償を払へと云ったとて何になるか、
軍部の馬鹿野郎、
一體軍部は政府を何と見てゐるのだ、
政府は常に元老重臣の化身ではないか、
だから政府に対して云ふことは、元老重臣に対して云ふのと同様だ
よく考へてみよ、元老重臣に代償を払へとせまつたら、彼等は何と云ふだらう、
オイオイ軍部よ変な事を云ふな、御前の子供は俺のいのちをとらうとした大それた奴だ、
元來俺が手打ちにすべき所を許してやつたら、御前は自分でスキ好んで子供を殺したのだ、
だから俺が代償を払ふ道理はどこにもないではないか、
御前の子供と同様に、國家改造と云ふ代償を俺にせまるだらうが、
俺とは御前の子供の考へはちがつてゐて國賊の考へだと信じてゐる、
御前も御前の子供を國賊だと云って、最先に天下に発表したではないか、
それは今更、御前が子供と同じ様に國家改造など云ふのは、
御前自身が國賊だと云ふことになるぞ、
代償なんか一文もやるものか、
と 元老おやぢか云ひつのつたら、軍部さん、何とする
馬鹿野郎軍部、ざまをみろ
貴様は元老重臣からも見はなされた、
今に國民から見はなされ、孝行者の青年将校、下士官兵から見はなされるぞ、
いやいやもうとつくの昔にみはなされてゐるのだ
軍首脳部と云ふ高慢ちきな をどり娘さん、
御前さんは自分の力を過信して、背景の舞台をムリヤリに自分でとり除いた、
そして妾の上手なをどりをみよとばかりに、國勢一新と云ふやつを をどつている、
背景があればこそ、をどりも人気をよぶのだ、然るに御前さんのうしろには、
もう美しい絵道具も三味ヒキ、タイコたたきの青年将校も一人もゐないので、
見物人はこんなをどりに木戸銭が払へるかと云ってかへつた、
御前さんはさあ大変と思って、代償をはらへと云って追いかけたら、
何に代償? 
何を云ふか、自分で勝手に背景をとりのけてをどつたのではないか、
と けんもホロホロだ
をどり娘さん、
御前は一切の見物人から見はなされたことを知れ

八月十四日
身は死せども霊は決して死せず候間
「 銃殺されたら、優秀なユウレイになつて所信を貫くつもりに御座候へ共、
いささか心配なる事は、
小生近年スツカリ頭髪が抜けてキンキラキンの禿頭に相成り候間
ユウレイが滑稽過ぎて凄味がなく、
ききめがないではあるまいかと思ひ、辛痛致し居り候
貴家へは化けて出ぬつもりに候へども、
ヒョット方向をまちがえて、
貴家へ行ったら禿頭の奴は小生に候間、米の茶一杯下さる様願上候 」
「 正義者必勝  神仏照覧 」
右は山田洋大尉への通信の一部、括弧内は削除されたる所だ
神仏照覧迄削除されるのだから、
当局の彈圧の程度が知れる、これではいよいよこの次が悲惨だ

相澤中佐、對馬は 天皇陛下万歳と云ひて銃殺された
安藤はチチブの宮殿の万歳
を祈って死んだ
余は日夜、 陛下に忠諫を申し上げてゐる、
八百万の神々を叱ってゐるのだ、
この意気のままで死することにする

天皇陛下
何と云ふ御失政で御座りますか、
何故奸臣を遠ざけて、忠烈無雙
むそうの士を御召し下さりませぬか
八百万の神々、何をボンヤリして御座るのだ、
何故御いたましい陛下を御守り下さらなぬのだ
これが余の最初から最古背迄の言葉だ
日本國中の者どもが、一人のこらず陛下にいつはりの忠をするとも、
余一人は眞の忠道を守る、
眞の忠道とは正義直諫をすることだ
明治元年十月十七日の正義直諫の詔に宣く
「 凡そ事の得失可否は宣しく正義直諫、朕が心を啓沃すべし 」 と

八月十五日
村中、安ド、香田、栗原、田中、等々十五同志は一人残らず偉大だ、神だ、善人だ、
然し余だけは例外だ、余は悪人だ、
だからどうも物事を善意に正直に解せられぬ、
例の奉勅命令に対しても、余だけは初めからてんで問題にしなかつた、
インチキ奉勅命令なんか誰が服従するかと云ふのが眞底の腹だつた、
刑ム所に於ても、どうも刑ム所の規そくなんか少しも守れない、
後で笑われるぞ、刑ム所の規そくを守っておとなしくしよう等、同志に忠告されたが、
どうも同志の忠告がぴんと来ぬ、あとで笑はれるも糞もあるか、
刑ム所キソクを目茶々々にこわせばそれでいいのだ
人は善の神になれ、俺は一人、悪の神になつて仇をウツのだ

八月十六日
毎日大悪人になる修行に御經をあげてゐる、
戒厳司令部、陸軍省、參謀本部をやき打ちすることも出来ない様な人好しでは駄目だ、
インチキ奉勅命令にハイハイと云ふて、
とうとうへこたれる様ないくぢなしでは駄目だ、
善人すぎるのだ、
テッテイした善人ならいいのだが、
余の如きは悪人のくせに善人と云はれたがるからいけないのだ
陸軍省をやき、參謀本部を爆破し、中央部軍人を皆殺しにしたら、
賊と云はれても満足して死ねるのだつたに、
奉勅命令に抗して決死決戦したのなら、
大命に抗したと言はれても平気で笑って死ねるのだつたが、
まましなまじッかな事をしたので、
賊でもない官軍でもないヨウカイ変化になつてしまつた
前原一誠が殺される時 「 ウントコサ 」 と 云って首の座に上つたのも、
西郷が新八?ドン 「 このへんでようごわせう 」 と 云って
カイシャクをたのんで死んで行ったのも、
二人がドコ迄も大義の爲の反抗をして、
男児の意地をたてとほしたからの大満足から来る安心立命の一言だ、
大義の爲に奉勅命令に抗して一歩も引かぬ程の大男児になれなかつたのは、
俺が子悪人だからだ、
小利巧だからだ、
小才子、小善人だつたからだ

八月十七日
元老も重臣も國民も軍隊も警察も裁判所も監獄も、天皇機關説ならざるはない、
昭和日本は漸くようやく天皇機關説時代に迄進化した
吾人は進化の聖戦を策戦指導する先覚者だつた筈、
されば元老と重臣と官憲と軍隊と裁判所と刑ム所を討ちつくして、
天皇機關説日本を更に一段高き進化の域に進ましむるを任とした
然るに天皇機關説國家の機關説奉勅命令に抗すること為し得ずに終りたるは、
省みてはづ可き事である
この時代、この國家に於て吾人の如き者のみは、
 奉勅命令に抗するとも忠道をあやまりたるものでない
ことを確信する、
余は、眞忠大義大節の士は、奉勅命令に抗す可きであることを断じて云ふ
二月革命の日、
斷然革命に抗して決戰死闘せざりし吾人は、
後世、大忠大義の士は わらはるることを覚悟せねばならぬ

八月十八日
北先生のことを思ふ
先生は老体でこの暑さは苦しいだらふ
ツクヅク日本と云ふ大馬鹿な國がいやになる、先生の様な人をなぜいぢめるのだ
先生を牢獄に入れて、日本はどれだけいい事があるのだ
先生と西田氏と菅波、大岸両氏等は、
どんな事があつてもしばらく日本に生きてゐてもらいたい
先生、からだに気をつけて下さい
そしてどうかして出所して下さい、
私は先生と西田氏の一日も速かに出所出来る様に祈ります
祈りでききめがないなら、天上で又いくさ致します

    ○

余がこの頃胸にゑがく國家は、穢土エド 日本を征め亡ぼさうとしてゐる
このくさり果てた日本が何だ
一日も早く亡ぼさねば駄目だ、
神様の様にえらい同志を迫害する日本ヨ、
御前は悪魔に堕落してしまつてゐるぞ

八月十九日
西田氏を思ふ、
氏は現代日本の大材である、
士官候補生時代、
早くも國家の前途に憂心を抱き、改革運動の渦中に投じて、
爾来十有五年、
一貫してあらゆる權力、威武、不義、不正とたたかひて たゆむ所がない、
ともすれば權門に阿り威武に屈して、その主義を忘れ、主張を更へ、
恬然てんぜんたる改革運動の陣営内に於て、氏の如く不屈不惑の士は けだし絶無である
氏の偉大なる所以は、単にその運動に於ける經験多き先輩なるが為でもなく、
又 特權階級に向つて膝を屈せざる為のみでもない、
氏はその骨髄から血管、筋肉、外皮迄、全身全体が革命的であるのだ、
眞聖の革命家である、
この点が何人の追ズイモ許さない所だ
氏の言動、一句一行悉く革命的である、
決して妥協しない、だから敵も多いのである、
しかも氏は、この多数の敵の中にキ然として節を持する、
敵が多ければ多い程 敢然たる態度をとつて寸分の譲歩をしない、
この信念だけは氏以外の同志に見出すことが出来ない、
余は数十数百の同志を失ふとも、
革命日本の為 氏一人のみは決して失ってはならぬと心痛している

八月廿日
相澤中佐の四十九日だ。
祈りをなす

八月廿一日
日本改造方案大綱は絶対の眞理だ、一点一画の毀劫きごうを許さぬ
今回死したる同志中でも、改造方案に対する理解の不徹底なる者が多かった、
又 残ってゐる多数同志も、殆どすべてがアヤフヤであり、天狗である、
だから余は、
革命日本の爲に同志は方案の心理を唱へることに終始せなければならぬと 云ふことを云ひ残しておくのだ、
方案は我が革党のコーランだ、
剣であつてコーランのないマホメットはあなどるべしだ、
同志諸君、コーランを忘却して何とする、
方案は大体いいが字句がわるいと云ふことなかれ、
民主主義と云ふは然らずと遁辞(トンジ)を設くるなかれ、
堂々と法案の一字一句を主張せよ、
一点一畫の譲歩もするな、
而して、特に日本が明治以後近代的民主國なることを主張して、
一切の敵類を滅亡させよ

八月廿二日
大神通力

八月廿三日
日本改造方案大綱中、諸言、國家の權利、結言、純正社会主義ト國體論ノ諸言ヲ、
法ケ經ト共に朝夕讀誦す、之レニヨリテ一切の敵類ヲ折伏するのだ

    ○

官吏横暴一等國日本、我が官吏の如く横暴なるはない、
官吏と云へばハシクレの小者迄いばり散らして國民を圧する、
刑ム所看守中にも甚だしく不尊な奴がゐる、
この無礼なるハシクレ官吏が民間同志に対しては、殊更になまいきな振舞をする
余は不義の抑圧の下には一瞬たりとも黙止することが出来ぬ、
三月収容初期、吾等を國賊視し、反徒扱ひにしたので、
怒り心頭に発してブンナグロウとさへした事があつたが、
此の頃又一、二の不所存なハシクレ野郎が無礼な言動と抑圧をするのを見た、
今は少し我まんしておくが、機會があつたらブチ殺してしまひたい、
この不明なるハシクレ野郎共が、特權階級の犬になつて正義の國士を圧し、
銃殺の手伝ひ迄したのだ

八月廿四日
一、山田洋の病状ヨカラザルヲキク、 爲に祈る
 彼の病床煩々(ハン、ワズラウ)の痛苦は恐らく余の銃殺さるることより大ならん、
天は何が爲に彼の如き剛直至誠の眞人物を苦しめるのか
二、日本と云ふ大馬鹿が、自分で自分の手足を切って苦痛にもだえてゐる
三、日本が吾々の如き大正義者を國賊反徒として迫害する間は、絶對に神の怒りはとけぬ、
 なぜならば、吾々の言動は悉く天命を奉じなす所の神のそれであるからだ
四、全日本國民は神威を知れ
五、俺は死ねぬ、死ぬものか、日本をこのままにして死ねるものか、
 俺がしんだら 日本は悪人輩の思ふままにされる、
俺は百千万歳、無窮に生きてゐるぞ

八月廿五日
天皇陛下は何を考へて御座られますか、
何ぜ側近の悪人輩を御シカリ遊ばさぬので御座ります、
陛下の側近に対してする全國民の轟々たる声を御きき下さい

八月廿六日
軍部をたほせ、
軍閥をたほせ、
軍閥幕僚を皆殺しにせよ、
然らずんば日本はとてもよくならん
軍部の提灯もちをする国民と、愛國團体と一切のものを軍閥と共にたほせ、
軍閥をたほさずして維新はない

八月廿七日
処刑さるる迄に寺内、次官、局長、石本、藤井等の奴輩だけなりとも、いのり殺してやる

次頁  獄中日記 (五) 八月廿八日 「 天皇陛下何と云ふザマです 」  に 続く
目次  磯部浅一 ・ 獄中日記  


北一輝 ・ 研究報告 『 日本改造法案大綱 』

2017年07月02日 09時55分48秒 | 北一輝

北一輝 
日本改造法案大綱 
本書は日本改造運動の萠芽時代
其の先頭に立つて革新思想の普及に努めた猶存社より公判せられ
広く日本の改造運動者の啓蒙的役目をなし
又後に至り西田税を通じ改造運動の経典として青年将校、民間一部有志に読まれたものである。
 ・
北は同書に於て次の如く延べ、
「 国家は又国家自身の発達の結果
他に不法の大領土を独占して人類共存の天道を無視する者に対して戦争を開始するの権利を有す。
・・・・日本が積極的発展の為めに戦ふことの単なる我利私慾に非ることは他の民族が積極的覚醒の為めに、
占有者又は侵略者を排除せんとする現状打破の自己的行動が政義視せらるる如く正義なり。
自利が罪悪に非ることは自滅が道徳に非ると同じ。
従つて利己其者は不義に非ずして他の正当なる利己を侵害して己を利せんとするに至つて正義を逸す。
正義とは現在の状態其者に非るは論なし。
・・・・英国は全世界に跨る大富豪にして露国は地球北半の大地主なり。
散栗の島嶼を劃定線として
国際間に於ける無産者の地位にある日本は正義の名に於て彼等の独占より奪取する開戦の権利なきか、
国内に於ける無産階級の闘争を認容しつつ
独り国際的無産者の戦争を侵略主義なり 軍国主義なりと考ふる欧米社会主義者は根本思想の自己矛盾なり。
・・・・国内の無産階級が組織的結合をなし力の解決を準備し
又は 流血に訴へて不正義なる現状を打破することが彼等に主張せらるるならば、
国際的無産者たる日本が力の組織的結合たる陸海軍を充実し、
更に戦争開始に訴へて国際的劃定線の不正義を匡ことが亦無条件に是認せらるべし。
若し是れが侵略主義国主義ならば日本は全世界無産階級の歓呼声裡に黄金の冠として之を頭に加ふべし。
合理化せられたる民主社会主義其者の名に於ても日本は濠洲と極東西比利亜とを要求す。
如何なる豊作を以てすとも日本は数年の後に於て食ふべき土地を有せず。
国内の分配より国際間の分配を決せざれば日本の社会問題は永遠無窮に解決されざるなり。
只独逸の社会主義に此の国際的理解なく 且つ 中世組織の 「 カイゼル 」 政府に支配せられたるが為に、
英領分配の合理的要求が中世的組織の破滅に準じて不義の名を頒たちる事に注意すべし。
従つて今の軍閥と財閥の日本が此の要求を掲ぐるならば独逸の轍を踏むべきは天日を指す如し。
改造せられたる合理的、革命的大帝国が国際的正義を叫ぶとき之に対抗し得べき一学説なし。」
として 欧米流の正義と平和とが単なる現状維持にして
人類共存の天道は不法に領土を独占して他を排斥するを許さざることを主張し、
英国が印度、濠洲を侵略し、世界の資源を独占し居るのを不法を指摘し 大戦前の独逸が其分割を主張したるを是認し、
唯その独逸が英国に対抗せんとして国民組織に於て不合理の点ありしため一敗地に塗れ、
其の合理的要求すら悪名を冠せられたりと説き、我日本の国際的地位が大戦前の独逸に相同じく、
必至的に世界の富源を独占し 東亜諸民族を奴隷化せしめて居る英国と衝突することを予言し、
其の不公正なる国際事情を匡すことこそ我日本の活路であり
又 東亜の雄邦たる我日本の責務にして
この重大使命達成のために国内改造をなして独逸の轍を踏まざる様主張して居るのである。

又彼は
「 国境を撤去したる世界の平和を考ふる各種の主義は其理想の設定に於て、
是を可能ならしむる幾多の根本条件、即ち人類が更に重大なる科学的発明と神性的躍進とを得たるべきことを無視したる者。
東西を通じたる歴史的進歩に於て各々其の戦国時代に亜ぎて封建的国家の集合的統一を見たる如く、
現時までの国際的戦国時代に亜ぎて可能なる世界の平和は、
必ず世界の大小国家の上に君臨する最強なる国家の出現によりて維持さるる封建的平和ならざる可らず。」
と 高唱して 国際聯盟流の超国家的平和は現在の人類の人智に於ては空想にして将来は益々国際的競争となり
其最強国家により世界の封建的平和時代に至るべきことを予言して居る。

彼は更に其立場を明らかにして
「 支那、印度七億の同胞は実に我が扶導擁護を外にして自立の途なし。
我が日本亦五十年間に二倍せし人口増加率によりて
百年後少なくも二億四五千万人を養ふべき大領土を余儀なくせらる。
国家の百年は一人の百日に等し。
此の余儀なき明日を憂ひ 彼の凄惨なる隣邦を悲しむ者、如何ぞ、
直訳社会主義者流の巾幗的平和論に安んずるを得べき。
階級闘争による社会進化は敢えて之を否まず。
而も人類歴史ありて以来の民族競争、国家競争に眼を蔽ひて何の所謂科学的ぞ。」
即ち北は国民主義、民族主義に基く大亜細亜主義者にして我国の国際的地位が戦前の独逸に同じく
民族発展のため東亜民族解放のためには必ず大領土を独占し、
他を排斥する永露と対立せざる可からざることを思ひ、
当時の国家百年の計を思はざる国内の政治的経済的組織を顚覆せしめ、
天皇を奉じて之を改造せんことを計つたものである。

北は改造せらるべき政治組織経済制度に付いて次の如く述べている。
「 天皇は国民の総代表たり、国家の根柱たるの原理主義を明かにす。」
「 華族制を廃止し、天皇と国民と阻隔し来れる藩屏を撤去して明治維新の精神を明か
にす。」
「 貴族院を廃止して審議院を置き衆議院の決議を審議せしむ。
審議院は一回を限りとして衆議院の決議を拒否するを得。
審議院議員は各種の勲功者間互選及勅選による。」
「 二十五歳以上の男子は大日本国民たるの権利に於て平等普通に衆議院議員の被選挙権及選挙権を有す。」
地方自治会亦之に同じ
女子は参政権を有せず 」
「 日本国民一家の所有し得べき財産限度を一百万円とす。」
「 日本国民一家の所有し得べき私有地限度は時価十万円とす 」
「 私人生産業の限度を資本一千万円とす
私人生産業限度を超過せる生産業は凡て之を国家に集中し国家の統一的経営となす 」
其他 労働問題、教育問題、自動老廃疾者問題、婦人問題、殖民地問題に付いて規定している。
即ち 政治組織に於ては天皇を政治的中心とした近代的民主制を採り、
経済組織に於ては私有財産私人企業に大なる制限を加へている。

最後に注意すべきは 北はこの改造遂行の手段として、
クーデターを認め 戒厳令施行に導き 其の間に大詔渙発を仰ぎ 一挙現行政治機構の運用を停止するに至らしめ
在郷軍人--軍部--を以て改造せしめんとする点である。
後日 本書の影響を受けた不穏事件が孰れもこの手段を採らんとし、
「 クーデター 」 を計画し 戒厳令、大詔渙発を策した所以である。
同書に曰く
「 天皇は全日本国民と共に国家改造の根基を定めんが為めに
天皇大権の発動によりて三年間憲法を停止し 両院を解散し 全国に戒厳令を布く 」
「 天皇は戒厳令施行中 在郷軍人団を以て改造計画に直属したる機関とし、
以て国家改造中の秩序を維持すると共に、各地方の私有財産限度超過者を調査し、
其の徴収に当らしむ。」


 ・
現代史資料4  国家主義運動1
「 右翼思想犯罪事件の綜合研究 」 
第五節  北一輝  『 日本改造法案大綱 』 から