磯部浅一
四、尊皇討奸事件(二・二六)と北、西田両氏トノ関係
1 青年将校蹶起の動因
「 青年将校は北、西田の思想に指導せられて日本改造法案を実現する為めに蹶起したのだ 」
と 云ったり、
「 眞崎内閣をつくる為めにやつたのだ 」
等の不届至極の事を云って、
ちっとも蹶起の眞精神を理解し様とはせずに、
彼等の勝手なる推断によつて青年将校は殺されてしまひました。
北、西田氏も亦同様に殺され様としてゐます。
青年将校は改造法案を実現する為めに蹶起したのでもなく、
眞崎内閣をつくる為めに立ち上つたのでもありません。
蹶起の眞精神は大権を犯し、國體を紊みだる君側の重臣を討つて大権を守り、國體を守らんとしたのです。
ロンドン条約以来、
統帥権干犯されること二度に及び、天皇機関説を信奉する学匪、官匪が宮中、府中にはびこつて
天皇の御地位をあやふくせんとしておりましたので、たまりかねて奸賊を討つたのです。
そもそも維新と云ふことは、
皇権を回復奉還することであって、
陸軍省あたりの幕僚の云ふ、政治経済機構の改造そのものではありません。
青年将校の考へは一言にして云へば
「 皇権を奪取 ( 徳川一門の手より、重臣元老の手より ) 奉還して、
大義を明かにすれば、國體の光は自然に明徴になり、
國體が明徴になることは 直ちに国の政、経、文教全てが改まるのである。
これが維新である 」 と 云ふのです。
考へ方が一般の改造論とひどく相違してゐます。
法務官などは、此の精神がわからぬものですから、
「 オイ、お前達は改造の具体案をもつているか。 何ッ、もつて居ないッ。
そんな馬鹿な事があるか。 具体案もなくて維新とは何ダッ。
日本改造法案がお前達の具体案だらう。
何にッ、ちがひますゥ。 嘘だ、お前達の具体案は改造法案にキマッテイる。
あれを実現しようとしたのだ。サウダ、サウダ 」
こんな調子で予審を終り、公判になつて、
民主革命を強行せんとし・・・・を押しつけられたのです。
藤田東湖の
「 大義を明かにし人心を正せば、皇道爰んぞ興起せざるを憂へん 」
これが維新の真精神でありまして、青年将校蹶起の真精神であるのです。
維新とは具体的案でもなく、
建設計畫でもなく、
又、案と計畫を実現すること、そのことでもありません。
維新の意義と青年将校の眞精神とがわかれば、
改造法案を実現する為めや、眞崎内閣をつくる爲めに蹶起したのではない事は明瞭です。
統帥権干犯の賊を討つ為めに、軍隊の一部が非常なる独斷行動したのです。
私共の主張に対して、彼等は統帥権は干犯されず、と云ひます。
けれどもロンドン条約と眞崎更迭の事件は、二つとも明かに統帥権の干犯です。
法律上干犯でないと彼等は云ひますが、
法律に於て統帥権干犯に関する規定がどこにあるのですか。
又、統帥権干犯などと云ふものは、法律の限界外で行はれる事であつて、
法律家の法律眼を以ては見定めることは出来ないのです。
これを見定め得るものは、
愛國心の非常に強く、尊皇精神の非常に高い人達だけであります。
統帥権干犯を直接の動因として蹶起した吾々に対して、
統帥権は干犯されてゐないとし、
北の改造法案を実現する爲めに反乱を起こしたのだとして
罪を他になすりつける軍部の態度は、卑怯ではありませんか。
2 二月蹶起直前、北、西田氏と青年将校
二月蹶起にあたつて青年将校は、北、西田両氏から指令、指揮など絶対に受けておりません。
思想的影響を受けてゐると彼等は云ひますが、
今日の青年将校は、改造法案を見た事もない人でも維新を語ります。
維新はそれ程、時代の要求を受けてゐるのです。
今日青年将校の多くが改造運動に対して熱意をもつて来たのは、
陸軍省発行の改造パンフレットや切迫せる対外関係等からであります。
ですから、大多数の青年将校は、北氏改造法案から思想的な影響スラ受けておりません。
近年の青年将校の維新運動は、十年前に比し非常に成長して、独立独行することが出来る様になりました。
一人歩きが出来る様になると、他人の世話をいやがる心理は、子供も大人も持ってゐます。
青年将校の運動にも、此の心理がはたらいていゐましたので、
北、西田氏の指令どころか、相談もせずに蹶起したのです。
蹶起の時日については、私が二十四日に西田氏に知らしましたが、
細部の計畫などは私も村中も、断じて両氏には知らしておりません。
法務官は
「 お前は前年から決心して、一人でもやるつもりでゐた、
それ程強烈な決心をもつてゐたのだから、早くから西田に相談したにきまつてゐる 」
と 云って責め立てました。
ところが、この観察は正反對なのです。
一人でやると云ふ決心がほんとにツイタ時には、他人へ相談する必要がなくなるのです。
自分の決心がフラフラして居る時には、他人に相談して、決心の不足を他人から補ふのです。
法務官にはどうしても機微な心理観察が出来ぬらしく、私の云ふことを了解せず、
北、西田と青年将校とは相談をし指令を受けて反乱をしたのだときめてしまつて、両氏を殺さうとするのです。
西田、北とは相談もせず、合議もせず、指令など絶対に受けておりません。
両氏に対しては、両氏の如き人物を吾々と共に犠牲とする様なことがあつては、
國家の爲めに取りかへしがつかぬから話をすまいと云ふのが、
青年将校間の意見であつた事は、嘘でもイツハリでもありません。
3 奉勅命令と北、西田氏との関係
青年将校をして奉勅命令に抗せしめたのは北、西田だと云ふのが、軍司令部の云ひ分です。
フザケタ事を云ふにも程があります。
奉勅命令は下達されません。
絶對に下達されてゐません。
私共は誰一人として、奉勅命令の内容を知っておりません。
下達しない命令に抗する道理はありません。
軍部は勅命を下達しなかった罪をかくす爲に、下達したけれども、
北、西田が青年将校を煽てて奉勅命令に抗せしめたのだと云ふのです。
卑怯千万な遣り方です。
私共が、二月二十九日迄も三宅坂一帯の地区に頑張っていたのは、戒厳命令を受けたからです。
三宅坂一帯の地区の警備を命ずと云ふ命令にもとづいて、現地にゐたのです。
戒厳命令の外に、大臣告示を告達して行動を認むさへ云って居るのではありませんか。
軍が自ら告示を下し、命令を与へて居ることはわすれて、
北、西田が奉勅命令に抗せしめたとは何ですか。
何たる卑怯な態度です。
此の不当に怒る正義の士が、軍部には一人も居ないのです。
よつてタカッテ、ウソをつくり上げて、無実の罪を民間の一浪人になすりつけて、
自分等は罪を逃れ様とする奴が、皇軍の上級将校として陛下の禄を盗んでゐます。
何ですか。
陸軍大将、中、少将が何ですか。
中央部左官が何ですか。