ある朝、奇妙な夢から目覚めると、グレゴール・ザムザは自分が一匹の巨大な虫に変わっているのに気がついた…。
カフカの作品を数多く演出してきたスティーブン・バーコフの「変身」が森山未來主演で上演されている。
グレゴールはベッドから起き上がろうとした。ところが虫になった体は思うようにいかない。
いつも通り出勤することも出来ず、部屋から出て来ない彼を不審に思った家族は
突然の現実に驚愕する。
家族の生活は一変するが、グレゴール自身は自分の運命をどこか冷静に受け止めている。
家計の支えだったグレゴールの代わりに家族はそれぞれ働きはじめた。
だんだん自分への関心も薄らぎ、いいようのない孤独を感じるが
ある日、父親の投げたリンゴがグレゴールの背中に当たり、リンゴの腐敗とともに
絶望の中でグレゴールの息は絶えてゆく。家族は新しい環境へと希望をいだいて…。
森山未來がグレゴールの虫の動きをどう演じるか期待した舞台であったが、声は張りが良く、虫となった動きは
まさに虫そのものであった。
舞台装置で組まれたパイプに動いたり止まったりしている演技はパフォーマーとして
優れた表現力でカフカの世界を演じている。
グレゴールの心理に影響を及ぼす永島敏行は仕方ない父親役を好演。
そして母親役の久世星佳は、姿を見た瞬間バーコフの演出に適した役者だと思わせる。
非日常を求めて劇場へ行った甲斐を感じた貴重な個性である。
出演する誰もがその人物に思える個性が光り、動作音も含め質の高い舞台であった。
ストイックな演出で人間の原点を浮かびあがらせ舞台に代えるスティーブン・バーコフ。
何年か前にテレビで見たカフカの「審判」もバーコフの演出にカルチャーショックを受けた。
6日の初日に見たため、バーコフ氏の姿を仰げたことは思いがけない喜びである。
「変身」はカフカが書いた当時と今も変わらないテーマであり、誰もがグレゴール・ザムザになり得る可能性はある。
私たちも又、自分では気づかない時に虫の姿になっているのかも知れない。
テアトル銀座で3月22日(月)まで