イングランドのヨークシャー地方に建つ「嵐が丘」と呼ばれる館を舞台に、孤児ヒースクリフとキャサリンの愛、
そして復讐を軸にエミリー・ブロンテが書いた不朽の名作が日生劇場で上演されている。
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舞台は久しぶりにロックウッドが「嵐が丘」を訪ね、その晩にキャサリンの亡霊を見たと
家政婦ネリーに問いただしたことから物語ははじまる。
アーンショー家に引き取られた孤児ヒースクリフ。
その家に住む明朗活発なキャサリンはヒースクリフに運命的なものを感じ、
そのうちお互いに愛し合うようになる。
しかし兄のヒンドリーはヒースクリフに辛い仕打ちを繰り返し
アーンショーが他界し当主になると下男同様に扱う。
そのいっぽうでキャサリンはリントン家の息子エドガーを知り、
その紳士的な洗練さに惹かれて親交を深めていった。
激しい嵐の夜、キャサリンがエドガーから求婚されたことを
家政婦ネリーに打ち明けているのを近くでヒースクリフが聞いていた。
彼女は、粗野なヒースクリフとの結婚はあり得ず、不名誉な事だとネリーに言う。
それを聞いたヒースクリフは外に飛び出し、そのまま行方をくらましてしまった。
しかしキャサリンの言葉はまだ続いていたのだ。
ヒースクリフとは離れられない魂で結ばれている。自分たちは2人でひとつの魂なのだと。
そしてキャサリンは確信しているかのように言った。
「私はヒースクリフなのよ」
半分ずつの魂を持ったヒースクリフとキャサリン。
しかしこの時を境にヒースクリフの心に渦巻いていた憎悪は復讐へと変わり
それは子の代にまで及んでいく。
3年の月日が流れたある日、エドガーと結婚したキャサリンの前に
見違えるほどスマートになったヒースクリフが現れた。喜ぶキャサリン。
しかしヒースクリフは復讐へと向かい始めていた。
ヒンドリーは、妻がヘアトンを出産後、病死したことから酒と賭博に身をやつし
「嵐が丘」を借金の抵当に入れていた。
それをヒースクリフが肩代わりをして館を手に入れてしまった。
次の復讐はリントン家の相続権を持つエドガーの妹イザベラとの結婚。
だが愛のない結婚に絶望したイザベラはひとりでヒースクリフとの子リントンを出産した。
そんなヒースクリフに不安を抱いていたエドガーはヒースクリフとついに対立。
精神が不安定になったキャサリンは病の床に伏してしまう。
病床のキャサリンに会いに行ったヒースクリフは、エドガーと結婚したことをなじり、
亡霊になってでも自分のそばにいろ、とさらにキャサリンへの憎しみと愛をぶつける。
そしてキャサリンは、悲しみのうちにエドガーとの子供キャシーを出産して世を去ってしまった。
年月は流れ―
ヘアトン、リントン、キャシーの三人は成長した。
ヒースクリフの復讐に呑み込まれていく三人のいとこ同士。
キャシーはリントンと出会い意気投合するがリントンは病弱であった。
ヒースクリフはキャシーとリントンを無理矢理結婚させようとする。
自分の子供とキャシーが結婚すればエドガーの屋敷も自分のものになるというもくろみだった。
そして病に伏せていたエドガーは世を去り、病弱だったリントンも世を去り、
ヒースクリフはとうとうエドガーの屋敷も自分のものにした。
憎むべき相手への復讐はすべて果たしたヒースクリフ。しかし彼の心は闇の中に沈んでいた。
ヒースクリフを襲う虚無感は拭うべくもない。
孤独なヒースクリフを亡霊となったキャサリンが彼を呼ぶ。
それはヒースクリフだけに見える幻覚だったのか。
キャサリンの魂無くして生きられない悲運の男ヒースクリフは
壮絶な人生を終えた。
そしてヒースクリフの遺言通り、彼の亡骸はキャサリンが眠る墓地の横に埋葬された。
そして遺されたヘアトンとキャシーは次第に気持ちを寄せ合い
ヒースの丘で遊ぶのだった。
平和で若かったあの頃のヒースクリフとキャサリンのように。
この舞台では堀北真希演じるキャサリンを主人公として
家政婦ネリーの語りによって物語が進行していく。
堀北真希のキャサリンは品格ありながらも勇猛果敢な性格を出しているが
決してヒステリックではなく、その裏にある悲しみを秘めているように演じている。
激しさの裏にひそむキャサリンならではの愛の複雑さを強く、
また繊細に演じていた。
ヒースクリフの山本耕史は復讐の暗さはあまり感じないが
執念のような凄まじさがヒースクリフらしい。
見違えるような男になって登場した2幕目の黒い衣装は
現代風でどことなく死神のような印象。
ヒースクリフにまとわりつく数奇な運命のようなものを全身からただよわせていた。
この物語の重要な役割を担う家政婦ネリーを演じる戸田恵子は
もちろん文句なしの歌を聞かせて登場。
「嵐が丘」に起こる出来事すべてを観客に伝える台詞は長く、
緩急をつけて舞台を進行させる演技に感嘆。
ヒンドリーの高橋和也
屈折してしまった性格から自暴自棄になっていくもろさ、
ヒースクリフによって運命が狂ってしまう悲壮感をダイナミックに演じる。
ノーブルなエドガーを演じる伊礼彼方。
ノーブルな役は難しいと思うがキャサリンへ愛を捧げながらも
どこかキャサリンに寂しさを感じる青年だった。
イザベラを演じたソニン。
透る声が耳に心地よい。その分キャサリンとの言い争いの場面では
キャサリンより強い女性に感じてしまった。
小林勝也演じるジョーゼフは長年「嵐が丘」に仕えている。
個性的な人物でイギリスの片田舎にいそうな男の雰囲気をアクセントをつけて好演。
成長したヘアトンを演じた矢崎広は実際のヘアトンがそこにいるような
錯覚を感じた。オーディションでこの役が決まったと聞くがベストキャストだったと思う。
ヨークシャーのヒースの丘に重い雲がたれこめ、風が吹きすさぶその音は
今でもヒースクリフを呼ぶキャサリンの声のようでもあり、
ふたりの魂が彷徨っているようでもあるという。
死してなお愛し合うヒースクリフとキャサリン。
原題「Wuthering Heights」のWuthering(ワゼリング)はこの風の音からつけられた。
「嵐が丘」、この言葉を思い浮かべただけで胸に何かが沁み込んでくるようなものを
いつも感じるこの作品が私にとって特別なものになってから長い月日が経つ。
今回の公演が楽しみで、いち早くチケットを入手し待ち焦がれていた舞台だった。
脚本・演出 G2