ら族の歳時記

「道が分かれていても人は幸せになる道を選ぶ能力がある。」
能力を信じ、心の安らぎの場を求めて、一歩一歩。

眉山(さだまさし著)

2007-10-10 22:01:21 | 本を読みました
眉山(びざん)は徳島の山の名前らしい。

主人公の咲子は、母の病気を通じて
母の生きざまと自分の出生の秘密を知るのであった。
咲子は母の兄弟の存在さえも知らなかった。
母は縁もゆかりもない土地で咲子を一人で産んだのだ。
なぜ、母はこの地を選んだのかそれがこの物語のポイントだ。
最後に、徳島の阿波踊りの会場で咲子の両親は遭遇する。
ともに車いすで家族に押してもらっている。
父は涙こぼしながら母を見つめる。
母は見向きもしないで前だけを見つめている。
きっと父は今も母のことを愛している。
咲子の母は咲子を産むことでこの愛にピリオドを打った。
咲子が愛のすべてとして。
咲子を通じて父のことを愛しているのだ。
そんな生き方に感動した。


ネタばれです。読みたい人は反転させて読んでください。

咲子の母は、咲子の父親のゆかりのある徳島で咲子を産んだのです。
妻子ある人を愛してしまったから、相手と相手の家族に迷惑をかけないために
勘当同然で家を出てこの地で生活を始めたのです。
以前、この眉山にある滝の前で咲子の父と写真を撮った。
自分が一番幸せな時の写真。
この滝の近くに住んで、つらいときはこの滝にきて泣いたと思う。

でも、誰も頼る人のないところで、乳飲み子を抱えての苦労は
想像を絶する。
当然、仕事も新たに見つけなくてはならない。
金銭的苦労もあっただろう。

でも、咲子のためにがんばった。


子供のころに読んだ漫画で、陸・海・空という三兄妹の物語があった。
末の空子は、もらわれっ子と兄は思っていた。
実は、父親が不倫して外に作った子供。
父の恋人が父を愛するあまり父の分身が欲しくて、
身ごもり姿を消して一人空子を産んだ。
しかし、病気か事故で死ぬ間際に父を呼び出し、空子を託した。
突然、赤ちゃんが来たことで兄たちは「もらわれっ子」と
思い込んだのだった。

当時、不倫とか当然理解はできていない。
愛する人の分身が欲しい、それも相手と相手の家族に
迷惑をかけないように産み育てるということが理解できなかった。
相手と別れて産むってことだから。
すきならば、子供を産まずにいっしょにいればいいと思った。


今だからわかるのは、一番好きな時に別れるのも
あとで一番きれいな思い出になるということ。
大恋愛で結婚してもずっと愛し合っていけるとは限らない。
ただの同居人になってしまうこともある。
忍ぶ恋であればいずれは別れがくる。
その前に、彼を分身を作ってしまい、彼への愛を
永遠にしてしまおうと思う気持ちも、
一番きれいな形かもしれない。

でも、私だったら昔好きだった人の消息は気になる。
まして、余命いくばくもないのであれば、
最後に好きだった人の顔を見たいと思う。
すべてを投げ捨てて愛した人ならなおさら会いたい。
けれど、咲子の母は目もくれなかった。
一度決めたことをやりとおす、それが彼女の愛し方であり、
彼女の生き方だったから。
すごい女性だと思った。
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