こんにちは。
たいへんごぶさたしていました。12月がやっと終わろうとしています。
12月は繁忙期でもあり、忘年会など個人の行事がなくなる一ヵ月とあきらめていました。ですから、ここに無事帰ってゆっくり一週間を振り返ってみるような気にもなれませんでした。期間中、ときどき暇をみつけては記録したのが以下の内容になっていますが、それ以外は、日々働いている日々でした。
年末になってやっと落ち着いてきました。
いつものように大掃除をして、紅白を見て、2017年は終わっていきました。毎年のこととはいえ、家族がだれ一人かけることなくむかえることがいちばん大事だなと思えます。世間がどんなに騒がれようとも自分の生活の基盤は大晦日に感じることができるのだと思えます。
事実、大渋滞をじっとがまんして故郷にむかう交通事情をみればみんなそう感じているのではないのでしょうか。
さて、来年は、どこで元旦をむかえいるのでしょうか。どこでいても、元気な自分があること大事です。
朝の息/12/8/新宿にて
いつものことだが
駅の地下通路ではどこから吹くのか人の息と町の息とが通り抜けていった
そして、人は一日の始まりへと向かっている
白い通路には手袋がひとつおちている
踏まれて、蹴とばされ人の怒りとうれしさの距離だけ移動をくりかえしていた
「オーイ、お前はどこにいるんだ」と片方の手袋にかけごえをかけているように
「オーイ、私はどこへいく…」
踏まれても、蹴とばされても片方の手袋を気にしながら歩くすがたがある
今日も人の息がすきすさぶなかを歩いているのだろう
日々の息が落ちていくように
静かにじっと落とし主のくるのを待っている
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12月にはいりました。少しずつ、仕事が年末のあわただしさをつれてきます。こんな時期は、じっとがまんの1ヵ月だと決めてすごしていくしかありません。今週末、職場の何人かで「忘年会」をやりました。それぞれ、仕事の都合で忘年会の場所に、時間差をつけてやってくるようなありさまでした。
今回は、いちばんのりは午後6時半ごろ、最後の人は9時にきました。解散が11時。帰りは、地元ローカル線は最終もなくタクシーで帰ることになってしまいました。
忘年会会場で思ったことは、ぼくが飲み屋のランクを着ける基準は「もつ煮込み」だと思っています。柔らかく、そして刻んだねぎの甘さ…など。じっくり煮込んだ時間とおいしさはそのお店のレベルがわかるように思えます。煮込みがおいしいと、あとはその味と比例しているものではないのでしょうか。
ちなみに今回の居酒屋さんは、残念ながらおいしくありませんでした。
「もつ煮込」にはそのお店の主人のプロのこだわりがギュッとつまっていあるように思えいます。まずは、煮込みを頼んで、その味がよかったら他の料理もだいたいうまい…と思えます。そんなことがお店を決める基準にしてはいかがでしょうか。(ぼくは決して味にうるさい方ではありませんが、けれどこれだけは言えることだと思います)。ちなみに、うまいと思えたお店は、巣鴨(名前は忘れたけど場所はわかります)と銀座(ノア)にある居酒屋さんだけした。最近、全然ごぶさたです。また、行ってみたいものです。ますます、懐具合が寒い年齢なので、できれば安くてうまい場所が大事です。
それでも、幹事さんには感謝しています。この時期、どこでも混雑の居酒屋さんです。また集まろう!!
終電に乗り遅れて、タクシーを待つ列で思うこと。時間と寒さが身しみます。
この時期、話に夢中で、楽しさに戯れているとつい時間にルーズになってしまいます。その結果として、終電は必然となります。大晦日でもあれば、気になりませんが、平日、結局タクシーのお世話になります。仕事であれば、タクシー代は請求できても、こんな日ばかりは無理です。
タクシーに20~30分も並んでいると足元の寒さは身にします。おそらく、終電に乗り遅れた人たちの群れでもあります。こんなとき考えることは、この中にきっと同じ方向に帰る人も必ずいることでしょう。事実、何台ものタクシーは列をなして同じ方向にむかっていることをよくあります。あとは、それぞれの曲がる場所の違いくらいです。ほとんど○○街道などは同じ方向です。
そんなとき、思うのは同じ方向であれば、何人かで乗ったほうがそれぞれ寒さから早く解放されると思えました。こんな時、何カ所か場所をつくって、△△方面、××方面と区切ってあればいいのですがね。そうすれば、まとめて何人かで同じ方向に帰れるでしょう。当然、割り勘になる(気のきいた人であれば最後の人が払ってくれたりします…)し安上がりでいいと思います。
山登りのなどはあることですが、地上ではこれがないのが不思議です。
なぜでしょうかねえ…。(10日/記)
12月の暇な時間を見つけては年賀状などを書き始めていた。
新年もはじまっていないのに「あけましておめでとう」はいつも「変な気持ち…」と思いながらの年賀状書きである。開き直ってみれば「何がめでたい」と思うところが多い一年であったように思えた。賃金はさがるし、異動した先では「3ヵ月で元のところへ戻る…」となっていた内容は反古にされいまだに出向先に週に一度いっているありさまである。
「高年齢雇用安定促進法」などという年金所得まで法律は、あまりにもずさん(無知)な経営者の理解にのあきれてしまう。いったい今後どうしていくのかも聞くことができなかった。けっきょく、賃金から税金は静かになかば強制的に強奪されたお金は、今度は年金という形になった瞬間から、国家は払い込んできた人の責任で取得するようにしている。ならば、「ぶんどってやる」という意気込むだけである。体力のなくなりつつ高齢者にやらせる方も無責任だな…と思う。まさに「闘争」そのものに思えてきます。法律というものでがんじがらめにされたあげくに、経済的余裕のない年金受給者は黙っていろ…とでもいっているような国の税金対策がむなしいような気がします。
江戸時代は「年貢」という税金を負わされていた農民と同じだよね。それを作ったのは権力者で武力でとりしまっていた。今も昔も同じのでしょう。違うのは、法律が武力の以上に力をつけていることくらいでしょうか。
さて、ここで書きたかったことは「年賀状」である。
年々、減っていく年賀状書きである。とくに職場の人たちは激減していました。それもそのはずで、昨年2年間は、出向先(一人職場)で、今年の春やっと本社に戻ってきたという事情なので無理もなかもしれません。それにしても、元の職場に戻ってきたのですが「何か違和感が…」といつも思っていました。なぜだろうか?
きっと世代間の違いだろうと思っています。こちら60歳台のオジサン。一方は40~50歳台ときら合わないのはずです。仕事上ではいいのですが、コミュニケーションとなると、あまりにも違うよなあ…と感じています。そのうち、仕事上でも違和感が伝わってくるのでしょうね。とはいえ、今年は、まだぼくが作ったフォーマットのものが使われているところをみると、なさけないけどまだいいのかもしれません。
そんなわけで年賀状も社内関係は少なくなっているのだと思います。(16日/記)
この一年をふりかえって…思うこと。仕事のことで…。
今年はずーっと思っていたことが一つある。
当初「5月から3か月の出向…」とやらをいただいて、気がつけば今年も終わる。これはいったい何をしていたのか…と。ぼくも、「めんどうだな」と思いつつずっと来てしまった。出向先ではいやな仕事ではもなく、いやな人たちでもなく淡々と過ごしてきた。その中では、自分が仕事がやるやすいようにいろいろと備品を請求もしてきた。最近では、戻った職場の方がいずらい状況になってなってしまったようにも思う。
これはいったいどういうことなのか? と思う。
「高齢者雇用安定法」のなかで働いている身分となり、戻った職場がそれを理解してうまく続けることを考えていない状況があるからだろうと思えた。ある意味で「高齢者をどう使っていくのか」というテーマを放棄しているようにも見える。それは、会社の無理解にもつながっているだけだろう。
要は年金が満額支給される65歳までのつなぎと…考えているようだ。
仕事には人それぞれ独自の方法が作る上げられている。それは、当事者にとっていちばんやりやすい、間違えないやりかたなのだろう。その軋轢のようなものが、きっとあるのだと思う。むずかしい。めんどうだ…ということはこういうことなのだろう思う。
とはいえ、現場のなかで、若い人の数倍の年月で培ってきたものはきっと役にたつこともあるのだろう思っている。大事なのは、それを聞く環境があるかないかということだ。(いまはないようだ)。
来年は、年金がちょっと出るようになるそうだ。年金が出るから、再雇用者は給料が下がる…、のだそうだ。なんか変である。どうして、働かなくてはいけないのに働けないのか??。
来年はそんなところも考えて「WorkingMap」のコーナーを考えていきたいところだ。
今年、契約書はちゃんと口約束ではなくて書面で残すべきだった反省している。証拠がなくては始まらないようだ。
最近は本を買うにも小遣いが少なくなったせいか、これまで貯めこんである本を引っ張り出しては読むことが多くなった。新聞などでは、近頃本を読まない人が多いという記事を読んだことがあるけれど、読む人はちゃんと読んでいると思う。ただ、買いたくとも低賃金で本当に読みたい本が手に入らないことが正直なところだろう。人気のある作家の小説を読みたいと思っても、本を買うより食べ物だ、部屋代だ…というほうが先行するだろう。いつの間にか、本よりまず生きるために最低限必要なものを求めている。
それは仕方がないことだと思う。今年「エンゲル係数」という言葉が高くなったいう新聞記事もあったくらいである。人間はまずは「衣・食・住」を満足にしておかないとうまくいかないのだろう。だから、「貧すれば鈍する」ということになる。
とはいえ、「好きな本を読まずして死ねるか!」という気持ちの中で今年はやってきました。そのなかで、いちばんおもしろかったという本は「さぶ」(山本周五郎著)という小説。山本周五郎の作品は「人としてどう生きる」ということをどこまでも追いかけている小説家だと思う等など…。ほとんど通勤中の読書なので文庫本があるのはありがたい。「伊豆の踊子」(川端康成)や「坊ちゃん」(夏目漱石)もいい。小説が好きなのでと思う。実用書は方がこる。今月読んだ「上杉鷹山」(竜門冬二)もよかった。人は生きるだけでは生きていけないことを永遠に追求しているのだと思う。必要なとき、必要な本を読めることが大事なことでしょう。ただ、自分が読んだ本は、何か意味があるのでしょう。だから、読んだときどんな気持ちで本を手に取ったのか考えてみることが大事なことだと思います。
一方で文学はよまなくても生きていけるということも真理だと思う。
2018年はきっと、小説よりも実用本(年金、労働、法律)の本が多くなるのでしょうか。図書館にもお世話になりそうです。
山歩きは今年も続けていきたいものです。季節の変わり目を肌で感じにながら歩くことは健康づくりにも大事な行為です。
山に挑戦するなどという気持ちはなくて、人は自然に生かされている…、ということを素直に思える時間が大事ではないかと思えるのです。地震や豪雨による自然災害といやなことばかりですが、一方でそのなかで人は生きる知恵を持つものです。自然の驚異は素直に恐れて生きていきながら歩いていきたいものです。
失っていくもの、失って得るモノの毎日を考えて。
還暦もすぎて「年金」という言葉が身じかになってくる。とうとう、私も年金生活者かな…、と考えつつ日々を送るようになってきた。いままで、それほど自分の働き方について真剣に考えたこともなかった。ただ、その一日の労働に追いかけられて生きてきた。そして、賃金を得て日々がすぎてきた。得るモノを得て生活してしてきたわけだ。これが最低条件なのだろうと思う。これまで、こうして自分の生活をささえて送ってきたのだと思う。頑張れば頑張っただけの収入と立場ができたのだろう。
では失っていくものは何だったのだろうか。
齢をかさねると少しずつ失っていくモノの方が多くなってきたように思える。まずは、生活を支えてきた賃金などは最低賃金に近いほどのものになっていく。理由は、再雇用で年金の一部を得られるからだろう。今後はこんな形でいくようになればモチベーションもなくなるのではないかと思う。
さらに、自分の肉体の持久力が失われていくようだ。それがいちばんわかるのは駅の階段の昇降。急いであがれなくなったし、降りるときは恐怖さえ感じるときもある。踏み外しそうな怖さがある。そして骨折を得る。
この年で得るものといえば、けがや病気。そう思うと、失うことが命が危ぶまれるほどの状況がある。
さらに、これまで自分を支えてくれた多くの言葉をもった人さえ失う日々が多くなってきたように思う。それは、病気によって、あるいは事故によってである。それが、二度と会えなくなるほど悲しみとともに失うことである。今年も何度かあった。これがいちばんダメージが大きい。なんとも、虚無感になってしまう。たちあがるのに、若いときより時間がかかるようになってくる。
それがいつかは「自分の身に…」ということは、若い人より身近になってきたという現実もある。
「死」は、若いころのようにはるか彼方にあるのではなく、いまや本当に身近になってきたように感じている。すごそこに…、ある存在としていつもあるようになったと思う。「死」は考えることを多く提供してくれるテーマでもある。そのテーマのなかで生きている自分がこれからどう「生」をまっとうしていくのか…ということを少し考えるジジイになってきました。
さて2018年はどうでしょうか。
来年はこのコーナーは11年目をむかえます。
一週間のできごとダラダラと反省の意味をこめて更新してきました。進歩?は、ちょっとわかりません。ゆっくり考えて、その週のできごとをふり返って来週にむけたテーマをもっていくことを心がけて更新したきたつもりです。来年はちょっと違った企画も考えられたらと思います。
とはいえ、あせらずゆっくり日々を送っていきたいものです。
一年間読んでくれたみな様ありがとうございました。
何らかの障害が起きないかぎり来年も続けていきたいと思います。
一年間、購読ありがとうございました。楽しい一年をお迎えください。
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