日々徒然に

今日はどんな一日で明日はどんな日にしよう?
 今日があることを感謝。
  あしたを考える一日をつくりたいね……

寒さがきびしくなってきました

2013年11月17日 | Weblog


 こんにちは。
 日々、寒さがましてきます。朝起きも「めんどう」な季節になってきました。この、寒さにうっかりしているとカゼなどをひいてしまいそうです。
 多摩川の散歩道には、さすがに虫たちもいなくなりました。それでも、ときおり、赤とんぼが飛んでいたりしているのを見たりすると、季節という電車に乗り遅れたのんびりした虫もいるんだなあ…おもしろいものだと思えます。
 平日、起きてみてもまだおひさまが昇っていません。運がよければ、東の空からゆっくり姿を見せるおひさまをみることもできるくらいですから寒いわけですよね。
 この時期は、温かい食べ物はもちろん、温かい洋服、陽だまり……と温かさにひきつけられる日々です。そんなスポット求めて、行動しているような気がします。私のぬくもりのスポットは、家族はもちろんですが、散歩では道では多摩川の橋の下の芝生の上です。風をよけポカポカになります。
 残念なのは、平日いちばんいる仕事場ではあまりきがつかないようです。

 さて、今週は……。
 昨日、サッカー日本代表がオランダに2対2の引き分けで終わりました。
 この試合では、前半戦は「今回もこんな形で負けるんだろう……」と思いつつ見ていました。後半戦は見ちがえるほど動きで、はやいプレスと速いパス回し……これが日本の本来の形を見たような気がします。2点目の本田のシュートは圧巻でした。流れるようなパスが際立っていました。相手のディフェンスの間をぬいてきれいなシュートでした。
 来年のワールドカップの形が見えた試合に思えました。

 フィリピンでは台風30号に襲われ記録的な被害をうけました。
 台風30号は中心気圧895ヘクトパスカル、高潮は6メートルとなりカゼも強くおおくの住居を破壊した。約1千万人が被災し、死者1万人を超すともいわれています。
 今回の災害であきらかになったことは、これまで、日本の企業援助などは工業開発に多くの投資をしてきたが利益を得てきたわけだったが援助が自然災害にむけてのものはなかったということでしょうか。援助してきた企業の工場が破壊されたとき、企業は撤退すればすむが、そこで働いて生活する人にはとってはそこが明日も生きる場所だということが考えさせられました。

 最近、アジアの天候がおかしい気はします。台風などくれば、これまで以上の強力な台風をつくりはじめたようです。日本でも伊豆大島でおきた被害も同じでしょう。
 これからは、自然災害への援助も併せてしなければ「援助」ではないことがはっきりしたように思えます。
 日本は地震大国……。今回のフィリピンの被害は日本の東日本大震災と同じだと思います。ちがうのは、日本は原発の被害の影響が何十年もつづくということくらい。
 さて、私のできること……?。正直なところ、逃げることくらいでしょうか。

 「秘密保護法案」というものが世の中を騒がしくしてきています。
 「秘密」ってなんだ……、と思うと、今までにいっぱいあるだろうな、と思えます。ここでいう「秘密」とはわたしのヘソクリなどとは影響がケタ違いの「秘密」なのだろう。
 例えば原発の「安全神話」という中味は「秘密」だったからこんな大災害になってしまったのではないかと思えます。その「秘密」があきらかになったら多くの人は、原発をもっと理解しことの重大性をもっと知っていたら、いま起きている放射能災害は防げたのではないかと思えます。
 しかし、現実はこれが「秘密」になってしまって結果、今があるののではないのでしょうか。
 人の生命にかかわることは本当に「秘密」でいいのでしょうか。
 だいたいこういう法案をだしてくるその時代の権力者は、政治の中味を「秘密」にしておきたいから出してくるのでしょう。じゃ、何がそうなのかもっと明快に報道されるべきだろうし、後になって「あの時代の歴史は間違いだった」で済まされては困ります。
 
 そんな思いでいたら、「シルク・ウッド」という映画を思いまだした。
 内容は、核の危険性を訴え、労働条件改善を求めていた最中、謎の事故死を遂げたカレン・シルクウッドの実話をM・ニコルズが映画化。事件そのものよりも、シルクウッドというひとりの女性の生きざまを主軸に据えた作品。(映画評抜粋)
 この映画は自分の働いている職場が「何か変」と思い、主人公が労働組合をつくり、会社にその内容を問いただす映画だったように思う。結局、真実にたどりつくまえに交通事故で死んでしまう。

 映画では「秘密を隠す人」それを多くの人に伝えようとして「本当を広める人」の戦いの映画だったと思います。その一人の女性が謎の死を遂げてしまうことがまさに「秘密」であったように、秘密は秘密を雪だるま方式につくり、結局多くの本当が言えなくなってしってしうまう社会がくるように思えてしまうのは考えすぎでしょうか。
 
 新聞の報道では多くのひとが「反対」をしています。
 それは、これまでの歴史の教訓がそう動かしているからでしょう。
 ちなみに、昨年の今月、民主党の野田首相は自民党の安倍総裁におされて結局、国会を解散を決意した。それから、なにか歯車が逆回転していっているように思える。
 

 寒さが身を硬くします……。
 寒いとどうしても外に出かけにくくなります。
 それでも、公園には、子どもたちが息をきらしつつ遊んでいる姿は楽しそうです。傍らでは、親がその姿を見守っています。子どもと親の距離が、公園から少しずつ遠くなっていくのが、楽しさを倍増する条件のように見えます。
 最終的には、子どもは親の手の届かない遠いところで、本当の遊びを覚え自分の体に楽しさをつくります。子どもには、生まれたきたときの幸せよりも、生きていること幸せを感じななけれなならない成長しないからだと思えます。そして、親となっていくのでしょう。

 どこへ行ってもこの時期は、紅葉にあうことができます。
 近所の公園の道でも紅葉のしたで人が利用しています。都会の公園はとことん整理されていています。それだけ、人間の手が入っているということです。
 最近、アメリカのデトロイトとう町のドキュメンタリー番組をみました。
 このデトロイトという町、自動車で有名な町でした。ところが、不況のあおりで町の主要産業の自動車工業が撤退。そのことによって町の人口は200万人から約70万人に減ってしまいました。その分、市では税収が減りますので、公務員の削減があり、市の管理する公園がことごとく廃墟のような公園になり、人がいかなくなると荒れるいっぽうでした。廃墟となり、犯罪も増えているとのことです。いったい、どうなってしまっているのでしょうか。普通に働いていた人たちが路頭に迷っている世界経済の重鎮、アメリカの本当の姿を垣間見たような気がしました。

 なんとも人間がやることは自分勝手なことなんだ…と思えました。
 日本でも今廃墟となっている町があります。原発の放射能の影響で村を離れた人たち。これは経済的な影響ではなく放射能によってまねいた現実でした。
 よくよく考えてみれば、これも経済優先の結果であったのかもしれません。


 最近、気になる報道があります。
 それは難病患者をを支援する国の制度が変わろうとしている…という報道である。「医療費助成の対象となる病気を56から約300に増やす一方、自己負担がなかった重傷者にも年収に応じた支払いを求める。患者からは負担増への不安の声や、治療と日常生活の両立の後押しを求める声が上がっている(11月16日/朝日新聞)」というものだ。

 簡単に考えれば重傷者の負担を増やすということは、軽症者の負担はより増えるということだろう。これまでの支援がなくなれば、継承者はさらに負担が増え、治療もできなくなることにストレスをもち、さらに悪化させるのではないかということではないかと思う。収入から、これまでの医療費を支払うようになると、あきらかに薬代などは高くつく。
 支援する病気を増やすのはいいが、そのための医療費支援をなくすということは、現在の病状をさらに悪化させる可能性は大きいと思っている。
……ちょっと、心配だなと思えた。

 はやいもので今月も残り2週間。そして1か月で今年も終わりである。
 また、師走の繁忙期をむかえる。寝て、起きて、働いて……の繰り返しのと生活が待っているわけだ。それでも、元気に働けるだけいいのかもしれない。

 思えば、妻が難病と診断されたのは一年前の今月の話しである。病院をあちこち回ってやっとたどり着いたと思ったら、即入院だった。それでも、先生方がとても丁寧に説明し治療が続いた入院には少しずつ「不安」がとりのぞかれた。やっと、落ち着いたのは年末なってしまった。仕事帰りに見舞いにも行った。幸い、病院が近くてよかった。特殊な病気なので、全国からきて入院している人もいた。

 それから、試験外泊などを繰り返しやっと退院したのだった。
 あれから一年がたち、今では徐々に回復してはいないのだろうが「再発」をしないような日々になった。担当先生もこれが限度で、再発がないようにするのが大事なことだと……。それでも、一緒に生活することがこんなに大事なことだと思った一年だったように思う。いつも「無理はするな」といっているがないか危なっかしい気もするが、こうして今を迎えていられることが大事なことなのだな思う。

 忙しくても、こうして健康で働けることは何はなくともいいことではないかと思っている。そんな気がする。
 では、また来週です。
*読んでくださった方、ありがとうございました。