東日本大震災4か月が過ぎました。はやいものですね…。
今でも、余震があります。
今週、夜に久しぶりに地震がありました。東京23区震度4、多摩3でした。そして、ながい揺れでもありました。
その時、心の中で「来たか!」と思いました。今度来たら、東京もけっこう被害があるだろうとあきらめてもいました。
今回ばかりは、自然の猛威に脱帽…状態です。人間の力など自然の前ではしれているという現実をまざまざと見せつけられています。
大震災から、4か月が経ったけれでも、余震は各地に分散して揺れをつくっているようです。3月11日の揺れに比べれば小さいのですが、安心できる状態ではないのは確かなようです。
それにしても恐ろしいのは福島第一原発事故後の放射能汚染。日夜、汗だくになって修復作業にもかかわらず、あざけ笑っているように放射能汚染の被害は大きくなるばかりです。
最近では福島の放射能地区から出荷された食肉にセシウムが入っているというニュースが流れました。まだまだ、放射能対応にしっかりした指針が出されていない状況なのでしょう。それにしれも、放射能という怪物は目に見えない透明人間のようですから始末におえない、と思います。
◎今週は吉野弘さんの紹介をします。
「夕焼け」
いつものことだが 電車は満員だった。
そして いつものごとだが
若者ろ娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさとしよりが坐った。
礼もいわずとしよりは次の駅で娘は坐った。
※ ※
別のとしよりが娘の前に横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし 又立って 席を
その年よりにゆずった。
といよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
※ ※
二度あることは…と言う通り
別のとしよりが娘の前に押し出された。
可愛そうに 娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅でも 次の駅も
下唇をキュと噛んで
身体をこわばらせて。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
※ ※
やさしい心の持ち主は
いつまでもどこまでも
われにもあらず受難者となる
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように感じるから
やさしい心に責められながら
娘はどこまでもゆけるだろう
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで
(現代詩文庫「吉野弘詩集」より・思潮社)
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今週は「詩」を紹介します。私自身、詩はめったに読まないのですが、日々の生活をジーと見ているといろんな光景に出くわすころがあります。とくに、吉野弘さんの詩には「仕事と暮らし」の中から生まれた詩が多いことに気づかされます。
毎日、仕事でくたくたにくたびれて帰ってくる電車の中で、ホットする光景や見たくもない光景を目にするものです。
私は、このごろでは、会社帰りに、はめったに夕焼けに出くわしたことはなくなってしまいました。
でも、夏に一回くらいは、日照時間のながい夕方、美しいと思う夕焼けにでくわすことがあります。
今回は、偶然でしょうか「夕焼け」という詩を寝床で読んでいました。
会社帰りに忙しく、家路に急いでいる光景のなか、電車内では一日の仕事が終えた安堵感からでしょう、居眠りをしている人、趣味の本を熱心に読んでいる人と、自分の世界にしたっているものです。
電車内では「シルバーシート」という、お年より、妊婦、ケガをしている人が優先的にすわる座席があります。わたしも、あいていれば坐っている席でもあります。本来は、こんな名前の席などいらないのはずだと思いますが、こうにでもしないと席があかないのでしょうか。(いらぬおせっかいの気もしますが…)
ときどき、その席だけでなくおじいさん、おばあさんと見受けられる人が目の前にきた時などは、眠った(?)ままの状態で気づかずにいることも多いようです。(わたしも多々ありますが…)
なぜでしょうか?
自分のいるところではなく、ななめ席におじいさんが来た時、あわてて席を譲ってくれる人のいる光景を見たりすると、自分までうれしくなります。
詩のなかの娘さんは、なぜ私だけが…とつくずく思ったにちがいありません。そして、今度は席をたたず、怒っているように思えます。誠意が人をこれほどまでにひくつにしてしまう社会は、へんだなと思える場面です。
そんなことを感じとった詩でした。
3連休の真っ只中…。なにをしようと思い立った「山へいこう」と…。
前回、5月に行ったときは、自分では中途半端な気がしました。いつも歩いている行程をまた、歩き始めようと思ったわけです。
楽しいことにちがいないが、自分の納得いく歩き方いいと思った。
で、夏目漱石の「草枕」の中の一文を思い出しました。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」という文章。
山を歩いていて、ここ一週間の出来事が、浮かんでは消え、他人の声も思い出すたびにこの文章のもつ意味が深いなあ…と思えた一文でした。
あくせくして、登ったあとは、嫌なことはすべて頂上の風といっしょに流したいと思って歩いているのかもしれないとも思いました。
山を歩いていると、基本の行動はシンプルだ。歩く、食べる、休む、排泄、歩く、食べる…の繰り返し、時より同じ登山者の自慢話…と。
余計な事を忘れていく山あるきだな…思います。
いっそ、人の世じゃなく、山の世にずーと歩いていたいと思う。
◎祝・2011年FIFA女子ワールドカップ初優勝!
18日の朝方、眠かったが起きて、観たかいがあった。すごいことをやってしまったものだ。
なでしこニッポン…と思った。小さな選手達が最後まで、自分たちのサッカーをつらぬきとおした勝利だなと思う。
逆に、決勝対戦者のアメリカが自分たちのリズムをプレッシャーとあせり自滅していまったように思う。日本選手のコンディションが最高の大会であったように思えた。(詳細は次週「スクラップ」に…)
暑い日は続きます。そして、台風6号…、放射能、余震と身のまわりはまだまだ、困難が続きます。ガンバンベー、と思います。
*読んでくださった方、ありがとうございました。